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オーケストラ・アンサンブル金沢 ファンタスティック・クラシカルコンサート
2012年12月15日(土) 15:00〜 石川県立音楽堂コンサートホール
チャイコフスキー/バレエ「く白鳥の湖」(全幕)
●演奏
鈴木織衛指揮オーケストラ・アンサンブル金沢(コンサートマスター:松井直)
演出:マレック・テュマ,バレエマスター:アリエル・ロドリゲス

バレエ:ドイツ・エッセン市立歌劇場バレエ(バルバラ・コホウトコヴァ(オディット/オディール),ブレーノ・ビッテンコート(王子),マレック・トゥマ(ロットバルト),アルメン・ハコビヤン(王子の友人たち,ロシアの踊り),セルシオ・トラド(王子の友人たち,ハンガリーの踊り),リアム・ヒューブレイヤー(王子の友人たち,ポーランドの踊り),ヴィアチェスラフ・チュチュキン(王子の友人たち,ポーランドの踊り),ワタル・シミズ(王子の友人たち,スペインの踊り),シーユェン・ベイ(ハンガリーの踊り),ユリア・ツォイ(ロシアの踊り)

石川県立音楽堂特別編成バレエ団(アリエル・ロドリゲス(王子の友人,パ・ド・ドロワ),前田加奈子(王妃),末岡昇馬(式典長),横倉未緒(スペインの踊り,パ・ド・トロワ),大竹真悠子(パ・ド・トロワ),渋谷莞偲乃,玉村都,山本雅也(ナポリの踊り),土中梢(ポーランドの踊り),末岡昇馬,新保佑紀,池田瑠美,前田恵里花,大倉梨那,松田京華,石川理子 その他)

振付指導アシスタント:横倉明子,徳山華代,前田加奈子

Review by 管理人hs  

12月14日,15日と2日連続で,石川県立音楽堂コンサートホールでバレエ「白鳥の湖」公演が行われました。コンサートホールなので幕はないし,ステージもやや狭いのですが,その分,オーケストラの音がしっかり楽しめるというのがセールスポイントのオーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)ならではの公演です。

バレエの定番中の定番をドイツ・エッセン市立歌劇場バレエ団と地元のダンサーたちの共演で上演するというのは,前回の「くるみ割り人形」と同じですが,「白鳥の湖」の方が上演時間が長いこともあり,時間を忘れてバレエの世界に浸ることができました。

「白鳥の湖」の場合,宮廷の場の華やかさ,森の中の湖のほとりの神秘的な気分,各国のダンスが続く娯楽性,「最後に愛は勝つ」という感じの盛り上がり...と退屈する間がありません。第1幕冒頭の群舞シーンを見ているだけで嬉しくなりました。

今回の舞台では,パイプオルガンの前に大きなスクリーンがあり,そこに背景映像を投影し,全体の照明の色を変えることで各幕ごとの基調となる雰囲気を作っていました。考えてみると大道具類はほとんど使っていませんでしたので,効率的に効果を上げていたといえます。その分衣装は本格的でした。「白鳥の湖」らしい“白い雰囲気”に加え,第3幕などでは各国の民族衣装を着た多彩なキャラクターの饗宴を楽しむことができました。

今回の指揮はおなじみの鈴木織衛さんでした。OEKは1階席前方の座席を取り払った辺りを“オーケストラ・ピット”として演奏していました。チャイコフスキーの管弦楽作品らしく金管楽器や打楽器も大活躍しますので,室内オーケストラとはいえ,迫力のある響きを存分に楽しむことができました。もちろん物語の流れやダンスが主役という面もありますので,うるさくなり過ぎることはなく,ドラマの盛り上がりとともに演奏もスムーズに盛り上がるといったライブならではの流れの良さを感じました。

第1幕冒頭の宮廷の場から,鈴木さんとOEKの作る音楽には瑞々しさや若々しさがありました。今回の「白鳥の湖」は全体としてとても清々しく,若者たちの愛の物語となって感じられました。このことは基調となっている音楽の力が大きかったのではないかと思います。

