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オペラ「滝の白糸」金沢公演
2014年1月19日(日) 15:00〜 金沢歌劇座


千住明/オペラ「滝の白糸」

原作:泉鏡花「義血侠血」,台本:黛まどか,演出:十川稔,テーマアート:千住博

●演奏
大友直人指揮オーケストラ・アンサンブル金沢(コンサートマスター:サイモン・ブレンディス)
合唱:「滝の白糸」アンサンブル・ゾリステン(合唱指揮:松下京介)

滝の白糸:中嶋彰子(ソプラノ)
村越欣弥:高柳圭(テノール)
欣也の母:鳥木弥生(メゾ・ソプラノ)
南京出刃打ち:森雅史(バス)
万太郎:安藤常光(バリトン)
口上の芸人:金山京介(テノール)



Review by 管理人hs  

泉鏡花原作の「義血侠血」をオペラ化した「滝の白糸」が,1月17日の高岡初演に続いて,金沢歌劇座で上演されたので観てきました。この作品は金沢市芸術創造財団,石川県音楽文化振興事業団などが中心になって,千住明さんに作曲,黛まどかさんに脚本を依頼して作られた新作です。

主役の白糸役は中嶋彰子さん,相手の村越欣弥役が高柳圭さん。それに加え,重要な役柄に石川県出身の鳥木弥生さん,高岡出身の森雅史さんを配するなど,原作が金沢出身の鏡花であるだけでなく,配役の面でもドラマの舞台となっている「北陸」を組み込んでいる点も注目です。

今回の上演ですが大成功だったと思います。「もっと良くできるかな?」という部分もあったとは思いますが,何よりもこれだけ分かりやすく,しかも堂々としたオペラが金沢発で作られたことを喜びたいと思います。中嶋彰子さん,鳥木弥生さんなどの歌も万全。合唱団も大活躍。是非,金沢発の定番オペラに育ってもらいたいと思います。

作品の全体の印象としては,まず千住さんの音楽がミュージカルに近いぐらいに聞きやすいのが特徴で,全くストレスなく,オペラの世界に入ることができました。字幕も出ていましたが,私の居た2階席でも,ほとんど字幕なしで言葉が分かりました(金沢歌劇座は石川県立音楽堂に比べると横長で,2階席でもステージが近いのが良いところです。演劇を見るには広すぎる大きさなので,その名のとおり歌劇を見るにちょうど良いホールだと思います。ただし...今回,オペラグラスを持参するのを忘れたのは残念でしたが...)。

千住さんは,NHK大河ドラマ「風林火山」をはじめ,テレビドラマの音楽も沢山担当されています。「滝の白糸」にも,その力量が存分に発揮されていました。ストーリー自体の持つ感情の動きを,しっかりと盛り上げてくれました。

本格的なオペラらしく序曲から始まりました。大友直人指揮オーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)の音にはすっきりとした透明感としっとりとしたムードがあり,作品のベースとなる「浅野川付近を中心とした金沢の風情」を感じさせてくれるようでした。恐らく,オペラ中に出てきたメロディを盛り込んだ音楽だったのだと思います。序曲に出てきた音楽を確認するためにも,再演を期待したいと思います。

ちなみに序曲の間,ステージ上に置かれた「何か」をスポットライトで照らしていました。ドラマの展開を象徴する「何か」だったと思いますが...オペラグラスを忘れたので分かりませんでした(もしかしたらピストル?)。

半透明のスクリーンが上がると浅野川沿いの見世物小屋付近の場になりました。通行人たちの姿を一瞬シルエットで映しただけでしたが,それだけで「賑わい」を伝えていたのは見事だと思いました。

セットは比較的シンプルで,見世物小屋,橋の上,法廷などに切り替わる「ステージ中のステージ」のような部分と可動式小ステージから成っていました。可動式部分が素早く動くので,場面転換が大変スムーズでした。その分,衣装の方は,リアルな水芸の衣装を着たりしていた白糸をはじめとして,どのキャラクターも次々と衣装を変えており,大変華やかでした。その可動式小ステージで出番を待つ滝の白糸の姿からオペラは始まりました。

