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オーケストラ・アンサンブル金沢第342回定期公演マイスターシリーズ
2013年10月26日(土) 14:00〜 石川県立音楽堂コンサートホール

ベートーヴェン/交響曲第1番ハ長調 op.21
一柳慧/交響曲第7番「イシカワ・パラフレーズ」(2007年度OEK委嘱作品)
ベートーヴェン/交響曲第7番イ長調 op.92
●演奏
井上道義指揮オーケストラ・アンサンブル金沢(コンサートマスター:サイモン・ブレンディス)

Review by 管理人hs  

2013〜14年のオーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)の定期公演マイスターシリーズは,ベートーヴェンの交響曲全曲のチクルスになります。その第1回目を聞いてきました。井上道義音楽監督のトークによると,マイスターシリーズは今後も,特定のテーマを切り口とした公演を並べるという方針とのことです。ラ・フォル・ジュルネを1年間に引き延ばしたようなイメージ,または,金聖響さんが大阪で毎年行っている年4回のシリーズを定期公演化した感じ,と言えそうです。

 

今回演奏されたのは,チクルス第1回目ということで「第1番」。そして,OEKの十八番の第7番が演奏されました。どちらもさすがOEKのベートーヴェンという充実した演奏で,よく鳴っているけれども,粗くはない,緻密で芯のある音。つまり「石川県立音楽堂でのOEK」らしい音を聞かせてくれました。ベートーヴェンをレパートリーの核としているOEKの面目躍如たる演奏でした。

交響曲第1番はOEKの定期公演の場合,プログラムの最後に演奏されることもあります。実際,今年の6月に聞いたばかりのレオン・フライシャーさん指揮の定期公演ではそうでしたが,今回は1曲目ということで,一ひねりを加えていました。堂々とした風格を感じさせながらも,第4楽章の最後の音をフェイントを掛けるようにソフトに締めるなど「おやっ?」と思わせてくれました。「さすが井上音楽監督,やるなぁ」と感じさせる演奏でした。

まず,第1楽章の冒頭からじっくり練られたOEKの音を過不足なく聞かせてくれました。この日は,首席フルート奏者として工藤重典さんが参加していましたが,序奏部から,よく通る厚みのある音で存在感を示していました。主部に入ると,ちょっとゴツゴツとした感じのある演奏となり,「若い時の作品だけれども,やはりペートーヴェんだな」と感じさせてくれました。展開部から再現部にかけても丁寧にしっかりとオーケストラを鳴らした演奏で,スケール感豊かに堂々と締めてくれました。

第2楽章は静謐で澄んだ世界が広がる「パーフェクトなアンダンテ」でした。時々,かすかに波風が立つように加わる,バロックティンパニのちょっと乾いた音も心地よく響いていました。滑らかでしっとりとした感じのある,とてもセンスの良い演奏でした。第3楽章も躍動感はあるけれども,やり過ぎという感じのない演奏でした。トリオの部分での滑らかで心地よい音の流れは井上さんの指揮姿そのままでした。

第4楽章は,自発性のある躍動感とユーモアのある演奏でした。この楽章では,トランペットやティンパニのアタックの強さが素晴らしく,メリハリがよく効いていました。前述のとおり,最後の最後の音でソフト・ランディングするように,柔らかく終わっていたのは,何とも言えず上品でした。

2曲目に一柳慧さんの交響曲第7番 「イシカワ・パラフレーズ」が演奏されました。このチクルスでは,毎回,現代曲とベートーヴェンを組み合わせるのもコンセプトのようで,うまく組み合わさるのかな?とも思ったのですが,全然違和感を感じませんでした。

一柳さんの曲は,緩急が対比されていたり,ヴァイオリンとチェロのソロがシンメトリカルに出てきたり,とても構築的に出来ていると感じました。聞くのは2回目ですが,「立派な交響曲だ」と感じました。

途中,「パッパーラ,パパパ」と妙に楽天的な民謡風のメロディが出てきて,いかにも井上さんらしい「タコ踊り(失礼しました)」が始まりました。まず,その余裕たっぷりの音楽の運び方が魅力的でした。続いて出てくるラプソディ・イン・ブルーを思わせるような静謐な部分も印象的でした。曲の最初の部分で管楽器の特殊奏法が続々と出てくるような箇所を中心に,色々な楽器のソロの聞きどころも多く,「オーケストラのための協奏曲」的気分もありました。最後は,大きく盛り上がった後,ズドンと締めくくられましたが,前回聞いたときよりもさらに充実した演奏だったのではないかと思います。

