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OEK室内楽シリーズ もっとカンタービレ第37回:超絶のバロックヴァイオリン〜オール・ヴィヴァルディ・プログラム〜
2013年3月4日(月)19:00〜 石川県立音楽堂交流ホール
1)ヴィヴァルディ/フルート,オーボエ,2本のヴァイオリンと通奏低音のための協奏曲 ハ長調 RV87
2)ヴィヴァルディ/ヴァイオリンと通奏低音のためのソナタ ヘ長調 Op.2-4
3)ヴィヴァルディ/フルート、ヴァイオリンとチェロのための協奏曲 ト短調 RV106
4)ヴィヴァルディ/ヴァイオリンと通奏低音のためのソナタ イ長調 Op.2-2
5)ヴィヴァルディ/2本のヴァイオリンと通奏低音のためのソナタ ハ長調 Op.1-3
6)ヴィヴァルディ/ヴァイオリンと通奏低音のためのソナタ ニ短調 RV12
7)ヴィヴァルディ/弦楽のための協奏曲 ト短調 RV157
8)(アンコール)ヴィヴァルディ/協奏曲集「四季」〜「冬」第2楽章
9)(アンコール)ヴィヴァルディ/シンフォニア ト長調RV149〜第3楽章
10)(アンコール)ヴィヴァルディ/弦楽のための協奏曲 ト短調 RV157〜第3楽章
●演奏
エンリコ・オノフリ(ヴァイオリン),繻`亜樹子(チェンバロ),大澤明(チェロ)
岡本えりこ(フルート*1,3),加納律子(オーボエ*1),柳浦慎史(ファゴット*3)
江原千絵(ヴァイオリン*1,5,7-10),丸山萌音揮(ヴィオラ*7-10),今野淳(コントラバス*1,7-10)
Review by 管理人hs  

3月のオーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)の定期公演には,イタリアの古楽アンサンブル,イル・ジャルディーノ・アルモニコのコンサート・マスターとして知られ,近年は指揮者としての活動も行っている,エンリコ・オノフリさんが登場しました。それにあわせ,オノフリさんをゲストに招いての室内楽公演が「もっとカンタービレ」シリーズとして行われました。

演奏された曲はすべてヴィヴァルディの作品でした。ヴィヴァルディと言えば「似たような作品ばかり」という先入観を持っていたのですが,今回演奏された曲については,1曲ごとに違った印象を持ちました(ただし,後から振り返るとなかなか思い出せないのですが...)。オノフリさんのヴァイオリンは,緻密さを感じさせる細身の音で,「たっぷりとした歌に溢れたイタリア」というイメージとは全く違うものでした。どの部分をとっても,知性とセンスの良さを感じさせてくれました。それでいて冷たい感触はありませんでした。

音色について,やはり,オノフリさんの使っているヴァイオリンがバロック・ヴァイオリンだということが大きいと思います。ウィキペディアによると,「バロック・ヴァイオリン」については,次のように書かれています。

「バロック時代の習慣に倣って、多くのバロック・ヴァイオリン奏者はガット弦を使用している。これにより幾分か純粋で時に素朴な音色となる。倍音が多く含まれており、アンサンブルにおいて他の楽器と調和しやすい。...ほとんどのバロック・ヴァイオリン奏者は、バロック時代にはまだ発明されていなかった、顎当や肩当を附けずに演奏する。...それがないことで、自由度が高く緊張のない自然な体勢をとることができる。バロック・ヴァイオリンは、モダン・ヴァイオリンより前方に位置することになり弦は鎖骨と垂直に延びる。これは演奏者の弓を持つ手の位置にも大きな影響を及ぼし、モダン・ヴァイオリンでは困難であったり、比較的不自然であったりするアーティキュレーションも容易になる。」
オノフリさんの弦がガット弦だったかどうかは分かりませんでしたが,音量がそれ程大きくない分,耳にすっと馴染む暖かな肌触りを感じました。また,OEKメンバーと作る音楽には,ヴィヴァルディに対する熱意が溢れていました。

プレトークは「ヴィヴァルディ大好き」なチェロ奏者の大澤さん,「オノフリさんと20年来の友人」のヴァイオリンの江原さんが担当しましたが,こういったメンバーとのアンサンブルということで,オノフリさんにとってもとても気持ち良く演奏が出来たのではないかと思います。交流ホールは演奏者にとても近いホールですので,お客さんの方も非常に集中してヴィヴァルディの音楽を楽しむことができました。

今回のプログラム構成は,オノフリさんのヴァイオリンと通奏低音によるソナタを核として,色々な編成の協奏曲を演奏するというものでした。次のような配列でした。

  • 管楽器入り協奏曲
  • ソナタ
  • 管楽器入り協奏曲
(休憩)
  • ソナタ
  • 複数弦楽器のためのソナタ
  • ソナタ
  • 複数弦楽器のための協奏曲

この配列全体にシンメトリカルなバランスの良さがあり,演奏会全体としての「聞きごたえ」を作っていました。それでいて,1曲ごとに違った世界を感じさせてくれました。

前半の管楽器入りの曲については,それほど激しい印象はありませんでした。1曲目のRV87では,フルートの岡本さん,オーボエの加納さんによる技巧的な速いパッセージが楽しめました。オノフリさんの奏法は,見た感じではノン・ヴィブラート奏法ではありませんでしたが,非常にすっきりとしており,管楽器の音ととてもよくマッチしていました。演奏会の最初の曲ということで,ちょっと堅い部分も感じられましたが,非常に丁寧に,じっくり演奏されており,「今日は上質のアンサンブルを楽しめそう」という期待が増しました。