歌手の中では,やはり白糸役の中嶋彰子さんの表現力の豊かさ,細やかさが素晴らしいと思いました。中嶋さんの声には,しっとりとした落ち着きがありました。強烈さはそれほど感じませんでしたが,芯は強く,それが「北陸」の気分にぴったりでした。各幕(今回は3幕構成でした)に見せ場があり,各幕ごとに違った盛り上がりを聞かせてくれたのはさすがだと思いました。

それと白糸の衣装が良かったですね。見世物小屋の場では,中嶋さんは,浅野川園遊会を彷彿とさせるような水芸の衣装で登場しました。浅野川大橋と天神橋の間に,滝の白糸の像がありますが,その衣装です。

その後,回想シーンになり白糸の相手役の村越欣弥に初めて出あった高岡の乗合馬車の発着所の場面になります。ここで登場するのが,相手役の高柳圭さんです。高柳さんの声は大変若々しく軽やかで,「学問を志す青年」の雰囲気が出ていました。

この場面では,馬車と人力車が競争するのを乗客たちがはやし立てます。ここで活躍していたのが合唱団の皆さんです。合唱団の名称は,「滝の白糸」アンサンブル・ゾリステンとなっていましたが,ゾリステン(ソリスト集団)の名のとおり,単純に合唱をするだけではなく,ソロを歌ったり,演技をしたり...「その他全部引き受けます」という感じで大活躍でした。合唱団はそれ以外の場でも,セットと一体になったような形で動いており,オペラの屋台骨になっていました。

この高岡のシーンでは,馬の動きを表現するように鞭の音が何回も出てきていたのが印象的でしたが,あらすじに書かれていた
「馬丁は白糸を車外へまねくと,馬を一頭解き放ち,白糸を抱えてひらりとその馬にまたがった」
という情景を「ドラマの起点となる一目ぼれポイント」として描いて欲しかったかなと思いました(ただし,馬を使うのは難しいかも)。

その後,白糸が演技をするシーンになりましたが,白糸人気を嫉妬する南京出刃打ちに「今に見てやがれ...」言わせ,一瞬登場させていたのが原作と違う点です。オペラ版だと,バックステージものっぽくなるのが面白いと思いました。

第1幕第2場は,2人が浅野川の天神橋付近で再会する場です。この場は,「情景を描く合唱」−2人が再会−「同じ合唱曲で締める」という枠で囲われたような形になっており,この場だけで独立した「1枚の美しい絵」になっているようでした。

ここで歌われた合唱曲には,オペラのテーマ曲になるような美しさがあり(歌詞に月とか浅野川とかが出てきていました),独立した曲として,金沢市で歌われていくかもしれないと思いました。

主役の2人が順に歌うアリアは,とてもロマンティックな風情がありました。白糸としては嬉しくてたまらないはずなので,もう少し激しい熱さがあっても良いかなとは思いましたが,前半の見せ場だったと思いました。この部分では,アリアの後,お2人に拍手を入れたかったのですが...やはり初演の第1幕ということで,拍手を入れそこなったのが痛恨の極みでした。

そして,この部分で素晴らしかったのが黛まどかさんによる歌詞です。「竹の花」とか「忘れ花(?)」とか「月下美人」といった言葉を印象的に使った,和風の文学的気分満載の世界を楽しませてくれました。

この場面で「私の名は滝の白糸」「あたなが有名な...」と名乗る場面がありましたが,こういったシーンは,”名作オペラの必須条件”かもしれません。白糸という言葉に反応して,フルートやハープとかグロッケンとかがキラリと音を出したりするのが実にオペラ的でいいなぁと思いました。

  
↑ 各幕の演奏時間を示す掲示。千住明さんによる総譜も手に取って見られるようになっていました。その他,地方紙などに掲載された広報記事を拡大したものも掲示していました。

第2幕は,「水芸は冬場はつらいよ」という感じの舞台裏の場になります。さらに1幕では登場しなかった欣哉の母とか,白糸の敵役となる南京出刃打ちの顔見世の場となります。