第1幕では,男1人+女2人で踊るパ・ド・トロワが見どころです。今回のバレエマスターを担当したアリエル・ロドリゲスさんのダンスを中心に躍動感のある場となっていました。このシーンでもそうだったのですが,「しっかり合わせてみせましょう」という感じで,オーケストラが職人芸的にテンポをダンスに合わせているのも実演ならではの面白さです。

第1幕の終盤は,オリジナルでは王子は狩に出かけ,森の中に入っていくのですが,プログラムによると,今回は,「王子はいつの間にか眠り込んでしまう」という設定になっていました。王子とオデットは夢の中で会うという設定でしたが,この夢がどこまで続いていたのかが実はよく分かりませんでした。

第1幕が終わると,そのまま有名な「情景」が始まって,第2幕につながっていきました。「誰でも知っている」メロディですが,今回はかなり速いテンポで表情豊かに演奏されていました。グイグイと森の中に引き込んでくれるようでした。オーボエの独奏は加納さんでした(奏者がよく見えるのが上方の席(私の居た安い席)のメリットです)。すっきりとした響きが森の中の雰囲気にぴったりでした。

その後の王子とオデットの出会いの場は特に印象的でした。コール・ド・バレエ(群舞)の白鳥の群れがステージ後方からサーッと入ってくるのを見るだけで気分が盛り上がります。その中に,「待ってました」という感じで,オデット役のバルバラ・コホウトコヴァさんが入ってくると,客席からは拍手が起きました。見るからにオデット役にぴったりの優雅さと憂いを持った方でした。

有名なグラン・パ・ド・ドゥも堪能させてくれました。この部分ではテンポをぐっと落として,運命的な出会いの場をじっくりと魅せてくれました。何よりもコンサートマスターの松井さんのヴァイオリン・ソロが最高でした。ちょっとくすんだような音色で,せつない雰囲気満点でした。王子役のブレーノ・ビッテンコートさんがオデットを何回も大きく持ち上げるシーンは,「白鳥の湖」の振付の定番ですが,本当に軽やかで“白鳥そのもの”になっていました。

パ・ド・ドゥの間,背景のコール・ド・バレエの皆さんは木管楽器の演奏する「パパッパパパ,パパッパパパ...」のリズムに合わせて繊細な動きをしているのですが,こういうのを見るのも「いとをかし」,ステップの時出てくるカタカタといったノイズ(白鳥の羽音?)を聞くのも「さらなり」,といったところです。

この場の後,気分が一転して有名な「4羽の白鳥の踊り」になります。丁寧な演奏に乗せて,しっかりと踊られていましたが,この踊りを見るとどこかユーモラスな気分を感じます。本当によくできた曲で,見事に踊り切った後は盛大な拍手が起きました。その後もおなじみの曲がどんどん出てきて,時間を忘れて白鳥たちの踊りを楽しむことができました。振付もオーソドックスなものが多かったのではないかと思います。ハエが足をこすり合わせるような動き(貧困な表現で申し訳ありません)とか,私にも見おぼえがあるような動きがいくつかありました。

第3幕は花嫁選びの舞踏会シーンで,各国の姫君が集まってくるというシーンです。この幕では,背景のスクリーンからパイプオルガンが透けて見えており,それが豪華さを演出していました。最初の曲で,この幕で登場するダンサーたちが勢ぞろいするのですが,ワクワク感いっぱいの始まり方でした。

その後は,ファンファーレに続いて民族舞曲風の曲が続きます。衣装も多彩で,ほとんどフィギュア・スケートのエキシビションのような感じで楽しめる部分です。エッセン市立歌劇場のダンサーの中にお一人だけシミズ・ワタルさんという日本人ダンサーが含まれているのですが,スペイン舞曲での180°ぐらい足が開いているようなジャンプが見事でした。タンブリンを持って踊る曲があるなど,ケレン味やサービス精神もたっぷりで,この部分だけで独立したバレエ組曲のような感じで楽しむことができました。特別編成バレエ団の皆さんも大健闘だったと思います。

