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オーケストラ・アンサンブル金沢 第339回定期公演M
2013年6月29日(土)15:00 石川県立音楽堂コンサートホール

1)ベートーヴェン/序曲「レオノーレ」 第1番op.138
2)モーツァルト/交響曲第25番ト短調 K.183
3)ベートーヴェン/ピアノ協奏曲第5番変ホ長調 op.73「皇帝」
4)(アンコール)リスト/コンソレーション第3番
●演奏
シュテファン・ヴラダー指揮オーケストラ・アンサンブル金沢(コンサートミストレス:アビゲイル・ヤング)*1-3,シュテファン・ヴラダー(ピアノ*3-4)

Review by 管理人hs  

5月末の安永徹さん以来,オーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)の定期公演は「指揮者兼ソリスト」の「弾き振りシリーズ」となっています。今回は,ウィーン出身の名ピアニスト,シュテファン・ヴラダーさんが,指揮者兼ピアニストとしてOEKに初登場しました。ヴラダーさんは,1985年にベートーヴェン国際ピアノコンクールで優勝して以降,国際的な活動を行っています。日本にも何回か来日しているようですが,金沢で公演を行うのは初めてです。

ヴラダーさんはウィーン出身ということで,今回のモーツァルトとベートーヴェンは,もっとも得意とするレパートリーです。この2人は,OEKのレパートリーの中心ということで,その期待どおり,どの曲も安心して楽しむことができました。

前半,ヴラダーさんは純粋に指揮者として登場しました。最初に演奏されたベートーヴェンの序曲「レオノーレ」第1番は滅多に演奏されない曲だと思います。「レオノーレ」といえば序曲第3番が有名で,歌劇「フィデリオ」としては,「フィデリオ」序曲が有名です。この曲は,そのちょうど折衷的な感じの曲のような感じでした。第3番ほどは長くはなく,舞台裏でのトランペットのファンファーレもないのですが,部分的に聞いたことのあるようなメロディが出てきました。全体の構成も「レオノーレ」系です。

ヴラダーさん指揮OEKの演奏は,まず非常にくっきりとした弦楽器の音が印象的でした。演奏後,ヴラダーさんはコンサートミストレスのアビゲイル・ヤングさんとしっかり握手を繰り返していましたが,ヤングさんがしっかりとリードしている感じで,序奏部から非常に立派で勢いのある音楽を聞かせてくれました。弦楽器のヴィブラートは控え目で,すっきりとした透明感があるのですが,薄っぺらい感じはなく,全体として剛毅で引き締まった感じの演奏になっていました。エンディングもビシッと決めてくれました。

続いて演奏されたモーツァルトの交響曲第25番を実演で聞くのは久しぶりです。こちらもオーケストラがしっかりと鳴っているのが印象的でした。先日,雑誌「音楽の友」で評論家の東条碩夫さんが「石川県立音楽堂で聞くOEKの音は最高」といった文章を書いていましたが,そのことを思い出しました。この曲でも古楽奏法を思わせるほど,すっきりとした響きで始まりましたが,やせた感じはなく,しっかりとした聞きごたえのある音楽を聞かせてくれました。第1楽章は結構しっかりと繰り返しを行っており,2倍ぐらいの長さがあったと思います(呈示部だけではなく,再現部の後も繰り返しをしていたと思います)。
演奏自体もさらさらと流れるよりは,わざとゴツゴツと演奏しているようなところがあり,直線的な強靭さのある演奏になっていました。

中間の2つの楽章は比較的あっさりとした演奏でした。第2楽章は,ヴァイオリンとファゴットによるのんびりとした対話が特徴的な楽章です。この日の演奏も淡々とした中に味わい深さを持った演奏でした。第3楽章も力んだところがありませんでした。ドラマティックに演奏されることもある楽章ですが,この日の演奏は,全曲中の息抜き的な感じになっていました。特にホルン,オーボエ,ファゴットで演奏されるトリオは,文字通りのトリオで,室内楽的で明快な演奏が鮮やかに浮き上がっていました。

最終楽章は急き立てるような速いテンポで演奏されました。センチメンタルな感じや過剰なドラマはなく,しっかりとした音楽の中からさりげなく哀しみが漂うような見事な演奏だったと思います。第1楽章に対応するボリューム感もあり,全曲を通じてがっちりとよくまとまった演奏になっていました。

