OEKfan > 演奏会レビュー
ランチタイムコンサート:OEKメンバーによる極上の音楽
2013年1月25日(金) 12:15〜 石川県立音楽堂コンサートホール
1)ショスタコーヴィチ/弦楽四重奏曲第11番ヘ短調 op.122
2)ショスタコーヴィチ/ピアノ五重奏曲ト短調,op.57
●演奏
松井直(第1ヴァイオリン),上島淳子(第2ヴァイオリン),石黒靖典(ヴィオラ),大澤明(チェロ),相良容子(ピアノ*2)
Review by 管理人hs  

この日は,仕事がたまたま休みだったので,お昼頃から石川県立音楽堂で行われたランチタイムコンサートを聞いてきました。このコンサートにはこれまでほとんど出かけたことはなかったのですが,今回はオーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)の松井直さん,上島淳子さん,石黒靖典さん,大澤明さんによる弦楽四重奏に石川県新人登竜門コンサートで優秀者に選ばれたことのあるピアノの相良容子さんが加わっての室内楽の公演ということで,期待して聞きに行くことにしました。平日の昼に生の音楽を楽しむというのは,いつもと時間の流れが違う感じなり,なかなか新鮮でした。

演奏されたのはショスタコーヴィチ。「ランチタイムコンサート」といえば,気楽に聞ける小品集というイメージを持っていたので,かなり冒険的なプログラムと言えます。OEK音楽監督の井上道義さんはショスタコーヴィチが大好きですが,メンバーの中にもショスタコーヴィチ好きの方が多いようで,今回の選曲になったのだと思います。

演奏された曲は,弦楽四重奏曲第11番とピアノ五重奏曲でした。ピアノ五重奏曲は実演で数回聞いたことはあるのですが,弦楽四重奏の方は実演で聞くのは初めてです。通常のランチタイムコンサートは,全体で45分ぐらいだと思うのですが,今回はピアノ五重奏曲がかなり長い曲でしたので,全部で1時間近く掛かっていたのではないかと思います。どちらも充実した内容を持った曲でしたので「入場料500円」とは思えない充実感を味わうことができました。

最初に演奏された弦楽四重奏曲第11番は全体で15分ちょっとなのですが,7楽章から成っている独特の構成の曲です。ただし楽章の区分ははっきりしないところもあります。楽章数からすると,晩年のベートーヴェンの弦楽四重奏曲と通じるものがあり,実際の時間以上に,重く深く感じさせてくれるような作品でした。

曲はまず。第1ヴァイオリンの松井さんの艶やかな音で始まりました。音楽堂での室内楽公演といえば交流ホールということが多いのですが,やはりコンサートホールで聞く弦楽器の音は違います。4つの楽器の音の絡み合いも刺々しくなることはありませんでした。全曲を通じて,暗く湿ったような陰鬱なムード中心なのですが,時々,ショスタコーヴィチならではの独特の速い音の動きが出てきす。今回はかなり前の方で聞いていたのですが,松井さんの音がここでも大変鮮やかでした。カッコウの声のような意味ありげなモチーフが出ていたり,謎めいたムードもたっぷりでした。

最後の楽章に出てくる,べートーヴェンの「英雄」の2楽章を思わせる(ある本では「月光」ソナタのようなモチーフと書かれていました。R.シュトラウスの「メタモルフォーゼン」とも通じるところもある気がしました),重く引きずるようなムードも大変印象的でした。この楽章を中心に「死」をイメージさせるようなところがありました。が,恐怖心というよりは,諦観に近い印象を残すような作品でした。

というわけで,昼間っからショスタコの小宇宙にすっぽりとはまり込んでしまいました。

ピアノ五重奏曲については,ちょうど1年前の「もっとカンタービレ」シリーズで,ラルフ・ゴトーニさんとの共演で演奏されるの聞いたことがあります。ただし,調べてみると,その時と重複しているメンバーはおらず,今回は北陸新人登竜門コンサートでOEKと共演したことのあるピアニストの相良容子さんとの共演で演奏されました。

ショスタコーヴィチの室内楽というと難解そうな印象がありますが,この作品は曲想に変化がありますので,最も親しみやすいショスタコーヴィチ作品の一つと言えると思います。前半の弦楽四重奏曲がモノトーンの雰囲気だったので,この曲が始まって,ピアノの音が聞こえてくると,パッと気分が変わりました。

曲は第3楽章での緊張感の「タガ」が外れてしまったような明るさを持つスケルツォを中心にシンメトリカルに構成されてます。この楽章では弓を楽器に叩き付けるような激しい音の動きが出てきたり,前後の楽章と鮮やかなコントラストを作っていました。

この楽章を挟む2楽章と4楽章は緩やかな楽章でした。第2楽章の方は,各楽器がしみじみと精密に絡み合っていくような落ち着いた気分がありました。第4楽章の方は,ピツィカートで演奏するチェロの上にヴァイオリンが憂いのあるメロディを歌って始まります。その後,色々な楽器が加わっていくのですが,明暗の判別がつかないような独特のメランコリックな気分が深い味わいを残してくれました。

相良さんのピアノは,第1楽章冒頭の和音から,バランスの良い,まろやかな響きをしっかり聞かせてくれました。堂々とした風格があり,曲全体の立派な門構えを作っていました。ちなみにこの楽章は「前奏曲」というタイトルが付いており,続く第2楽章が「フーガ」でしたので,バッハの曲などを意識して作っていたのかもしれません。

最終楽章は,ショスタコーヴィチとしては不自然なぐらいに明るく軽やかに終わります。こちらの方は,どこかモーツァルトを思わせる軽妙さがあります。ショスタコーヴィチの作品の場合,どこまでが本心なのか,ついつい疑いながら聞いてしまうのですが,素直に曲想の変化を楽しませてくれる演奏でした。最後の部分も,相良さんのピアノを中心にとてもしゃれた気分で軽く締めてくれました。

この日の金沢の天気は,今にも雪が降りそうな曇り空でしたが,演奏会が終わった直後だけ,かすかに青空が出ていました。「この天候を予想して,この曲を選曲した?」と思わせるほど,この楽章の雰囲気にぴったりの天候でした。今回は,コンサートホールで聞いたこともあり各楽器の音がとても美しく響いていました。こうやって聞いてみると,やはりコンサートホールの響きは絶品だと思いました。

それにしても,休日の昼にゆったり室内楽というのも良いものです。1時間以内というのもちょうど良い長さです。昼食をしたついでに,ついつい気分が良くなって金沢駅周辺の店で,不要な買い物をしてしまいました。今回,さすがにお客さんの入りは半分ぐらいでしたが,お昼のコンサートは,中心商店街の消費の拡大に貢献しているのではないか,と思ったりしました。

PS. 「昼間っからショスタコ」というのは賛否両論あったかもしれませんね。個人的には,やはりランチタイムよりは,やはり夜更けに合う音楽だと思いました。たとえば,毎週夜8時過ぎにショスタコーヴィチの弦楽四重奏曲を連続で演奏する企画(思いつきですが)があれば,行ってみたいなぁと思います。
(2013/01/27)


関連写真集

公演ポスター


11:55に金沢駅前に到着


終演後,青空が出ていましたが...


昼食を食べて戻ってみると吹雪になっていました。


気温は0度ということで大変寒い一日でした。


金沢駅の百番街で軽く昼食を済ませながら,感想をまとめました。こういうのも良いですね。