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オペラ「天守物語」金沢公演
2013年1月19日(土)18:00〜 金沢歌劇座
水野修孝/歌劇「天守物語」(全2幕)
原作:泉鏡花,脚本:金窪周作,演出:岩田達宗
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山下一史指揮オーケストラ・アンサンブル金沢

天守夫人 富姫:腰越満美(ソプラノ),姫川図書之助:中鉢聡(テノール),猪苗代亀の城 亀姫:佐藤美枝子(ソプラノ),奥女中 薄:鳥木弥生(メゾ・ソプラノ),朱の盤坊:豊島雄一(バリトン),舌長姥:きのしたひろこ(メゾ・ソプラノ),侍女/女郎花:長島由佳(ソプラノ),侍女/萩:神田さやか(ソプラノ),侍女/葛:西野郁子(メゾ・ソプラノ),侍女/撫子:亀本しをり(ソプラノ),侍女/桔梗:笹岡みどり(ソプラノ),山隈九平:中村靖(バリトン),小田原修理:鳴海優一(テノール),姫路城主 武田播磨守:井上白葉(バリトン),近江之丞桃六:東原貞彦(バス)

合唱:オペラ「天守物語」金沢合唱団,児童合唱:オペラ「天守物語」金沢児童合唱団(合唱指揮:松下京介) 他
Review by 管理人hs  

金沢出身の作家泉鏡花原作の戯曲を水野修孝さんがオペラ化した「天守物語」が金沢歌劇座で上演されたので観てきました。鏡花作品によるオペラを観るのは2011年12月に同じ金沢歌劇座で上演された「高野聖」以来のことです。前回が池辺晋一郎さんによる新作だったのに対し,今回の「天守物語」は1979年に初演されて以来,何回か再演されている「名作」として定評の高い作品です。今回初めて観て「その通り」と思いました。

鏡花の原作自体に化け物系のキャラクター(プログラムには「変化(へんげ)」とか「妖怪」とか書かれていました。一見普通の「人間」です。)が次々出てくるのですが,そのどれもが生き生きとしていました。歌舞伎の荒事風の朱の盤坊,ゲゲゲの鬼太郎とかジブリのアニメなどに出てきそうな舌長姥など,ケレン味たっぷりの楽しさでした。主役の天守夫人と猪苗代からはるばるやってきた亀姫の2人のお姫様も化け物系ですが,こちらは,プログラムによると「耽美主義者」ということで,妖しい美しさ満点でした。

こういった多彩な化け物系キャラクターと人間とが城を舞台として絡み合う話ということで,音楽の傾向は全く違いますが,ワーグナーの「ニーベルングの指輪」などに通じる味もあると感じました。

幕が開くと,すぐに純邦楽風の音楽となり,近江之丞桃六が登場しました。この役は,原作では最後の最後に場で初めて登場して,いきなり主役2人の窮地を救う「デウス・エクス・マキ−ナ」的存在ということですが,流石に最後にだけ登場するのは不自然なのか,1999年の改訂以降は,最初に桃六が口上を述べるような形が決定稿となっているとのことです。この部分では,同時に,最後の最後の場で大きな役割を果たす,獅子頭もしっかりアピールしており(目が青く光っていました),ドラマ全体に枠を付けるような効果がありました。

その後,音楽は「現代音楽」風になります。それ以外の部分でも,音楽の様式がコロコロと変わり,次々と新しい画面に切り替わっていくような印象を与えます。この「多様式性」がこの作品の面白さだと思います。それぞれの音楽が効果的で,しかもエネルギーを持っているので,全体として豪華さを感じさせてくれるのも,オペラ的です。

児童合唱によるわらべ歌が出てきた後,語っているのか歌っているのか判別できないようなシュプレッヒシュティンメ風の部分になります。これが意外に(?)に心地よく,自然に感じてしまいました。この日は,石川県出身のお馴染みの鳥木弥生さんも奥女中・薄(すすき)役で登場していましたが,この役も「語り歌い」中心でした。薄は前半も後半も登場し,しかも比較的「まとも」なキャラクターだったので,オペラ全体のの軸の一つになっていたと思いました。その他,5名ほどの侍女たちも登場しましたが,縦一列に並んで規則的な感じで動いていたので,「EXILE風?」などと思って観ていました。

