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鶴見彩ピアノリサイタル
2012年11月8日(木) 19:00〜 金沢市アートホール
ベートーヴェン/ロンド へ長調,op.51-1
ベートーヴェン/ピアノ・ソナタ第23番へ短調op.57「熱情」
ショパン/ピアノ・ソナタ第3番ロ短調,op.58
●演奏
鶴見彩(ピアノ)
Review by 管理人hs  

金沢市アートホールで行われた鶴見彩さんのピアノ・リサイタルを聞いてきました。鶴見さんはオーケストラ・アンサンブル金沢と共演したり,いしかわミュージック・アカデミーでピアノ伴奏を担当されたり,ルドヴィート・カンタさんのチェロと共演したり...金沢を中心に幅広く活躍をされています。ただし,実は,私自身,鶴見さんの単独にによるリサイタルを聞いたことは,なかった気がします。今回は,金沢を代表する実力派ピアニストの演奏を楽しみに聞きに行きました。

プログラムは,ベートーヴェンの「熱情」ソナタとショパンのピアノ・ソナタ第3番という,ピアノのレパートリーの「王道」を行くような2曲を中心とした構成でした。特にショパンのピアノ・ソナタ第3番の全曲を金沢で生で聞く機会は多くないので,今回はこの曲を目当てに聞きに行くことにしました。

まず,前半の最初に,「熱情」の前のウォーミングアップのような感じで,ベートーヴェンのロンドが演奏されました。非常に明晰・率直な演奏で,もったいぶったところのないクリアな演奏でした。

続いて,「熱情」が演奏されました。この日の鶴見さんは,鮮やかな赤のドレスを着ていらっしゃいましたが,この「熱情」にコーディネートしていたのかもしれません。鶴見さんの演奏は,「ごまかしのない演奏」で,細かい音符まで粒立ち良くきっちりと聞かせてくれました。全般に速目のテンポでしたが,軽く流れ過ぎるところはなく,どこか質実さが感じられました。音は明快ですが,ピリッとした辛口のところがあり,楽章全体のクライマックスなどがしっかりと計算された,安定感を感じました。

第2楽章ももたれるところのない演奏でしたが,十分味わい深さが感じられました。変奏が進んでも厚ぼったくならず,珠を転がすような明快さが心地よく感じられました。終楽章も速目のテンポで,「最初からこんなに速くて大丈夫だろうか?」というテンポ設定でしたが,指の動きが素晴らしく,しかも音の華麗さにつながっていました。コーダの部分ではさらにテンポアップして鮮やかに聞かせてくれましたが,それでも浮ついた感じにならないのが素晴らしいと思いました。

曲全体として重苦しさはなく,ピアノの響き自体の明快な率直さが特徴だと思いましたが,安易に流れるのではなく,ゴツゴツとした感触が残るあたり,ドイツ音楽らしいなと思いました。

後半のショパンのピアノ・ソナタ第3番の方は,実演で聞くのは久しぶりのことです。ショパンの器楽曲の中では,いちばんの大曲で,個人的に特に好きな作品です。鶴見さんの演奏は,美しく酔わせるというよりは,「熱情」と共通するような,がっちりとしたまとまりの良さを感じました。第1楽章の第2主題や展開部などは,もっとたっぷりと酔わせてほしいかな,という気もしましたが,一本筋の通ったショパンという気がしました。

第2楽章は,ピンと立ったような細かい音の動きが大変鮮やかでした。中間部とのコントラストも鮮やかでした。第3楽章のラルゴは,やや淡々とし過ぎているかなという気がしましたが,その分,ソナタとしてのまとまりの良さが感じられました。弱音部の優しい表情も印象的でした。

最終楽章は,堂々たる出だしから期待通りの聞きごたえがありました。ここでも速目のテンポでスポーティと言って良い運動性を感じさせてくれました。ちょっとスリリングな部分もありましたが,曲の終わりが近づくにつれて,三段重ねケーキ(どんなケーキ?)のように華麗さが増していく辺り,ライブならではの聞きごたえがありました。この楽章のそういう雰囲気が大好きなのですが,改めて良い曲だと感じさせてくれるような演奏でした。

この曲が終わった後,鶴見さんから「今日は,ショパンのソナタの印象を持ったままお帰りください」というアナウンスがあり,アンコールなしでお開きとなりました。15分の休憩時間を含んでも,トータルの演奏会の長さは約1時間10分ほどで,通常の演奏会よりはかなり短かったのですが,それでもしっかり充実感が残りました。鶴見さんの意図どおり,ショパンの印象を持ったまま帰ることができました。

ただし,アンコールについては,オーケストラの定期公演の場合とリサイタルの場合では,少し考え方は違うかもしれませんね。リサイタルの場合,結構,アンコールを意図的に使っている場合もありますね。今回はこの方針で良かったと思いますが,アンコール込みのプログラミングを考えてみるのも面白いと思います。

この日は,天候の悪い平日の夜にも関わらず,お客さんは,かなり入っており,鶴見彩さんのピアノ・リサイタルに注目している人が多いことが分かりました。是非,これからも,この日の演奏会のように,聞きごたえのある作品を正攻法で聞かせて欲しいと思います。(2012/11/10)


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