白糸が遠く離れた欣弥を思って歌う曲に出てくる「君は今,奈辺にいるや...」という歌詞は,作品全体のキーフレーズのようにその後も何回も出てきていました。この曲は是非,中嶋彰子さんの”持ち歌”として,リサイタルなどで取り上げて欲しいですね。中嶋さんの声にはせつなさがあり,特に高音は魅力十分でした。

南京出刃打ちの森雅史さんは,岩城宏之音楽賞を受賞した方で,OEKとの共演は昨年の7月以来です。森さんの役柄は,白糸と欣弥の世界を踏みじみる白糸の敵役ということで,見るからに堂々たる迫力のある雰囲気とともに,重みと凄みのある悪役の声を声を聞かせてくれました。南京出刃打ちということで,森さんは「トゥーランドット」当たりに出てきそうな中国風の衣装を着ていました。オペラの展開とは別に一度,この芸を見てみたいものです(どういう芸なのでしょうか。出刃包丁を使った危険な芸?)。

欣弥の母役の鳥木弥生さんは,オペラの中盤で初めて登場しました。南京出刃打ちと反対に,白糸と欣弥の世界を見守るという役柄でした。鳥木さんの包容力のある声は,その雰囲気によく合っていました。お客さんの視点にいちばん近い役柄なので,その歌は作品全体の中でいちばんリアルに感動的に響いていました。第2幕で歌ったアリアは,七五調(多分)になっており,格調高く,日本語オペラの良さを感じさせてくれました。

この第2幕での森さんの歌と鳥木さんの歌は,ドラマに立体感と深みを加えていたと思います。個人的には,今回の作品には重唱アンサンブルの曲がなかったので,この辺りで「ウェストサイド物語」の「トゥナイト」のアンサンブルのような曲があっても面白いかなと思いました(遠くにいる愛する人を思う白糸,勉学に励む欣弥,恨む出刃打ち,見守る母,それぞれの思いを対位法的に交錯させる...というのはどうでしょうか)。

その後,間奏曲的な部分がありました。音楽的な”間”が入るのも,正統的オペラらしくいいなぁと思いました。殺人の前の甘美な間奏曲ということで,「カヴァレリア・ルスティカーナ」間奏曲のような位置づけになります。

その後,白糸が南京出刃打ち一派に襲われ,欣弥への仕送り用の大金をすべて奪われます。この辺の音楽は不協和音などが出てきて,これまでの世界とは違ったヴェリズモ・オペラ的な気分になります。中嶋さんをはじめとした演技にも真に迫った迫力がありました。

お金を奪われた白糸は,出刃打ち一派が落としていった包丁を拾って,その後,金持ちの老夫妻を次々に殺害し,お金を奪います。この辺の展開については,「凶器の包丁を落としていくのはあまりにも間抜けだ」とか「のどかに夕涼みをしていた老夫婦が金持ちだとよく分かったなぁ」とか思ったりもしましたが,不幸というのは,ありえない不運の連鎖の結果とも言えますね。

この部分での白糸の「狂気」も見ものでした。この辺はステージの近くで観たかったですね。各幕ごと,各場ごとに違うキャラクターを演じた中嶋さんにとっては,重労働だったと同時に大変やりがいがあったのではないかと思います。

 
↑赤じゅうたんの敷かれた入口付近。右は2階ホワイエからは見える風景

第3幕は福井での水芸の場から始まりました。富山→石川→福井と北陸3県が出てくるオペラというのは,なかなか貴重なのではないかと思います。この場面は,ドラマの展開的にはあまり重要ではない気はしましたが,白糸の芸の前に出てきたテノールによる伸び伸びとした口上は,文字通り「みずみずしい」もので,場の雰囲気を締めてくれました。

その後,法廷の場になります。法廷が出てくるオペラというのは少ないと思います。ここではまず,傍聴人として左右に分かれて配置していた合唱の使い方が面白いと思いました。バッハの「受難曲」などに出てきそうな感じで合いの手を入れていました。