そしていよいよ,主役の天守夫人が登場します。この日のセットや照明も効果的で,ステージ奥のいちばん高くなっている部分の戸が静かに開くとそこにお姫さまが「スッ」と立っているという登場の仕方でした。まさに「美しく気高き貴女」の雰囲気満点でした。私の座席は2階席の後ろの方(2000円というお得な席でした)だったので,表情まではよく見えなかったのですが,腰越満美さんの立ち姿からは主役にぴったりのオーラが漂っていました。

ちなみにこの作品の舞台は姫路城なのですが「ちょっと越後の夜叉が池まで,雨乞いに行ってまいりました」という具合で,天守の最上階から空を飛んで移動しているということになります(もしかしたら「どこでもドア」?)。こういう奇想天外な設定と相俟って,SF的な気分も感じられました。

続いて,ツケ打ちの音に乗って朱の盤坊が,さらに舌長姥が登場します。そして,もう一人の姫の亀姫が,背景の方から「スッ」と登場します。このキャラクター三段重ね的な登場の仕方は豪華でした。それぞれ衣装やメイクが素晴らしかったこともあり,鏡花の作品のイメージがパッ,パッと花開くようでした。

最後に登場した亀姫と天守夫人は,「おねえさま」という感じで再会いを喜び合い(この辺からかなり怪しい雰囲気でした),二重唱が始まると,すっきり気分は暖色系に変わりました。ソプラノ二重唱というのは,比較的珍しいと思いますが,亀姫役は,日本を代表するソプラノの一人の佐藤美枝子さんということで,二人が華やかさを競い合うように聞かせる,人工美の極致という美しさを感じさせてくれました。女性歌手が着物を歌って,陶酔的な歌を歌うといことで,「蝶々夫人」に通じる気分を感じました。

こういうロマンティック(というよりは浪漫的と書くべきでしょうか)な場面のすぐ後に,「お土産に生首を持って参りました」と雰囲気が切り替わるのも鏡花的です。さらに舌長姥が三尺の舌(リアルな舌ではなくマフラーのような感じ?)で生首から垂れた血を「もったいない,もったいない」という感じで舐めるというグロテスクなシーンもあったのですが,リアルに表現するのではなく,音楽自体ジャズ的な気分のあるコミカルな雰囲気にし,生首が生々しくなるのを防いでいました。特に舞台裏の合唱が「ムサヤ,ムサヤ(原作を調べてみると「汚穢や」と書いて「むさや」となっていました)」と邦楽器のリズムの上で囃子言葉を掛けていたのが面白かったですね。どこか場つなぎの狂言的な場面として描いていたのが見事だと思いました。

続いて天守夫人と亀姫と一緒に鞠で遊ぶ場面になりました。ここもリアルに鞠つきをするのではなく,陶酔的な音楽に乗って,舞台背景の高い部分で2人が戯れるといった感じでした。ステージ前景では,朱の盤坊たちがこちらもパントマイムのような感じで,スローモーションで騒いでおり,「背景の二人だけ別世界」感を強調していました。この部分での音楽と演技が一体になった,怪しい美しさは第1幕の最大の見所だったと思います。永遠に続いてほしいような陶酔的な美しさでした。

第1幕の最後の部分は,飛んでいる鷹を天守閣の上から捕まえるというシーンでした。この部分もリアルな表現ではありませんでしたが,とても鮮やかで,後半へのつなぎとなっていました。

第1幕は考えてみると2人の姫が天守の最上階で出会うというだけなのですが,実に見応えがありました。総合芸術としてのオペラならではの面白さたっぷりでした。

後半は全く別の話になり,天守の最上階に上ってきた勇気ある美青年,姫川図書之助と天守夫人の物語になります。ここで図書之介役の中鉢聡さんが初めて登場します。命を惜しむことなく,誠実で爽やかという英雄的な二枚目役で,こちらもまたオペラにぴったりのキャラクターでした。そして中鉢さんにもぴったりでした。ちなみにこの役については,プログラムには「ハイ・バリトンを想定」と書かれていましたが,テノールの中鉢さんでも全く問題ないと思いました。声も姿も二枚目でした。

