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OEK室内楽シリーズ「もっとカンタービレ」第36回
2013年2月24日(日)14:00〜 石川県立音楽堂交流ホール
1)プロコフィエフ/ユーモラスなスケルツォ
2)バレント/バスーンカーナ
3)ビゼー(編曲者不明)/カルメン組曲
4)キーティング/ダンスホール組曲
5)スタップス編曲/ジャズ・チャイコフスキー
6)バカラック/雨にぬれても
7)井上ヨシマサ/Everyday、カチューシャ
8)チャイコフスキー(吉川和夫編曲)/室内楽版バレエ「くるみ割り人形」
●演奏
柳浦慎史,渡邉聖子,五島研一,松里俊明(ファゴット*1-7)
吉川和夫指揮*8 山野祐子,眞中望美(ヴァイオリン*8),丸山萌音揮(ヴィオラ*8),福野桂子(チェロ*8),今野淳(コントラバス*8),岡本えり子(フルート*8),遠藤文江(クラリネット*8),太田真佐代(ギター*8),鶴見彩,森本麗子(ピアノ*8),黒瀬恵(オルガン*8),渡邉昭夫,ひらまつさとこ(打楽器*8),柳浦慎史(語り*8),
バレエ:エコール・ド・ハナヨ・バレエ*8
Review by 管理人hs  

オーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)室内楽シリーズ「もっとカンタービレ」第36回は,前半,OEKのファゴット奏者2名に,常連のエキストラ2名を加えたファゴット四重奏が,後半は,OEKメンバー+地元のアーティスト+エコール・ド・ハナヨ・バレエの共演で,室内楽編曲版「くるみ割り人形」が演奏されました。

会場に行ってみると...超満員でした。今回のバレエは地元の子供たち中心ということで,「かなり混雑するかな」ぐらいに思っていたのですが,甘く見ていました。当日券売り切れでした。というわけで,初めての経験だったのですが「立見席」になりました。前半は本当に立ち見で,少々足が痛くなりましたが,後半は椅子を用意して頂きましたので,快適に見ることができました。立見席は交流ホールの天井付近のスペースで,ホール全体を見渡せましたので,後半は,一気に「特等席」に昇格した感じでした。

前半のファゴット四重奏という編成はめったに聞けるものではありません。これまでの「もっとカンタービレ」シリーズにもなかった編成です。日頃は脇役的な存在のファゴットが主役になる貴重なステージでした。

ファゴットという楽器の音域は男性の声ぐらいで,それが4つ集まるということで,ダークダックスやデュークエイセスといった男声コーラスグループの演奏を聞くような気持ち良い雰囲気になりました(後から当日配布されたプログラム・リーフレットの渡邉聖子さんの解説を読んでみると,同様のことが書いてあり,我が意を得たりをと思いました。)。

というわけで,基本的に”耳に心地よい快適な音楽”が多かったのですが,そうなってくると,「ウトウト」というケースもあり得るので,そのことを見越してか,途中でいろいろな趣向が凝らされていました。曲の間にはお馴染みの柳浦慎史さんのトークが入り,リラックスした雰囲気で進みました。

最初に演奏されたプロコフィエフの「ユーモラスなスケルツォ」という曲は,文字通りユーモアと野性味が合わさったような雰囲気がありました。どこか,チャイコフスキーの「白鳥の湖」の「4羽の白鳥の踊り」のパロディのようにも聞こえてきたのが面白いところでした。

次の「バスーンカーナ」はアメリカの曲のメドレーです。吹奏楽のアンサンブルコンテストなどに出てきそうな感じの曲で,お馴染みのメロディをリラックスして楽しめました。この曲にはコントラファゴットも入っていました。前半は,五島さんと松里さんが低音部を担当していましたが,後半では,柳浦さんと渡邉さんが低音に回るなど,ローテーションをしていました。

続く「カルメン」組曲は,いろいろな楽器にアレンジされていますが,ファゴット版だとやはりどこか協調的で,のどかさが前面に出てくるのが面白いですね(ただし,本来はユーフォニウムとチューバ用の楽譜なのだそうです)。「アルカラの竜騎兵」は,もともとファゴットが主役の曲ですが,第3幕前の「間奏曲」などもファゴットの雰囲気にぴったりで,優しさが湧き出てくるようでした。

「ダンスホール」組曲は,ショスタコーヴィチの「ジャズ組曲」などに通じる気分のある作品でした。一昔前のノスタルジックな雰囲気のあるタンゴ,フォックストロット,ワルツ,チャールストンと続きます。ワルツについては,「ハチャトゥリアンの「仮面舞踏会」のワルツに少し似ているな」「ショパンのワルツ風かな?」といったことを思いながら,のどかに聞いていたのですが,突然,4人全員で「ハッ!」と叫び,ストップモーションになりました。このパフォーマンスは最高でした。楽譜に指示があるのかどうかは不明ですが,ウトウトしていた人を驚かすような趣向で大いに楽しませてくれました。この「ハッ!」は同じフレーズの最後の部分で2回出てきたので,最後にもう1回出てくるかな...と予想していたのですが,最後は軽くかわされました。こういった点も含め,大変洒落た演奏になっていました。

