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おーけすとらの火 Special Day of Orchestra
2013年3月31日(日) 15:00〜 石川県立音楽堂コンサートホール
1)口上
2)いしかわや
3)荒城の月
4)三番叟
5)かぞえうた
6)小鍛冶
7)ビゼー/歌劇「カルメン」第1幕への前奏曲
8)シャブリエ/狂詩曲「スペイン」
9)ビゼー/歌劇「カルメン」第1幕への前奏曲
10)モンテヴェルディ/歌劇「ポッペアの戴冠」〜あなたをみつめ
11)マリーニ/室内協奏曲集第3番〜暗い洞窟,暗いほら穴
12)滝廉太郎/荒城の月
13)多忠亮/宵待草
14)モーツァルト/歌劇「フィガロの結婚」〜とうとう嬉しい時が来た
15)モーツァルト/歌劇「フィガロの結婚」序曲
●演奏
いしかわ子ども邦楽アンサンブル*1〜6
平川範幸指揮石川県ジュニアオーケストラ*7-8;オーケストラ・アンサンブル金沢*9,12-15
小林沙羅(ソプラノ*10,13,14),藤木大地(カウンターテナー*10-12)
構成・おはなし:井上道義
Review by 管理人hs  

年度末最終日の3月31日は「オーケストラの日」ということで,ここ数年,全国各地のオーケストラが「ファン感謝デー」的な演奏会を行っています。石川県立音楽堂ではこのホールを拠点として活動している,いしかわ邦楽アンサンブル,石川県ジュニアオーケストラ,そしてオーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)が登場し,通常の定期公演とは一味違った切り口からオーケストラ音楽を楽しませてくれました。

通常の演奏会は,「聞くだけ」ですが,石川県立音楽堂の「オーケストラの日」公演は,いろいろな楽器の体験コーナーも用意しているのが特徴です。しかも,ヴァイオリン,チェロといった西洋の楽器だけではなく,三味線,大鼓,筝といった邦楽器も体験することができました。コンサートホールと邦楽ホールという2つのホールを持つ石川県立音楽堂ならではの企画と言えます。

演奏会はまず,いしかわ邦楽アンサンブルのステージで始まりました。お囃子のような軽快なリズムが聞こえてくると,それに合わせて,獅子頭を持った謎の人物が客席からステージ上に登場しました。やけに子供たちに絡んでくる獅子だな...きっとあのマエストロ?と思ってみていたら,やっぱり井上道義さんでした。

今回,井上さんは全く指揮はせず,進行役,インタビュー役に徹していました。ラ・フォル・ジュルネ金沢の時もそうですが,井上さんは,特に子供たちがクラシック音楽や古典芸能に触れる機会を増やすことにとても熱心です。この日のプログラム自体も井上さんが考えたものだったのですが,その熱意が伝わってくるような構成となっていました。

いしかわ邦楽アンサンブルの子どもたちは,口上に続いて,いくつか曲を演奏しました。,一つの楽器だけを演奏するのではなく,次々と色々な楽器を演奏しているのが特徴で,野手と投手の両刀遣いを目指している日本ハムの大谷投手などを思い出してしました。子どもの適応力は素晴らしいな,と感心しました。

演奏は,とても真面目なものでした。少々ぎこちなさはありましたが,一生懸命取り組んでいる様と同時に微笑ましさが伝わってきました。井上さんは,「金沢のような街でも,邦楽器を演奏する人は風前の灯。次世代のためにも,邦楽器を演奏する子供たちも育てていく必要がある」と語っていました。私自身,生物の世界だけではなく,音楽の世界でも西洋音楽だけに偏らない”多様性”が重要だと考えていますので,井上さん同様,この演奏会に邦楽アンサンブルが出演することは有意義だと思いました。

続いて,石川県ジュニアオーケストラのステージになりました。ジュニアオーケストラは数日前に鈴木織衛さん指揮で定期演奏会を行ったばかりですが,この日の指揮者は昨年の「井上道義による指揮者講習会」の優秀者だった平川範幸さんでした(井上さんは「抜擢した」と語っていました。)。音楽堂で行っているイベントの間に繋がりを持たせているのも,なかなか良いアイデアだと思います。

このステージでは,ラ・フォル・ジュルネ金沢2013のテーマに合わせるように,ビゼーの「カルメン」前奏曲とシャブリエの狂詩曲「スペイン」が演奏されました。どちらも響きがとても明るく,ラテン的な気分がよく出ていました。特にシャブリエの方は,実演で聞くのは「考えてみると初めて?」でしたが,打楽器が金管楽器のパンチ力が聞いており,特に聞き映えがしました。私の周りに座っていたお客さんも,孫をみるような感じで「上手やねぇ」としきりと感心していました。

休憩時間は30分と長く,上述のとおり和洋の楽器をあれこれ体験できるようになっていました。せっかくの機会だったので,私は三味線と大鼓を体験してみました(開演前はチェロも少し触ってみました)。子どもたちは,大人に向かってテキパキと指導しており(ちゃんと敬語も使っていました),なかなか頼もしく感じました。人に教えるというのは,子どもたちにとっても大きな自信につながるのではないかと思います。