その中鉢さんと腰超さんの2人が絡む場面が第2幕の中心です。この2人は最初に会った時に好意を持ち,2回目に天守に戻ってきた時にさらに気分が高まり,3回目図書之介が窮地に追い込まれる中で出会った時には,もう絶対離れられなくなる,という三段重ねになっていました。この構成も巧いと思いました。

美しい若者と美しい妖怪との奇想天外な恋愛物語なのですが,水野さんの音楽に乗ると非常にリアリティを感じました。この部分の音楽は,普通に音だけを聞くと「わけが分からない」といった,いわゆる「現代音楽」なのですが,それがぴったりでした。困難な状況の中で燃え上がる二人の心情をしっかり表現していました。

途中,嫌疑を掛けられた図書之介を追う武士との戦闘シーンでも現代的な音楽が使われていました。こちらでも戦闘の過酷さを音楽で表現していました。雰囲気を盛り上げる舞台裏の合唱も効果的でした。

第2幕は,特に最後の部分の盛り上がりが強烈でした。天守最上階に置いてあった獅子頭の目を追手の武士に突かれた後,2人の目が失明してしまいます。しかし,これで2人の結びつきにさらに火が付きます。この部分では,強烈な不協和音が大音量で鳴り響きます。その大音量の中から2人の男女の声が「ああ」と突き抜けて聞こえてくるのが実に感動的でした。2人は失明しているのに音楽からは光を感じました。光を感じさせる音楽ということで,映画「2001年宇宙の旅」の最後部分のようなムードに似ている気がしました。また,男女の結びつきという点では,スクリャービンの「法悦の詩」のムードに近い気分も感じました。

そして最後の部分で,獅子頭の目に光が戻ります。音楽が甘い音楽に変わり,抱き合う二人の上に金色の紙吹雪が降ってきます。原作では,近江之丞桃六がここで初登場し,獅子頭にノミを入れて死のうとしていた二人を救うというエンディングになりますが,今回,近江之丞桃六は最後には登場していませんでした(と思います)。しかし,音楽ですべてが語られていたので不足は感じませんでした。「最後に愛は勝つ。うん,良かった」という納得のエンディングでした。

オペラの最後の部分では,山下一史さん指揮オーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)の演奏が特に表情豊かで,力に満ちていました。プログラムには「分厚い編成のオーケストラによるドラマティックな展開」などと書かれていたので,作曲者は,OEKよりももう少し大きな編成を想定していたのかもしれませんが,全曲を通じて,全く不満を感じませんでした。

楽器編成については,和太鼓などの邦楽器が活躍する部分があったり,児童合唱によるわらべ歌が出てきたり,大人の合唱が怪しい気分を盛り上げたり,非常に多彩な音楽が使われていました。水野さんの音楽を聞くのは初めてだったのですが,その音の引き出しの多さに圧倒されたました。キャラクターやストーリーの多彩さにぴったりの音楽で,全く退屈させるところのない,見ていてワクワクするような作品になっていたと思います。

これで,2年連続で鏡花作品のオペラを見たことになるのですが,どちらも純粋にエンターテインメントとして楽しむことができました。特に今回の「天守物語」は,日本のオペラの定番となり得る作品だと思いました。鏡花作品は結構オペラ向きということが分かってきましたので,来年以降,是非,シリーズ3作目に期待したいと思います。

PS. この日の開演前,オーケストラピットのOEKメンバーがやけに熱心に練習をしていました。それだけ演奏が難しい作品だっただと思います。ただし,不協和音の多い作品だったので,「ちょっと練習しすぎ」でしたね。せっかくの館内アナウンスがほとんど聞こえませんでした。

(2013/01/25)


関連写真集

公演ポスター

金沢歌劇座に行く途中,金沢21世紀美術館を通り抜けました。




建物の周りには雪だるまが沢山ありました。美術館の周りにあると何でもアートに見えます。




タレルの部屋も確認してみたのですが...特に雪に埋もれることもなく普通通りでした。


現在,「ス・ドホ:パーフェクト・ホーム」という展示を行っています。


ちなみにこの日石川県立音楽堂では,金沢大学フィルの定期演奏会を(全く同じ時間帯に)行っていました。午前中,音楽堂の前を通りかかった時に撮影してみました。

こちらも聞いてみたかったですね。