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クリスチャン・ツィメルマン ピアノ・リサイタル
2012年11月24日(土) 17:00〜 石川県立音楽堂コンサートホール
ドビュッシー/版画
ドビュッシー/前奏曲集第1集〜「帆」,「吟遊詩人」,「雪の上の足跡」,「亜麻色の髪の乙女」,「沈める寺」,「西風の見たもの」
シマノフスキ/3つの前奏曲(「9つの前奏曲 作品1」より)
ブラームス/ピアノ・ソナタ 嬰ヘ短調 作品2
●演奏
クリスチャン・ツィメルマン(ピアノ)
Review by 管理人hs  

石川県立音楽堂コンサートホールで行われたクリスチャン・ツィメルマン ピアノ・リサイタルを聞いてきました。ツィメルマンさんについては,「リサイタルでは自分専用のピアノを持ってくる」とか,「調律の様子を公開しない」とか,「プログラムを直前で変更する」とか,「近年ほとんどCD録音がない」とか,「こだわりのピアニスト」という印象を持っていたのですが,今回,石川県立音楽堂でその実演に接して,改めて,真のアーティストのすごさを実感しました。

実はツィメルマンさんの実演を聞くのは,1991年以来のことです。ただし,前回は,ピアノ・リサイタル向きとは言えない石川厚生年金会館(現本多の森ホール)で行われたこともあり,その良さをほとんど実感できませんでした。今回初めてその素晴らしさを心から堪能できた気がします。緊張感と熱気と迫力が品良く合わさった,「芸術の秋」の真打登場といった感じの素晴らしい演奏会となりました。

この日,開演直前に,「私の演奏を無断で録音・録画し,YouTubeに投稿されるという残念な出来事があった。こういうことは決してしないでください。私はお客さんを信じています」といった内容のツィメルマンさんからのメッセージ(かなり長いものでした)がアナウンスされました。そういったこともあり,もっとピリピリとした感じのステージになるのかなと緊張していたのですが,演奏が始まると神経質な感じは全くなく,むしろ伸びやかさを感じました。そこがまた,ツィメルマンさんの素晴らしいところです。

プログラムはドビュッシーの「版画」で始まりました。冒頭部分をはじめ,さりげない一音一音がとてつもなく軽やかで美しく,なんとも言えない浮遊感とあでやかさを感じました。ツィメルマンさんの演奏は,パーフェクトな演奏を目指しているというよりは,既に自分の頭の中に出来ている完成形が自然に湧き出て出てくるような趣きがありました。作りものではない,作曲者の意図した音楽そのものを感じさせてくれるような演奏でした。

第1曲の「塔(パゴダ)」では,弱音部でのデリケートなタッチをはじめ,空気そのもののような軽さが特に印象的でした。雑音がなく,明るく透明。しかも暖かく心地よい空気感。別世界に誘ってくれるような音楽でした。

第2曲の「グラナダの夕」は,スペイン情緒溢れる音楽ということで,濃厚な気分がありましたが,ドロドロとした感じはなく,バランスの良さがありました。そこはかとなく,スペインの色の着いた上質な音楽という感じでした。

第3曲の「雨の庭」は,激しく降る雨を描写した音楽ですが,暴力的な感じはなく,美しい映像を喚起してくれるような鮮やかさがありました。

どの曲も和音のブレンドの具合が絶妙でしたが,その中からスッとメロディが浮き上がってくるような新鮮さがあるのも素晴らしいと感じました。

続くドビュッシーの前奏曲第1集では12曲中6曲が抜粋され,曲順を変えて演奏されました。こちらも「版画」同様の美しく透明感のある演奏でしたが,曲想がさらに変化に富んでおり,ドビュッシーのピアノ音楽の多彩さを味わうことができました。

精妙さのある「帆」に続いて,「ミンストレル(吟遊詩人)」が演奏されました。この曲を聞くと,1年前に同じ音楽堂で聞いたアルド・チッコリーニさんの演奏会でのアンコールを思い出します。その時の無骨でユーモアたっぷりの道化ぶりに比べると,動きが機敏で,シャキッとした若々しさを感じさせてくれました。

「雪の上の足跡」は孤独感の漂う音楽なのですが,ツィメルマンさんのピアノからは誠実な暖かみを感じました。シンプルな感動を湛えた演奏だったと思います。お馴染みの「亜麻色の髪の乙女」は,BGMとしてさらさらと流れるようなところはなく,しっかりとしたコクのある演奏でした。しっかりと描かれた,美しい少女の肖像画といった感じの演奏でした。