休憩時間の様子
チェロの体験コーナー 三味線の体験コーナー
大鼓の体験コーナー 金大フィルメンバーによるロビーコンサート

演奏会の後半にはOEKが登場しました。まず,先程ジュニアオーケストラで聞いたばかりの「カルメン」前奏曲が演奏されました。こうやって聞き比べると,やはり音の密度が違いますねぇ。それと音楽の流れが生きているように自然に流れ,有機的だなぁと感じました。さすがOEKと思いました(ただし,よく見ると,ヴィオラとかトロンボーンなどのパートはジュニアもOEKもほぼ共通のような感じでした)。

続いて,カウンターテナーの藤木大地さんとソプラノの小林沙羅さんが登場しました。「オーケストラの日」と言いつつ,この部分ではオーケストラは引っ込んで,チェンバロ伴奏だけでモンテヴェルディの「ポッペアの戴冠」の中の二重唱が歌われました。この演奏はこの日のハイライトだったと思います。とにもかくにも,若いお2人の声のハモリ具合が素晴らしく,ステージは陶酔的な世界に変わりました。本当に瑞々しい音楽でした。音楽の方は,バロック音楽的「愛の二重唱」という曲で,井上さんは「何というか...エロい」「私はこういう世界が大好き」と語っていましたが,是非,モンテヴェルディの曲は,OEKの演奏会でも取り上げて欲しいと思います。

# 調べてみると,来年1月のOEKのニューイヤーコンサートに藤木大地さんが登場して,モンテヴェルディの曲を歌うようです。今から楽しみです。

その後はお2人が交互に登場しました。その中では,藤木さんによるマリーニの作品が特に楽しめました。洞窟の中のエコーを表現した曲で,藤木さんが歌った後,そのエコーがステージ裏から聞こえてくるという趣向でした。特にアナウンスはなかったのですが,舞台裏でエコー役のソプラノ(多分)とトランペットが演奏しており,とても面白い効果を出していました。金沢でカウンターテナーを聞く機会は少ないのですが,藤木さんの声には,苦しげな部分が全くなく,聞いた後には,「最上のカウンターテナーを聞いたなぁ」という爽快な満足感がしっかりと広がりました。

日本の歌曲2曲も聞き映えがしました。藤木さんによる正攻法の「荒城の月」,”やっぱりこの曲はソプラノがぴったり”という感じの小林さんによる「宵待草」(2音目でグーッと音が上がる部分が最高ですね)。それぞれお見事でした。

小林沙羅さんは,数年前の「トゥーランドット」金沢公演でのリュー役以来,ずっと注目している歌手ですが,清潔感があるだけでなく,声にコクがおり,今回も「今が旬」という歌を聞かせてくれました。最後,この小林さんの独唱で「フィガロ」の中のスザンナのアリアが歌われました。これもまた「はまり役」だと思いました。井上さんは,歌う直前の小林さんに対して,「今から歌う曲がどういう歌か説明してください」とトークを振っていましたが,その難題をスラスラとこなした後,しっかりとアリアを聞かせてくれました。いかにも新婚役らしい,ほのかに色気が漂うような初々しさのある歌で,小林さんのファンは,さらに増えたのではないかと思います。

小林さんは,今年のNHKニューイヤーオペラコンサートにも出演されていましたが,これから益々活躍の場を広げていきそうですね。是非,小林さんをスザンナ役にした「フィガロの結婚」の全曲をOEKとの共演で見てみたいものです。数年前,藤木さんと小林さんと,井上道義さん指揮神奈川フィルによって,神奈川県立音楽堂でモーツァルトの「バスティアンとバスティエンヌ」というオペラを上演したことがあるそうですが,これも見てみたいですね(ただし,この時は藤木さんは”ただの”テノールだったようです)。

最後はOEKのテーマ曲のようなモーツァルトの歌劇「フィガロの結婚」序曲で明るく締められました。指揮の平川さんらしさは,あまり感じなかったのですが,柔らかなでマイルドな響きに包まれました。

この日の公演のタイトルは「オーケストラの日」公演ではなく,「おーけすとらの火」公演となっていました。この「当て字」的なタイトルは井上道義さんのアイデアだそうです。「オーケストラの火」を絶やさずに次世代に伝えていきましょう,という意図です。演奏者にもお客さんにも子どもが大勢参加しており,その狙いどおりの演奏会になっていました。その中で,「エロい」モンテヴェルディの曲やカウンターテナーを聞かせて驚かすといった,ヒネりも聞いており,大人が聞いても楽しめる内容になっていたのも良かったと思います。

大曲を聞く「オーケストラの日」も良いですが,今回のように,プログラミングの妙やいろいろなアイデアを聞かせるのも,OEKならでで,面白いと思いました。
(2013/04/02)
関連写真集


公演のポスター


こちらの案内の方は,「オーケストラの日」となっていました。


ステンドグラスの外には工事中の金沢駅。


JR金沢駅には,4月の季語のようにラ・フォル・ジュルネ金沢2013のタペストリーが登場。

桜はまだほとんど咲いていませんが...

街中で見つけた「桜」です。


こちらはホテル日航の中で見つけた桜です。