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サンクトペテルブルク交響楽団金沢公演
2013年4月14日(日) 14:00〜 石川県立音楽堂コンサートホール
チャイコフスキー/幻想序曲「ロメオとジュリエット」
ストラヴィンスキー/バレエ「火の鳥」組曲(1919年版)
ショスタコーヴィチ/交響曲第5番 ニ短調 op.47
(アンコール)ショスタコーヴィチ/バレエ音楽「ボルト」〜「荷馬車引きの踊り」
●演奏
井上道義指揮サンクトペテルブルク交響楽団
Review by 管理人hs  

井上道義指揮サンクトペテルブルク交響楽団の金沢公演が行われたので聞いてきました。

クラシック音楽ファンの中には,「サンクトぺテルブルク」というよりは,以前の名称「レニングラード」の方がピンとくるという人がまだまだ多いと思います。その理由は何といっても,エフゲニー・ムラヴィンスキーが長年指揮者を務めていたレニングラード・フィルの名声です。私もどうしてもレニングラード・フィルのことを思い出してしまうのですが(実は25年ほど前にレニングラード・フィルが金沢公演を行っており,それを聞きに行ったことがあります。指揮者は何とマリス・ヤンソンスでした。),今回金沢公演を行ったサンクトペテルブルク交響楽団は,レニングラードフィルとは別の「もう一つのレニングラードのオーケストラ」です。井上さんとは1975年以来のお付き合いがあります。その全国ツアーの初日が金沢でした。いちばん最初というだけで何となく嬉しいですね。

プログラムは,チャイコフスキーの「ロミオとジュリエット」,ストラヴィンスキーの「火の鳥」,そして,ショスタコーヴィチの交響曲第5番ということで,先日の金聖響さん指揮のオーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)+大阪フィルの合同公演以来,金沢はすっかり大曲づいている感じです。この公演のプログラムを決めるに当たっては,半年ほど前に,石川県立音楽堂で「アンケート」を取っていたことがあります。見事,私が選んだ今回のプログラムが選ばれたのですが,やはり,皆さん「ミッキーのショスタコ」への期待が高かったののだと思います。

さて,このオーケストラの響きですが,弦楽器の人数もかなり多く(プログラムによると16名),石川県立音楽堂のステージ上はぴったり満席という感じになっていました。オーケストラの音には常に余裕があり,どこか重心の低さがありました。その暗めのサウンドは,ロシア音楽にはぴったりでした。井上さんの指揮は,どの曲についても,各楽器の音をしっかりと鳴らし,堂々とした構えを持った音楽を聞かせてくれました。

最初に演奏されたのは,チャイコフスキーの「ロミオとジュリエット」でした。冒頭のクラリネットの音からしっかりとした落ち着きがありました。全体的にオーソドックスな音楽づくりで,モンタギューとキャピュレット両家の争いの部分なども,ドラマティックというよりは音楽的によくまとまった構成の堅固さを感じました。それでいて十分に響きは強烈で,迫力に不足はありませんでした。愛のテーマの部分も甘く陶酔的になるというよりは,キリリと引き締まったような美しさを感じました。ちなみに,オーケストラの方については,最後の方で「ずれた?」という感じの部分がありましたが,堂々たる演奏を聞かせてくれたので,ほとんど気になりませんでした。

2曲目の「火の鳥」では,まず,冒頭のコントラバスによる重低音が印象的でした。重量感あふれる歩みが魅力たっぷりで,「ロシアの大地の鼓動」といった不思議な生命力が漂っていました。この曲は,昨年のラ・フォル・ジュルネ金沢で大友直人さん指揮OEKで聞いて,「良いなぁ」と思いましたが(この時も同じ1919年版でした),さすがに低音の魅力については,今回の演奏が優っていたと思います。

演奏時間は20分程度でしたが,聞きごたえ十分でした。途中,各楽器のしっかりとした硬質の響きがしっかりと絡み合い,いかにもストラヴィンスキーらしい現代的な雰囲気が出ていたのも良いと思いました。「カッシェイ王の悪の踊り」では,井上さんらしく生き生きした表現とリズムを楽しませてくれました。その後,子守唄,終曲と続きますが,オーケストラの響きに余裕があるので安心して楽しむことができました。各楽器のソロも印象的で,子守唄でのファゴット,終曲でのホルンなど,くっきりとした音を美しく聞かせてくれました。特にホルンの高音がお見事でした。クライマックスでの堂々たる歩みも素晴らしく,この曲で全体を締めても良いような貫禄と輝きを感じました。

後半のショスタコの5番の方は,さらに井上さんらしさ全開,というか井上さんの「信念」のようなものが強く伝わってくるような演奏になっていました。

第1楽章は非常にシリアスな音楽で,冒頭から気合い十分でした。ただし,それほど大げさになることはなく,堂々とした風格と同時に,びしっと引き締まった古典的と言っても良い表情を持っていました。全体にじっくりとしたテンポで演奏しており,弦楽器の冷たいリリシズムが際立っていました。

