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直江学美&黒瀬恵デュオ・コンサート Vol.3:未来へ,光と音のコラボレーション
2013年11月23日(日) 18:00〜 石川県立音楽堂コンサートホール

1)ヘンデル(黒瀬恵編曲)/歌劇「セルセ」〜「モンブラ・マイ・フ」
2)バッハ,J.S.(黒瀬恵編曲)/主よ,人の望みの喜びよ
3)シュトラウス,R.(黒瀬恵編曲)/4つの歌 op.27〜モルゲン
4)シュトラウス,R.(黒瀬恵編曲)/4つの最後の歌 op.150〜夕映えに
5)バッハ,J.S.(黒瀬恵編曲)/小フーガト短調 BWV578
6)クライスラー(黒瀬恵編曲)/プニャーニの様式による前奏曲とアレグロ
7)バッハ,J.S.(黒瀬恵編曲)/アリオーソ
8)(アンコール)ヴィターリ/シャコンヌ
9)文部省唱歌(黒瀬恵編曲)/冬景色
10)山田耕筰(黒瀬恵編曲)/赤とんぼ
11)ヴィドール(黒瀬恵編曲)/オルガン交響曲第5番〜トッカータ
12)武満徹(ブラエル編曲)/小さな空
13)(アンコール)シュトラウス,R.(黒瀬恵編曲)/献呈
●演奏
直江学美(ソプラノ*1-4,9-10,12-13),黒瀬恵(オルガン),篠崎史紀(ヴァイオリン*2-4,6-8,13)
演出・映像:宮田人司,森崎和宏

Review by 管理人hs  

金沢を中心に活躍しているソプラノ歌手の直江学美さんとオルガン奏者の黒瀬恵さんは,年1回この時期にデュオコンサートを行っています。その3回目のコンサートを聞いてきました。毎年,NHK交響楽団コンサートマスターの篠崎史紀さんをゲストに招いているのも「目玉」の一つです。今回も篠崎さんのヴァイオリンやトークを交えたステージとなりました。

  
↑この日は地元のハープ奏者の平尾裕紀子さんの演奏会も午後に行っていました。音楽堂の入口にもクリスマスツリーが出現。

ソプラノとオルガンとヴァイオリンという組み合わせのコンサートは,滅多にないのですが,オルガンという楽器はピアノのような伴奏もできれば,オーケストラの代用もできますので,一種「何でもできる」編成ともいえます。今回も20世紀末の音楽を核とするというコンセプトはありましたが,バロック音楽,リヒャルト・シュトラウスのオリジナルはオーケストラ伴奏版歌曲,クライスラーのヴァイオリン曲,日本の歌曲・唱歌,そして,オルガンの独奏曲と色々な時代の色々な編成の曲を楽しむことができました。それらがバラバラな印象を残すのではなく,オルガンの響きを核として,全体の雰囲気がしっかりまとまっていたのが良かったと思いました。

演奏された曲は全て黒瀬さんのオルガン伴奏付きで演奏されました。直江さんと篠崎さんは,通常のステージで歌っていましたので,少々距離がありましたが,大変バランスよく聞くことができました。さすが3回目です。

直江さんの落ち着きのある声で,ヘンデルのお馴染みの「オンブラ・マイ・フ」が歌われた後,3人がそろって,バッハの「主よ人の望みの喜びよ」が演奏されました。篠崎さんのヴァイオリンをはじめ,すっきりした感じの演奏でしたが,オルガンが加わることで,3人だけの演奏とは思えない,大きな広がりを感じさせてくれました。これがこの編成の魅力だと思いました。

続いてリヒャルト・シュトラウスの「モルゲン」と「夕映えに」という歌曲が2曲演奏されました。どちらもオリジナルはオーケストラ伴奏付の作品です。どちらもゆったりとした感じの曲ですので,オルガンのたっぷりとした音とヴァイオリンの組み合わせによる伴奏への編曲は,とても良いアイデアだと思いました。オリジナル版は聞いたことはないのですが,原曲のイメージを損なうことのない編曲だったと思います。

「モルゲン」の方は,「あした」とか「あすの朝」などと訳されることもあります。調べてみると,もともと独奏ヴァイオリン,弦5部,ホルン3本,ハープという編成の曲ですので,ソプラノとヴァイオリンによる二重唱のようなところがあります。

篠崎さんはいつもどおり,長目の燕尾服を着ていらっしゃいました。その堂々とした雰囲気と相俟って,ロマンティックな薫りをホールいっぱいに漂わせていました。

「4つの最後の歌」の方は,一度実演で聞いてみたいと思っていた曲でしたが,そのスケール感をしっかり楽しむことができました。この曲のオリジナル版では小鳥の声を模したフルートの音が入りますが,この演奏では篠崎さんのヴァイオリンで演奏されていました。この曲では特にオルガンのたっぷりとした響きが効果的で,しっとりとした直江さんの声とそれに寄り添う篠崎さんの繊細なヴァイオリンの音が,黒瀬さんの作り出す夕映えの気分(人生の夕映えですね)の中に気持ちよく溶け合っていました。

この演奏では照明も工夫しており,曲の途中から照明も”デクレッシェンド”していきました。演奏前には両曲の歌詞の朗読がされ(直江さんではなく,アナウンス担当の方が舞台の下手側で朗読),曲の気分をじっくり伝えた後,音楽に集中する形になっていました。色々な点で創意工夫のある演奏で,この日のいちばんのハイライトだったと思いました。

