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石川県立音楽堂室内楽シリーズ第6回 生誕70周年池辺晋一郎作品集 池辺晋一郎with OEKファミリー
2014年1月22日(水) 19:00〜 石川県立音楽堂交流ホール


1)池辺晋一郎/「クレパ」独奏ヴァイオリン,3つのヴィオラ,チェロ,コントラバスのための室内協奏曲(1966年)
2)池辺晋一郎/ストラータV:弦楽四重奏のために(1995年)
3)池辺晋一郎/「TANADA II」6つの楽器のために(2004年)
4)池辺晋一郎/「ヴァイオリンの花束」〜3つのカノン:2〜6つのヴァイオリンのために(1980年)
5)池辺晋一郎/コンチェルティーノ第2番:ヴァイオリンとピアノのために(1982年)
6)池辺晋一郎/ビートルズ・オン・バロック〜イエスタディ,レット・イット・ビー
7)(アンコール)池辺晋一郎/ビートルズ・オン・バロック〜涙の乗車券
●演奏
松井直,上島淳子*2,4,7, ヴォーン・ヒューズ*4,7 ヴィルジル・ドゥミャック*4,7 (ヴァイオリン)
石黒泰典*1-2,7 古宮山由里*1,7, 丸山萌音揮*1(ヴィオラ)
大澤明(チェロ*1-3,7),今野淳(コントラバス*1,7)
岡本えり子(フルート*3),遠藤文江(クラリネット*3)
松井晃子(ピアノ*3,5;チェンバロ*7),平松智子(打楽器*3)
池辺晋一郎指揮*6-7



Review by 管理人hs  

真冬の天候の中―ただし,まだ雪はそれほどではありませんでしたが―,石川県立音楽堂交流ホールで行われた音楽堂室内楽シリーズ第6回「生誕70周年池辺晋一郎with OEKファミリー」を聞いてきました。今回は池辺さん自身が自分の室内楽作品について解説をしながら,演奏を楽しむという趣向で,演奏会全体で「ベストアルバム」になるような充実した内容でした。

 
↑今回の公演の立て看板。ほぼ実物大?の池辺さんだったので,ちょっとびっくりするかも。右側はポスターです。考えてみると,なかなか大胆なデザインでしたね。

前半は,前衛的な作曲家としての池辺さんに焦点を当てた内容で,カタカナで「ゲンダイオンガク」と書いてみたくなるほどの,ギシギシと軋むような不協和音に溢れた音楽の連続でした。ただし,池辺さん自身の解説を聞いた後だと,「なるほど」という感じで,とても面白く聞くことができました。

最初に演奏された「クレパ」は,池辺さん自身「若気の至り」と仰っていましたが(師匠の三善晃さんに見せずに書いてしまったそうです),音楽之友社の室内楽作品コンクールで賞を取った作品で,その演奏をFMで聞いた武満徹さんが池辺さんに声を掛けてくれ,その後,武満さんのアシスタントを務めることになったとのことです。

この曲は,当時,メシアンの『わが音楽語法』を読んで感銘を受けた池辺さんが,「その語法で作ってやろう」という思いで作曲した作品です(今回のプログラムには曲目解説は書かれていなかったのですが,各曲について池辺さんが解説をしてくれました。その内容を適宜ご紹介しましょう。)。「クレパ」というタイトルは,「クレバス」と同じ語源で,断章といった意味です。7つの短い曲からなり,Prelude,Canzonetta, PassacagliaというCとPで始まるタイトルが付いています。配列はC-P-P-C-P-P-Cという形でシンメトリカルになっている他,各曲の小節数も計算して作ったそうです。

編成は,ヴィオラ3本,チェロ,コントラバスという低弦の上にヴァイオリンがソリスト的に活躍するものです。雰囲気としては,弦楽器ならではのキシキシするような感じが中心で,当時前衛的な作風だった武満さんの作品に通じるムードがあると思いました。7曲の中では最後のパッサカリアが比較的分かりやすく,コントラバスの動きにジャズを思わせる所があるのが面白いと思いました。

