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2013ビエンナーレいしかわ秋の芸術祭 オラトリオ「天地創造」
2013年10月6日(日) 14:00〜 石川県立音楽堂コンサートホール

ハイドン/オラトリオ「天地創造」(ドイツ語上演,日本語字幕付)
●演奏
カスパル・マンド指揮オーケストラ・アンサンブル金沢(コンサートミストレス:アビゲイル・ヤング),秋山裕子(チェンバロ),ルドヴィート・カンタ(チェロ)
合唱:室内合唱団エストニア・ヴォーチェス・ムジカーレス
ガブリエルとイヴ:アンナ・デニス(ソプラノ),ウリエル:マティ・トゥリ(テノール),ラファエルとアダム:パウルス・プトニンシ(バス)

Review by 管理人hs  

2013ビエンナーレいしかわ秋の芸術祭のイベントの一つとして行われた,ハイドンのオラトリオ「天地創造」の全曲公演を聞いてきました。オーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)がこの曲の全曲を演奏するのは,ちょうど10年ぶりで,その時は「ハイドン・フェスティバル」というイベントの中で行われ,岩城宏之さん指揮OEK+日本人歌手というメンバーで演奏されました。

今回は,当初はロルフ・ベックさん指揮でシュレスヴィヒ・ホルシュタイン音楽祭合唱団とOEKが共演する予定でしたが,予定が変更となり,今回がOEKと初共演となる,カスパル・マンド指揮エストニア・ヴォーチェス・ムジカーレスとの共演となりました。

 
音楽堂の入口にはエストニアの国旗と日本の国旗が出ていました。

指揮のマンドさんは,大変若い指揮者ですが(今年設立25周年のOEKとほぼ同じ年です),この大曲を非常に冷静にまとめていました。慌て過ぎる部分はなく,バランスよく,曲の良さを引き出していました。弦楽器は,コントラバスとチェロが下手側に来る対向配置で,ティンパニは,バロック・ティンパニでした。弦楽器を中心に,ほとんどノン・ヴィブラートで演奏していましたので,曲全体としてすっきりとした爽やかさがありました。

エストニア・ヴォーチェス・ムジカーレスは30名編成ほどの室内合唱団なのですが,透明感と同時に芯の強さがありました。全曲を通じて,音量のダイナミックレンジが広く,立体感のある音楽を聞かせてくれました。エストニアは合唱が大変盛んな国なのですが(プログラムの解説によると,国民の70%が合唱団に所属とのことです),その中でもエストニア音楽アカデミーの学生を主なメンバーとして設立されたこの合唱団は精鋭集団と言って良いのかもしれません。

3人の独唱者も粒ぞろいでした。合唱団同様,皆さん瑞々しく,すっきりとした声で,古典派音楽の雰囲気にぴったりでした。指揮者のマンドさん自身の個性は強く感じなかったのですが,室内オーケストラと室内合唱団による最高のバランスで,古典派音楽の集大成といっても良い大曲を楽しませてくれmさいた。

ハイドンの「天地創造」は,「旧約聖書」の創世記に出てくる第1日目〜第6日目の記述と最初の人間アダムとイブの登場についてのストーリーです。全体は第1部(第1〜4日目),第2部(5〜6日目),第3部(アダムとイヴ)から成っており,各部の後に10分の休憩が入りました。

第1部と第2部の各日は,大まかに言うと独唱や重唱の後,合唱で締められるような構成になっており,じっくりと聞くと1日ごとに違った感じの盛り上がりがありました。いきなりですが,6日間と言えば..朝の連続テレビ小説を思い出してします(「あまロス」気味なのです)。「天地創造」もちょうどそういった感じのところがあり,1日単位で聞いても充実感や完結感があります。

また「あまちゃん」については,視聴者側に「この先に出てくるはずの3月11日はどう描かれるのだろう?」という「神の視点」があると言われていましたが,この「天地創造」にもそういったところがあると思いました。指揮者のマンドさんは,「神の視点」にたって,非常にしっかりとした設計のもと全曲をまとめていました。例えば,合唱団のフォルテにはグラデーションがあり,各日のクライマックスが描き分けられていました。そのことにより,曲全体の終盤のクライマックスでは,「まだ大きくなる,まだまだ大きくなる」という感じでスケールの大きさを感じさせてくれました。

もう一つ「あまちゃん」と無理やり比較するのですが...この「天地創造」でもオーケストラの楽器の使い方についてハイドンらしい「小ネタ」が冴えています。動物が色々と登場してくる辺り,生で聞くと大変生き生きとしていました。特に第2部の第6日目に出てくる,コントラファゴットの低音は,本当に「小ネタ」という感じで出てくるので気に入っています(ただし,こういう部分だけは何故か記憶に残っているもので,この音については10年前に岩城さんの指揮で聞いた演奏の方が強烈でユーモラスだったと思います)。

「天地創造」と言えば,第1部の冒頭の「混沌」と「光」の表現がまず聞きどころです。今回の演奏は上述のとおりかなり古楽奏法を意識した奏法でしたので,混沌とは言え,くっきりとした心地よさのようなものを感じました。ヴォーチェス・ムジカーレスはOEKとぴったりの透明感のある声を聞かせてくれましたので,「光あれ!」の部分では,リアルな明るさを感じました。プログラムの対訳によると,合唱は「天使の合唱」ということで。天上の音楽の気分にもぴったりでした。

