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オーケストラ・アンサンブル金沢第344回定期公演フィルハーモニーシリーズ
2014年1月8日(木) 19:00〜 石川県立音楽堂コンサートホール


1)ヘンデル/「水上の音楽」〜,序曲,エア,ブーレ,アラ・ホーンパイプ
2)ヘンデル/歌劇「リナルド」〜二重唱「貴方の顔には数多くの優雅さが戯れています」
3)ヘンデル/歌劇「リナルド」〜アリア「私を泣かせてください」
4)ヘンデル/歌劇「セルセ」〜アリア「オンブラ・マイ・フ(なつかしい木陰よ)」
5)ヘンデル/合奏協奏曲 ロ短調 op.6−12
6)シュトラウス,J./喜歌劇「こうもり」序曲
7)シュトラウス,J./喜歌劇「こうもり」〜アリア「侯爵様,あなたのようなお方は」
8)シュトラウス,J./喜歌劇「こうもり」〜クプレ「私は客を招待するのが好きだ」
9)オッフェンバック/喜歌劇「天国と地獄」〜カン・カン!
10)オッフェンバック/歌劇「ホフマン物語」〜舟歌「美しい夜,ああ,愛の夜」
11)シュトラウス,J./喜歌劇「ヴェネツィアの一夜」序曲
12)シュトラウス,J./喜歌劇「ヴェネツィアの一夜」〜「ほろ酔いの歌」(アンネン・ポルカ)
13)シュトラウス,J./ワルツ「美しく青きドナウ」op.314
14)(アンコール)山田耕作(北原白秋作詞)/ペチカ
15)(アンコール)ヘンデル(倉知竜也編曲)/オラトリオ「メサイア」〜ハレルヤ・コーラス

●演奏
井上道義指揮オーケストラ・アンサンブル金沢(コンサートマスター:サイモン・ブレンディス),中村恵理(ソプラノ*2,4,7,12),藤木大地(カウンターテノール*2-3,8,14)



Review by 管理人hs  

新春恒例のオーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)のニューイヤーコンサートを聞いてきました。昨年のこのコンサートでは,前半コルンゴルトの曲が取り上げられましたが,今年の前半はヘンデル特集。後半に女声歌手と男声歌手(正確には女声的男性歌手?)が登場する点は,昨年同様でしたので,「特定の作曲家特集+声楽入りのウィーンの音楽」という形が「井上道義+OEKのニューイヤー」の基本形になりつつあるようです。

  
↑音楽堂の玄関には角松が出ていました。「こうもり」公演も大々的に宣伝中

井上道義さん指揮の場合,毎回毎回,色々な工夫がされ,楽しませてくれるのですが,今回は最初の曲から「おやっ」と思わせてくれました。ヘンデルの「水上の音楽」の抜粋ということで,「この曲ぐらいはすんなり始まるだろう」と思ったのですが...ステージに登場したOEKメンバーの数はやけに少なくほとんど室内楽。照明もそれほど明るくなく,しかも井上さんが出てきません。

この状態で序曲が始まりました。サイモン・ブレンディスさんを中心とした弦楽合奏+オーボエ(第1ヴァイオリン2,第2ヴァイオリン2,ヴィオラ1,チェロ1,コントラバス1,オーボエ2だったと思います。)の編成で,しっとりと丁寧に演奏されました。弦楽器はノンヴィブラートで古楽風の趣きでしたが,冷たい感じはなく,暖かい雰囲気がありました。

次の曲からは少しずつ楽器が加わっていきました。「エア」でホルン2名,「ブーレ」でファゴット1,そして,最後の「アラ・ホーンパイプ」で井上さんも含めて弦楽器がフル編成になり,のびやかに締めてくれました。このステージでは,全員立って(チェロは座っていましたが)演奏し,いつもとは一味違う雰囲気を出していました。管楽器の方は,登場してすぐにホルンの高音が出てくるということで...ドキリとしましたが,かっちりと音が組み合わさってキビキビと動く感じは室内楽編成ならではです。

アラ・ホーンパイプではトランペットも加わり,いかにもおめでたいムードになりました。ハイドンの「告別」交響曲の反対のような感じで,照明もだんだん明るくなっていき,曲が終わった瞬間,井上監督の合図で,全員で「あけまして,おめでとうございます!」...こういう趣向でした。ヘンデルも大喜び(?)というアイデアだったと思います。

その後,ソプラノの中村恵理さんとカウンターテノールの藤木大地さんが登場し,ヘンデルのアリアを3曲(1曲は重唱)歌いました。このお2人は1月3日に行われたNHKニューイヤーオペラコンサートに出演されたばかりですので,2人仲良く金沢に移動して来られた形になります。期待の若手2人の声は,どちらも瑞々しく,新年の気分にぴったりでした。

