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中嶋彰子プロデュース 夢幻能「月に憑かれたピエロ」
2012年12月5日(水)19:00〜 石川県音楽堂コンサートホール
シェーンベルク/月に憑かれたピエロ
●演奏
中嶋彰子 (ピエロ・演出,ソプラノ),渡邊荀之助 (シテ,宝生流能楽師)
ニルス・ムース指揮オーケストラ・アンサンブル金沢メンバー, 斎藤雅昭 (ピアノ),松田弘之 (笛) , 飯嶋六之佐 (太鼓),地謡: 佐野登,渡邊茂人,藪克徳
Review by 管理人hs  

11月末の「カルメン」以降,オーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)の公演が続いています。今回はソプラノの中嶋彰子さんの演出+歌による夢幻能「月に憑かれたピエロ」を観てきました(ただし,この日のOEKは5人編成でしたので,邦楽メンバーの方が多いぐらいでした)。

中嶋彰子さんが石川県立音楽堂に登場するのは,2011年9月の定期公演でOEKと共演して以来のことです。この時もオーケストラとの共演以外に邦楽ホールでのリサイタル公演が行われるなど,中嶋さんの色々な面を聞かせてくれましたが,今回は自ら演出も担当してシェーンベルクの「月に憑かれたピエロ」を夢幻能(霊的な存在がシテとなる能)として上演しました。

この作品については,2009年に石川県立音楽堂交流ホールで,井上道義さん指揮のOEKメンバーによって,「もっとカンタービレ」シリーズの中で演奏されたことがあります。この時は,パントマイムのヨネヤマママコさんと井上さんとの絡みということで,小劇場風の怪しさたっぷりの演奏でしたが,今回はコンサートホールでの上映,しかも金沢の宝生流能楽との共演ということで,その時とはかなり違った雰囲気のステージとなりました。

登場人物は,ピエロ役の中嶋さんと能の衣装を着たシテ渡邊荀之助の2名です。全体は3幕構成になっており,それぞれ1幕「夜話」,2幕「悪夢」,3幕「ノスタルジア」というタイトルが付いていました。渡邊さんの方は幕ごとに衣装と面を変え,「優美な女」「般若」「老婆」を演じ分けていました。ピエロの方は男性役,シテの方は女性役ということで実際の性別と反対になっているところが,まず面白いところでした。

舞台中央にはスクリーンがあり,各幕ごとに月の映像を中心とした自由なイメージが投影されていました。このスクリーンには縦に切れ目が入っているので,スクリーンからピエロが出入りする形でドラマが展開しました。

スクリーンに投影される映像は,金沢市生まれの映像作家高岡真也さんによる大変凝ったものでした。今回の作品は,中嶋さんの歌と演技,渡邊さんの能,シェーンベルクの音楽,邦楽器の演奏が主要な構成要素と思っていたのですが,見終わってみると,高岡さんによる斬新な映像の印象が強く残りました。音楽以上に重要な役割を果たしている部分があり,作品全体の統一感を作っていたように思えました。

この映像については,次のブログで雰囲気を感じ取ることができます。
http://pierrot-lunaire.cocolog-nifty.com/blog/2012/12/post-b9ad.html

この作品の開始部分は,邦楽の笛が鳴る中,スクリーンに月の映像が投影され,異様なスピード感で,満ちていきました。一気に狂気の世界に誘われるような感覚になりました。見事な導入部になっていました。どこか映画「2001年宇宙の旅」の冒頭部などを思わせる気分もありました。

シェーンベルクの音楽は,シュプレッヒシュティンメを中心とした無調音楽ということで...やはり狂気の世界を感じました。スクリーンには,要所要所で日本語字幕も入っていましたが,歌っている内容についてはほとんど理解できませんでした。この辺に少々もどかしさを感じましたが,何よりも中嶋さんの声自体の迫力と美しさが素晴らしく,ただならぬドラマの力を感じました。中嶋さんはステージ上を動き回り,長い歌詞を集中力たっぷりに聞かせてくれました。今回の上演を,自身の発案から10年がかりで実現した中嶋さんの気迫を感じさせてくれるような歌と演技でした。

渡邊さんの能舞からは,対照的に「静かな世界」を実感させてくれました。まさに西洋と東洋のドラマの対比という感じでした。ただし,シェーンベルクの音楽同様に能の方にも抽象的な難解さがありました。渡邊さんは,各幕ごとに違った面を被って登場し,ドラマの時間の推移のようなものを感じさせてくれました.。ただし,その意図についてはしっかり理解することはできませんでした。

第2幕は,まずスクリーンに大きく中嶋さんの顔のアップが投影され,それがさらに拡大され,目の部分のアップになりました。これは歌詞を可視化(シャレのようですが)しており見事でした。その他,蛾が羽ばたく様子を描く部分があったり,三日月がギロチンのようになったり,映像的に変化に富んでいました。

途中,般若VSピエロのようなシーンが出てきましたが,ここでは邦楽器が力強く絡んできて,異様な迫力を生んでいました。シェーンベルクの世界と笛や太鼓渾然一体となった面白さがありました。

第3幕の照明は,一転して青っぽいイメージになりました。渡邊さんの面も「老婆」に変わり,作品全体として終結部に向かっていくような気分になりましした。最後,中嶋さんが月が投影されたスクリーンの中に戻っておしまいとなりました。

正直なところ,ドラマの意味を探ろうとすると反対にストレスが溜まるような部分がありましたので,途中からは,ただただ雰囲気や感覚の世界に浸ることにしました。この日のプログラムは,全曲の対訳が付いている充実したものでしたが,この内容を頭に入れてから今回のステージを見れば,さらに強い印象を感じることが出来たのではないかと思いました。インパクトのある映像を思い出しながら,読み返してみようかと思います

演奏後は,全出演者が手をつないでステージ上に一列に勢揃いしました。邦楽関係者がこういう形で拍手を受けるのは珍しく,どこか微笑ましさを感じました。今回は加賀宝生と現代音楽のコラボレーションということでしたが,単なる和洋折衷ではなく,より高い次元での統一感を感じさせてくれる「金沢ならでは」「金沢オリジナル」といったステージになっていました。今回の共演をきっかけに,中嶋彰子さんを中心とした本格的なオペラにも期待したいと思います。

PS.この日は,演奏前に中嶋さんとシテ方宝生流の佐野登さんと指揮のニルス・ムースさんによるプレトークもありました。「歌手なのに歌わない」といった点や,能の地謡の発声法などが実演を交えて,分かりやすく説明されました。その他,ムースさんによる西洋音楽史についての概説があったり,なかなか聞きごたえのある内容になっていました。
(2012/12/12)


関連写真集


公演のポスター


渡邊さんあてに,沢山の花が送られていました。