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オーケストラ・アンサンブル金沢第332回定期公演フィルハーモニー・シリーズ
(マルク・ミンコフスキ指揮レ・ミュジシャン・ドゥ・ルーヴル・グルノーブル演奏会)
2013年2月26日(火) 19:00〜 石川県立音楽堂コンサートホール
1)グルック(ワーグナー編曲)/歌劇『アウリスのイフィゲニア』序曲
2)シューベルト/交響曲第7番 ロ短調 D759「未完成」
3)(アンコール)シューベルト:交響曲第3番 ニ長調 D200〜第4楽章
4)モーツァルト/ミサ曲 ハ短調 K427
5)(アンコール)モーツァルト/ミサ曲 ハ短調 K427〜クレド
●演奏
マルク・ミンコフスキ指揮レ・ミュジシャン・ドゥ・ルーヴル・グルノーブル
10名のボーカル・アンサンブル*4,5
Review by 管理人hs  

昨年7月,オーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)の定期公演に登場したマルク・ミンコフスキさんが今度は手兵のレ・ミュジシャン・ドゥ・ルーヴル・グルノーブ(LMLG)とともにOEKの定期公演に登場しました。合同公演ではなく,定期公演自体が「乗っ取られる」のはOEKならではの企画です。ちなみにミンコフスキさんがこのオーケストラと金沢公演を行うのは,2009年以来のことです。この時は,ルーヴル宮音楽隊と表記されていましたが,今後は正式名の方で表記することにしたのでしょうか。

この日のプログラムは,前半がシューベルトの「未完成」交響曲,後半がモーツァルトのミサ曲ハ短調(これも未完成)ということで,「未完成」の曲を組み合わせていたのですが,毎回,いきなりプログラムを変えてしまうのがミンコフスキさんです。「未完成」の前に,まず,グルック作曲,ワーグナー編曲による序曲が演奏されました。演奏前に,ミンコフスキさんが英語で「ワーグナー生誕200年にちなんで...(多分)」というようなことを語った後,演奏が始まりました。

初めて聞く曲でしたが,まずはこのオーケストラの響きの美しさをしっかり感じ取ることができました。チューニングの時からオーボエの音が独特で,ピッチもやや低めだということは分かりましたが,OEKの標準編成よりもやや多目の人数でしたので,冒頭から響きの豊かさを感じました。古楽オーケストラについては,ノンヴィブラート奏法取っているせいか,クールでさらりとした感触を受けることが多いのですが,LMLGについては,むしろ暖色系の響きで,音にふくよかさがあると感じました。この日の演奏についても,完全なノン・ヴィブラートではなく,色々と奏法を使い分けていたように見えました。序奏部分と主部の切り替えも鮮やかで,しっとりとした響きとキビキビとした動きが気持ちよく交錯していました。この曲に限りませんが,ミンコフスキさんの指揮では,弱音部の表現が独特だと思います。ぐっと沈み込むような意味深な気分が大変魅力的でした。

続いて,シューベルトの「未完成」が演奏されました。この曲でも,LMLG独特のサウンドを楽しむことができました。この日の楽器の配置ですが,コントラバス4本だけをステージ奥の壇の上に並べるという大変変わったものでした。これは,コントラバスで始まる,「未完成」の冒頭部分を意識したものだと思います。地の底から湧き上がってくる...というよりは,上の方から低音が聞こえてくる感じで,いきなり凄みを感じさせてくれました。ただし,表現自体はおどろおどろしい感じはなく,平静さがありました。

続いて出てくるオーボエは,チューニングの時同様,ひなびた素朴さのある音でした。ホルンもナチュラルホルンを使っていたようで,ちょっと割れたような独特の響きを聞かせてくれました。第2主題のチェロは比較的さらりと演奏しており,抑制した味わいがありました。第1楽章で独特だったのは,呈示部が終わり,繰り返しで最初に戻る前の長ーく伸ばされた音でした。こういう解釈を聞いたのは初めてでしたが,繰り返し後,さらに一層深い世界に入っていくようでした。

この部分もそうでしたが,ミンコフスキさんの作る音楽には,どこか”ヌメリ感”のようなものがあります(三浦しをん『舟を編む』から借用した言葉ですが)。弱音部になると,ちょっと引っ掛かりがある。そして,どこか意味深といった感じになります。そのミステリアスな気分が「未完成」の曲のムードにぴったりでした。

展開部以降になると,ロマン派的な気分が強まり,さらに凄みを増していました。やはりコントラバスの威力が出ていた気がします。木管楽器の音がとてもよく聞こえ,楽章の終結部では,力強く締めていました。長くデクレッシェンドするのではなく,強い音の後,スッと弱まって終わる,近年の定番の形になっていました。

第2楽章は比較的早目のテンポで,すっきりとした感じで始まりました。天国的な気分というよりは,堂々たる歩みを感じさせるような演奏でした。この楽章では,クラリネット,オーボエ,フルートの連携プレーを聞くのが大好きなのですが,今回の演奏では,古楽ならではの風味と上述のような弱音の魅力を楽しむことができました。強奏部分では,古楽器ならではの野性的なサウンドを楽しむことができました。弱音部との対比も面白く,聞き慣れた曲から,一味違った魅力を引き出していました。

楽章最後のコーダの部分では,非常に透明な世界にスッと変わりました。ミンコフスキ・マジックという感じでしょうか。別世界への階段を上っていくような,神秘的で美しいエンディングになっていました。