後半の「皇帝」はお待ちかねの弾き振りでした。ヴラダーさんは現在40代後半ということで,今いちばん充実している年代のピアニストだと思います。その予想どおり,最初の和音から堂々とした勢いのある音楽を聞かせてくれました。曲自体,「華麗」なのですが,軽くさらさら流れる感じはなく,どこか品格や風格を感じさせてくれるような落ち着きがありました。ピアノの音も美しかったですね。それと,(あいまいな表現ですが)「ベートーヴェンの音だ」と思いました。明るく美しいだけでなく,どこかロマンの香りが漂っていました。派手になり過ぎない澄んだ音はベートーヴェンの音楽に特にふさわしいと思いました。

ヴラダーさんの演奏中の動作ですが,文字通りの「弾き振り」でした。鍵盤を弾いていた手があけば(片手だけでも),間髪をおかず指揮の動作をされていました。「そこまで熱心に指揮しなくても良いかな」という気はしましたが,その分,オーケストラとピアノ演奏の一体感が素晴らしかったと思います。

OEKの演奏も,ヴラダーさんのピアノ同様で,勢いはあるけれども突っ走ることはなく,堂々とした強さを感じさせてくれました。ピアノもオーケストラもしっかりと鳴っており,壮年期の貫禄と品格が漂う,王道を行く明るさと安定感のある第1楽章でした。

第2楽章も弱々しさはなく,堂々たる皇帝の歩みを感じさせる感じでした。特に楽章最初の部分での低弦のどっしりとした響きが印象的でした。そのサポートの上でヴラダーさんの安定した音楽が続きました。演奏会前の記者会見でヴラダーさんは,今回の弾き振りについて「室内楽の延長として捉えている」と語っていましたが,この楽章での木管楽器との対話を聞きながら,そのとおりだと感じました。

第3楽章も,いかにもベートーヴェン的な爆発力のある大変生き生きとした音楽でした。若々しい躍動感,ノリの良いリズム,弱音でのファンタジー...この楽章の魅力をストレートに伝えてくれました。弾き振りということで,細部については合わせにくそうな部分はありましたが,ピアノとオーケストラが一体となった熱気が何よりも素晴らしいと思いました。

個人的には,曲の最後の方で,ティンパニとピアノだけが静かに残る部分が大好きなのですがここも聞きものでした。今回はバロック・ティンパニを使っており,どこかカラッとした響きを出しており,面白い効果を出していると思いました(菅原淳さんでした)。その後のエンディングの部分は非常に颯爽としており,体操競技などでフィニッシュが格好良く決まったような気持ちよさがありました。

アンコールではリストのコンソレーション第3番が演奏されました。深い息の深さを感じさせてくれるような演奏で,これもまた見事でした。この演奏でも澄み切ったピアノの音が素晴らしく,メンデルスゾーンの無言歌に通じるような爽やかなロマンを伝えてくれました。

←「エンソレーション」でなく「コンソレーション」でした(惜しい)。

この日の公演では,モーツァルトとベートーヴェンの音楽をストレートに楽しませてくれました。特に「皇帝」では,ヴラダーさんとOEKの相互の信頼感がしっかり伝わってくるような一体感のある演奏を聞かせてくれました。ヴラダーさんとOEKは,共に約四半世紀のキャリアと歴史を持っている点で共通していますが,その波長がしっかりと合った円熟の境地を感じさせてくれる演奏会でした。

終演後,恒例のサイン会が行われました。今回は,自宅から20年以上前に購入した,ヴラダーさんのピアノによる「皇帝」のCDを持参しました。NAXOSレーベルが出来て間もない頃のCDで,ほとんどヴラダーさんのデビュー盤のような演奏だと思います。



「このCDは20年ぐらい前に買ったものです」と言ってみたところ,ヴラダーさんは「Long time ago」と言っただけで後に話が続かなかったのですが,今となってはあまり触れて欲しくないCDだったのかもしれません。とても良い演奏だと思うのですが,確かにピアノの音がちょっと独特な音(フォルテピアノのような軽い音に聞こえますが,ベーゼンドルファーとジャケットには書いてあります)で収録されているCDです。
(2013/07/02)