組曲の最後曲のチャールストンでは,途中で打楽器奏者の渡邉昭夫さんが袖からバチのようなもので腿を叩きながら乱入してきました。この人を食ったような演出も楽しめました。

「ジャズ・チャイコフスキー」という曲も洒落た作品でした。後半の「くるみ割り人形」に合わせるかのように,「こんぺい糖の踊り」と「白鳥の湖」の中の「4羽の白鳥の踊り」がジャズ風にアレンジされたものが演奏されました。「こんぺい糖の踊り」は,どこかヘンリー・マンシーニの「ピンク・パンサー」風に聞こえたのが面白かったですね。「4羽の白鳥の踊り」は,もともとユーモラスな雰囲気のある曲ですが,それをさらに崩した感じがあり楽しめました。

ここまでがプログラムに書いてあったのですが,アンコールのような感じでさらに追加で2曲演奏されました。

演奏されたのは,映画「明日に向かって撃て」の中の「雨にぬれても」とAKB48の「Everyday、カチューシャ」でした。客層を意識して,サービス精神あふれる選曲をするのもファゴットの皆さんならではだと思いました。どちらも音楽がスムーズに流れる気持ちの良い演奏でした。アメリカン・ポップでもJポップでも,ファゴットが演奏すると他の曲と違和感なくつながってしまうのがファゴットですね。きっと,演奏されている皆さんも包容力がある人(?)ばかりに違いない,と思いながら聞いていました。ファゴットという楽器の包容力の大きさを感じさせてくれる前半のステージでした。

後半は吉川和夫編曲による室内楽版の「くるみ割り人形」が,地元バレエ団のダンス付きで演奏されました。今回,吉川さん自身が指揮をされました。「もっとカンタービレシリーズ」に指揮者が登場することは非常に珍しいのですが,実際,室内楽というよりは室内オーケストラの編成でした。弦五部,フルート,クラリネットに打楽器2,ピアノ2,オルガン1,ギターなども加わっており,独特のサウンドを楽しむことができました。宮川彬良さんの「クインテット」を一回り大きくした感じで,「動物の謝肉祭」の編成に近いものでした。

ちなみにナレーションも入っており,前半のトークに続いて,柳浦さんが担当していました。「お父さんの読み聞かせ」風ナレーションはなかなか良い味がありました。今回の編成ですが,OEKメンバーに加え,過去,新人登竜門コンサートなどで入賞されたような「お馴染み」の皆さんが大勢参加されていたのも嬉しかったですね。「アラビアの踊り」でギターを使うなど(太田真佐代さんでした)など,うまくエキゾティックな味を出していました。

バレエといってももちろん全曲ではなく,お馴染みの「組曲」から6曲を抜き出したものでした。最初の小序曲から,ピアノの音を核として,カッチリとした明快なサウンドで,交流ホールで聞くにはちょうど良い感じでした。

行進曲では,本当は一人ずつのはずのクララ(女の子)とフリッツ(男の子)が一気に増殖(?)していました。フリッツの方は2名でしたが,クララの方は恐らく20人ぐらい居たのではないでしょうか。とても微笑ましかったですね。

その後,夜更けになって,ネズミ軍とくるみ割り人形軍の戦争の場面になりますが,今回はナレーションとマイムで要領よく表現していました。何より,子どもたちがしっかりと演じていたのが良かったですね。

後半はお菓子の国の場ということで,まず「こんぺい糖の踊り」が演奏されました。バレエでは,主役級の人が踊る曲ですが,この日のステージでも見事なソロを見せてくれました。続いて,「トレパック」と「アラビアの踊り」が続けて演奏されました。「トレパック」の方は,バレエというよりはお遊戯風でしたが,それもまた微笑ましく,可愛らしかったですね。その後に続く,アラビアの踊りでは,対照的に大人っぽい本格的なバレエになり,鮮やかなコントラストを作っていました。

最後は豪華な「花のワルツ」でした。少々ステージが狭そうでしたが,次々と春色の衣装を着たダンサーが出てきて,幸せを絵に描いたような光景になりました。ホルンの代わりにオルガンが演奏したり(黒瀬恵さんでした),ハープの代わりにピアノが演奏したり(鶴見彩さんと森本麗子さんでした),小編成でうまく原曲の気分を出していました。

ナレーションの中にも出てきましたが,今回のステージを見て,夢や希望が広がった気がしました。演奏の編成がコンパクトだったので,「小さく生んで大きく育てる」といったところでしょうか。2月末とはいえ,金沢ではまだまだ寒い日が続いていますが,音楽堂内にはとても暖かな空気が広がっていました。

今回のステージを見て,室内楽編成とは言え,生演奏をバックに踊ることのできる子供たちは「なんと贅沢なのだろう」と思ってしまいました。地元密着型の活動を行っているOEKならではのステージですね。今回のような,地元バレエ団と室内楽の共演は,是非,今後も期待したいと思います。
(2013/03/02)


関連写真集


公演の案内

公演のポスター

立見席には1階から入りました。

かなりブレていますが,お客さんがぎっしり入っていました。


翌日は国立大学の試験日ということで,JR金沢駅のバス停には,臨時で金沢大学行きの案内が出ていました。