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5都市共同制作公演 ビゼー/歌劇「カルメン」富山公演
2012/11/28 新川文化ホール大ホール

ビゼー/歌劇「カルメン」(アルコア版,全4幕,フランス語(一部日本語)上演,字幕付)

●演奏
井上道義指揮オーケストラ・アンサンブル金沢(コンサートミストレス:アビゲイル・ヤング)
演出:茂山あきら

カルメン:リナ・シャハム(メゾ・ソプラノ),ドン・ホセ:ロザリオ・ラ・スピナ(テノール),エスカミーリオ:ジョシュア・ブルーム(バリトン),ミカエラ:小川里美(ソプラノ),スニガ:ジョン・ハオ(バリトン),モラレス:三塚至(バリトン),ダンカイロ:晴雅彦(バリトン),フラスキータ:鷲尾麻衣(ソプラノ),メルセデス:鳥木弥生(メゾ・ソプラノ),レメンダード:ジョン・健・ヌッツォ(テノール)
合唱:コール・ミラージュ,児童合唱:ミラージュ・カンパニーWOZ,ダンス:フェアリーバレエシアター(振付:中村恩恵)

Review by 管理人hs  

前の週に金沢で,オーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)の定期公演として上演されたビゼーの歌劇「カルメン」全曲ですが,残念ながら観ることができませんでした。この公演は,演出的にも工夫の凝らされた公演ということだったので,「何とかみてやろう」と思い,2時間休暇を取って,お隣の富山県魚津市にある新川文化ホールまで聞きに行ってきました。上演にお金のかかるオペラ公演の場合,少なくとも北陸地方で巡回してもらえると,今回のような形で“ちょっと旅行”をして楽しむことができるので作り手側,鑑賞者側の双方にとって好都合ではないかと思います。

今回の「カルメン」ですが,主要キャストは海外から招聘,合唱団・バレエなどは地元メンバー,オーケストラはOEKという形で,全国5か所を回るというものです(ただい,最後の名取市公演のみオーケストラは仙台フィルです)。このスタイルは,前回の「椿姫」以来ですが,定着しつつあるのではないでしょうか。

今回の上演の特徴は,アルコア版というセリフ入りの版を使っていた点です。かなり以前,カラヤンがアグネス・バルツァと「カルメン」をレコーディングした時にこの版を使っていたと思います。歌の部分とセリフの部分が混ざり合う感じで,レチタティーヴォ気味になるのですが,違和感なく楽しむことができました。音楽の流れに緩急が出来て,ドラマに奥行きが出ていた気がしました。

もう一つの特徴は,ドラマの設定をスペインではなくフィリピンのマニラにしていた点です。日本人が上演することを意識したもので,合唱団を中心に「現地人」の歌やセリフは日本語になっていました。絶大な効果があった...かどうかは何とも言えませんが,レジスタンスの仲間や一般市民が登場する群衆シーンになると,急に下品な日本語が飛び出してきて,ちょっと引っかかりのある反体制的な気分が出ていたと思います(もしかしたら主役たちも,フランス語で下品なセリフを言っていたのかもしれませんが)。

設定をマニラにしていた点は,やや中途半端だったと感じました。日本人が演じるには,フィリピン人役の方が違和感はないのですが,エスカミーリョは闘牛士だし,第4幕も闘牛場が舞台という設定を変えるわけにはいかないので,そうなると「フィリピンに闘牛場?スペインから有名闘牛士が遊びに来ていた?」ということになり,ちょっと訳が分からなくなりました。ただし,舞台セットが抽象的だったので,フィリピン的な感じはそれほど強調されておらず,通常のスペインが舞台として観ていても違和感はありませんでした。

今回の演奏の方ですが,主要な歌手の粒が揃っており,大変バランスが良かったと思いました。

主役カルメンのリナ・シャハムさんは,カルメンのイメージどおりの「美悪女」的雰囲気がありました。ただし,今回カルメン役がミリヤーナ・ニコリッチさんから交替になったのは残念でした。ラ・フォル・ジュルネ金沢のクロージング・コンサートでのニコリッチさん圧倒的な迫力を持った歌を間近で楽しんだので,やはりニコリッチさんのカルメンも観たかったですね。

相手役のロザリオ・ラ・スピナさんのホセは,とにかく声が柔らかく,気持ちの良い美声を楽しむことができました。プログラムには「オーストラリアのパヴァロッティと呼ばれている」と書いてありましたが,スピナさんの体格を見ながら「なるほど」と思いました。

ミカエラ役の小川里美さんは,カルメンと好対照を成す見事な歌を聞かせてくれました。芯の強さを感じさせてくれる歌で終演後,盛大な拍手を受けていました。カルメン役のシャハムさんは赤系統のドレスだったのに対し,小川さんの方は水色の品の良いドレスを着ており,視覚的にも好対照を成していました。