後半はベートーヴェンの7番でした。この曲は,OEKが本当によく演奏している曲です。それだからこそ,次々と違った解釈で楽しませてもらっています。岩城宏之さんの時代から,4つの楽章間のインターバルを置かずに演奏したり,楽章の間に別の曲を入れたり,色々な解釈で聞いてきましたが,今回の演奏は正攻法の演奏でした。正統的かつ新鮮―そういう見事な演奏でした。

OEKらしい音は1番の時と同様でした。第1楽章の序奏部から,バシッとした力感と,緻密な質感が合わさった音で,揺らぎのない,厳しさのある気分をしっかり伝えてくれました。いかにもベートーヴェンらしい風格を感じました。

第1楽章の序奏から主部に掛けてはフルートの見せ場です。今回,オーケストラの一員としての工藤さんの演奏で聞けたことがまず貴重でした。さりげなく,香るような音を聞かせてくれました。主部でのストレートだけれども,ゴツゴツとした質感のある演奏もベートーヴェンに相応しいものでした。展開部から再現部に掛けては,リズムの芽が熱を帯びながら,段々と巨大化していくいきました。この部分も実に聞きごたえがありました。コーダでは,ホルンの高揚したような熱い音を中心にしっかりと燃えていました。

近年,OEKによる7番では,第1楽章と第2楽章のとの間のインターバルを短くすることが多かったので,「今回もそうかな?」と予想していたのですが,今回はここでしっかりと間を取っていました。

第2楽章のテンポも予想外にゆっくりとしたものでした。最初の低弦の響きからどこか虚無的な感じがあり,そういう先入観で聞いてしまうせいか,井上さんの得意とするマーラーの世界に近い印象を持ってしまいました。弦楽器の各パート間の音の絡み合いも大変緻密でした。中間部では,一瞬明るくなって,束の間の休息と言った感じになります。この部分での,しっとりとした気分も魅力的でした。

第3楽章は,速すぎないテンポでしたが,十分にキビキビとしており,すっきりとした流れの良さを感じさせてくれました。トリオの部分での警鐘を鳴らすようなトランペットの音の鋭さも印象的でした。

第4楽章は,ラストスパートを掛けるようなスピード感のある演奏でした。引き締まった雰囲気,ビート感,緻密な力強さとに加え,ライブならではの高揚感をたっぷり味わうことができました。ここでも,鋭く吠えるようなトランぺットとホルンの音が強烈でした。この曲では,ホルン3本で演奏していましたが,この効果がしっかり出ていたと思います(OEKの7番の演奏では珍しいことです。もしかしたら初めてでしょうか?)。

楽章の後半では,「スイッチ・オン!」という形でさらに熱気が加わります。ただし,乱れ狂うように盛り上がるのではなく,コントラバスを中心としたオスティナートの上に,明るさと強さのある音が広がり,堂々たる高揚感のある音楽で締めてくれました。

さて,井上&OEKですが,公演の翌日は東京駅近くの JPタワーKITTEアトリウムで行われた,北陸新幹線金沢開業PRコンサート&いしかわ芸術祭に登場しました。ここでも7番(1楽章と4楽章だけですが)が演奏されたのですが,通りかかりの人たちは,さぞかし驚いたことでしょう。

今回の定期公演は,「さすが,井上&OEKのベートーヴェン」という演奏でし た。OEKがベートーヴェンの交響曲をチクルスの形で演奏するのは,実は,1990年代前半に東京の浜離宮朝日ホールで行った岩城さんとのベートーヴェン全集以来のことかもしれません。今シーズンのマイスターシリーズでは,井上道義さんが中心になって「これがOEKだ」という公演をしっかりと聞かせてくれるのではないかと思います。期待したいと思います。

 
岩城さん時代のベートーヴェン・チクルスのパネルが展示されていました。ロビーではOEK名物の手作り缶バッジも売っていたので購入(\200)。ベートーヴェン全集にちなんで,ベートーヴェンのバッジを購入

 
この日,来年2月に行われるOEKが演奏する「こうもり」公演のチケットが販売になったようです。これは注目の公演ですね。恒例のサイン会では,井上道義さんからサインをいただきました。思い切って「東茶屋街」の写真の上に書いて頂きました。


交流ホールでは石川県立辰巳丘高校の生徒さんの発表会が行われていたようでした。

(2013/11/01)