2曲目に演奏された「ストラータX:弦楽四重奏のために」もまた前衛的な作品でした。最初から息継ぎの間がないぐらいに,「タラタラ,キリキリ...」とせわしなく,同じような音型や同音反復が続くような作品で,バルトークの弦楽四重奏曲辺りをさらに,強く強く締めあげたような緊迫感がありました。ヴィブラートやポルタメントの掛け方などかなり特殊な奏法も出てきていたと思います。

1980年頃,池辺さんが弦楽四重奏を書いた時に,「あれもやりたい」「これもやりたい」というアイデアが出てきたのだそうです。そういった素材を集めて,1995年に作ったのがこの「ストラータ」です。「地層」という意味で,弦楽四重奏以外にも色々な編成のものが9曲あります。そのうちの,I,V,IXが弦楽四重奏用です。いずれにしても「地層のような音の重なり合い」がポイントです。この中でも特に,今回演奏されたVがよく演奏されているそうです。今回聞いた印象でも大変インパクトの強さがありましたので,その評価の高さが実感できました。

この日は,OEKの弦楽奏者を中心としたメンバーでしたが,特にヴァイオリンの松井さんは出ずっぱりで,しかも,この曲のように激しい音の動きを持った作品ばかりということで,見ているだけで「お疲れ様でした」という感じが伝わってきました。

3曲目に演奏された「TANADA」という6つの楽器(ヴァイオリン,チェロ,フルート,クラリネット,ピアノ,打楽器という変則的な編成)のための曲も,楽しめました。池辺さんがN響アワーの司会をされたいた頃,夏に新潟県の妻有に出かけたことがあるそうです。その時に見た棚田の印象からひらめいた曲とのことです。元々は,水戸芸術館のために掛かれたもので,オーケストラ用のIと室内楽用のIIとがあります。

池辺さんは,「音は放っておくと下がる」理論をお持ちですが(この話は以前聞いたことがあります。モーツァルトの40番の冒頭部で説明されていました。),そのことと「棚田の景観」には通じるものがある,ということで曲の前半はやたらとキンキンとした高音中心,最後はひたすら下降。そんな感じの曲でした。

最後の最後の部分での「下がった後,休符,下がった後,休符」という動きは,まさに「棚田」ですね。楽譜を見ても「棚田」のようになっているのかもしれませんね。

楽器編成は,メシアンの「時の終わりのための四重奏」と似たもので,曲の響きにも,メシアンの曲のようなところがありました。今回演奏された曲の中ではいちばん色彩的でした。聞きながら,メシアンが「剣の舞」をアレンジしたらこんな感じになるかも,と勝手に想像しながら聞いていました(「剣の舞」も同音反復の後,下降していくメロディが多いと思います。)。

後半は趣きを変え,聞きやすい響きの作品ばかりでした。

最初に演奏されたのは,池辺さんがヴァイオリンを習っていた娘さんのために書いた作品集でした。作曲家の父が子供のために作品を書くというのは,何となくバッハとかモーツァルトの時代のようで,カッコ良いですね。

ヴァイオリンの発表会でヴァイオリン・アンサンブルで演奏できる「3つのカノン」は,OEKのヴァイオリン奏者4人で演奏されました(2〜6人用とのことです)。比較的簡単に演奏できる曲だとは思いますが,とても華やかに響いていたのはさすが池辺さん,さすがOEKだと思いました。

カノンの場合,最初に引き終えた奏者が「手持無沙汰」になるのですが,それについての「対策」が取られているなど,さすが池辺さんというアイデアが盛り込まれていました。

第1曲の「待っててね」は,英文タイトルだと「待つ」をwaitではなく hold on となっていました。辞書を調べてみると「電話を切らずに待つ」といった意味でした。というようなわけで,弾き終えた奏者がロングトーンで「待っていて」くれました。

