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オーケストラ・アンサンブル金沢 第331回定期公演PH
2013年1月7日(月) 19:00〜 石川県立音楽堂コンサートホール
1)コルンゴルト/バレエ「雪だるま」序曲
2)カタラーニ/歌劇「ラ・ワリー」〜さようなら,故郷の家よ
3)コルンゴルト/ヴァイオリン協奏曲ニ長調,op.35〜第2楽章
4)コルンゴルト/歌劇「死の都」〜私に残された幸せは
5)コルンゴルト/シュトラウシアーナ
6)ツェラー/喜歌劇「小鳥売り」〜私は郵便配達のクリステル
7)レハール/喜歌劇「微笑みの国」〜君は我が心のすべて
8)シュトルツ/喜歌劇「お気に入り」〜あなたは私の心の王様
9)スッペ/喜歌劇「詩人と農夫」序曲
10)スッペ/喜歌劇「ボッカチオ」〜恋はやさし野辺の花よ(日本語)
11)シュトラウス,J.II/ポルカ「狩りにて」op.373
12)レハール/喜歌劇「メリー・ウィドウ」〜唇は語らずとも
13)シュトラウス,J.II/ワルツ「南国のバラ」op.388
14)ジーツィンスキー/ウィーン, 我が夢の街
15)(アンコール)カールマン/喜歌劇「チャールダーシュの女王」〜踊りたい!
16)(アンコール)宮川彬良/栄光(ひかり)の道(一部)
●演奏
井上道義指揮オーケストラ・アンサンブル金沢(コンサートマスター:サイモン・ブレンディス),中嶋彰子(ソプラノ*2,4,6,8,10,12,14,15,16),吉田浩之(テノール*4,7,12,14),サイモン・ブレンディス(ヴァイオリン*3)
Review by 管理人hs  

今年の初コンサート,井上道義指揮オーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)によるニューイヤーコンサートを聞いてきました。ウィーンの音楽を集めたニューイヤーコンサートについては,過去OEKもたびたび取り上げてきましたが,個人的には,「過去最高!」と感じました。OEK25周年の年の最高の幕開けとなりました。井上道義さんも益々元気です。

前半はコルンゴルトの作品中心でした。今のところ「知る人ぞ知る」といった存在だけれども,非常に才能豊かな作曲家であるこの作曲家の作品を集めたのが,まず井上さんらしいところです。世紀末の匂いとキラキラとした美しさのある独特のコルンゴルトのサウンドを楽しむことができました。

まず,コルンゴルトが11歳の時に書いたというバレエ「雪だるま」序曲が演奏されました。コルンゴルトにはヴォルフガング”というミドルネームが入っていますが,まさに神童の作品という感じのファンタジー溢れる作品でした(ただし,オーケストレーションは先生のツェムリンスキーによるものとのことです)。曲自体ワルツで,しかもタイトルがストレートに「雪だるま」ですから,北陸地方のニューイヤーコンサートのムードにもぴったりといえます。井上さんも良い作品を見つけてきたものです。

井上さんとOEKメンバー一同による「あけましておめでとうございます!」のご挨拶があった後,井上さんのトークを交えて演奏会は進められました。特に前半の場合,コルンゴルトという知名度の低い作曲家の作品が中心でしたので,井上さんのリラックスした語り口による曲の説明のトークがあったのは良かったと思いました。

続いて,この演奏会のもう一人の主役と言っても良い,ソプラノの中嶋彰子さんが登場し,挨拶代わりにアリアを1曲歌いました。歌われたのはカタラーニの歌劇「ラ・ワリー」の中の「さようなら,故郷の家よ」というアリアでした。オペラ自体は知られていないと思いますが,このアリアは,マリア・カラスのベストアルバムには必ず入っているような曲ですので,聞き覚えのある人も多かったと思います。

中嶋さんの声には,大人の女性らしい落ち着きがあり,ほの暗い曲想にぴったりでした。声自体に練られた密度の高さがあるので,ドラマの流れを自然に感じさせてくれるようでした。演奏後の井上さんと中嶋さんのトークによると「青いドレス(品の良い高級感のある素晴らしいドレスでした)で雪や冬をイメージした。オペラの舞台もアルプス」ということで,こちらも「なるほど」という選曲と衣装でした。

