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J.シュトラウス:喜歌劇「こうもり」全幕(石川県立音楽堂×東京芸術劇場共同制作公演)
2014年2月15日(土) 15:00〜 石川県立音楽堂コンサートホール

シュトラウス,J./喜歌劇「こうもり」(ドイツ語,一部日本語上演)
演出:佐藤美晴,脚本:アンティ・キャロン

●演奏
ハンス・リヒター指揮オーケストラ・アンサンブル金沢(コンサートミストレス:アビゲイル・ヤング)

配役:
ペーター・ボーディング(アイゼンシュタイン:証券ディーラー)
小川里美(ロザリンデ:日本人の妻)
小林沙羅(アデーレ:家政婦)
セバスティアン・ハウプマン(ファルケ:証券ディーラー)
新海康仁(ブリント:日本人の弁護士)
妻屋秀和(フランク:警部)
タマラ・グーラ(オルロフスキー:イベントプロデューサー)
ジョン・健・ヌッツォ(アルフレード:ファッションデザイナー)
西村雅彦(フロッシュ:警部補)
メラニー・ホリディ(2幕のスペシャルゲスト,芸術アドヴァイザー)

合唱:こうもり特別合唱団(はくさん合唱連盟,女声合唱団コーロカメリア,武蔵野音楽大学OB・OG 合同合唱団)(合唱指揮:朝倉あづさ)



Review by 管理人hs  

公演が決定してから,ずっと楽しみにしていた,J.シュトラウス作曲,喜歌劇「こうもり」公演を石川県立音楽堂で聞いてきました。オーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)の「こうもり」については,2004年にハイライト版で聞いたことはありますが,やや中途半端な面がありました。実質今回が初めて生で観る「こうもり」でした。

  

今回の「こうもり」は,1月に観たオペラ「滝の白糸」同様,金沢と東京の2か所で上演されます。音楽堂で上演されるということで,演奏会形式かなと最初は勘違いしていたのですが,コンサートホールのステージ上には立派なセットが出来ており,幕がないだけで本格的なオペラとなっていました。

今回の特徴は,何といっても舞台を現代の東京に設定していた点です。歌手は,外国人と日本人の混成チームで,日本人歌手については,その国籍通りの役柄になっていました。例えば,ロザリンデ役の小川里美さんやアデーレ役の小林沙羅さんは日本人役。アイゼンシュタイン役のペーター・ボーディングさんその他の外国人歌手はオーストリア人役ということで,日本語とドイツ語が混ざる,バイリンガル・オペラとなっていました(歌はドイツ語だったので,「一部二か国語」という方が良いかもしれません)。これが予想以上にリアルに感じました。

日本人歌手については,「ドイツ語が堪能な日本人」という設定になります。例えば,警部フランク役の妻屋秀和さんは,国際派警察でした。「ルパン三世」で言うところの銭形警部のようなものですね。日本人の役名がロザリンデとかアデーレとかになっているのは,「あだ名」として処理されていました。これも国際的なセレブの世界の話ならありでしょうか。脚本はアンティ・キャメロン,演出は佐藤美晴によるもので,以上のようにかなり大胆に原作を改編していましたが,違和感は感じませんでした。現代の東京ならあり得るかもという展開になっていたのはさすがだと思いました。

職業の設定は,ファッション業界,証券業界ということで,ウィーン風の「こうもり」とは全く違う雰囲気でした。

第1幕から,ファッションショーを思わせる白っぽい背景が印象的でした。この印象がとても鮮やかで,一言で言うと「白いこうもり」という新鮮さを感じました。2幕のパーティのパーティシーンでは,この白い背景に草間彌生もびっくりという感じの「水玉の照明」が投影されており,「非現実的なセレブの世界」を強く感じさせてくれました。

 ←開演前に撮影。私は3階席でした。シャンデリアはパーティシーンにはちょうど良いかも

ハンス・リヒター指揮OEKによる,柔らかで爽快に流れる序曲も,このお洒落な気分によく合っていました。

第1幕はアイゼンシュタイの家の中。セットの背景にはロザリンデの衣装がずらっとハンガーに掛けてあります。そこに家政婦アデーレの小林沙羅さんが登場します。「日本人の家政婦役」といえば,市原悦子をイメージしてしまいます...が,今回のアデーレについては,清掃会社のスタッフのような感じで上下同じ色の清掃用の制服のような衣装を着ていました。

今回のアデーレは家政婦からモデルを目指すという役柄で,オリジナルでは姉から来た手紙を読む場面から始まるのですが,「現代の東京」の設定ということで,携帯メールを読む形になっていました。その他の部分でも,小道具として携帯電話がよく使われていました。「こうもりの仕返し」を企んだ,アイゼンシュタインの友人の証券ディーラー,ファルケの関係者への「協力依頼」もメールで転送という形になっていました(呼び出し音として,「こうもり」序曲の冒頭を使う,という設定は実にシュールでした)。

