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スロヴァキア・トリオ演奏会:ルドヴィート・カンタ・リサイタル・シリーズ Vol.16
2014年2月2日(日) 15:00〜 石川県立音楽堂コンサートホール

1)マルティヌー/ヴァイオリンとチェロのための二重奏曲第1番
2)ショスタコーヴィチ/ピアノ三重奏曲第2番ホ短調 op.67
3)ドヴォルザーク/ピアノ三重奏曲第4番ホ短調 op.90「ドゥムキー」
4)(アンコール)イェジェク/人生は偶然
5)(アンコール)イェジェク/地球で天国
●演奏
ルドヴィート・カンタ(チェロ),エヴァルド・ダネル(ヴァイオリン),ノルベルト・ヘラー(ピアノ)*2-5


Review by 管理人hs  

前日に続いて,オーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)関連の演奏会を聞いてきました。聞いてきたのは,OEKの首席チェロ奏者ルドヴィート・カンタさんを中心とした「スロヴァキア・トリオ演奏会:ルドヴィート・カンタ・リサイタル・シリーズ Vol.16」です。この日,OEKのメンバーは金沢市内や富山市内などに分かれて,色々な公演に登場していたようです。どれに行こうか迷ったのですが,やはりカンタさんの室内楽を聞いてみたいと思い,この演奏会に行くことにしました。

 
今回は当日券で入場しました。


このトリオの名前は,1950年代に活動していたスロヴァキアのピアノ三重奏団にちなんだものです。プログラムによると,次のような形でメンバーは変遷しています。当初のメンバーは次の3人です。ミハル・カリン(ピアノ),ティボル・ガシュパレク(ヴァイオリン),アルビン・ベルキィ(チェロ)。

その後,一旦消滅したのですが,1980年代にルドヴィート・カンタ(チェロ),エヴァルド・ダネル(ヴァイオリン),マリアン・ラプシャンスキー(ピアノ)というメンバーで復活し,大きな成功をおさめます。カンタさんもダネルさんも,スロヴァキア・フィルの首席奏者として活躍し,NAXOSレーベル初期の録音でおなじみのカペラ・イストロポリターナでも中心的なメンバーとして活躍していました。このトリオは,カンタさんがOEKに入る直前まで活動していたとのことです。今回は2回目の「復活」ということになります。

演奏された曲は,マルティヌー/ヴァイオリンとチェロのための二重奏曲第1番,ショスタコーヴィチ/ピアノ三重奏曲第2番ホ短調,ドヴォルザーク/ピアノ三重奏曲第4番ホ短調「ドゥムキー」と彼らのお国モノといって良いスラヴ系の曲3曲でした。

最初のマルティヌーの作品は滅多に演奏されない曲です。プログラムに書いてあった「マルティヌーは生涯を通して孤独な生活を送りました」という文章を読んでから聞いたこともあり,その孤独感がひしひしと伝わってくるような曲でした。ただし,大げさな演奏ではなく,第2楽章ではほのかな明るさが見えてきました。ダネルさんとカンタさんによる「大人の対話」といった演奏でした。

カンタさんは,2011年にOEKとマルティヌーのチェロ協奏曲第2番を「日本初演」しているとおり,マルティヌーの音楽に強い共感を持っているようです。音楽というよりは,スロヴァキアの言語で「何か」を語ろうとしているような雰囲気は,少々とっつきにくいところがありますが,「孤独感」をキーワードに他の作品を聞いてみたくなりました。

次のショスタコーヴィチは,昨年12月に交流ホールで行われた「ミルオトキクカタチ:久世健二のアートの中で“五感で見る聴く”音楽会」で聞いたばかりの曲でした。その時も素晴らしいと思ったのですが,やはり今回はコンサートホールで聞いたこともあり,さらに凄みと美しさを感じました。

曲は「ヴァイオリンの低音+チェロの高音」という屈折した気分で始まります。カンタさんは楽々と演奏していましたが,その中から凄みが伝わってきました。そこにヘラーさんの硬質なピアノが加わり,成熟した音楽を聞かせてくれました。第2楽章のスケルツォではストレートな表現を聞かせてくれました。確固とした歩みを思わせる演奏で,特にダネルさんのヴァイオリンの派手すぎない落ち着きが印象的でした。

第3楽章はピアノの単純な和音で始まります。以前の公演でも感じたのですが,ピアノのノルベルト・ヘラーさんの硬質の音は本当に素晴らしいと思います。単純だけれども重要なモチーフがピアノに出てくると,ハッとさせるような感じでホールの空気が変わっていました。底知れぬ迫力があり,その上に悲しみが浮遊するようでした。

第4楽章は弦楽四重奏曲第8番にも出てくる「ユダヤ風のメロディ」が印象的な楽章です。ヴァイオリンのピツィカートで始まった後,ここでもヘラーさんの冴えたピアノが印象的でした。全体的にじっくりとしたテンポで演奏され,熱さよりは深みを感じさせてくれました。全曲を通じて,地に足がしっかりとついたような落ち着きがあり,この曲の魅力がしっかり伝わってきました。

後半のドゥムキーは,この3人にとってはいちばん得意としているレパートリーではないかと思います。ゆっくりとした部分と速い部分とが交錯するような民族舞曲的な面白さのある曲で,前半の2曲に比べるとさらに分かりやすい作品です。

第1楽章からカンタさんのチェロの伸び伸びとしたカンタービレ(洒落のようですが)が魅力的でした。ダネルさんのヴァイオリンは,少し音程が甘いところがありましたが,この2人の音からは郷愁のようなものが伝ってきました。ヘラーさんの透明感のある音がその郷愁をさらに際立出せていました。

第4楽章は「テンポ・ディ・マルチア」ということで,「冬の旅」を思わせるように,どこかトボトボと歩くような気分がありました。後半の楽章でも特にカンタさんのクリーミーなカンタービレが素晴らしく,本領が発揮されていました。最終楽章もしっかりと歌いこまれ,ずしりとした聞きごたえを感じさせながら締めてくれました。

この曲は今年のラ・フォル・ジュルネ金沢でも演奏されそうな曲ですが,今回はそれを先取りするような,正真正銘の本場の味が伝わってくるような,味のしみた見事な演奏だったと思います。

この日の公演はコンサートホールの1階だけを使っていましたが,「1階席で聞く室内楽というのは本当に素晴らしい」と思いました。オーケストラの定期公演は2階席で聞いているのですが,1階席だとじっくりと落ち着いた感じに聞こえると感じました(視覚的な理由もあると思いますが)。改めて石川県立音楽堂の音響の良さを堪能しました。

花束贈呈に答えて演奏されたアンコールでは,意表を突く曲が演奏されました。ヤロスラフ・イェジェクという作曲家による,古き良き時代のジャズ風のテイストを持った小品2曲が演奏されました。イェジュクはほとんど目が見えなかった,1906年生まれの作曲家です。カンタさんは,NAXOSレーベルに残したハイドンとボッケリーニのチェロ協奏曲集のCDでジャズ風のカデンツァを披露していますが,恐らく,日常的にもジャンルに捕らわれずに曲を演奏しているのではないかと思います。ベテラン3人によるリラックスした軽妙さのある演奏は,この公演を支えていた「カンタさんを囲む会」の皆さんやお客さんへの気の利いた「お返し」になっていました。

演奏会後,ホテル日航金沢の方に向かったのですが,同じような時間帯,OEKの江原千絵さんとソンジュン・キムさんが子供たちと共演する演奏会を行っていたようです。チラシが貼ってあったので撮影してみました。













(2014/2/08)