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イリヤ・ラシュコフスキー ピアノ・リサイタル金沢公演
2013年11月13日(水) 18:30〜 北國新聞赤羽ホール

ベートーヴェン/ピアノ・ソナタ第23番ヘ短調 op.57「熱情」
ブラームス/3つの間奏曲op.117
ショパン/スケルツォ第1番ロ短調 op.20
ショパン/練習曲集op.25(全12曲)
スクリャービン/炎に向かって op.72
(アンコール)スクリャービン/8つの練習曲〜第5番嬰ハ短調 op.42-5
●演奏
イリヤ・ラシュコフスキー(ピアノ)

Review by 管理人hs  

冬が到来したような寒さの中,北國新聞赤羽ホールで行われたイリヤ・ラシュコフスキー ピアノ・リサイタルを聞いてきました。ラシュコフスキーさんは,昨年行われた第8回浜松国際ピアノコンクールで1位を受賞した若手ピアニストです。今回のリサイタルは,それを記念しての「優勝者ツァー」の一環でした。
 
赤羽ホールに行くのは久しぶりです。右側は「ツァー」のポスター(ブレました)。

今回演奏された曲は,ベートーヴェンの「熱情」ソナタ,ブラームス晩年の間奏曲集,ショパンのスケルツォ第1番,ショパンのエチュードop.25全曲,スクリャービンの炎に向かって というプログラムでした。今回,聞きに行こうと思ったのは,もちろんラシュコフスキーさんを聞いてみたかったからなのですが,このプログラムの素晴らしさもその理由の一つです。

特にショパンのエチュードop.25全曲は,有名な曲の割に,金沢ではなかなか実演で聞く機会がありません。それだけ,取り上げるのに勇気の必要な曲だからだと思いますが,ラシュコフスキーさんは見事な演奏を聞かせてくれました。

前半はまず,ベートーヴェンの「熱情」ソナタで始まりました。冒頭の低音からラシュコフスキーさんの音には,常にしっとりとした重さがありました。それでいて,ピアノの響きは常にクリアでした。部分的には,やや詰めが甘い感じで,他の曲に比べると,やや完成度が低い気はしましたが,浅薄にならない,独特の湿度を持った練られた音は,ベートーヴェンの音楽に相応しいものでした。第1楽章の最後の引き締まった強い音も印象的でした。

第2楽章は比較的さらりと演奏しており清潔感を感じました。それでも落ち着きを感じさせてくれたのは,その落ち着いた音によると思います。第3楽章は,慌て過ぎる部分や,これ見よがしの大げさな身振りはありませんでしたが,十分な迫力とダイナミクスを持った「実のある」演奏でした。最後の最後のでテンポを上げる部分は,ちょっと癖のある感じでしたが,全曲を通じて,落ち着きと聞きごたえを感じさせてくれる立派な演奏だったと思います。

ブラームスの3つの間奏曲集は,晩秋の気分にぴったりの曲であり演奏でした。この曲集では,ラシュコフスキーさんの柔らかく落ち着いた音が特に相応しく,暖かな感情が自然に伝わってくるような素晴らしい演奏でした。3曲を通じて気分の統一感があるのですが,それぞれの曲は,子守歌のようであったり,ミステリアスであったり,詩的な気分があったり,単調に陥ることなく,変化も楽しませてくれました。


休憩中のロビー。優勝者ツアーの写真が飾ってありました。右側は浜松国際ピアノコンクールのPR。ラシュコフスキーさんだけではなく,「浜松」をPRするのも狙いかもしれませんね。

前半がドイツ音楽だったのに対し,後半はショパンの音楽が中心でした。

スケルツォ第1番は,曲の前半・後半でのダイナミックさと中間部のたっぷりとした歌のコントラストが鮮やかでした。ラシュコフスキーさんの演奏には,スポーツ的な爽快感や刺激的過ぎる表現は少ないのですが,その分,不思議な深さを感じさせてくれます。特に中間部での暖色系と寒色系が混ざりあったような,たっぷりとした音が印象的でした。すべてを包み込んでしまうような素晴らしい歌に満ちていました。

続いて,お目当ての練習曲集が演奏されました。第1曲の「エオリアンハープ(というよりは,どうしても,私には「おうまのおやこは...」と聞こえてしまうのですが)の最初の音から,ラシュコフスキーさんの音の持つ詩的な気分に引き込まれました。タッチが美しく,適度な重みのある音が滑らかに,そしてうっとりさせるように流れて行きました。その後は多彩な曲が続くのですが,速いパッセージでも冷たくメカニックな感じにならなかったり,軽やかな曲でも安っぽくならなかったり,ラシュコフスキーさんらしさがどの曲にも現れていいました。

有名な「蝶々」は,軽やかであるだけではなく,大変優雅でした。「木枯らし」でも激しさよりは,強く美しい,鮮やかな音の流れを楽しむことができました。全体を通して演奏に余裕と落ち着きがあり,最後の曲に向かって大きな盛り上がりを作っていました。ショパンの曲と言えば,軽やかで華やかな印象がありますが,そういった面を残しながらも,常に大人の落ち着きを感じさせてくれました。鮮やかな技巧としっとりとした美しさに溢れた小宇宙といった趣きを持った,素晴らしい演奏だったと思います。

最後に演奏されたスクリャービンの「炎に向かって」は,他の曲に比べると,少々毛色の違う作品でしたが,神秘的なムードと硬質な力感の同居した演奏は,プログラムの最後に相応しい迫力がありました。強烈さはあるけれども,叩きつけるような演奏ではなく,あくまでも詩的な美しさがありました。

アンコールでは,同じスクリャービンの練習曲の中の1曲が演奏されました。「炎に向かって」にさら輪を掛けてダイナミックで,ラシュコフスキーさんの厚みのある音の魅力が波状的に広がっていくようでした。圧巻の演奏でした。

この日は,お客さんの数がそれほど多くなかったのが少々残念でしたが(それと,今日の演奏だったら,もっと熱い拍手が欲しいと思いました),期待の若手アーティストによる意欲溢れる演奏を味わうことができ,大満足でした。今回の演奏会は,浜松国際コンクール優勝者の「副賞」だと思いますが,是非,次回以降についても浜コン・ツァー金沢公演を行って欲しいと思います。

PS. 終演後,サイン会が行われました。アンコール曲の掲示がなかったので,尋ねてみたところ,スクリャービンの(多分そうだと思っていました)エチュードop.42-5とのことでした。

サインをいただいたのは最新のショパンの練習曲集全曲のCD。その他,NAXOSからもCDを出しているようです。

この日のチラシ類です。浜松国際コンクールの結果をお知らせする新聞も入っていました。きちんとしたプログラムが無かったのが「?」でした。その他にも開演時間が18:30だったり(実は19:00と勘違いしており,ホールに入るのがギリギリになりました),休憩時間が10分だったり,いつもと「ちょっと違う」演奏会でした。


ホールを出た後,香林坊周辺のライトアップ見物


続いて中央公園横の並木と金沢城ののライトアップ見物


(2013/11/17)