最終的に白糸は罪を認め,欣弥は白糸に死刑を言い渡すのですが,その緊張感のある展開がドラマ全体のクライマックスとなっていました。そして,それらをすべて引き受けて,白糸に対して感謝の気持ちをせつせつと歌う鳥木さんのアリアが感動的でした(法廷の中で歌うアリアというのは...他にはあまりないかもしれません)。説明的にしつこくなりそうな部分なのですが,息子が立派に成長した喜びと,そのために白糸に犯罪までさせてしまった辛さとが入り混じった何とも言えない情感を,暖かみのある声で堂々と歌われました。

欣弥の母が白糸に対して「娘よ」と呼びかけることによって,法廷の中で3人は真の家族になり,ほんの一瞬だけれども白糸の願いが実現することになります。その儚さがまた感動的という名場面になっていました。

この辺はすべて原作にない設定で,その後,監獄の格子をはさんでの「愛の場面」になります。高柳さんと中嶋さんのお2人による,高音と弱音の重なり合いが美しく,ずっと続いて欲しい場面でした。オペラの最後ではこれを受けて,合唱団が大きく情感を盛り上げて締めてくれました。この終わり方も,実に正統的で「見終わった」という充足感を与えてくれました。

最後の最後の場,欣弥は原作通りピストル自殺する動作を取って終わりました。今回,欣弥のお母さんの存在感が強かったので,白糸に続いて息子も死んでしまったらさぞかし悲しむだろうなと現実劇なことを考えてしまいました。この辺は,立身出世と名誉を過度に重んじていた時代の悲劇と言えるのかもしれませんね。

オペラの長さは,15分の休憩2回を入れてほぼ3時間でした。この長さについては,もう少しスッキリさせられる気がしました。特に3幕の最後の部分は,感動的な鳥木さんの歌や,主役2人の牢獄の格子をはさんでの愛の歌など,聞かせどころの連続でしたが,もう少し流れをよくできる気がしました。

また,金沢のお客さんへのサービスとして,天神橋とか兼六園などをもう少し「具体的」に表現してくれても良かったかなと思いました。が,その分,「普遍的で永遠の愛の世界」という感じになっていたのかもしれません。

終演後は,最後の部分で主役が2人が歌っていた曲(この曲はオペラ中,何回か出てきていたと思います)のメロディがしっかり残り(ただし今は忘れてしまっていますが...),プッチーニなどのオペラを見たのと同じような「どこかロマンティックな香り」が後に残りました。

  
↑終演後は18:00過ぎということで,すっかり暗くなっていました。車は,お隣の金沢21世紀美術館の駐車場に留めていました。

全体の音楽の雰囲気としては,上述のとおりミュージカルに近い部分もあったので,「劇団四季あたりがミュージカルとして上演しても結構面白いかも...」などと思いました。いずれにしても,メロディを覚えて聞くと,もっと楽しめそうな作品なので,そのうち再演を期待したいと思います。

これで3年連続で鏡花原作によるオペラを楽しむことができました。毎回製作費は掛かっていると思いますが,お客さんの反応も良く,恒例イベントとして定着してきていると思います。

今回の「滝の白糸」は特に親しみやすさがありましたので,上演しているうちにさらに洗練されていって,ロングランとまでは言いませんが,ウィーンで愛されている「こうもり」のように,定期的に上演される作品に成長していって欲しいと思いました。

今回もまた上演に携われた多くの皆さんに皆さんに「良い作品をありがとうございます」と感謝をしたいと思います。

PS. ポスター等のテーマアートは千住明さんのお兄さんの千住博さんが担当していました。初めは地味かなと思っていたのですが,くすんだ定式幕の色と滝が組み合わされており,「なるほど」と思いました。美術と音楽のコラボレーションにも,今後期待したいと思います。

PS2. 今回,当初A席とB席は座席指定ではなく,ブロック指定だったのですが,急遽座席指定に変更になり,チケットを交換するのにかなり時間が掛かってしまいました。この点が今回のいちばんの”反省点”だったかもしれません。

(2014/1/25)