その後,コルンゴルト特集に戻りました。ヴァイオリン協奏曲は,1年少し前にクララ・ジュミ・カンさんと井上/OEKの共演で聞いたことがありますが,今回のように第2楽章だけ切り取って聞くのも悪くないと思いました。まず,サイモン・ブレンディスさんの繊細なヴァイオリンの音が見事でした。コルンゴルトは,ハリウッドの映画音楽を多数書いてきましたが,この曲にもどこかSF映画の中の静かな宇宙シーン的な気分があります。井上さんは「ほとんど男と女が抱き合っているような音楽」と語っていましたが,生々しさよりは,スペース・ファンタジーといった気分を感じました。

続く,歌劇「死の都」の中のアリアは,この作品の全曲の日本初演を行った井上さんならではの選曲だったと思います。テノールの吉田浩之さんの突き抜けて聞こえてくるような声と,中嶋さんの品と落ち着きのある声が,夢と現実を対比しているようでした。この作品については,井上道義さん自身,「好きだったけれども亡くなってしまった女性とそっくりの人とバッタリ出会う」というこのオペラと同様の経験をしたことがあり,「冷静な気持ちでは指揮できない」とのことです。詳しく事情を聞いてみたいような話ですが...取りあえずは,この曲の全曲をそのうち金沢で取り上げて欲しいものです。

前半最後は,J.シュトラウスの作品にコルンゴルト色を付けたような「シュトラウシアーナ」で締められました。シュトラウスの作品のメドレーのような作品なのですが,「新ピツィカート・ポルカ」以外の曲はよく分からなかったので,純粋に「シュトラウス風の作品」として楽しむことができました。華麗だけれども,純粋なシュトラウス作品よりは少し退廃的な気分のある曲ということで,後半のプログラムへの絶好のブリッジになっていました。

後半は中嶋さんと吉田さんの歌を加えたオペレッタとシュトラウスの音楽を中心とした選曲でした。前半からそうでしたが,この日のお二人は絶好調だったと思います。会場いっぱいに明るさと幸福感が満ち溢れるようなステージとなりました。

中嶋彰子さんの声を聞くのは,昨年12月の「月に憑かれたピエロ」以来ですが(まだ1ケ月しか経っていないんですね),前半のオペラのアリアに加え,娘役から未亡人(?)まで色々なキャラクターをそれぞれにサービス精神たっぷりに楽しませてくれました。

前半とは対照的に明るい黄色の衣装を着た中嶋さんが,郵便配達のカバンを肩から掛けて登場すると,会場内はリラックスしたムードになりました。中嶋さんはお客さんに向かって話しかけたり,井上さんに声を掛けたり,芸達者ぶりを見せてくれました。声自体,オーストリアの若い娘風に切り替わったのも流石でした。

中嶋さんの声は,雑なところのないよく練られた声で,どの曲についても本当に安心して聞くことができました。特に印象的だったのは,「恋はやさし野辺の花よ」でした。この曲を中嶋さんの歌で聞くのは2回目ですが,十八番と言ってよいと思います。浅草オペラへのオマージュのように,日本語の歌詞が出てきたときは,思わずゾクっとしました。美しい日本語を何とも言えない静かな雰囲気の中で集中して聞かせてくれました。

中嶋さんの声の深みのある美しさは,どの曲にも何とも言えない品格を加えていました。随所に出てきたサイモン・ブレンディスさんによるヴァイオリンのオブリガートをはじめ,OEKの演奏も雰囲気を盛り上げてくれました。

一方,吉田浩之さんの声は,ここでも本当に軽やかで,しかも思う存分のびのびと歌われており,オペレッタにぴったりだと思いました。中嶋さんとのバランスもぴったりでした。「メリーウィドウ・ワルツ」として有名な「唇は語らずとも」での甘さと大人の気分に溢れた二重唱もお見事でした。このコンビで,レハールの「メリー・ウィドウ」やシュトラウスの「こうもり」の全曲公演などを期待したいものです。

