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ミルオトキクカタチ:久世健二のアートの中で“五感で見る聴く”音楽会
石川県立音楽堂室内楽シリーズ第5回 (1回目)
2013年12月14日(土) 19:00〜 石川県立音楽堂交流ホール


1)バッハ,J.S./無伴奏ヴァイオリン・ソナタ第3番〜ラルゴ
2)コダーイ/ヴァイオリンとチェロのための二重奏曲〜アダージョ
3)ショパン/幻想曲
4)ショスタコーヴィチ/ピアノ三重奏曲第2番
●演奏
鶴見彩(ピアノ*3-4),坂口昌優(ヴァイオリン*1-2,4),荒井結子(チェロ*2,4)



Review by 管理人hs  

音楽堂室内楽シリーズ第5回として行われた「ミルオトキクカタチ」を聞いてきました。この演奏会は,石川県立音楽堂交流ホールの床いっぱいに,金沢美術工芸大学の久世建二学長の作った「土の形・ヒトガタ」という造形作品が展示さる中で,室内楽の演奏を行うという「今回がはじめて」という試みです。


↑今回の公演のポスター。ヴァイオリンのデザインのものは,実際にこういうオブジェもあるのでしょうか?見てみたいものです。

久世さんの作品は,以前,金沢21世紀美術館でも展示されていたことがあるものです。人間の形を思わせるような(十字架のようにも見えます)平べったいオブジェを沢山並べた作品で,亡くなった人たちの墓地のようにも見えます。一つ一つのオブジェが全く別の作品でもようでもあるし,全部まとめて一つの作品のようにも見えます。

今回の企画は,これらのオブジェの周りに寝転んでもらっても,触ってもかまいません,自由なスタイルで聞いてくださいという大胆な内容でした。写真撮影も認められていたようでしたので,私も撮影してきたのですが,次のような感じになります。ちょっと見たことのないような雰囲気でした。

 
開演前はやや控えめ。後半はオブジェの間に入り込んで座っている人が増えました。

この演奏会は12月14日と15日の2回行われたのですが,私は,鶴見彩さん(ピアノ),坂口昌優さん(ヴァイオリン),荒井結子さん(チェロ)の3人が登場した,14日夜の公演を聞いてきました。

演奏された曲はバッハの無伴奏ヴァイオリン・ソナタ第3番〜ラルゴ,コダーイのヴァイオリンとチェロのための二重奏曲〜アダージョ,ショパンの幻想曲,休憩をはさんで,ショスタコーヴィチのピアノ三重奏曲第2番の4曲でした。

どの曲も「ヒトガタ」のイメージどおり,どこか暗く,人を追悼するような静かさがありました。北陸中日新聞の記事によると,奏者たちが久世さんの工房で作品を見た後,選曲したということで,正真正銘のコラボレーション企画と言えます。

http://www.chunichi.co.jp/article/ishikawa/20131215/CK2013121502000040.html

この公演の企画はアートディレクター岡本恭子さんによるもので,演奏前に岡本さんから簡単な説明があった後,会場が暗くなって,いつもと違った雰囲気で音楽が始まりました。

最初のバッハのラルゴは,亡くなった人を慰めるようなしみじみとした雰囲気がありました。ヒトガタのオブジェはどうしても人間に見えてしまいます。久世さん自身,東日本大震災の被害者の鎮魂のために作ったと先の新聞記事には書かれていましたが,その意図どおりの音楽だったと思います。

続いてコダーイの二重奏が演奏されました。つぶやくように静かに始まった後,中間部で動的な雰囲気になる曲で,静と動の対比が鮮明に表現されていました。坂口さんと荒井さんの演奏は,楽器による対話のようでした。対立するのではなく,寄り添うように悲しみに向かっているという演奏だったと思います。

ショパンの幻想曲では,まず鶴見さんのピアノの音の美しさに惹かれました。この曲には,最初静かに始まった後(「雪の降る街を」そっくり),途中から徐々に明るくなってくるという静かなドラマがあります。その控え目だけれども力強い美しさがしっかり伝わってきました。

 
休憩時間中はこんな感じでした。自分の「好み」をついつい探してしまいました。「バランスが取れていて整っている,密度が高い,だけど,ちょっとヒネリがある」こういう感じのものが気に入りました。音楽の好みについても同様のことが言えるのかもしれません。自分の好みを再発見する面白さがありました。

後半に演奏されたショスタコーヴィチのピアノ三重奏曲は,さらに聞きごたえがありました。いかにもショスタコーヴィチの室内楽らしい構成の作品でした。第1楽章の冒頭は,チェロの高音+ヴァイオリンの低音という,ちょっと倒錯したような不思議な気分で始まりました。第2楽章のスケルツォには生き生きとした躍動感があり,前後の楽章とコントラストを作っていました。

反対に第3楽章には,追悼するような深さがありました。ここでも鶴見さんのピアノがとても美しいと思いました。染み入るような美しさでした。第4楽章には,ちょっと不思議な雰囲気がありました。はじめはちょっとユーモラスな気分さえ感じたのですが,弦楽四重奏曲第8番でもおなじみの,一度聞けば忘れられないエキゾティックなユダヤ風のメロディが出てくると,力強く凄みのある空気に変わりました。

荒井さんのチェロは,とても緻密で,全体を引き締めている感じ。坂口さんのヴァイオリンは,情をしっかり伝えてくれる感じで,全体のバランスもとても良いと思いました。

どの演奏も久世さんの作品とマッチしたもので,会場の雰囲気をさらにアーティスティックに盛り上げていました。美術作品とクラシック音楽がダイレクトにぶつかるような共演企画は今回が初めてでしたが,大変うまくいったのではないかと思います。

 
会場入り口にあった久世さんからのメッセージ。この”見せ方”も展覧会っぽくて良かったと思います。

今回の作品は,直接交流ホールの床の上に置かれていましたが,展示方法については,もう一工夫欲しいかなと思いました。どうせなら,部屋全体が真っ暗になるようにし,床にも何か敷いて欲しいと思いました。今回,「床の上に座っても構いません」とアナウンスがあったのですが,やはりカーペットとかが敷いてないとなかなか座れないかなと思いました。

今回が初めての試みということで,改善点もあるとは思いますが,美術作品の中で音楽を聞くというのは,とても刺激的なものです。翌日には,コントラバス四重奏との「共演」が行われましたが,「ヒトガタ」たちは,また別の表情を見せてくれたことでしょう。
  

(2013/12/17)