OEKfan > 演奏会レビュー

オーケストラ・アンサンブル金沢第337回定期公演フィルハーモニー・シリーズ
2013年5月31日(金)19:00〜 石川県立音楽堂コンサートホール

1)モーツァルト/ピアノ協奏曲第24番ハ短調 K.491
2)マルティノフ/カム・イン!:ヴァイオリンご弦楽のための
3)ハイドン/交響曲第88番ト長調 Hob.I:88
4)(アンコール)ウォーロックキャプリオル組曲〜第5曲「Pieds en l'air」

安永徹(リーダー)
オーケストラ・アンサンブル金沢(コンサートマスター:松井直)
市野あゆみ(ピアノ*1),安永徹(ヴァイオリン*2)


Review by 管理人hs  

ラ・フォル・ジュルネ金沢2013明けに久しぶりに聞く(と言っても1カ月以内ですが)オーケーストラ・アンサンブル金沢(OEK)の演奏は,おなじみ安永徹さんの弾き振りと,市野あゆみさんのピアノによる定期公演でした。

安永さんと市野さんの公演には,ハズレが無いのですが,今回の公演は特に素晴らしかったと思います。管とピアノの絶妙のバランスを楽しめたモーツァルト,永遠に続くような天国的なマルティノフ,「何と自由!」と思わせるハイドン。古典派の曲と聞いたことのない現代曲という地味目の組み合わせでしたが,どの曲にも工夫が凝らされており,OEKの魅力を100%引き出してくれるような演奏の連続でした。何よりOEKが伸び伸びと,そして一丸となって演奏している様子が伝わってくるのが良かったと思います。

前半は市野さんのピアノを加えてモーツァルトのピアノ協奏曲第24番が演奏されました。この曲がOEKの定期演奏会で演奏されるのは比較的珍しいですね。第1楽章の序奏部から,OEKの音にはベートーヴェンを思わせるような引き締まった雰囲気がありました。バロックティンパニの音や弦楽器の響きを聞くだけで,「一味違う。何が始まるのだろう」という気分にさせてくれました。

ただし,全体的にはドラマティックになりすぎることはなく,さりげない美しさを持った市野さんのピアノと共にほの暗い穏やかさをたたえたOEKの音が美しく絡み合う,大人の音楽となっていました。市野さんのピアノは,激しい感情を伝えるというよりは,常に平静さがあり,オーケストラのメンバーに対して語り掛けながら演奏しているようでした。

この曲はクラリネットも入る曲で,随所で木管四重奏のような感じになります。ちなみにこの演奏でのトップ奏者は,フルート岡本さん(フルートは1人でしたが),クラリネット遠藤さん,オーボエ加納さん,ファゴット渡邉さんということで,市野さんも合わせて女性ばかりによる息のあったアンサンブルを楽しませてくれました。木管楽器とピアノが戯れて,たゆたうように音楽が進むのが大変魅力的でした。

楽章の最後の部分のカデンツァは,モーツァルト自身によるものが残されておらず,「誰のものだろう?ベートーヴェンのものかな?」などと想像しながら聞いていました。終演後のサイン会の時,市野さんにお尋ねしてみたところ「エドウィン・フィッシャーのものです」と優しく教えて頂きました。エドウィン・フィッシャーは20世紀を代表するベートーヴェンを得意とするピアニストですので,私の予想も「いい線」だったと思います。

第2楽章はより自由な雰囲気がありました。まず,市野さんが,速いのか遅いのか分からないような分からないような,一言でいうと絶妙の息づかいの感じられるようなテンポでさり気なく演奏を始めました。その後,オーケストラが入って来て,音がパッと豊かに広がる辺りの気分の切り替えが素晴らしいですね。この楽章でも管楽器群のクリアな音が印象的でした。楽章の後半では,市野さんは控え目に即興的な音を加えて演奏しており,とてもセンスよく音楽のムードに変化を付けていました。