最初に歌われた歌劇「リナルド」の中の二重唱は,ソプラノとメゾ・ソプラノの重唱のような趣きがありました。2人が一緒になると,やはり高音パートの中村さんの声のカチッとした質感が目立っていましたが,藤木さんの声には,暖かい包容力のようなものがあり,良いバランスでした。このお2人の相性はとても良いのではないかと思いました。

次に「リナルド」の中の「私を泣かせてください」が歌われました。この曲は,映画「カストラート」で使われてから有名になった曲(だと思います)で,カウンターテノールで歌われるのかと予想していたのですが,今回は中村さんのソプラノ独唱で歌われました。

確かこの映画のサウンドトラックは,カウンターテノールの声を中心に一部ソプラノの声を合成して作ったと聞いたことがあります。カウンターテノールにはやや音域が高い曲なのかもしれません。中村さんの声は,どちらかというと軽い方だと思いますが,声自体に芯の強さがあり,シャキッとした美しさを湛えていました。曲のタイトルから,”悲しみにけなげに耐えている様子”を想像して,バロック・オペラの世界に浸ることができました。

続く「オンブラ・マイ・フ」の方は,30年近く前,ソプラノのキャスリーン・バトルの歌で大ヒットした曲ですが,今回はカウンターテノールで歌われました。藤木さんの無理のない,マイルドな声に癒されました。

前半最後は,ヘンデルの合奏協奏曲op.6の最後の曲でした。ロ短調の曲ということで,ほの暗く,ピシッとした鮮烈な気分で始まった後,「緩−急−緩−急」と動いていきます(後で調べてみると,5楽章構成でしたが,インターバルなしで演奏されていました)。どの部分も音楽自体に魅力と聞きごたえがありましたが,特に哀愁を帯びながらも快活に動く第2楽章(コレルリのクリスマス協奏曲のような感じ)とたっぷりとした歌を聞かせてくれた第3楽章のアリアが魅力的でした。

終演後のサイン会の時,井上道義さんに「この曲,良かったです」と言ってみたら,「う〜ん」としばらく考えた後,「なんか豪華なんだよねぇ」と振り返ってくれました。井上さんは,以前定期公演でヘンデル役を演じたことがあるくらい,ヘンデル好き(だと思います)が,この曲は,「さすが井上さん」という感じの充実感のある演奏でした。「豪華さ」を感じさせてくれたのは,井上さんだからこそ,ということも言えると思いました。

それとこの曲では,ヴァイオリンのサイモン・ブレンディスさん,江原千絵さん,チェロのルドヴィート・カンタさんのソリスト・グループとトゥッティとが交錯する立体感が味わえます。CDでははっきり分からないこともありますが,実演だとはっきりと分かります。合奏協奏曲を聞くのは,ライブに限るかもしれません。

  
↑これも毎年恒例になった,「OEKメンバーのサインon謹賀新年看板」が飾られており,休憩時間中は絶好の撮影ポイントになっていました。

演奏会後半は,ウィーン・フィルのニューイヤーコンサートと似た雰囲気になりました。が,オペレッタの序曲+アリアの間にオッフェンバックが入る構成になっているのは,やはり井上+OEKらしさなのかもしれません。

まず曲全体が生きているような「こうもり」序曲で始まりました。鬼のような気合いを持った出だし,味のある水谷さんのオーボエ...どこを取っても大変表情豊かな演奏でした。途中の時計の音を模したチューブラベルの音が出てくる部分では井上さんは数をカウントするような動作を見せて楽しませてくれました(調べてみたら6回鳴りますね。6時でしょうか?)。井上さんが,この曲を指揮すると本当に楽しげで沸き立つような気分が出ます。この日,井上さんは,珍しく(?),ここまでは「あけましておめでとう」以外は,トークなかったのですが,音楽と動作だけでしっかり楽しませてくれました。

続いて,中村さんの独唱でアデーレのアリアが歌われました。これは本当に素晴らしい歌唱でした。「一流の歌を聞いたなぁ」というインパクトの強さがありました。相当,気の強い,聞かせ上手のアデーレでした。この歌の後,私の座っていた2階席からは,”Brava!(ブラボーの女性形)"と声が掛かっていましたが,昨年末の紅白歌合戦での美輪明宏さんの「Brava Diva Miwa」をもじって「Brava Diva Eri」と言ってあげたい。そういう歌でした。

ちなみに中村さんですが,アントニオ・パッパーノ指揮ロイヤル・オペラのマスネ「ウェルテル」のCDに登場しています。
http://tower.jp/item/3061691
サイン会の時,このCDをお持ちの方がいらっしゃいました。中村さんはバイエルン国立歌劇場で活躍されているそうですが,今後の活躍が本当に楽しみです。