途中で演奏されたスッペの「詩人と農夫」序曲を聞くのは本当に久しぶりだったのですが...いいですねぇ。冒頭の金管楽器の和音の滑らかさ,カンタさんの歌いまくるチェロ”,キビキビと音楽が盛り上がる部分での井上さんならではの楽しい指揮ぶり...いろいろな曲想が流れよく次々と湧き上がってきて,何も考えずに音楽の楽しさに浸ることができました。

快速なテンポで演奏されたシュトラウスのポルカ「狩りにて」は,ウィーン・フィルのニューイヤーコンサートでお馴染みの曲です。この曲を聞くと,一気に「その気分」になりますね。鉄砲の音を誰がどう聞かせるかが見所,聞き所となる作品ですが,今回は打楽器奏者ではなく,指揮者の井上さん自身が懐からピストルを持ち出して,途中1回,最後にもう1回,「パーン」「パーン」と聞かせてくれました。

シュトラウスのワルツは,今回「南国のバラ」だけが演奏されました。この曲は「美しく青きドナウ」「ウィーンの森の物語」ほどには有名ではありませんが,何とも言えない優雅さと豪華さがあって好きな曲です。井上さんの作る音楽は,「詩人と農夫」同様,大変スムーズでした。所々,非常にたっぷりとした濃い音楽を聞かせてくれ,緩急自在の指揮ぶりともども,この曲の洒落た雰囲気にぴったりでした。井上さんは演奏前,赤いバラ一輪を持って登場しましたが,現代日本人指揮者の中で,「いちばんバラの似合う男」と思いました。コンサートの終盤に相応しい,聞きごたえのある音楽を聞かせてくれました。

この曲の後,バラの余韻に浸るように,ウィーンの音楽のアンコール・ピースの定番の「ウィーン,我が夢の街」が中嶋さんと吉田さんの重唱で歌われて,本割のプログラムはおしまいとなりました。ただし,プログラムがこれだけで終わるはずはありません。演奏会終盤から「踊りたくて仕方がない」というオーラを発散し続けていた,井上さんがついに「中嶋さんと踊らせてくれ!」と声に出し,アンコールとしてカールマンの喜歌劇「チャールダーシュの女王」の中の「踊りたい!」が演奏されました。

最初は中嶋さんと吉田さんが手に手を取って踊りながら歌っていたのですが,途中から,何と吉田さんが指揮者にすり替わってしまい,井上さんはご希望どおり中嶋さんとダンスをすることができました。この「踊る指揮者2人」という演出は大変楽しいものでした。

さらにもう一曲,つい最近引退を表明した石川県出身の松井秀樹選手への感謝の気持ちを込めて,公式応援歌「栄光の道」の一部が演奏されました。演奏会の雰囲気からすると,この曲だけが異質だったので,「ウィーンの音楽で締めてほしかった」というのが正直なところでしたが,この地元密着のサービス精神もOEKらしさの一つですね。

途中井上さんは,「今年のウィーン・フィルのニューイヤーコンサートより良かったでしょ?」と語っていましたが(実は,私はウィーンフィルの放送を見ていないので判断できないのですが),「その通り」と思った方も多かったと思います。ウィーンを強く意識しながらも,マンネリにならず(ドナウもラデツキーもなし),しかも誰もが知っている名曲も楽しませてくれる,という素晴らしいプログラムでした。しっかり堪能させて頂きました。

PS. 終演後配布された恒例の「OEKどら焼き by 茶菓工房たろう」は,帰宅後しっかり堪能させて頂きました。
(2013/01/12)


関連写真集


入口の立看+門松


入口の音叉のオブジェも新年仕様


音楽堂内のあちこちに正月飾り


入口に大きな生花


ニューイヤーコンサート恒例の新年のサイン寄せ書き立看


今回の放送は北陸朝日放送で1月26日(土)16:00〜放送されます(石川県内のみ)


アンコール曲の案内。「栄光の道」の方は宮川彬良さん作曲ですね。響敏也さんは作詞の補作だったと思います。


サイン会で中嶋彰子さんからサインを頂きました。


こちらは吉田浩之さんのサインです。吉田さんは福井県敦賀市出身とのことです。


最後はお馴染み井上道義さんのサイン。