後半,華やかな雰囲気が一転して黒鳥オディールが登場します。そのコントラストがドラマティックです。お楽しみの32回転のフェッテを含むパ・ド・ドゥも見ごたえがありました。ここでも松井さんの独奏ヴァイオリンが素晴らしく,第2幕のオデットとのグラン・パ・ド・ドゥと見事なコントラスをを作っていました。ただし,バルバラ・コホウトコヴァさんの黒鳥オディールについては,白鳥オデットの時に比べると,さらに「鋭さ」や「強さ」が欲しい気がしました。

その後,オルガンステージのところにオデットの姿が一瞬透けて見え(鮮やかな効果でした),「白と黒を間違ってしまった!」と王子は後悔するのですが,この辺のスピード感のあるドラマティックな展開も最高でした。

第4幕は,まずしみじみとした「悲しみの白鳥」といったムードで始まります。これまであまり印象に残っていなかった場だったのですが,「良いなぁ」と思いました。今回初めて実感しました。

エンディング部分については,いろいろな解釈がある部分ですが,今回は音楽堂のパイプオルガンのステージも使った,なかなか斬新な演出となっていました。

王子と悪魔ロットバルトの「戦い」の部分は,ヒロイックな音楽が続き,聞いているだけで気持ちが高揚します。この部分では王子とロットバルトの争いを示すためにステージ一面に敷かれた布を波のように動かし,その中に王子が埋もれてしまうような形になっていました。舞台上からダンサーの姿が消えてしまい,それが結構長く続いていましたので,バレエのクライマックスとしては,やや疑問に感じました。「争いをダンスで表現して欲しかった」と少々物足りなさを感じました。

その後の部分はお見事でした。ロットバルトとの戦いに王子が勝つと布が取り払われ,人間の姿に戻った王女と抱き合って「めでたし,めでたし」という形になっていました。音楽の持つ高揚感や幸福感とぴったりとマッチしており,爽快感のある結末になっていました。

ステージの背景ではスクリーンが徐々に上に上がっていったのですが(フィナーレの最後の最後の方で,弦楽器が音階を上がるように進んでいく部分の音の動きとぴったりでした),オルガンステージを見てみると...驚いたことに白鳥たちが集結していました。「あの狭いスペースによく入れたなぁ」と変なところに感心してしまいましたが,音楽堂の構造を生かしたオリジナルティのある演出となっていました。

バレエの全曲公演を見るのは今回で5回目なのですが,全曲を通して見ると,いろいろなパーツが階層的に組み合わさった上で全体として見ごたえのある作品となっているなぁと実感します。各幕ごとの“盛り上がる場”は,それぞれが大小多彩な見せ場を持った個性的なダンスの組み合わせでできています。主役の見せ場があったり,群舞があったり,アンサンブルがあったり...バレエの全曲を通して見ると,そういう「組み合わせ」の面白さを実感できます(ただし,今回は完全全曲版ではなく一部省略されていたようでした。)。

終演後は,主要なダンサーによるサイン会も行われました。これには驚きました。2日目だったからかもしれません。いきなりジャージ姿で登場された方もいたりして,「夢から覚めた」ようなところもありましたが,家族連れのお客さんが多かったこともあり,大変賑やかでした。皆さんバレエを堪能したのだと思います。バレエ公演については,もしかしたらオペラ公演よりも準備をするのは大変なのかもしれませんが,これからも,定期的にOEKの演奏によるバレエを楽しみたいものです。地元のバレエ関係者にとっても,OEKにとっても良いことだと思います。
(2012/12/20)





関連写真集


やや遠いですが,公演の立看板。入口右手にありました


その前の音叉のオブジェにクリスマス飾りが付けられていました。


交流ホールは練習場?になっていたようです。


入口には衣装が展示されていました。

開演前の雰囲気。


ホール内にもクリスマスツリーがありました。「秋川さん」は,次回のファンタスティック・クラシカルコンサートに出演されます。


音楽堂玄関のツリー


主役のお2人のサイン。プログラムの表紙に頂きました。


エッセン市立バレエ団の皆さんのサイン。全員勢揃いしていました。


演出・構成のマレック・トゥマさんと,バレエマスターのアリエル・ロドリゲスさんのサイン