第3楽章もドラマティックになり過ぎることはなく,「さり気なく哀しい」気分を伝えてくれました。途中,オーケストラとピアノがダイナミックに掛け合うようなベートーヴェン的な部分ではもう少しピアノに力強さが欲しい気もしましたが,まとまりの良さがこの室内楽的なまとまりの良さが一貫しているのが,この演奏の特徴だったと思います。演奏後,市野さんはまず管楽器メンバーを立たせていましたが,そのことがよく分かるような演奏でした。

後半はまずマルティノフという現代の作曲家による「カム・イン!ヴァイオリンと弦楽のための」という曲が演奏されました。全くどういう曲が知らずに聞いたのですが...ほとんどヒーリングミュージックという感じの心地よさを持った作品でした。マルティノフは1946年モスクワ生まれの作曲家で,ギドン・クレーメルが初演を行っています。楽器の配置は次のとおりで,弦楽器に加えて,チェレスタ(市野さんが担当していました)とパーカッション(ウッドブロック?)が加わっていました

1曲目では第1ヴァイオリンと第2ヴァイオリンは左右に分けていたのですが,この曲ではチェロを背景の方に並べ,それ以外の楽器で安永さんを取り囲むような形になっていました。

   コントラバス     チェロ
         第2ヴァイオリン  チェレスタ
  第1ヴァイオリン 独奏ヴァイオリン  ヴィオラ  打楽器

この曲は非常にシンプルでノスタルジックなメロディで始まりますので,最初,「北欧あたりの曲のようだな。ちょっとバーバーのヴァイオリン協奏曲的な感じもあるかな」などと想像しながら聞いていたのですが,曲が進むにつれて,途中でいろいろなパターンのヴァイオリン・ソロを含みながら,同じ構造が何回も何回も繰り返されていることが分かり,どこか催眠的で天国的な気分になってきました。

チェレスタやパーカッションが入る部分は,どこかクリスマスを思わせるような気分がありましたが,これも同じパターンでしたので,ミニマルミュージックを思わせる部分もありました。安永さんの独奏ヴァイオリンには,かっぷくの良い安定感があり,いつまでもいつまでも浸っていたいような気持になりました。途中,何回か音階をどんどん上って行き,天国のドアの前で「Come in!」といった気分になる部分がありました。この部分が特に印象的でした。

この曲では安永さんのヴァイオリンに加え,もう1台ヴァイオリンが絡み合う形になっていました。コンサートマスターの松井さんの演奏は,安永さんのエコーのような感じで寄り添い,曲の繊細な気分を伝えていました。

途中から「この曲は,一体いつまで続くのだろう?」という感じになってきましたが,最後にチリンチリンと鈴の音がなって,スッと終わりました。何とも詩的な曲でした。「自分のお葬式の時に掛けて欲しい音楽は?」という質問が音楽雑誌の企画などで時々あったりしますが,この曲には不思議な幸福感が漂っているので,ぴったりかもしれません。そういうことを考えさせてくれるような作品でした。

演奏後の拍手は,段々と大きくなるような感じで,お客さんにもしっかりと受け入れられたようでした。この日のOEKメンバーには,クレメラータ・バルティカのヴィオラ奏者のダニイル・グリシンさんも参加していましたが,演奏後,特に大きな動作で喜んでいたのが印象的いでした。きっと,安永さんの独奏は,クレーメルの演奏にも優るとも劣らない演奏だったのでしょう。

最後にハイドンの交響曲第88番が演奏されました。楽器の配置がまた変更になり,1曲目のモーツァルトの時と同様の第1ヴァイオリンと第2ヴァイオリンを左右に分け,コントラバスが下手に来る配置になっていましたが,何故かヴィオラ・パートが上手奥にちょっと引っ込んでいるのが特徴的でした。

