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ワーグナー:楽劇「トリスタンとイゾルデ」(コンサートスタイル・オペラ)
2013年11月17日(日) 13:00〜 オーバードホール(富山市)


ワーグナー/楽劇「トリスタンとイゾルデ」(演奏会形式,ドイツ語上演・日本語字幕付き)
●演奏
チョン・ミョンフン指揮東京フィルハーモニー交響楽団(コンサートマスター:荒井英治)
出演:
トリスタン:アンドレアス・シャーガー(テノール)
マルケ王:ミハイル・ペトレンコ(バス)
イゾルデ:イルムガルト・フィルスマイアー(ソプラノ)
クルヴェナール:クリストファー・モールトマン(バリトン)
ブランゲーネ:エカテリーナ・グバノヴァ(ソプラノ)
メロート:大槻孝志(テノール)
牧人,若い水夫:望月哲也(テノール)
舵手:成田博之(バリトン)
合唱:新国立劇場合唱団(男声40名編成)(合唱指揮:冨平恭平)
字幕:三宅幸夫,字幕操作:林田聡



Review by 管理人hs  

今年はワーグナーの生誕200年ということで,ワーグナーの作品が取り上げられる機会が多い...はずなのですが,石川県ではほとんど演奏されていません。というわけで,富山市のオーバード・ホールで行われたチョン・ミョンフン指揮東京フィルハーモニー交響楽団他による演奏会形式による「トリスタンとイゾルデ」の全曲を聞いてきました。

 
↑公演のポスターとパンフレット。パンフレットは聞きどころのポイントが分かりやすくまとめられていました。

この日は,これからの季節の北陸地方では段々と貴重になってくる快晴(いわゆる小春日和)ということで,屋外で過ごしたい気持ちもありましたが,チョン・ミョンフン指揮のワーグナーの作品全曲を北陸で聞く機会の方が貴重だろう(もしかしたら北陸初演?),ということで,高速バスに乗って,富山まで出かけてきました。

 
↑オーバード・ホール入口。1階上ります。大変良い天気だったので,温室の中に居るようでした。

「トリスタンとイゾルデ」は,西洋音楽史的に言うと調性音楽の極限の音楽ということで,曲の最初の前奏曲から半音階進行を含む,微妙ですっきりしない気分が続きます。チョン・ミョンフンさんは,まず,曲の冒頭の「憧憬の動機」とトリスタン和音を非常に丁寧に演奏し,一気にホール内を「トリスタン」の気分に変えてくれました。濃厚だけれども,どこか冷静な視点もある演奏で全体を見通すようなスケール感を感じました。

今回の演奏は,演奏会形式ということで,歌手は,指揮者の前の椅子に座り,自分の出番の時だけ立って歌う形で,演技はほとんどありませんでした。トリスタンとイゾルデが見つめ合ったり,手を取ったりぐらい...という程度でしょうか(ただし,ドラマの進行に応じて,結構,頻繁に出入りはしていました。)。

そのこともあり,かなり集中して音楽の流れだけに入りこむことができました。第2幕や第3幕の各後半では,剣を抜いて切り合いをするようなシーンが本来はあるのですが,そういった部分の動きが全くなかったので,基本的にトリスタンとイゾルデ,そして,その2人に混乱させられるマルケ王,この3人の心情の動きを音楽の動きで味わう,という形になっていました。もちろん,セット付きの本格的な舞台を観たい気持ちもありますが,ワーグナーの音楽をじっくりと味わうには,今回の形は理想的だった気がしました。核となる3人の声がとりわけ素晴らしかった上に,全体のバランスも取れていました。

第1幕は,上手舞台裏から聞こえてくる船乗りの歌から始まりました。続いて,イゾルデと侍女のブランゲーネの場になります。

イゾルデ役のイルムガルト・フィルスマイヤーさんは,何よりも声の力が素晴らしく,ワーグナーのオペラならではのドラマティックな役柄にぴったりでした。イゾルデは第1幕では,怒りまくっているのですが,第1幕後半で媚薬を飲んでからは,少し優しくなりつつも,情熱はパワーアップし,第3幕最後の「愛の死」まで,ずっとドラマを引っ張っていく「大変さ」があります。フィルスマイヤーさんの声はメゾソプラノを思わせる太さがあり,迫力十分でした。私の居た4階席でもビンビン声が伝わってきました。高音部は絶叫するような感じでしたが,その分,狂気が混ざったようなただならぬ迫力がしっかり伝わって来ました。これから注目の歌手になっていくと思います。