その後,何とアンコールが演奏されました。通常,プログラム前半でアンコールが演奏されるのは協奏曲の時だけですが,「未完成」の後に同じシューベルトの交響曲第3番の最終楽章が演奏されました。そうなってくると,アンコールというよりはプログラム変更と言った方が良いのかもしれません。最初のグルックを含めて,お客さんを驚かせてやろう,というミンコフスキさんのたくらみだったのかもしれません。アンコールの曲名をアナウンスするときも,シューベルトの「サンバン」と日本語で話していましたが,ミンコフスキさんは,本当にサービス精神旺盛な方です。

この曲は,トロンボーンが入らない曲なので,OEKの演奏で何回か聞いたことのある曲ですが,ハイドンの交響曲を思わせるユーモアと明るさがあり,とても好きな曲です。今回の演奏も,音楽する喜びに溢れた,快速で駆け抜けていくような演奏でした。

後半のモーツァルトのミサ曲も,ミンコフスキさんらしさ満載のステージでした。まず,合唱団の人数の少なさに驚きました。何と10人でした。少数精鋭の合唱団,というよりは,ボーカル・アンサンブルといった感じですね。前半コントラバス奏者が乗っていた台の上にこの10人が乗り,時にソロを担当したり,重唱になったり,そして合唱になったり...この台の上で変幻自在にフォーメーションを変えて歌っていました。この日のステージは,「特注」のような感じで,その前に,お立ち台のような小さなステージがあり,ソロを取る時はここで歌う形になっていました(ちなみに,前半は主役のように台の上にいた4人のコントラバス奏者は,後半は2つに分かれ,ステージの両端に配置していました。こういう配置も珍しいと思います。)。

この10人の合唱団ですが,ソリスト集団のような感じで,オーケストラと一緒に歌う場面でも埋もれてしまうことはありませんでした。しかも透明感があり,純度の高い芯のある声を聞かせてくれました。

この曲は第1曲から,ソプラノのソロの多い曲ですが,同じ人がソロを取るのではなく,曲ごとに違う人が担当していました。特に第2曲「グローリア」は,小さな曲が合わさっており,それぞれに曲想や編成が違うので,「お立ち台」に次から次へとソリストが交代で登場するような形になっていました。曲自体,宗教曲というよりは,オペラのアリアのような曲もあるので,ちょっとしたガラコンサートを聞くような楽しさがありました。

しかも,どの歌手も個性的で,聞きごたえ十分の歌の連続でした。オーケストラの古楽奏法同様,どちらかというとすっきりとした感じなのですが,味が薄い感じは全くなく,声の饗宴という感じになっていました。全体として,教会の中で聞く宗教曲という感じは薄かったのですが,これだけ楽しませてくれるミサ曲というのもすごいと思いました。

「グローリア」は,神の栄光を称える曲ということで,壮麗な感じで始まるのですが,合唱の人数が少なかったので,透明で晴れやかな印象になっていました。少人数で頑張っていたせいか,豊かな響きというよりは,鋭い響きに感じる部分もありましたが,グローリアの後半に出てくる対位法的な部分では,引き締まった声がオーケストラと対等に絡み合って,くっきりとしたバロック音楽的な構築感を出していました。グローリアの最後の部分など,実に壮麗でした。

第3曲「クレド」は全員で歌う合唱の部分に続いて,この曲の見せ場の一つであるソプラノ独唱の部分になりました。歌手の名前は分からなかったのですが,子どもの声を思わせる純粋さがあり,しっとりとした曲想にぴったりでした。この部分では,フルート,オーボエ,ファゴットもソリストのように立って演奏しており,暖かみのある雰囲気で包み込んでいました。

続く「サンクトゥス」では,ホルンやトロンボーンの響きを中心として,音に堂々とした広がりがありました。フーガの部分も明快でした。最後のベネディクトゥスも晴れやかな気分があり,すっきり,かつ,堂々と締めてくれました。

アンコールでは,クレドの前半部分がもう一度演奏されましたが,ここでも木管楽器群を立たせて演奏していました。全てのステージを振り返ってみると,ミンコフスキさんは,ステージ上での視覚的な効果を狙うことが多いようです。また,アンコールの後,「今日はチェロの○○さんと,ホルンのネモトさんの誕生日です」と紹介し,それぞれと握手を交わしていました。プロフェショナルであると同時にアットホームな雰囲気を重視されている方なのかもしれません。

このオーケストラは,ミンコフスキさんがお辞儀をすると,その後,全員で一斉にお辞儀をするような「ルール」にもなっているようです。OEKも定期公演の終演の際に「一同礼」をしていますが,外国のオーケストラでこれだけ何回も頭を下げてくれるオーケストラも珍しいと思います。日本人からすると,とても親近感を持ってしまいます。というわけで,色々な点で独特の個性を感じさせてくれるオーケストラだと思いました。

今回は,OEKならではの「定期公演が乗っ取られる」定期公演でしたが,これだけの短期間の間に3回目の登場ですので,ミンコフスキさんは,すっかり石川県立音楽堂と金沢市のことが気に入ったのではないかと思います。金沢の音楽ファンとしては大変うれしいことです。今後も音楽堂の「常連」として金沢の聴衆を驚かせて欲しいと思います。
(2013/03/02)


関連写真集


公演の立看。さすがに,OEK定期公演とは書いてありませんでした。

ボケて見えませんが,アンコール曲名です。

この日はミンコフスキさんのサイン会が行われました。