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オーケストラ・アンサンブル金沢 音楽堂室内楽シリーズ第1回 ベートーヴェンと三人の女たち:「不滅の恋人」は誰だったのか? 2013年5月11日(土)14:00〜 石川県立音楽堂コンサートホール 第1部 ベートーヴェンと三人の女たち ベートーヴェン(青島広志編曲)/交響曲第5番ハ短調op.67から ベートーヴェン(青島広志編曲)/交響曲第9番二短調op.125「合唱付き」から「歓喜の歌」 ベートーヴェン(青島広志編曲)/エリーゼのために ベートーヴェン/弦楽四重奏曲第5番イ短調op.18-5〜第4楽章 ベートーヴェン(青島広志編曲)/ピアノ・ソナタ第8番ハ短調op.13「悲愴」〜第2楽章 ベートーヴェン/弦楽四重奏曲第15番イ短調op.132〜第3楽章 ベートーヴェン/弦楽四重奏曲第9番op.59-3「ラズモフスキー第3番」〜第4楽章 第2部 カルテットーーーク!西村雅彦とオーケストラ・アンサンブル金沢メンバーによるトークと演奏 ハイドン/弦楽四重奏曲第81番ト長調「挨拶」〜第1楽章 ショスタコーヴィチ/弦楽四重奏曲第3番ヘ長調op.73〜第3楽章 ショスタコーヴィチ/ポルカ ドビュッシー/弦楽四重奏曲第ト短調op.10〜第2楽章 モーツァルト/弦楽四重奏曲第17番変ロ長調K.458「狩」〜第1楽章 ●演奏 ナビゲーター:西村 雅彦,構成:新井 鴎子 オーケストラ・アンサンブル金沢メンバー(松井直(第1ヴァイオリン),上島淳子( 第2ヴァイオリン), 石黒靖典(ヴィオラ),大澤明(チェロ)
昨年度まで「もっとカンタービレ」シリーズと呼ばれていた,オーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)メンバーのプロデュースによる室内楽シリーズが発展的に解消され,今年度からは「音楽堂室内楽シリーズ」という新たなシリーズが始まりました。その第1回が行われたので聞いてきました。
「室内楽を中心とした自由な企画」という点では「もっとカンタービレ」を引き継いでいますが,今回のようにトークを大々的に交えてコンサートホールで行ったり,邦楽ホールで行ったり...演奏会の自由度がさらに高くなっているようです。その分,金額が倍ぐらいに上がったのですが(それでも6回の回数券ならば1回あたり2000円程度),スタッフのサポートも増え,これまでよりもしっかりとした公演になっているようなので,定期公演シリーズが一つ追加された印象です。 その第1回が「ベートーヴェンと三人の女たち」というタイトルが付けられたこの公演でした。俳優の西村雅彦さんの語りとOEKメンバーの弦楽四重奏を組み合わせた公演で,前半は,ベートーヴェン風の衣装を着た西村さん(やや額の広いベートーヴェンといった感じ)がベートーヴェンの人生について語り,その間に弦楽四重奏でベートーヴェンの音楽が演奏されるという構成でした。後半は,「カルテットーーーク!」と名付けられたコーナーで,西村さんとOEKメンバーによる気軽なトークを交えて演奏を楽しむ趣向になっていました。
西村さんの語りは「さすが役者」というもので,その語り自体が芸になっていました。弦楽四重奏との取り合わせもぴったりでした。オーケストラだと,その響きに圧倒されるかもしれませんが,弦楽四重奏だと「語り」も「音楽」も主役という感じになります。ベートーヴェンの人生を彩った3人の女性へのラブレターを西村さんが読み上げた後に,弦楽四重奏が続くととてもロマンティックな気分になります。 ベートーヴェンは16歳の時に母親を亡くし,その後,家族を養っていくことになるのですが,彼の女性への恋心の原点がこの母親への思いということが言えます。