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石川県立音楽堂室内楽シリーズ第4回 エキサイティング・バロック!
2013年10月17日(金) 19:00〜 石川県立音楽堂交流ホール

1)ヴェラチーニ/弦楽,オーボエと通奏低音のための序曲 第6番変ロ長調
2)ヴァレンティーニ/弦楽と通奏低音のための協奏曲イ短調 op.7-11
3)ラモー/コンセール形式によるクラヴサン曲集 第5曲ニ短調
4)ヨハン・クリスティアン・バッハ/チェンバロ協奏曲変ホ長調 op.7-5
5)グラス/ヴァイオリン協奏曲第2番「アメリカの四季」:ヴァイオリン独奏,シンセサイザーと弦楽のための
●演奏
北谷直樹(チェンバロ*1-4;シンセサイザー*5),
第1ヴァイオリン:アビゲイル・ヤング,山野祐子*1,2,4,5,原田智子*1,2,4,5,藤田千穂*1,2,5
第2ヴァイオリン:江原千絵,若松みなみ*1,2,4,5,ヴィルジル・ドゥミャック*1,2,4,5,藤原朋代
ヴィオラ:ギューズー・マーテー*1,2,4,5,大槻桃子*1,2,4,5
チェロ:ルドヴィート・カンタ*1,2,4,5,大澤明*1,2,4,5
コントラバス:ダミアン・エッカースレイ*1,2,4,5
フルート:岡本えり子*3
オーボエ:水谷元*1,加納律子*1
ファゴット:柳浦慎史*1

Review by 管理人hs  

今年度から新装オープンした「音楽堂室内楽シリーズ」の第4回目には,オーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)との2回目の共演となるチェンバロ奏者の北谷直樹さんが登場しました。前回登場した時もエキサイティングなバロック音楽の連続だったのですが,今回はさらにパワーアップしていました。「エキサイティング・バロック」というサブタイトルにも関わらず,1937年生まれのフィリップ・グラスの作品が登場するなど,大胆な構成の演奏会となりました。

このグラスのヴァイオリン協奏曲第2番「アメリカの四季」ですが,OEKの演奏史上に残るような凄い演奏だったと思います。ミニマル・ミュージックの手法で書かれた作品ということで,低弦+シンセサイザー(というよりは普通のキーボートのような楽器でした)が刻む同じような音型の繰り返しの上で,アビゲイル・ヤングさんが気合い十分の鮮やかなヴァイオリンを聞かせてくれました。

曲の長さはきちんと計っていなかったのですが,恐らく45分以上はあり,その間,ヤングさんはほとんど休みなく演奏していました。曲は,タイトルどおり,「四季」を描いているのですが,明確な楽章の区別はなく,ヤングさんの独奏による3回のカデンツァ風の部分で季節が区分がされていました。

曲の雰囲気としては,「偽バロック風」+「現代風」+「ロマンティックな気分」が混ざったような感じで,一定のリズムの上に心地よくコードが進行していきます。季節の移ろいと同時に,人生そのものの移ろいを表現しているようでした。ただし,シンセサイザーでうるさくならない程度にビートを補強していたこともあり,ポップスに近い気分もあると感じました。

北谷さんの解説によると,秋,冬,春,夏の順番ということで,欧米式の「秋入学」のようなサイクルになります。季節によってベースとなるビートの強さが違うのが面白く,最後の「夏」がいちばん強いビートになっていました。この部分を中心に,ヤングさんの取りつかれたような迫力のあるヴァイオリンが素晴らしく,曲の終結部では,会場全体がトランス状態に巻き込まれたような不思議な雰囲気に包まれました。

これはやはり,お客さんと演奏者の距離が非常に近い交流ホールならではの素晴らしさです。演奏者と聴衆が,同じリズムに乗って,同じ時間を過ごした,という一体感が後に残りました。そして,演奏後のヤングさんの「弾き切った!」というを様子を見て,「本当にお疲れ様でした」という絶賛の拍手が長く続きました。

北谷さんの話によると,グラスの音楽に繰り返しが多いのは,仏教の輪廻の思想の影響とのことです。四季自体,春夏秋冬のサイクルを繰り返しているので,この曲を聞きながら,延々と続く時間の流れを実感することができました。北谷さんは,数年前,グラス本人も参加していた何かの音楽祭でこの曲を実演で聞いた後,「演奏する権利」が切れるのを待って,満を持して選曲したとのことです。この選曲のセンスの良さも見事でした。

