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オーケストラ・アンサンブル金沢第338回定期公演フィルハーモニー・シリーズ
2013年6月13日(木)19:00〜 石川県立音楽堂コンサートホール

1)ラヴェル/組曲「クープランの墓」
2)モーツァルト/2台のピアノのための協奏曲へ長調K.242
3)ベートーヴェン/交響曲第1番ハ長調 op.21

レオン・フライシャー指揮オーケストラ・アンサンブル金沢(コンサートマスター:サイモン・ブレンディス),レオン・フライシャー,キャサリン・ジェイコブソン・フライシャー(ピアノ*2)
プレトーク:池辺晋一郎


Review by 管理人hs  

若くしてピアニストとして世界的な名声を得た後,1965年,右手の故障のため37歳で引退。その後,「左手のピアニスト」と指揮者としてのキャリアを歩み始める。2000年,右手の機能を取り戻し,再度,両手のピアノ演奏に乗り出す―

1928年生まれ,今年85歳になるレオン・フライシャーさん指揮オーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)の定期公演を聞いてきました。フライシャーさんについては,この波乱万丈の経歴から「奇蹟のピアニスト」と呼ばれることがあります。この日の演奏にもそのことが反映した気がします。

OEKの演奏については,「美しい」「スリリング」「元気が出る」...など色々な形容詞で表現してきましたが,意外に少ないのが「無為自然の味わい深さ」という表現かもしれません。もちろんフライシャーさん指揮OEKからも積極的な表現意欲を感じましたが,押しつけがましさがなく,曲の中から味わい深さが自然ににじみ出てくるような演奏の連続でした。それは,OEKメンバーのフライシャーさんに対する敬意とフライシャーさんのOEKメンバーに対する信頼とが融合して生まれたものだと感じました。

最初に演奏された「クープランの墓」は,大編成の曲が多いラヴェルのオーケストラ作品の中で,例外的にOEKがよく取り上げている曲です。この日のプログラムは,すべて第1ヴァイオリンと第2ヴァイオリンを左右に分け,コントラバスが下手側に来る古典的な対向配置でした。

フライシャーさんがゆっくりとした足取りでステージ袖から登場した後,椅子に座って指揮をされました。この曲はオーボエが中心となって活躍する曲で(今回は水谷さんが担当),ラテン的な軽やかさと古典的な優雅さが合わさったような魅力がありますが,この日の演奏は一味違いました。

演奏全体に静謐さと落ち着きがありました。テンポ自体はもたれるような感じはないのですが,演奏全体にしっとりと湿ったような重みがあり,各パッセージが走りすぎる感じはありません。全体にちょっとくすんだ感じがあり,奥ゆかしさのようなものを感じました。水谷さんのオーボエもその雰囲気にぴったりでした。その一方,終曲のリゴードンの最後の方などは,一旦テンポをグッと落とした後,ダッシュをかけるように元気よく終わるなど,ユーモアを感じさせてくれました。

続いて,夫人のキャサリン・ジェイコブソン・フライシャーさんとの共演で,モーツァルトの2台のピアノのための協奏曲が演奏されました。てっきり,K.365の協奏曲が演奏されるのかと思っていたのですが,通常は3台のピアノのための協奏曲として知られている曲を2台用に改編されたものが演奏されました(お詫びの案内が出ていましたが,公演チラシの方にもK.365と書いてあったようです。)。

この演奏もまた味わい深いものでした。2人のピアノには穏やかさと優雅さが溢れていました。「クープランの墓」も同様だったのですが,音楽に対する慈しみを感じさせてくれました。

ピアノの配置ですが,次のとおり変則的でした。2台のピアノの場合,通常はお客さんに横顔を見せる形が普通ですが,指揮をするためにフライシャーさんの方が客席に背を向ける形になっていました。



どちらが第1ピアノかはっきりしなかったのですが,レオンさんの方が第2ピアノで支えているように見えました。どこか2人揃って音楽を演奏できる喜びをしっかりかみしめているような気分があり,感動的でした。特に暖かな気分に包まれた第2楽章には,ロマンティックと言っても良いような気分がありました。穏やかな音による対話と美しい音と音との絡み合い。OEKのサポートも暖かく,ステージ上には日常世界とは別の世界が広がっていました。第3楽章のロンドにも優雅さがあり,聞いていて陶然とした気分になりました。

