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オーケストラ・アンサンブル金沢第341回定期公演フィルハーモニーシリーズ
2013年9月17日(火) 19:00〜 石川県立音楽堂コンサートホール

1)メンデルスゾーン/序曲「フィンガルの洞窟」op.26
2)ショパン/ピアノ協奏曲第2番ヘ短調 op.21
3)(アンコール)ショパン/ノクターン嬰ハ短調遺作
4)シューマン/交響曲第2番ハ長調 op.61
5)(アンコール)ラフマニノフ/ヴォカリーズ(管弦楽版)
●演奏
ウラディミール・アシュケナージ指揮オーケストラ・アンサンブル金沢(コンサート・ミストレス:アビゲイル・ヤング)*1-2,4-5,辻井伸行(ピアノ*2-3)
プレトーク:池辺晋一郎


Review by 管理人hs  

この日の金沢は台風一過の見事な秋晴れでした。この天候に祝福されるようにオーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)の新シーズン開幕の定期公演が行われました。指揮はウラディミール・アシュケナージさん,ピアノ独奏は辻井伸行さんという人気演奏家の組み合わせということで,会場は満席でした。ちなみにアシュケナージさんがOEKの公演に登場するのは2回目ですが,定期公演に登場するのは今回が初めてです。辻井さんも過去数回OEKと共演していますが,定期公演に登場するのは今回が初めてです。

  
9月20日から始まる「金沢おどり」の雪洞が音楽堂周辺のいたるところに出ていました。

この日の公演は定期公演であると同時に,9月後半に全国10箇所(11公演,金沢を含む)で行うツァーの初日でもありました。ツァー用に何種類かのプログラムが用意されている中で,今回はシューマンの交響曲第2番がメインで演奏されました。OEKがこの曲を演奏するのは,今回が初めてということで,OEKファンとしても注目の公演となりました。私自身,この曲を楽しみに聞きに行ったのですが,期待通り,アシュケナージさんの表現意欲と人柄がしっかり伝わってくるような,聞きごたえのある演奏となりました。

最初に演奏されたメンデルスゾーンの「フィンガルの洞窟」も,アシュケナージさんの表現意欲がどんどん湧き上がってくるような演奏でした。ただし,全体としてみると「あの景色も見せたい」「この景色も見せたい」というような所があり,どこかせっかちな感じがしました。この曲については,サラリと流す部分とたっぷり聞かせる部分の対比がある方が奥行のある「音の絵画」になると思います。OEKの音色は素晴らしく,後半のたっぷり聞かせる木藤さんのクラリネットをはじめとして,聞きどころが次々と出てきました。

人気ピアニスト辻井伸行さんと共演したショパンのピアノ協奏曲第2番については,全曲に渡り,辻井さんのピアノの音の美しさと指の動きの軽やかさが印象的でした。特にノクターンを思わせる2楽章の美しさと,最終楽章のホルンの信号の後の終結部の軽快さが良かったと思います。ただし,全体的に音楽の流れにドラマティックな雰囲気が少なく,ややインパクトが弱いと感じました。ショパンについては,激し過ぎない方が良い面もありますが,第1楽章については,もう少し強い表現力が欲しい気がしました。

第2楽章は,混じり気のない純真さを感じさせてくれるようなピアノの音が際立っていました。大変魅力的で心地よさを感じましたが,やはり中間部で弦楽器のトレモロとともに,不穏な空気が漂う辺りでは,もう少し切迫感が欲しいと思いました。

アンコールでは,ショパンの遺作のノクターンが演奏されました。この曲は,近年アンコール曲として非常によく演奏される曲です。ショパンのピアノ協奏曲第2番と同じメロディを使っていますので,「この曲かなと?」と予想していたのですが,そのとおりになりました。美しい曲をサラリと美しく聞かせてくれるような演奏で,盛大な拍手が起きていました。ただし,個人的には最近この曲をアンコールで聞きすぎている感があるので,別の曲の方が良かったかなと贅沢なことを思いました。

辻井さんは,つい最近誕生日を迎えたばかりで,OEKと同じ25歳になりました。今後さらに人生経験を積み重ねながら,音楽の方も成熟していって欲しいと思います。どなたもが感じるように,素晴らしく磨かれた音と全く破たんのない鮮やかな技巧の持ち主ですので,その美点を維持しながら,辻井さんならではの音のドラマを聞かせてくれるピアニストに成長していって欲しいと思います。

CD販売コーナーも大人気でした。

後半は,シューマンの交響曲第2番が演奏されました。OEKがシューマンを演奏する機会は元々少ないのですが,この交響曲第2番を演奏する機会は特に少なく,OEKが演奏するのは今回が初めてです。