 
↑私の席からはこんな感じで見えました。右はキャスト紹介の案内です。チョン・ミョンフンさんのCDも販売していました。

続いて,トリスタンとその従者クルヴェナールが登場します。

トリスタン役は予定していた歌手が変更になりアンドレアス・シャーガーさんが歌いました。最初の方は,イゾルデに比べると,やや弱いかなと思って聞いていたのですが,曲が進むにつれて鬼気迫る雰囲気になっていきました。特に第3幕の最初の延々と続く,トリスタンのモノローグの部分は(プログラムによると「この部分は鬼門」とのことです),イゾルデの到来を待ちわびながら,半分を夢を見ているような狂気を帯びた雰囲気で,迫力満点でした。

第1幕では新国立劇場の男声合唱団の声も見事でした。とても強く,クリアな声で,幕後半のドラマをしっかり盛り上げてくれました。トリスタンとイゾルデが媚薬を飲んでしまってからは,合唱団のリアルな響きとソリストたちの「別の世界,2人の世界」に行ってしまった雰囲気とが鮮やかに対比されていました。

合唱だけでなく,オーケストラも大変雄弁でした。媚薬を飲んだ後,ハープの音が入って,曲全体の気分が変化するのが分かりましたが,こういうのも演奏会形式ならではだと思います。ところどころで出てくる,チェロをはじめとするの各楽器のソロも大変くっきりと聞こえ,登場人物の心理描写をサポートしていました。幕切れの部分では,舞台上手に金管楽器のバンダも登場し,爽快な雰囲気で締めてくれました。

 休憩時間。エレベータ付近から階下を眺めてみました。

第2幕は,くっきりとした「昼の動機」で始まります。この動機は,夜の気分との対比として,何回も出てきましので,しっかりと耳に残りました。第1幕は,マルケ王が狩に出かけている間に,トリスタンとイゾルデが密会をする場ということで,まず,狩のホルンの音が舞台裏から聞こえてきました。オーバード・ホールのステージは奥行がとてもあるので,演奏会形式とはいえ,視覚的にも立体感を感じました。

その後,オペラ史上最長のラブ・シーンといって良い第2場になります。この部分はCDで聞いた時は大変長く感じたのですが,実演だと全く長さを感じませんでした。オペラの中では時間は違った進み方をする,と感じました。この場は,オペラ全体の丁度真ん中で,曲の構成的にも頂点になります。

シャーガーさんとフィルスマイアーさんの声はここでも素晴らしく,全曲の山場を熱くロマンティックに楽しませてくれました。途中から見張り役のブランゲーネの声が入ってくるのですが,これも効果的でした。ブランゲーネ役のエカテリーナ・グバノヴァさんは,オーケストラの最後列(ステージでいちばん高い位置)に立ち,全体を見下ろすように歌っていました。この声も素晴らしく,2人を包む「まどろみ」の気分を見事に作っていました。

この「まどろみ」が破れて,マルケ王とメロートが入ってきます。基本的にマルケ王は,「まともな大人」の役柄で,威厳があると同時に「どうしてイゾルデに裏切られるのだろう」という悲哀のようなもの漂わせていました。ミハイル・ペトレンコさんの歌はその気分にぴったりの「しみじみ感」がありました。

前述のとおり,その後に続く決闘の場は所作がないのですが,その分,オーケストラの演奏が雄弁で,甘い第2場から急転直下するようなスリリングな感じを音楽だけで伝えていました。今回は脇役的な役柄を日本人歌手が担当していましたが,例えば,牧人及び若い水夫役を,先日のびわ湖ホールで行われた「ワルキューレ」公演でジークムントを歌った望月哲也さんが担当するなど,大変,贅沢な配役だったと思います(将来,望月さんがトリスタンを歌うこともあるかもしれませんね)。

第3幕はまず,低弦による深い響きで始まります。この深く,艶のある響きもまた,演奏会形式ならではだと思います。このオペラは,舞台裏で楽器が演奏する部分の多い曲で,各幕で舞台裏での演奏がありました。その中では,この第3幕の最初の方に出てくるイングリッシュホルンの演奏が特に印象的でした。イングリッシュホルン1本でかなり長いソロを演奏する,全曲を通じて「いちばん静かな場面」ですが,その他の部分で激しく熱いドラマが続くので,かえってこの部分の静かな美しさが際立っていました。