途中,ショスタコーヴィッチらしく吹奏楽の行進曲のようになる部分がありますが,こういう部分でも大げさにはじけ過ぎることはなく,どこか冷静で不気味な暗さを湛えていました。狂気をはらんだような底知れない迫力がありました。こういった部分を中心に,トランペット(4本いました)やトロンボーンをはじめとした金管楽器群の威力が素晴らしく,黒光りするような凄みのあるサウンドを聞かせてくれました。

第2楽章も堂々とした運びでしたが,こちらはスケルツォ的な大らかさを感じさせてくれました。この楽章を改めてじっくり聞いてみると,マーラーの交響曲のスケルツォと雰囲気がよく似ているなぁと感じました。コンサートマスターが独奏するあたり,マーラーの交響曲第4番のスケルツォに通じるものがあると思いました。井上さんはマーラーの交響曲も得意とされていますが,こういう楽章での気分の変え方が巧いですね。気合いの入ったエンディングも迫力十分でした。

第3楽章では,第1楽章同様,弦楽合奏の凄みのある美しさが見事でした。弱音で始まった後,次第に大きな音楽へとうねりと熱さを増していきました。この楽章自体,常に緊張感をはらんでいるのですが,他の楽章と比べると,「束の間の休息」といった趣きがあります。恐怖感を感じながらも,短い幸福感に浸っているような「いじらしさ」があり,ショスタコーヴィチがこの曲を作曲していた時代背景などと思わず重ね合わせて聞いてしまいました。この「束の間の休息」という感覚は,何だか分からない不安感に包まれていて,妙に忙しくなってしまった現代の日本社会にも通じるものかもしれませんね。

第3楽章の後,インターバルを置かずに第4楽章に入りました。堂々とした金管合奏がまず強烈でした。第1楽章同様の鋼のような強さがありました。特に1番トランペットの音が素晴らしいと思いました。旧ソヴィエト時代のようなヴィブラートたっぷりという感じではありませんが,「ロシアのトランペット!」という感じの独特の味がありました。

その後もテンポはスポーツ的に走ることはなく,常にどこか暗さをはらんでいました。打楽器群の強く硬い響きも迫力十分でした。コーダの部分は,堂々としていながらも前へ前へという推進力がありました。ここでは輝かしいエンディングというよりは,何故か哀感を感じてしまいました。最後の最後の部分でのティンパニと大太鼓の強打の連打も印象的でした。グサッととどめを刺すようなどぎつさがありました。勝利の行進というよりは,恐怖感におびえながら終わるような「深さ」や「意味」を感じさせてくれました。

井上さんは,旧ソビエト時代にこのオーケストラを指揮しただけではなく,つい最近も北朝鮮のオーケストラを指揮してきて話題になりましたが,この演奏には色々な意味で,井上さんの「実感」がこもっていたのではないかと思いました。この演奏からは,暗い時代の中でも力強い音楽を演奏し続けてきたロシアの音楽家に対する井上さんの敬意が強く伝わってきました。それと困難な時代だからこそ音楽の力に期待したいという姿勢も感じました。

今回の演奏では,アンサンブル面では「超精密」という感じではなく,所々で「おやっ」という感じのミスがありましたが(この辺はやはり来日公演初日ということもあったのかもしれませんが),そういったことは気にならず,逆にロシア音楽のスケール感と魅力をしっかりと感じることができました。素晴らしい演奏会でした。

井上さんのトークに続いて,アンコールが1曲演奏されました。「サンクトテルブルクはずっと昔,泥沼でしたが開拓を行って...」といったことを語った後,「このオーケストラの力を聞いて欲しい」といって,ショスタコーヴィチのバレエ音楽「ボルト」の中の「荷馬車引きの踊り」が始まりました。「ズンタカタッタ,ズンタカタッタ...」と絵に描いたような野暮ったい強烈なリズムが続く,いかにも労働歌といった感じの音楽です。しかし,それがとても魅力的で,その力強さに圧倒されました。井上さんは途中から客席の方に向いて,手拍子を促すと,お客さんもしっかりそれに反応しました。日本人が大好きな,1拍目が強くなる頭打ちの手拍子ということで,ちょっとした宴会気分で大きく盛り上がって演奏会は終わりました。

この日は,かなり座席が空いていましたが,井上さんとロシア音楽との相性の良さを実感しました。今回の日本公演も素晴らしいものになることでしょう。

PS. 今回の公演については,金沢のお客さんからすると価格設定がやや高めだったかもしれません。それと...今月は何といってもラ・フォル・ジュルネ2013の開幕をひかえていますのので「迷ったけど...パス」という方人もかなりいたのではないかと思います。

(2013/04/16)
関連写真集


公演のポスター


アンコールの掲示。



プログラムは買うつもりはなかったのですが(\1000だったので),井上さんが「プログラムには,私が長髪だったころの写真も掲載されています」と語ったのを聞いて,「見てみたい」と思い,ついつい購入してしまいました。

貴重な写真ですので,ここでは非公開にしておきましょう。