ベートーヴェンのラブレターについては,その宛名として出てくる「不滅の恋人」が誰を指しているのかという謎が残っていますが,この日の語りでは,「ベートーヴェンの心の中の理想の女性」という形でまとめていました。この辺がいちばん妥当な線でしょうか。 演奏された曲の中には,青島広志さんが弦楽四重奏用に編曲したものがいくつかありましたが,やはり,ベートーヴェンのオリジナルの弦楽四重奏曲が良かったと思います。第5番と第15番の,それぞれ1つの楽章だけが演奏されましたが,その選曲も良かったと思います。特に第15番の第3楽章は,「これが弦楽四重奏曲の最高峰」といった感じの崇高な美しさに溢れた演奏でした。第5番の方は対照的に,明るく青春そのものという感じでした。西村さんの語りが作る「ドラマ」の中で聞くと,どちらも実に良い雰囲気でした。私も同様ですが,これを機会にベートーヴェンの弦楽四重奏の世界に踏み込みたいと思った方も多かったのではないかと思います。 最後に弦楽四重奏曲第9番「ラズモフスキー第3番」の最終楽章が演奏されて,前半は終わりました。この曲は4つの楽器がそれぞれに活躍し,しっかりと盛り上がるので「締め」にはぴったりでした。 後半の「カルテットーーーク!」では,西村さんとOEKメンバーによるトークがとても自然で,暖かい雰囲気が会場に溢れていました。OEKメンバーだけのトークだとどうしても遠慮があったりするのですが,西村さんが加わることでいつもと違った角度からメンバーの素顔を見せてくれたようなところもありました。 松井直さん,上島淳子さん,石黒靖典さんのトークはこれまであまり聞いたことはなかったのですが,どれも楽しいものでした。この公演は金沢以外の都市でも行われるのでネタバレになってしまいますが,次のようなトークが出てきました。
あるヴィオラ奏者は演奏前,必ずロッカーの中を確認してステージに出ていた。気になった同僚が中を見てみたところ...「弓は右手,楽器は左手」と書かれていた!こんな感じのジョークが沢山あるとのことです。私はヴィオラ奏者ではありませんが,結構「この気持ち」が分かる気がします。今からヴィオラを始めてみるかな?
後半は,ハイドンの弦楽四重奏曲「挨拶」から始まりました。鼻歌まじりのような上機嫌な曲で,この演奏会の気分にぴったりでした。トークの後,気分を変えて,「本音と建前」の作曲家・ショスタコーヴィチの曲が2曲演奏されました。シリアスな顔の例として弦楽四重奏曲第3番の第3楽章,おどけた顔の例として映画「黄金時代」の中の「ポルカ」が演奏されました。後者の方は,松井さん,大澤さんを中心としたこのクワルテットのアンコール曲の定番ですね。 その後,「みなさん休日の時は何をしていますか?」「どんな音楽を聞きますか?」といった質問がありました。
ここでOEKメンバーから逆襲があり,西村さんに質問がありました。
受け答えを聞きながら,変幻自在の西村さんのキャラクターは本当に素晴らしいと思いました。次回(?)は是非,ロマン派の作曲家役を期待したいと思います。チャイコフスキーとかマーラーはどうでしょうか。 その他,ドビュッシーの弦楽四重曲の第2楽章(ラ・フォル・ジュルネで聞いたばかりでしたが,良い雰囲気の曲ですね),モーツァルトの弦楽四重奏曲「狩」の第1楽章...と弦楽四重奏の「いいとこ取り」という感じで室内楽を楽しむことができました。最後は大澤さんのチェロが熱く歌うアンコールのピアソラのリベルタンゴで,弦楽四重奏による世界一周は締められました。 今回の演奏会は,OEKのメンバーの素顔についてもっと知りたいという人,弦楽四重奏を気楽に楽しみたいという人,そしてもちろん西村さんのファン...それぞれ満足できた演奏会だったと思います。今後,この室内楽シリーズがどのような展開になるのかについても,大いに期待したいと思います。(2013年5月18日)
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