後半は,ベートーヴェンの交響曲第1番だけが演奏されました。プログラムをこの曲で締めるというのは,OEKらしいところです。演奏前は構成的に後半がやや軽いかなとも思ったのですが,そんなことは全くありませんでした。聞きごたえ十分の演奏でした。

音楽には,フライシャーさんのたたずまいに相応しく,第1楽章の序奏部から堂々とした落ち着きがありました。この曲でもフライシャーさんは,椅子に座って指揮されていましたが,音を強調したい部分になるとグッと仁王立ちになっていました。曲の作り方にも,ちょっとゴツゴツとした感じがあり,往年の巨匠指揮者(勝手に想像している部分もありますが)を思わせるような風格を感じました。

ただし,音楽には作為的なところや高圧的なところはなく,すべての音に慈しむような暖かさがありました。音楽には十分な瑞々しさやエネルギーもあり,弛緩した感じはありませんでした。これはフライシャーさんをしっかりサポートしてやろうというOEKメンバーの力だと思います。ゆったりとしたテンポから音があふれ出てくるような豊かさを感じました。

第2楽章にも曲想にぴったりの落ち着きがありました。丁寧で明快な演奏の中から,慈しむような名残がにじみ出ているのも印象的でした。第3楽章のメヌエットでは,ティンパニ(この日は菅原淳さんでした)がリズムをバチっと強調したり,瑞々しく明快な音楽になっていました。それと好対照を成すように,遠い目で音楽を楽しんでいるようなトリオも印象的でした(個人的にこの部分は大好きな部分です)。

第4楽章も第1楽章同様,余裕たっぷりの演奏でした。序奏部での神妙だけれどもユーモラスな味わい,主部に入ってからのキビキビとした表現。どちらも個性は感じさせるけれども,「心の欲するところに従って矩(のり)をこえず(論語)」といったところがあり,円満さを感じました(ちなみにこの「論語」の中のこの言葉は,正確には「七十にして...矩をこえず」です。当時の七十歳は相当の高齢だと思いますので,現在のフライシャーさんの年齢にぴったりかもしれませんね)。

全曲を通じて,音楽を演奏する喜びをかみしめているような豊かさのあるベートーヴェンだったと思います。OEKは,これまで色々な指揮者と創意工夫に溢れたベートーヴェンを演奏してきましたが,その中でも特に印象に残る演奏だったと思います。

演奏後は盛大な拍手が続き,フライシャーさんは何回かステージに呼び戻されていましたが,相当の高齢でいらっしゃいますので,途中でちょっと申し訳ない気分になってきました。しかし,このタイミングを見計らうかのように,OEKメンバーが「一同礼」の挨拶をして締めてくれました。この「気づかい」のタイミングは,さすがOEKだと思いました。

今回の演奏会は,(ちょっと聞き手側の思い込みもあるかもしれませんが)フライシャーさんの波乱万丈の人生がにじみ出たような,抑制された中に音楽できる喜びが溢れ出たような,素晴らしい内容の演奏会だったと思います。

レオン・フライシャーさんについては,できればピアノのソロ演奏も聞いてみたかったのですが,これは次回に期待したいと思います。アルド・チッコリーニさんはさらに高齢でしたので,フライシャーさんの再登場もまだまだ大丈夫だと思います。



終演後,サイン会が行われました。はじめはCDを買う予定はなかったのですが,今回聞いた2台のピアノのための協奏曲が収録されていたのでサイン用に購入しました。このCDに,ピアノ協奏曲第23番と協奏曲第14番も収録されていたのも購入した理由です。右側がレオンさん,左側が奥様のサインです。ちなみに,我が家にGreat Pianistというシリーズに収録されたフライシャーさんのCDがありました。たまたまですが,こちらにもサインが印刷されていました。かなり若い時の写真ですね。

 

この日は,金沢美大の学生さんがお客さんに対して「ホスピタリティ・ラウンジ・プロジェクト」という企画についてのアンケート調査を行っていました。一体どういう成果が出るのでしょうか?


こちらはOEKのメンバーの写真の入った案内です。今年のメンバー写真入りのチラシは中々インパクトがあって良いですね。


(2013/06/15)