ここで一旦,直江さんと篠崎さんは引っ込み,黒瀬さんの独奏で,バッハの小フーガが演奏されました。とてもじっくりと丁寧に演奏されており,どこか伝統の職人芸できっちりと作られた工芸品を見るような美しさがありました。

前半の最後は,クライスラー作曲のプニャーニの様式による前奏曲とアレグロが演奏されました。これもまた「さすが」という貫禄と技巧を楽しませてくれる演奏でした。この曲は,バロック風を模したような曲なのですが,それに黒瀬さんの重厚なオルガンが加わり,「オペラ座の怪人」がヴァイオリンを弾いているような,どこか妖しい(?)重厚なゴシック風の気分たっぷりでした。

余談ですが,この曲を聞くといつもシャーロック・ホームズがヴァイオリンを弾いているようなイメージを思い浮かべてしまいます。1980年代にNHKで放送していた英国グラナダ・テレビのシャーロック・ホームズ・シリーズ(ジェレミー・ブレッド主演)の最初の部分で毎回ヴァイオリン演奏が流れていた印象が強いからですが,今回の選曲の中心の「19世紀末の曲」という点からすると,このイメージで正解なのかもしれません。

後半はまず,篠崎さんと黒瀬さんの演奏で,バッハのアリオーソが演奏されました。この曲は,チェンバロ協奏曲第5番ヘ短調 BWV.1056の第2楽章で,「恋するガリア」という映画の音楽に使われていた曲です(観たことはありませんが)。この曲については,個人的には,ヴォーカルグループのスウィングルシンガーズがジャズ風に歌っていた版でなじんでいるので,思わず「ダバダー」と歌いたくなってしまいます。

その後,篠崎さんと直江さんを中心としたトークコーナーがありました。毎年この時期に忙しい篠崎さんが金沢でのこの演奏会に来ているのは...実は...カニが目的(の一つ)だったとか,篠崎さんのヴァイオリン関係グッズとして,いろいろな和風の工芸品を使っているとか,クリムトの絵と金箔の工芸品に共通性があることから,今回の「洋の東西の世紀末の曲」を集めるプログラムを思いついたとか,「へぇ」という感じの楽しいトークを楽しむことができました。

その後,トークが「それでは,アンコールを1曲...」「だけど楽譜はないですよ」「ちゃんとあります」という,予定だったのかサプライズだったのか判然としないような流れになり,黒瀬さんがシャコンヌの低音部を弾き始めました。篠崎さんが「しょうがないな」という感じで,軽くチューニングをして,いきなりバシッとヴィターリのシャコンヌを演奏しはじめました。曲が進むにつれて,秘めた情熱がほとばしってくるような,実に格好良い,しびれるような演奏でした。

篠崎さんの出番がここで終わった後,気分が一転し,日本の唱歌が2曲歌われました。これらの曲が作られたのも世紀末というのが面白いところです。直江さんの,飾り気が少ない,シンプルな美しさのある声は,唱歌の気分にぴったりでした。それでいて,コンサートホールで聞くのにふさわしい,適度な重みもありました。ピアノ伴奏で聞くのとは一味違った,イマジネーションの広がりを感じさせてくれるような演奏でした。

黒瀬さんの独奏で演奏された,ヴィドールのオルガン交響曲第5番のトッカータでは,目まぐるしく動く曲想に合わせて,パイプオルガンのパイプに当てる照明を激しく変化させていました。今回私は,1階席から「見上げて」聞いていたのですが,この照明については,もう少し鮮やかでも良いかなと思いました(上の階からだと丁度良かったのかもしれません)。先日,しいのき迎賓館でプロジェクション・マッピングが行われ,大人気でしたが,「石川県立音楽堂パイプオルガン・プロジェクション・マッピング・プロジェクト」(略して「IKOPOPMP」)とかやってみるというのはどうでしょうか?

演奏会の最後では,武満徹の「小さな空」が演奏されました。この曲は,今年の夏,尾張町町民文化館で直江さんの歌を聞いたときもアンコールで最後に歌われました。直江さんのお気に入りの曲なのだと思います。この曲でもオルガンが加わることで,スケール感が加わり,夕暮れの甘さともの悲しさが混ざったような気分がホール全体に広がりました。

アンコールでは,再度,篠崎さんが登場し,3人でシュトラウスの「献呈」が演奏されました。ここまでは,最後に大きく歌い上げる曲は少なかったので,この曲で一気に開放感が広がる感じでした。もう1曲のアンコールの「ふるさと」は直江さん,黒瀬さんの2人で演奏されました。地元出身のアーティストが地元で行う演奏会の「締め」にぴったりの選曲でした。

この演奏会については,一昨年の第1回目から「聞いてみたいな」と思っていたのですが,今回初めて聞いてみて,その魅力を実感できました。ソプラノ,オルガン,ヴァイオリンという独特の組み合わせであるからこそ,趣向を凝らす必要があり,そのことが,演奏の新鮮さにつながっているのだと思います。こういう演奏会が金沢出身のアーティストが中心となって継続している点が素晴らしいと思います。是非,「第4回」の企画に期待し,そして,応援をしていきたいと思います。



終演後は,金沢駅周辺の夜景めぐり

 
JR金沢駅の入口がいつの間にか工事中になっていました。金沢フォーラス前のイルミネーションは,中に入って撮影できるようになっており,順番待ちの列が出来ていました。

 
こちらは音楽堂のすぐ隣のANAクラウンホテルのツリーです。

  
ホテル日航金沢の方は,白っぽいツリーです。

(2013/11/30)