というようなわけで,この後半の演奏が何といっても凄かったのですが,前半のバロック音楽も大変楽しめました。

今回演奏された作品は,ヴェラチーニ,ヴァレンティーニ,ラモー,ヨハン・クリスティアン・バッハの曲で,一般的によく知られている作曲家の作品がないというのがまず大胆でした。しかし,曲間での北谷さんの解説によると,綿密に計算されたプログラミングだということが分かりました。前半後半ともに,選曲の妙を実感できました。

この日の編成は,「室内楽シリーズ」にしては大編成でOEKの弦楽セクションの半数ぐらいのメンバーが登場していました。オーボエ,ファゴット,フルートが入る曲もあり,通常の定期公演で演奏してもおかしくないような編成でした。

最初に演奏されたヴェラチーニの弦楽,オーボエと通奏低音のための序曲第6番は,この日いちばんの大きい編成で演奏されました。急−緩−急−緩というような構成で,曲全体にメリハリと勢いがありました。楽章の中で特に特徴的だったのは,「メヌエットなのに勇ましい」最後の楽章でした。北谷さんの解説によると,二声だけで動くこの部分は「永遠に君主に忠誠を誓うという意味がある」とのことでした。曲に込められた「謎解き」のような解説も大変興味深いものでした。

1曲目は「戦闘」に捧げる曲ということで,「世俗的な権力」に関する曲として選曲したとのことでしたが,2曲目のヴァレンティーニの弦楽と通奏低音のための協奏曲は,これとの対比で,「教会の権威」に関する曲として選曲したとのことでした。ただし,普通に聞いた感じ,どこが教会風なのかはよく分かりませんでした。1曲目からオーボエとファゴットが抜けた編成で,特に弦楽器のソリストたちが活躍する曲でした。この曲には,5人もソリストがおり,OEKの弦楽器の名手たちが,技を競うように,時には意地を張り合うかのように,華やかに活躍するのが実にスリリングでした。

ラモーのコンセール形式によるクラヴサン曲集 第5曲は,編成がぐっと小さくなり,フルート,ヴァイオリン2本とチェンバロで演奏されました。北谷さんの解説によると,「18世紀のサロン音楽の典型」とのことでした。岡本さんのフルートの柔らかい音と他の楽器の音のバランスがとても良く,大変心地よい音の世界に浸ることができました。各楽章には,フォルクレ,マレといった人名や,キュピ(キューピッド)といった名前が付いていました。描写的という訳ではないのですが,例えば,「ヴァイオリンでキューピッドを表現し,フルートの音でイチャイチャしている気分を出している」という解説を聞いてからだと,「なるほど」と感じられるのが面白いところです。

前半最後に演奏されたヨハン・クリスティアン・バッハのチェンバロ協奏曲については,北谷さん自身「チャライ作品です」と語っていましたが,大変気に入りました。モーツァルトのピアノ協奏曲にとても似た雰囲気を持っているのですが,これはモーツァルトの方が影響を受けたもので,曲全体が幸福感に溢れていました。

この曲の演奏の時には,チェンバロが主役になるように,反響版が客席に向くように横向きに配置していました。北谷さんのチェンバロは,大変軽やかで雄弁でした。貴族の豪邸の庭でのパーティ用音楽ということですが,装飾的で,洗練された音の世界は,大変鮮やかで,一つの典型的な音楽として完成されていました。第2楽章でのしっとりした歌,第3楽章でのギャロップするような愉悦感など,よく聞くような感じではあるけれども,その常套パターンにはまること自体がうれしくなる―そういった演奏でした。

この日,北谷さんの「お相手」としてトークを担当していたヴァイオリンの江原さんは,「北谷さんにはどこか異星人のようなところがある」と語っていました。確かにそのとおりと思いました。北谷さんによる,純粋に音楽する喜びにあふれた演奏を聞いていると,「チャライ音楽」でも「サロン音楽」でも「ミニマル・ミュージック」でも,もっともっと色々と聞いてみたくなります。今回のプログラムは,一見したところ地味だったのですが,北谷さんの狙いどおりの,大当たりの演奏会となりました。
(2013/10/25)