第1日目は,まず,ラファエル(バス)の独唱で「そもそも...」という感じで始まるのですが,パウルス・プトニンシの声は,非常に知的で,落ち着きと意味深さを感じさせてくれました。重低音も素晴らしいと思いました。例のコントラファゴットの出てくる部分では,バスも低い声を聞かせてくれ,「低さ比べ」のような面白さがありました。

テノールのマティ・トゥリさんが歌ったウリエルは,第1部から第3部を通じて,一貫して登場する役です。トゥリさんの声には力感と同時に引き締まった清潔感もあり,宗教音楽の気分にぴったりでした。

ソプラノのアンナ・デニスさんが歌ったガブリエルについては,オペラのアリアを思わせるような親しみやすい曲が多く,曲全体のヒロインという感じになっていました。デニスさんは,とても可憐な声で曲の雰囲気にぴったりの透明感のある歌を聞かせてくれました。コロラトゥーラを聞かせる部分もありましたが,しっかり抑制が聞いており,品の良さがあり素晴らしいと思いました。

これらの3人の独唱とOEKの楽器との絡み合いも聞きものでした。第4日目になると,太陽とか星とか出てくるのですが,静かに演奏する弦楽器やフルートの音の中に「古典的なのだけれども,ほのかにロマンが漂う」という気分があり,しみじみと良いなぁと思いました(そういえば,弦楽四重奏曲に「日の出」というのがあったな,などと思って聞いていました)。第2部に入ると,空,陸,海の動物が各種登場してきます。鳥の歌を思わせる描写,動物たちが駆ける様子...歌詞を見ながら聞くと,なるほどと思う楽器の使い方をしているのが分かりました。特に緑の草原の部分でフルートが出てくるのがいいなぁと思いました。低音楽器だけの伴奏の上でバスのラファエルが歌う曲(第18番のレチタティーヴォだと思います)があったのですが,こういう部分の楽器の使い方も面白いなと思いました。

ちなみに,第2部の途中では,海の中の大きな生物として「リヴァイアサン」というのが出てきました。これはホッブズの著作として知られていますね(この本が何の本だったかは...忘れてしまいました。調べてみると,政治哲学の古典で「万人の万人に対する闘争」という言葉が出てくる本でした。)。

第2部の最後で,いよいよ「神は自らの姿に似せて人間を作られた」ということで,人間が出てきます。ちょっとしっとりとした感慨深げな気分に続いて,「ハレルヤ」となります。第2部の最後が「ハレルヤ」で,第3部の最後が「アーメン」で終わるのは,ヘンデルの「メサイア」と同じなのですが,「天地創造」の場合,「メサイア」ほど祝祭的な感じはなく,この日の演奏では,落ち着いたクライマックスを作っていまし。

第3部はフルート3本のしっとりとした響きで始まりました。古典派の曲でフルート3本が出てくるのは珍しいと思いますが,「ここからは時代が違う」という象徴なのかもしれません。フルートと言えば,グリーグの「ペールギュント」でも「朝」の描写で使われていますが,ここでも新鮮な気分を出していました。モーツァルトの「魔笛」を思わせるような感じもあり,静かだけれども印象的な部分です。

その後は,アダムとイヴの物語になるのですが,そんなにドラマティックな展開はなく,「自然の中で二人仲良く分相応に暮らすのが良い」という感じの穏やかさが中心です。今回の演奏にも健康的なしっとり感があり,「この感覚はいいなぁ」と思いました。そして最後の最後は,「アーメン」でズシっと締めてくれました。

今回の演奏は曲全体を通じての見通しが大変良く,曲の「大きさ」をバランス良く伝えてくれました。オーケストラ,合唱,独唱のバランスも素晴らしく,模範的な演奏になっていたと思います。特に室内合唱団のエストニア・ヴォーチェス・ムジカーレスと北欧の独唱者たちのレベルの高さが印象的でした。

この合唱団とOEKとは今回が初共演ですが,今年の夏のエストニア公演に加えと今回の共演が行われたことにより,さらにつながりが大きくなったと思います。例えば,モーツァルトのオペラなどを今回のメンバーを核として上演しても面白いのではないかと思いました。日本にはまだあまり登場していない歌手・団体ですので,近い将来,再共演し,金沢経由で知名度を高めていって欲しいものです。

 
この日の音楽堂です。交流ホールをのぞき込むガラス窓にシャッターが下りていました。何かやっていたのでしょうか?JR金沢駅の方は,いつの間にか新幹線ホームの覆いが取れていました。石川県立音楽堂2階ホワイエから大変よく見えました。

 1階のカフェ・コンチェルトには色々と変わった椅子が並んでいました。

 
終演後,古書店に行ってみようと,長町のせせらぎ通りに行ってみたところ,通りは歩行者天国になっており,色々な店が出ていました。道路の真ん中には,輪っかが出ていました。お祓いの一種でしょうか。

 
香林坊の方の広場は「せせらぎマルシェ」ということで飲食コーナーになっていました。せせらぎ通りのキャラクター「せさミィ」の結構立派な像も展示されていました。 →関連記事 http://www.hokkoku.co.jp/subpage/H20130404104.htm

その後,金沢21世紀美術館へ。夕暮れの中,ガラスに景色が映っているのがなかなか面白かったので撮影してみました。


(2013/10/10)