藤木さんの方はオルロフスキー伯爵のアリアを歌いました。この伯爵については,「エキセントリックなキャラクター」という印象があったのですが,藤木さんの歌はとても「いい人」っぽい感じに聞こえました。来月は金沢でOEKの演奏により「こうもり」全曲が上演されますが(今回の選曲は,絶好の「予告編」でしたね),タマラ・グーラさんというメゾ・ソプラノが歌います。どういうオルロフスキーになるのか楽しみです。

続いてオッフェンバックの,おなじみ「カンカン!」と「ホフマンの舟歌」が演奏されました。「天国の地獄」序曲の抜粋なのかな,と予想していたのですが,マニュエル・ロザンタール編曲のバレエ音楽「パリの喜び」の最後の部分でした。実はこの曲は大好きなので,聞いていて「全曲を聞いてみたい」と思いました。井上さんの楽しげな指揮ぶりにぴったりの曲なので,そのうち是非全曲演奏を期待したいと思いま

井上さんは例によって,半分踊りながら,ぐるぐる腕を回しながら指揮されていましたが,煽るようなところはなく,曲をしっかりとコントロールして,たっぷりとした重量感を感じさせてくれました。個人的には「ミードーラーソ」と音が下がってくると...いまだに「あまちゃん」のテーマを思い出してしまいます。トロンボーンが大活躍でした。

「ホフマンの舟歌」の方は,「カンカン」と対照的で,お祭り騒ぎが終わった後のロマンティックなムードたっぷりでした。ただし,今回は歌手が2人いたので,お2人にハモッていただいても良かったのかな,と思いました。

再度シュトラウスの作品に戻り,「ヴェネツィアの一夜」の序曲が演奏されました。懐かしのミュージカル映画の序曲といった気分のある曲で,親しみやすいメロディが次々出てきました。続く「酔っ払いの歌」は,アンネン・ポルカに歌を付けたもので,ニューイヤーコンサートでも何回か聞いています。毎回,いろいろな絡みかた,酔っ払い方で楽しませてくれます。楽譜は一体どう書いてあるのでしょうか?中村さんの酔い方は最初は可愛らしい感じでしたが,だんだんと過激になっていく感じでした。途中,妙に立派な声を張り上げていたのが面白かったですね。

演奏会の最後は,おなじみの「美しく青きドナウ」で締められました。マイケル・ダウスさんの頃から,OEKは伝統的にコーダが短い版で演奏しています。今回もそうでした。この曲に関しては,やはり打楽器のロールが派手に入る長いコーダの方がウィーン・フィルの演奏で聞きなれていることもあり,「良いかな」と思うのですが,OEKの場合,あえてウィーン・フィル風を避けているのかもしれませんね。

事実,ウィーン・フィルでは恒例の「ラデツキー行進曲」は,井上さん指揮のニューイヤーコンサートでは演奏されていない気がします。「一緒に手拍子をしたい」というお客さんもいると思いますが,井上さんは,「予定調和的」「ウィーン・フィルの真似」というのは嫌いなのだと思います。

その代わりにアンコールで演奏されたのが,藤木さんの独唱で歌われた「ペチカ」でした。藤木さんの暖かな声にぴったりの曲だと思いました。冬に聞く日本歌曲は良いなぁと思いました。

最後の最後,アンコール2曲目ではヘンデルに戻って,ハレルヤ・コーラスのオーケストラ編曲版が演奏されました(そういえば,昨年9月のOEK創立25周年記念公演でもヘンデルで始まりヘンデルで終わっていましたね。こういう共通点を発見すると嬉しくなります。)。通常合唱が歌う部分をトロンボーンが豪快に演奏しているような感じで,会場が一気に明るくなりました。実際,客席の照明自体も明るくなっていました。「これでお開きです」という合図だったのかもしれません。

この季節,金沢では雪になることも多いのですが,この日は雨。演奏会の終わりはハレルヤ。というわけで,「雨のちハレルヤ」というニューイヤーコンサートでした。



終演後のサイン会の様子です。例の「立看板」の前で行われました。

 

 ←中村さんと藤木さんのサイン

この日は北陸朝日放送が収録をしていました。1月25日に放送されます(全国放送ではありません)。


さらに,お楽しみ&恒例となった「OEKどら焼き」のプレゼントもありました。私は,一晩眺めた後,翌日に食べてみました。

 
↑開封前です。右の写真のとおり,今年の餡は「ホワイトチョコ餡」でした。

 
↑開封して,半分に割ったところ。真っ白ではありませんでしたが,確かにホワイトチョコレートでした。

(2014/1/10)