2曲目のソナタRV20では,オノフリさんのヴァイオリンの魅力をより強く感じることができました。オノフリさんのヴァイオリンには,どこかギドン・クレーメルの演奏を思わせるようなところがありました。たっぷりとした音量で圧倒するのではなく,少々エキセントリックなところはあるけれども,人を引きつけるようなオーラがあり,演奏に集中させてくれます。足を浮かしたような感じで演奏するスタイルもクレーメルに似ているかもしれません。このオーラは,OEKメンバー全体にも伝わっており,密度の高い演奏の連続となっていました。

その精緻な音は,交流ホールのような小ホールだと特に強く実感できます。歌うというよりは,「語る」「考える」というような雰囲気の部分もあり,現代のヴァイオリンとは違った表現力の豊かさを感じました。

ヴィヴァルディの音楽と言えば,緩急の対比が聞きどころですが,急速なパッセージでの鮮やかな技巧も素晴らしいものでした。バリバリと乱暴に弾くのではなく,平然とすっきりとしたスタイルで鮮やかさを感じさせてくれました。

後半最後のRV106には岡本さん,加納さんに加え,ファゴットの柳浦さんも加わっていました。オノフリさんは,どの曲についても最初の部分で大きく息をして,指揮をするような動作で曲を始めていました。室内楽とはいえ,オノフリさん中心のアンサンブルになっていたと思います。

この曲はどこか可愛らしいところのある作品でした。ただし,甘い感じはなく抑制されたデリケートな美しさが際立っていました。特に第2楽章の静かな雰囲気は素晴らしく,精巧な工芸品を愛でるような雰囲気がありました。私にとって,オノフリさんの作る音楽については,イル・ジャルディーノ・アルモニコの「四季」の印象が強く,「激しい」という先入観を持っていましたので,良い意味で期待を裏切られるような演奏でした。

後半は,短めのRV31のソナタに続いて,オノフリさんと江原さんの2人のヴァイオリンを中心としたソナタが演奏されました。この2人の音の絡み合いが絶品でした。音のあやが,次第に陶酔感に変わっていき,室内楽の楽しさを感じさせてくれました。急速な部分についてはも,躍動感はあるけれども,すべてに知的な裏付けがある感じで,粗雑になるところはありません。曲の最後の部分が,さり気なく終わるのも大変優雅でした。

演奏会の最後の2曲は,ニ短調(RV12),ト短調(RV157)と短調の曲が続きました。

RV12のソナタは,まず,最初の楽章での繊細でメランコリックな表情が大変魅力的でした。その後は急速な楽章が続き,楽章を追うごとにスリリングに音楽が盛り上がって行きました。大澤さんのチェロも迫力たっぷりでした。このノリの良さは,私のイメージにあったイル・ジャルディーノ・アルモニコの雰囲気どおりでした。

最後のRV157では,ヴィオラの丸山さんとコントラバスの今野さんが加わり,弦楽五重奏+チェンバロという形になりました。ここでもまず,オノフリさん,江原さん,大澤さんによる音の絡み合いが楽しめました。同じような音型が何回も何回も繰り返し演奏されていましたが,それが,段々と心地よく響き,どこか,マイケル・ナイマンなどの現代の作品を聞くような感覚になってきました。そこが面白いと思いました。

最終楽章は演奏会の全体を締めるように,「待ってました」という感じの盛り上がりを聞かせてくれました。弱音と強奏がダイナミックに交錯し,ヴィヴァルディらしさを堪能させてくれました。

全体の演奏時間がそれほど長くなかったこともあり,アンコールは最後の曲の編成のままヴィヴァルディの曲が3曲演奏されました。

まず演奏されたのは,おなじみ「四季」の中の「冬」の2楽章でした。美しいメロディがよく親しまれている曲ですが,一般的なイメージよりはかなり速いテンポで演奏されていました。オノフリさんのすっきりとした,自在で即興的な演奏も印象的でしたが,ピチャピチャと雨音が続くような細かい伴奏音型も面白かったですね。

その他の2曲は,曲名が分からなかったのですが,躍動感と切れ味の良さをストレートに感じさせてくれるような演奏で,OEKがイル・ジャルディーノ・アルモニコに変貌したような新鮮な演奏の連続になりました。

近年オノフリさんは,指揮者としての活動もされていますが(3月6日のOEKの定期公演もそうです),今回の公演を聞いてみて,そのことが分かる気がしました。どの曲についても,オノフリさんが持っているイメージが,しっかりと形となって表れているようでした。その結果として,単なるBGMとして聞き流すことのできないような,音楽の力を感じさせるような演奏の連続となっていました。

ただし,これは元々のヴィヴァルディの作品が持つ力によるのかもしれません。ハイドンの交響曲に駄作がないのと同様,ヴィヴァルディの曲も,実は名曲の宝庫なのかもしれません。ヴィヴァルディの魅力を再認識させてくれるような演奏会になりました。OEKメンバーは,オノフリさんの演奏にしっかりと合わせ,丁々発止のやり取りをしていましたが,今回の共演を通じて,大きな刺激を得ることができたのではないかと思います。是非,再共演を期待したいと思います。ヴィヴァルディの曲は多彩かつ際限がないので,もう1回ヴィヴァルディ特集でも良いと思います。

PS.オノフリさんはヴァイオリンに白いマフラーをつけ,その先端を首に巻いて演奏していました。これがトレードマークになっているようですね。ただし,オノフリさんは,ヴァイオリンをアゴにほとんど付けずに演奏していましたので,このマフラーはヴァイオリンを安定させるための「実用品」としても役立っているのではないか,と思いました。
(2013/03/09)


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公演の案内


ホールの入口横にはイタリアの国旗が飾ってありました。