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音楽堂室内楽シリーズ第2回 安永徹×OEKメンバー
2013年6月4日(火)19:00〜 石川県立音楽堂交流ホール

1)トゥリーナ/闘牛士の祈り op.34
2)ブルックナー/インテルメッツォ 二短調
3)フランセ/八重奏曲
4)チャイコフスキー/弦楽六重奏曲 二短調 op.70「フィレンツェの思い出」
5)(アンコール)ハイドン/弦楽四重奏曲 op.20-5〜第3楽章
●演奏
安永徹,坂本久仁雄(ヴァイオリン),石黒靖典,丸山萌音揮*2,4(ヴィオラ),大澤明,ソンジュン・キム*4(チェロ),今野淳(コントラバス*1-3),木藤みき(クラリネット*4),山田篤(ホルン*4),柳浦慎史(ファゴット*4))

Review by 管理人hs  

今年度から始まった「音楽堂室内楽シリーズ」の第2回には,5月末のオーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)の定期公演に登場したばかりの安永徹さんがヴァイオリン兼リーダーで登場しました。演奏会とほぼ同じ時間帯に日本チームのワールドカップ出場を決める試合をテレビで中継していたのですが,「心配しなくても勝つだろう」と勝手に思い込んで,演奏会の方を聞きに行くことにしました。

編成は五重奏,六重奏,八重奏といった,室内楽としてはやや大き目の編成の曲が中心でした。選曲はすべて安永さんによるものでした。「食わず嫌いを無くしてもらうために珍しい曲を集めてみました」ということで,安永さん精選によるこだわりのプログラムということになりました。

特に前半はマニアックな曲が並びました。トゥリーナの闘牛士の祈り,ブルックナーのインテルメッツォ,フランセの八重奏曲とCDも含めて初めて聞く曲ばかりでした。安永さんは「このプログラムでどれだけお客さんが来てくれるか不安でした」と語っていましたが,実はその裏には「絶対に楽しめる曲ばかりです」という自信があったのではないかと思います。演奏会全体を通して,交流ホールならではの迫力たっぷりの演奏が続き,安永さんの思惑どおり,先入観なしに音楽を聞く楽しさを味わうことができました。

各曲ごとに安永さんの解説が入りましたが(管楽器の入るフランセの曲だけは柳浦さんの解説でした),その解説も大変面白く,含蓄に富んだものでした。この解説があったのでさらに曲を深く楽しむことができました。

トゥリーナの曲は,安永さんによると「心の中に揺れ動くものを持つ存在である闘牛士の複雑な心理を表現した曲」とのことです。通常は弦楽四重奏の編成なのですが,低音を充実させたいということで,コントラバスの今野さんを加えての演奏になっていました。

安永さんが語った内容は,「闘牛士は牛のことがものすごく好きなのに殺さないといけない。逆に殺さなければ自分の方が殺されてしまう」という心理です。曲の雰囲気も「スペイン=情熱=派手」という感じではなく,スペイン風味を感じさせながらも色々な”思い”がじっくりと内側にもぐっていくような気分のある曲でした。闘牛士の強さと優しさを表現するように,多彩な響きを楽しむことができました。その中では,時々出てくる弦楽器のユニゾンの強い響きが印象的でした。

この日の安永さんとOEKメンバーの衣装は,黒シャツに黒ズボンに各自別々の色のネクタイという組み合わせで揃えていました。考えてみると,この衣装もちょっとスペインを意識した感じだったのかもしれません。

次のブルックナーの曲は,弦楽五重奏の中のスケルツォ用に書かれた曲ですが,結局は採用されず,単独の曲として残ったものです。この曲でも低音が補強されており,6人編成で演奏されました。その意図どおり,本当に深々とした音楽を楽しませてくれました。ブルックナーと言えば,何といっても「演奏時間の長い交響曲の作曲家」というイメージですが,そのエッセンスがにじみ出ていたのが面白いところです。

曲想はスケルツォというよりは,もっとおっとりとしたレントラー舞曲風でした。ブルックナーらしく同じような音型が繰り返されるのですが,それが次第に心地よくなってきました。演奏の方も慌てず騒がず,という感じで交響的室内楽といった感じでした。この日はすべての曲で安永さんがリーダーを務めていましたが,その音が特にくっきりと聞こえて来ました。安永さんは,ベルリン・フィル時代多くの名指揮者とブルックナーの交響曲を演奏して来られたと思いますが,その片鱗を感じました。