第2曲と第3曲は「朝陽のなかで」「夕陽のなかで」と対になっていました。「朝陽」の方では,弾き終わった後,「幼稚園のお遊戯風」に右手で体を叩いてリズムを取っていました。その中で面白かったのがヴォーン・ヒューズさんです。「朝陽」を意識してか,ご自分の頭部を「ポンポポポン」と叩いていました(素晴らしいアイデア)。「夕陽」の方は反対にしんみりと終わっていました。

この演奏に参加していたOEKのヴァイオリン奏者の上島淳子さんは,この「カノン」を子供の頃,ヴァイオリンの発表会で弾いたことがあるそうです(池辺さんの娘さんも上島さんと同じ先生についていたとのことです)。子どもの頃に弾いた曲をプロになって,しかも作曲者自身の前で演奏するとは,誰も予想していなかったでしょうね。

同じく娘さんの発表会用に書かれたコンチェルティーノ第2番は,フランスの作曲家が作ったような流麗で洒落た味わいがありました。娘さん自身は,「カタカナの作曲家の曲を弾きたかった」と思っていたそうですが,こんな素敵な曲を贈られた娘さんは大変幸せだと思います。

第1楽章の感じはフォーレのような感じ,第2楽章のキビキビした感じはプーランクのような感じがしましたが,大人が(プロの奏者が)リサイタルで演奏しても楽しめる作品だと思います。松井さん夫妻の演奏を聞いてそう感じました。

最後はビートルズの曲をバロック風にアレンジしたものが2曲演奏されました。これは,1970年代に池辺さんがレコード会社から頼まれて編曲したもので,「バロックの名曲とビートルズの名曲を合体させてみよう!」という趣向です。クラシック音楽としては大ヒットし,年末に表彰されたそうです(着物を着た演歌歌手と一緒に表彰されたと言われていました。調べてみるとキングレコードから発売されていたようです。ちなみに翌年は「未来少年コナン」の音楽で表彰されたそうです。この作品ですが,調べてみると宮崎駿監督だったんですね。)。

 
↑ステージ両側に,「ビートルズ・オン・バロック」とビートルズのアルバムのジャケットの拡大写真のパネルが掲示されていました。OEKの公演の時に使ったものかもしれませんね。

イエスタディとレット・イット・ビーが演奏されましたが,それぞれ,バッハの管弦楽組曲第3番のアリア,パッヘルベルのカノンというバロック音楽の超名曲と見事に合体していました。レット・イット・ビーの最後の部分は,カノンが終わった後,ユニゾンで下行して終わっていましたが,「いかにもバロック」という感じでした。

さらにアンコール演奏された,「涙の乗車券」がヴィヴァルディの「四季」〜「夏」の第3楽章風にアレンジされていました。

今回,池辺さんの作品をずらりとまとめて聞いてみて,池辺さんの多彩さ多才さを実感しました。どの曲にも,色々なアイデアが詰まっています。注文に応じて作る場合も,そこに池辺さんらしいヒネリが入っているし,バリバリの前衛的な作品の中にも独自のスパイスが効いています。さすがに初期の前衛的な作品については,池辺さん自身に説明をして頂かないと分からない工夫もありましたが,どの曲にもしっかりとしたコンセプトと知的な面白さが埋め込まれているというのが素晴らしい点だと思いました。

今回の企画は,音楽堂ならでは,OEKならではの楽しめる企画だったと思います。今年度の音楽堂室内楽シリーズはこれで最終回ですが(今年は6回全部聞いてしまいました),次年度はどういうプログラムになるのか,楽しみにしたいと思います。

PS. 池辺さんの「近況」として,映画音楽を担当したことを紹介していました。木村大作監督による『春を背負って』です。『劔岳 点の記』のシリーズのような感じで,今度は立山が登場するようです。
http://webun.jp/pub/ad/2013/haruwoseotte/

 
↑開演前の音楽堂前とJR金沢駅付近のホテル。雪でかすんでいました。

(2014/1/25)