この曲については,フルトヴェングラーやワルターの演奏で馴染んでいたので,今回の演奏の最初の部分を聞いて。「おぉ」と思いました。倍ぐらいの速さだった気がします。しかも,音の強弱だけではなく,弦楽器のフレージングが実に多彩で,全く別の曲を聞くような新鮮さがありました。基本的には大変緻密な演奏なのですが,随所に細かい工夫(というか「遊び」と言った方が良いでしょうか)があり,聞いていて実にスリリングでした。

安永さんは,とても真面目な雰囲気の方で,トークなどを聞いても誠実さが伝わってくるのですが,OEKとの演奏になると毎回非常に大胆な解釈を聞かせてくれます。この「まじめに遊ぶ」感じが良いですね。

オーケストラの音もとてもよく鳴っていました。主部に入ると,今度は落ち着いた感じになるのですが,リズムがキビキビしており,細かいところまできっちりと整えられているので,聞いていて大変気持ちが良く感じられます。

定期公演前のインタビュー記事によると,毎回,安永さんの書き込み入りの楽譜によってリハーサルを進めているとのことですが,長年のベルリン・フィルでの経験を生かした,効率的で効果的なリハーサルになっているのではないかと予想します。そのことが分かるような,OEKの「変貌ぶり」です。音楽がよく練られているなぁと感じます。
http://www.orchestra-ensemble-kanazawa.jp/news/2013/05/337.html

第2楽章は,オーボエとチェロを中心に一見のんびりした感じで始まりますが,短めのフレージングが特徴的で,やはり往年の巨匠たちの演奏とは一味違います。途中で強烈にティンパニとトランペットが音を鳴らしたりする部分は,飯尾洋一さんの解説に書かれているとおり交響曲第94番「驚愕」を先取りするような感じです。ティンパニとトランペットによる古楽風のアタックの強さが衝撃的でした。ユーモア好きなハイドンらしさの片鱗が見える楽章でした。

第3楽章の田舎風のメヌエットも工夫満載でした。最初のメヌエットの部分は堂々としたテンポで,ここでもオーケストラがとても気持ちよく鳴っていました。トリオではバグパイプを思わせるドローンの上で,次々に意外な音が浮かび上がって来てスリリングでした。普通とはちょっとずらしたようなリズムの強調も面白く,知的な遊戯という雰囲気のあるアイデア満載の演奏になっていました。

第4楽章でも,緻密さと大胆さが共存していました。緻密さを積み重ねて大きな音楽になっていく辺りは,古典派音楽の頂点という感じですね。最後に大きく見得を切るような感じになった後,一気に勢いを増して全曲が終わりました。

ハイドンの交響曲については古典派のセオリーに従って書かれている曲が多いのですが,今回の演奏を聞きながら「何と自由なのだろう」と感じました。五七五の俳句などの定型詩も同様なのかもしれませんが,今回のようなしっかりと考えられた演奏でハイドンの曲を聞くと,形式があるからこそ自由さが際立つのではないかと思いました。

安永&OEKの定期公演では,弦楽合奏の曲をアンコールとして取り上げるのが「恒例」になっています。今回は,以前定期公演で演奏した曲の中からウォーロックのキャプリオル組曲の中の第5曲が演奏されました。16世紀末のフランスの踊りの音楽ということでしたが,大変静かな曲で優雅な気分で締めてくれました。

安永さんとOEKのコンビの演奏には,アットホームな雰囲気があると同時に,一丸となって工夫とアイデアに満ちた音楽に取り組んでいるようなスリリングさが常にあると思います。今回はマルティノフの曲を取り上げてくれましたが,知られてないけれども面白い作品をどんどん発掘してくれるのも嬉しいですね。

6月4日にはOEKメンバーとの室内楽公演もありますが,こちらもまたスリリングな演奏を楽しませてくれそうです。

アンコールの掲示 終演後サイン会がありました。
新シーズンのOEK定期会員の募集用リーフレットです。今年度はメンバー全員の写真が掲載されており,見ているだけでも楽しめます。
この日から百万石まつりが始まりました。音楽堂のまわりの建物の前にも,百万石まつりのチョウチンが多数飾られていました。
(2013/06/02)