フランセの八重奏曲は,この日のプログラムの中で唯一管楽器が入る曲でした。編成は,シューベルトの八重奏曲と同じです。弦楽四重奏+コントラバス+クラリネット+ファゴット+ホルンというものです。言ってみれば「ほぼ室内オーケストラ」という編成ですね。フランセという作曲家はプログラムの解説によると,何と1997年まで存命だった方です。生まれた年は1912年で,指揮者のゲオルク・ショルティと同じ世代になります(今調べてみて発見したのですが,没年も同じ1997年です。)。

フランセは,完全に20世紀の作曲家ということになりますが,作風には前衛的な感じはなく,プーランクに通じるような粋でウィットに富んだ明るさがありました。ファゴットの柳浦さんの解説によると,「この曲はウィーン八重奏団からの委嘱によるもので,シューベルトの八重奏曲に触発されて作られた曲。シューベルトの曲はベートーヴェンの七重奏曲に触発された曲。交響曲的な作品を気楽にサロンで楽しむような曲の系譜に属する。ただし,この3曲の中では,.演奏するのはフランセの曲が格別に難しい」とのことでした。

確かにそのとおりで,曲の響きはプーランクの「ぞうのババール」を思わせるようなファンタジーと軽妙さに溢れているのですが,楽章ごとにテンポの変化があり,随所に弾きにくそうなパッセージが出てきました。柳浦さんは「気楽に弾いているように見せたい」と語られていましたが,個人的には,「ちょっと大変そう」というぐらいの演奏の方に面白味や味を感じます。そういう意味で今回の演奏は,丁度良い具合(?)の演奏だったと思います。

曲は,フランスの作曲家らしくスケルツォ楽章でも泥臭くなることはなく,スマートさがありました。特に最終楽章のウィーンへのオマージュ風のワルツが聞きものでした。どこかR.シュトラウスの「薔薇の騎士」を思わせる気分や,フランス風とウィーン風が混ざったラヴェルのラ・ヴァルスをのような雰囲気があったり,粋で華やかな気分の中で全曲が締められました。

後半のチャイコフスキーの「フィレンツェの思い出」はかなり有名な曲で,実演でも何回か聞いたことがあります。今回の演奏は,オリジナルどおりの弦楽六重奏版で,安永さんのヴァイオリンを中心にキリっと引き締まった表情を持った演奏を楽しませてくれました。

まず,第1楽章冒頭のドラマティクで鮮やかな表情が格好良かったですね。グイグイと前進するような激しさのある演奏でした。「安永さんがしっかりリードしているなぁ」という感じの演奏でしたが,次第に6人の奏者も前面に出てきて,立体的に絡み合い,色々な「音の彩を」楽しむことができました。

第2楽章は,同じチャイコフスキーの弦楽セレナードのような感じで始まりましたが,ピツィカートの伴奏の上にしっかりと歌が歌われていくと,いかにもセレナードという感じになります。この曲は,「フィレンツェ」という割にはロシア的な曲なのですが,この楽章には少しラテン風味があると思いました。

第3楽章は,主題自体が素朴なロシア風です。安永さんのヴァイオリンに加え,大澤さんのチェロもさり気なく,しかし熱く歌っていました。第4楽章もロシア舞曲風の魅力的な楽章です。交流ホールは残響が少ないので,全員で力いっぱい演奏するとエネルギーが溢れすぎてややヒステリックに響くような部分もありましたが,エンディング部分など,大変若々しく,力に溢れていました。精緻さと熱さが共存した「さすがプロ!聞かせるねぇ」という演奏でした。

最後にハイドンの弦楽四重奏の中の1つの楽章がアンコールで演奏されてお開きになりました。考えてみると,この日弦楽四重奏曲が演奏されたのはこの曲だけでした。熱くなった空気を鎮めるような穏やかな演奏でした。改めて,弦楽四重奏の魅力を感じさせてくれました。

5月最後のOEKの定期公演に続いて,この日の室内楽公演でも,安永さんのリードの下,次から次へと湧き出てくる多彩で充実した音楽を楽しむことができました。ワールドカップサッカーの方も無事出場が決まり(ペナルティキックを最後の最後で決めてくれた本田さんはさすがです),「言うことなし」の一日となりました。
(2013/06/08)