OEKの演奏は,井上道義さんの指揮らしく,最初の前奏曲から大変はつらつとしていました。シンバルが炸裂し,パリッとしたラテン系の音が飛び込んできました。佐藤正浩さんの指揮だった金沢公演,福井公演ではどういう演奏だったのか分かりませんが,最初の部分から「しっかり盛り上げてやろう」という気合十分の演奏でした。

新川文化ホールは石川県立音楽堂よりは一回り小さい感じで,残響はそれほど長くはありませんでしたが,その分音がストーレートに飛び込んできて,カルメンの音楽の持つ躍動感をしっかりと感じることができました。もともと演劇にも対応しているような作りのホールですので,石川県立音楽堂のコンサートホールの場合とは違い,額縁の中にステージがあるように見えます。私は2階席の後方で聞いていたのですが,視覚的にも音響的にも全く問題はありませんでした。今後もOEKの巡回オペラシリーズを使うにはぴったりのホールだと思いました。

今回の演出上の特徴として,バレエを随所に取り入れていたこともあげられます。本来は,第2幕最初のジプシーの踊りの部分ぐらにしか舞踏シーンは出てこないはずですが,今回は前奏曲が終わった後の,不吉な運命を暗示するモチーフの部分で「運命の女神」的なダンサーが登場していました。このダンサーは,運命のモチーフが鳴るたびに登場していましたので,ドラマをより分かりやすいものにしていました(衣装の雰囲気的には,リオのカーニバル辺りに出てきそうな感じでしたね。)。

今回のステージは次のように丸いステージを,合唱団が取り囲むような形になっていました。


どこか見世物小屋風の雰囲気があり,活気のある祝祭性を演出していました。主要なキャストは,合唱団の間を縫って,高い場所から丸いステージの方に降りてくるように登場しますので,どこで登場するのが非常にはっきり分かり,さらに祝祭的な気分も高めるという,巧い作りになっていました。

最初のタバコ工場の前の場面では,合唱団がまず活躍します。合唱団は,上演する各都市の地元の団体が担当していました。この日は,コール・ミラージュとミュージカルカンパニーWOZが登場しました。きっちりと歌うというよりは,現地人の活気を感じさせてくれるような生き生きとした歌でドラマの雰囲気をしっかりと盛り上げてくれていました。

児童合唱の方は,とても澄んだ声を聞かせてくれました。トランペットの奏者も舞台上で演奏しており,最後の方は,楽しげに手を振りながら行進するなど,見ていてほのぼのとした気分になりました。

その後,カルメンが“高い場所”から登場し,ハバネラ,セギディーリヤとおなじみの歌が続きました。色白のカルメンでしたので,マニラ版として見るともう少し野性味がほしい気はしましたが,前述のとおりカルメンのイメージどおりの魔力を感じさせてくれました。

ホセ役のスピナさんは,かなり横幅のある方で,穏やかな表情の方でしたので,いい人感満載でした。カルメンにつかまって「気の毒な(金沢弁)」と思ってしまいました。反対に隊長のスニガ役のジョン・ハオさんは非常にスマートの方で,このコントラストも結構印象的でした。ハオさんの声は,OEKの「トゥーランドット」公演の時の国王役同様,大変立派な声を聞かせてくれました。

第1幕では,幕切れ部分での鮮やかな音楽の展開もさすが井上/OEKと思いました。

第2幕の最初の「ジプシーの踊り」の部分でも,最初のミステリアスな雰囲気から,一気に音楽が爆発しアクセルを踏み込むように情感が盛り上がるのが見事でした。丸いステージをドタン,バタンと踏みしめてのフラメンコ風のダンスも気分を盛り上げてくれました。

エスカミーリョはその後登場するのですが,パリッとした真っ白の衣装で登場し,こちらもまたホセと好対照を成していました。ジョシュア・ブルームさんの声は大変充実感がありましたが,やや重い声だったので,もう少し闘牛士的な華やかさが欲しいかなという気がしました。

カルメンが「トゥララ」とカスタネットにあわせてホセを誘惑するシーンでは,カスタネット奏者が舞台の上手側で演奏していました。オーケストラのメンバーを時々ステージ上に出して演奏させるシーンが何回かあったのも今回の演出の特徴だったと思います。同時に舞台裏の遠くから帰営のトランペットの音が聞こえてきて,遠近感のある雰囲気を出していました。こういう部分の音楽をじっくり楽しめるのがコンサートホールで聞くオペラの面白さだと思います。