続いて瀕死の状態でイゾルデの到着を待ちわびるトリスタンのモノローグになります。さすがに長く感じましたが,前述のとおりシャーガーさんの気迫が素晴らしく,だんだんと「イゾルデはまだか,まだか」という気分が高まって行きます。この「焦らし」のテクニックはワーグナーならではでしょうか。その後に続く,2人の再会と別れのドラマがさらに一層盛り上がりました。

イゾルデの到着の部分では,ホルツトランペットという珍しい楽器によるファンファーレが出てきます。木製のトランペットということで,古風だけれども「何か異変が起きそう」といった,不思議な違和感のある響きを出していました(終演後のカーテンコールの時に演奏されていた方が楽器を持って登場しました。イングリッシュホルンにしては長すぎかなという感じの楽器でした)。

そして,やはり全曲を締めるイゾルデによる「愛の死」の歌唱が印象的でした。フィルスマイアーさんの声の威力は最後まで衰えることなく,不思議な明るさを持ったエンディングを堪能させてくれました。「トリスタンとイゾルデ」については,一般的に聞かれている,いわゆる「前奏曲と愛の死」だと20分程度で終わるのですが,4時間以上かけて(休憩含む),最後の「愛の死」に到達するのとでは,やはり重みが違います。終結感のない曲の最後の最後で静かに静かに安定する,というのは,やはり感動的でした。

今回の演奏時間は20分の休憩2回を入れて13:00から17:30まで掛かりましたので,さすがに疲れましたが,音響的には,もっとも良い形でこの曲を楽しむことが出来たと思いました。富山のオーバードホールでオペラを観たのは今回が初めてでしたが,4階席からでも大変ステージがよく見えました。金沢歌劇座よりは,大きな規模のオペラを上演できるホールですので,是非今後も今回のような形の公演を期待したいと思います。

 
終演後です。すっかり暗くなっていました。

オーバード・ホールに行くのは今回が2回目です。とても良い天気だったので,快適な”小旅行”を楽しむことができました。写真で紹介しましょう。

金沢市内の兼六園下のバス停からスタート。


市内のしいのき迎賓館付近では,楽しげなイベント(かまくらのようなテントの中で色々な店が営業)を行っていました。


バスの中で昼食の山崎パンのランチパック。「安堂ロイド」アンパンというシャレ(?)に釣られて購入。


神通川の富山空港付近(晴れていると窓の汚れが目立つ...)。自分で運転するときは「わき見注意」と出ているので,今回はじっくり見てみましたが,飛行機はいませんでした。


JR富山駅前に到着。開演の30分前ということで丁度良いタイミングでした。


奥に写っている工事中の建物がJR富山駅(南口)。手前にはレンタサイクルが並んでいましたが,金沢市も似たようなことをしていますね。


ここからオーバード・ホールへ。北口方面に行くため,地下通路に入りました。


いろいろとポスターが掲示されていました。桐朋アカデミーオーケストラの公演は一度聞いてみたいものです。


通路の終点付近に「飾り時計」。この辺から地上に出ると,オーバード・ホールでした。十分近いのですが,やはり「JR金沢駅→石川県立音楽堂」の近さには負けますね。


オーバード・ホール入口の吹き抜けには公演の案内の垂れ幕が出ていました。右側が入場口です。


終演後の写真です。クリスマスツリーが出ていました。


JR富山駅の北口近くに,別の小さな駅(富山駅北)があるのを発見。どんな電車が走っているのか見たかったですね。


JR富山駅の北口に戻りました。入口付近にあった郵便ポストの上には薬売りの可愛らしい銅像。JR金沢駅の「郵太郎」のようなものですね。


帰りも高速バスで金沢へ。


バスの中でパンフレットの中身を撮影。人物相関図です。


会場で配布されたチラシ類。OEKのニューイヤーコンサート@ラポールもよろしく。マリア・ジョアン・ピリスとかポール・メイエとかいろいろ注目の公演もありました。


お土産は,お決まりの鱒ずし。ただし,JRの電車の中で売っているのとは違う会社のものにしてみました。右側の写真,紛らわしいですが,家族が別に買ってきていた「大きなどら焼き」が混在しています。偶然ですがぴったり同じ大きさでした。


(2013/11/23)