次の「沈める寺」は,今回の6曲中の白眉となる演奏でした。深いけれども透明感のある水の奥から,巨大な巨大な建造物がすーっと浮かび上がってくるような,素晴らしいスケール感を感じさせてくれました。鳥肌が立つような演奏でした。後半,鐘を思わせるような低音の響きが何回か出てきましたが,うるさくなり過ぎることなく,深くたくましい響きを印象的に聞かせてくれました。「西風の見たもの」も鮮やかな技巧をビシっと聞かせてくれる演奏で,前半を圧倒的な迫力で締めてくれました。

後半はシマノフスキの3つの前奏曲で始まりました。初めて聞く曲でしたが,どこかショパンの24の前奏曲に連なるようなリリカルな流れの良さがあり,「良い曲だなぁ」と思いました。どこか旅情を掻き立てるような風情もあり,モンポウのピアノ曲などに通じるような味があると思いました。

その後,拍手が入るかと思ったのですが,一呼吸を置いて,そのままブラームスのピアノ・ソナタ第2番が始まりました。このピアノ・ソナタは,ツィメルマンさんが若い頃からよく取り上げている作品です。ドイツ・グラモフォンがLP時代末期に「ブラームス全集」という企画を作っていたことがありますが,そこに収録されていたのがツィメルマンさんの演奏でした。

一般的にはなじみの薄い作品ですが,若々しい熱気とドイツ音楽らしい,少しゴツゴツした感じがしっかりと表現されており,全く退屈しませんでした。まず,冒頭の集中力たっぷりのキレの良い音に引きつけられました。その硬質で引き締まった音の美しさからは,ドビュッシーの演奏の時とは違ったツィメルマンさんの個性を感じることができました。曲全体に溢れる堂々とした貫録と若々しさも素晴らしく,完全に手中に入った演奏となっていました。

第2楽章と第3楽章はもともと主題に共通性があるので,ほとんど続けて演奏されていました。静かで淡々とした演奏が続くうちに徐々にエネルギーに蓄えられていくような凄みを感じさせてくれるような演奏でした。第3楽章のスケルツォはやや遅めのテンポでゴツゴツとした感じで演奏していたのが特徴的でした。中間部は反対にたっぷりと聞かせてくれました。

最終楽章は,ブラームスの若書きの作品らしく,結構ゴテゴテした感じがありましたが,それがまた熱気につながっていました。ヴィルトーゾ・ピアニストとしてのツィメルマンさんの魂がこもったダイナミックな演奏だったと思います。この日はアンコールはなく,演奏会はブラームスの最終楽章の熱気を残して終わりました。

全曲を通じて集中力に満ちた演奏の連続でしたが,ピリピリとした感じはなく,どこかホッとさせてくれるようなマイルドな部分もありました。この辺にツィメルマンさんの円熟の境地が現れていたのかもしれません。後半では,硬質な響きが特にブラームスに相応しいと思いましたが,うるさく響くことはなく,常にバランスの良さを感じました。石川県立音楽堂の響きの良さを生かした素晴らしい公演だったと思います。

個人的には,当初予定されていたドビュッシーの「練習曲集」が演奏されなかったのが少々残念でしたが,これは「今後のお楽しみ」ということにしたいと思います。ツィメルマンさんの髪の色はいつの間にか真っ白になっていましたが,その音楽は壮年期そのものでした。「自分の演奏したい曲しか演奏しない」頑固さと同時に揺らぎのない自信を感じました。ツィメルマンさんがピアノを演奏する姿勢は,すっと背筋が伸びています。そこには,ショパンコンクールで優勝した頃から変わらない貴公子的な雰囲気があります。そしてストイックさと同時に鮮やかさを感じさせてくれる演奏からは,芸術家の中の芸術家といったオーラが漂ってきます。近年,ツィメルマンさんは新しいCD録音が少ないのですが,これからも目を離せないピアニストとして注目をして行きたいと思います。(2012/11/27)









関連写真集


演奏会のポスター


音楽堂前の音叉のオブジェにもクリスマス・リースが掛けられていました。

ピンボケですが,音楽堂玄関にクリスマスツリーが出ていました。あと1カ月ですね。


終演後,楽屋口でツィメルマンさんが出てこないか待っていたのですが...出てきませんでした。その間,ピアノの搬送をしていました。やはり,ご自分のピアノを持ちこまれていたようです。


パンフレットを500円で購入。1991年のツァーの時のパンフレットと比較すると大きさがかなり違うことが分かります。以前は大きなパンフレットが多かったですね。