その後のホセの「花の歌」は,大変聞き映えがしました。強く突き抜けてくるというよりは,柔らかく包み込んでくれるような歌で,聞き手に幸福感を伝えてくれるような歌でした。

第2幕の最後の方に出てくる切迫感のある音楽は,一般的にはそれほど知られていないと思うのですが,OEKが十八番としているシチェドリン版「カルメン」に出てくる音楽なので,「ここで出てくるのか」と再確認してしまいました。悪党6人組がこの辺では活躍しますが,同じみの鳥木弥生さんはジョン・健・ヌッツォさんなど主役を歌えそうな人が入っており(実際,小松市で行われたハイライト公演ではこのお二人がカルメンとホセだったようです。こちらも聞いてみたかった。),層の厚さを感じさせてくれました。

第3幕への前奏曲では,フルートが印象的です。この日は岡本えり子さんが担当していましたが,この音を聞くと条件反射的に月夜の山奥の雰囲気を思い浮かべてしまいます。

この場は,険しい山奥ということなのですが,カルメンの衣装が結構華やかだったので,「この格好で山登りは大変だったのでは?」などと変な心配(?)してしまいました(シャハムさんは,この場で,一言日本語で「ハイ,ハーイ」と答えるシーンがありましたが,しっかり受けていました。)。もしかしたら今回は,山奥でない設定にしていたのかもしれません。

フラスキータの鷲尾麻衣さんと,メルセデスの鳥木弥生の二重唱にカルメンが絡んでくる「カルタの歌」は,好きな曲です。帰り道,車を運転しながら何故かメロディが頭に浮かんできたのがこの曲でした。今回の歌も楽しさと不吉さが混ざった雰囲気が伝わってきました。

この幕ではやはりミカエラのアリアが聞きものでした。小川さんの声からは秘めた強さが感じられ,健気でドラマティックな雰囲気を伝えてくれました。小川さんは,1999年のミス・ユニバース・ジャパンということで,オペラの舞台では特にビジュアル的に映える方だと思いました。

幕の最後の部分は,エスカミーリョとホセの対立シーンでしたが,重量級のぶつかり合いといった趣きがありました。

第1幕,第2幕の後には休憩が入りましたが,第3幕の後には休憩は入らずそのまま第4幕になりました。前奏曲のアラゴネーズにはダンスシーンが入り,これから起こる悲劇を暗示していましたが,暗い中で赤い照明を使っていたので,仮面ライダーのショッカーなどが出てきそうな感じ(古い例えで失礼しました)でもありました。

この幕の最初の部分では闘牛士の音楽に合唱が重なり,興奮が盛り上がったところでエスカミーリョが登場します。カルメンの中でも特に好きな部分で(特に児童合唱が加わって「最高潮」という感じになるのが良いですね),今回も大きな盛り上がりを見せてくれましたが,合唱の歌詞を聞いていると「アホ,アホ」などと言っており(関西弁?),「ほんまかいな?」などとちょっと違和感を感じました。

最後の殺人の場では,ステージ上にトランペット,トロンボーンも登場し,運命の女神が見守る中,赤っぽい照明を加えて雰囲気を盛り上げていました。が,この部分では,主役2人だけを残しておく方が緊迫感が高まったのではないかと思いました。ステージ上に演奏者がいると,どうしてもそちらを注目してしまいます(私だけかもしれませんが)。音のバランス的にも舞台裏から聞こえるぐらいの距離感がある方が良いと思いました。この部分でもホセのスピナさんが素晴らしい声を聞かせていたので,ちょっと残念に思いました。

終演後は盛大な拍手が続きました。もっと長々とカーテンコールをしていたかったのですが,さすがに終演時間が10時過ぎになりましたので(児童合唱の子供たちが遅くまで頑張っていました。井上さんが最後に子供たちを讃えていた”気配り”も素晴らしいと思いました),名残惜しさを残しつつお開きとなりました。その後,1時間以上運転して帰ったので,結構疲れてしまいましたが(少し高速道路代をケチったので),それ以上に元気をもらえるのがオペラ公演です。関係者の皆さんに感謝をしたいと思います。
(2012/12/04)


関連写真集

金沢から魚津までは高速で1時間ほどでした。

が,行きは高速を使いませんでした。高岡市の国道8号線沿いの道の駅です。


ホールに到着した時は真っ暗でした。


公演のポスター





ホールの入口前


ホールの右側にあった通路ですが,ちょっと変わった雰囲気でした。


時間があったので国道8号線をはさんだ向かい側にあったアピタに行って軽く食事をしました。


開場。玄関ホールはかなりゆったりとしているので,ミニコンサートなどできそうです。


2階席から入口を観たところです。


2階席からみたステージ。