この曲については,最晩年のバーンスタインが札幌でPMFオーケストラを指揮した映像をNHKの音楽番組などで何回か見たことがあり,熱い情念の渦巻くような演奏が印象に残っているのですが,この日のアシュケナージさんの指揮OEKの演奏からは,健康的な明るさを感じました。ステージに登場するアシュケナージさんの姿からは,気取りのない飾らないあり人柄が強く伝わって来ました。この演奏の方にもアシュケナージさんの溢れる思いが率直に反映しているようでした。

この曲については,第1楽章の序奏部などでは,もう少し屈折した暗さがあっても良い気はしましたが,メンデルスゾーンを思わせる明るさは,OEKにはぴったりでした。第1楽章主部では同じモチーフが何回も何回も出てきて,ややしつこい面もあるのですが,アシュケナージ指揮OEKの演奏だと,しつこさよりも小気味よさを感じ,実に爽快でした。

それにしても小柄な体を目いっぱい使ってのアシュケナージさんの指揮ぶりは若々しいですね。アシュケナージさんは,いつの間にか70代半ばなのですが,指揮に関しては「円熟」という言葉とは無縁で,これから益々大暴れしそうな雰囲気の元気さでした。

第2楽章でも前楽章の勢いとエネルギーがそのまま持続していました。ストレートに一気に進んだ後,堂々と締めくくっていました。第3楽章は前述のバーンスタインの演奏などとは反対に比較的速いテンポで進めていました(多分こちらの普通のテンポなのだと思います)。哀愁はあまり感じませんでしたが,特にアビゲイル・ヤングさんを中心とした弦楽合奏のカンタービレが美しく,ビゼーの交響曲(OEKの十八番)の第3楽章を聞いているような気分になりました。若々しい痛切さのある演奏で,ロマン派の気分たっぷりのドロドロとした演奏とは違った良さがあると思いました。

最終楽章も素朴な喜びがいっぱいに溢れた演奏でした。この曲は,シューマン自身,精神的に不安定な状況で書いたと言われているのですが,それとは正反対の演奏で,迷いのない強さを感じさせてくれました。ここでもアシュケナージさんの人の良さがダイレクトに音楽に現れた上機嫌な音楽でした。演奏後,アシュケナージさんは,ガッツポーズのような「良かった!」という動作をされていましたが,OEKとの相性も抜群という感じでした(特にコンサート・ミストレスのヤングさんとは気心が知れている感じでした)。

#いちばん最後の音ですが,ティンパニだけがやけに早く終わっていました。この部分だけは,「おや?」と思いました。

アンコールでは,ラフマニノフのヴォカリーズが演奏されました。今回のツァーでもアンコールで演奏されると思いますが,「さすがアシュケナージさんはラフマニノフのスペシャリストだな」というような演奏でした。かなり速いテンポであっさりした演奏かと思ったら,どんどん思いがこもってきて,ロマンティックな情感が溢れ出すようでした。



演奏会後は,アシュケナージさんのサイン会がおこなれました。当然のことながら大盛況でした。今回私は,今から25年以上前に買ったアシュケナージさんのCD(ショパンのピアノ曲集)を持参しサインを頂いてきました。このCDは私自身,3枚目ぐらいにかった懐かしいCDで,確か1枚4000円ぐらいしました。アシュケナージさんは特に「懐かしい」というような反応は示していませんでしたが(もうピアニストとしての活動には興味が薄いのかもしれません),大変良い思い出になりました。

 

今回のプログラムを聞きながら,ドイツ音楽も良いけれども,アシュケナージさん指揮でロシア音楽なども聞いてみたいなと思いました。それと...個人的には,アシュケナージさんのソロ・ピアノも生で聞いてみたいものです。

今回のツァーは,旅行のOEKにとっても特に長いツァーですが,辻井さん人気に負けずに,25周年記念のOEKを全国にアピールしてきて欲しいと思います。

PS,プログラムにOEKの新メンバー3人の顔写真が掲載されていました。首席コントラバス奏者のマルガリータ・カルチェヴァ(ブルガリア出身)さんとダニエリス・ルビナス(リトアニア出身)さんは,以前からおなじみの方々です。この日はカルチェヴァさんが出演されていたので,今後も2人が交互で首席奏者を担当されるのかもしれません。

3人目の新団員は第2ヴァイオリンのヴィルジル・ドゥミヤック(フランス出身)です。メンバー表を眺めると,グローバル化がさらに進んだ感じです。これらの活躍を期待したいと思います。

 
開演前のJR金沢駅前の風景。快晴でした。

(2013/09/19)