ストーリー全体が,ファルケが仕込んだ「やらせ」ということで,ファルケだけは全体から離れて,眺めているという感じになっていました。序曲の後半をはじめ,時々,ステージの上の方から俯瞰するような感じで登場していたので,「みんなが操られている」という感じをしっかり印象づけていました。

第1幕では,ロザリンデ,アイゼンシュタイン,アルフレードなどが登場しますが,それぞれこの「セレブの世界」にぴったりの雰囲気を持っていました。

ロザリンデ役の小川里美さんは,元モデルという設定でしたが,元というよりは「現役のモデルそのまま」という感じでした。小川さんを想定したようにはまっていました。声もすっきりとした感じで,今回の「こうもり」のお洒落で若々しい雰囲気の核になっていました。

アイゼンシュタイン役のペーター・ボーディングさんも「証券ディーラー」役にぴったりの雰囲気でした。マッチョで愛すべき2枚目という感じのキャラクターであり声でした。いかにも軽薄なテノールという役柄だったジョン・健・ヌッツォさんの声も聞きものでした。

幕の後半では,アイゼンシュタインとロザリンデとアデーレが,それぞれパーティに行くことになったことを隠しつつ,内心ワクワクする気持ちを歌います。結局同じパーティということで,いかにも喜劇的で楽しい場面です。この辺については,もう少しオーバーにやってもらっても良かったかなという気もしました。

第2幕は,イベント・プロデューサー,オルロフスキー主催によるパーティの場です。ファッション関係者の集まるパーティということで,第1幕のセットの上に赤じゅうたんを敷き,さらにファッショナブルで祝祭的な気分を出していました。その上でファッションショーを行っていました。

 
↑ 幕間にカフェ・コンチェルトのモニターを撮影。ステージ奥の灰色の部分はゴムになっており,そこから出入りもできるようになっていました。右側はプログラムに書かれていた佐藤美晴によるプロダクションノート。「音楽現代」(2014年1月号)に掲載されたインタビュー記事を修正して再録したものとのことです。第2幕の最後の方については,演出の意図などをもっと知りたいと思いました。

ここで合唱団が登場し「夜会は招く」を歌います。今回はコンサートホールでの上演ということで幕がないので,第2幕が始まる前の休憩時間の後半ぐらいからダラダラと,お客さん役の合唱団メンバーがステージ上に登場していました。この感じはホールオペラならではの面白さだと思いました。

合唱団は,白山市や野々市市などの合唱団メンバーに武蔵野音楽大学のメンバーが加わった合同合唱団でしたが,とてもよく声がまとまっていました。全員,黒縁のメガネをかけており,「メガネの○○○」のCMにでも使えそうと思ったりしました。これは仮面舞踏会のパロディでしょうか?ちょっとミステリアスで意味深な効果を出していました。

第2幕では,パーティの主催者のオルロフスキーがMCのような存在になります。今回のオルロフスキーは,笑うことを忘れた憂鬱な若者という設定でした。もしかしたら,現代社会の病理のようなものを象徴しているのかな,とも思ったのですが,そこまで深読みはできませんでした。

今回のタマラ・グーラさんは,どこか声のテンションが低く,憂鬱な若者という雰囲気を出していました。その分,やや違和感があり,ちょっと浮いているようなところがありました。

第2幕の歌の中では,アデーレ役の小林沙羅さんの歌唱がいちばん印象に残りました。有名な「侯爵様,あなたのような方は」も,軽いだけではなく,じっくりと聞かせる濃さがありました。小林さんの声には,野心に溢れた娘に相応しい芯の強さがあり,キャラクターにぴったりでした。たくましさと可愛らしさとが共存した雰囲気は魅力的で,最後の場面でオルロフスキーがパトロンになると言うのも納得でした。オルロフスキーについては,最後に笑ったのかどうか,遠くからは分からなかったのですが,このアデーレの「たくましい生き方」がオルロフスキーの生き方とコントラストを作っていると思いました。

アイゼンシュタインと警部フランク役も鮮やかなコントラストを作っていました。こちらは,第3幕では,「犯人」と「警察」という敵対する関係になるはずなのですが,この時点では二人ともただのパーティ客ということで,意図的にユーモラスな対比を強調していました。

まず2人の衣装が,あたかもパンダと白黒反転したパンダのペアのようにそれぞれ白と黒のスーツでした。体格も似た感じだったので,鏡に全身を写しているような面白さがありました。実はこの2人は同じようなキャラクターだけれども,たまたま「立場」が違うだけ,「人間みんな大差はない」といったことを象徴しているようでした。

この2人の絡み合いは,第3幕にもありましたが,今回の公演のいちばんの見所の一つだったと思います。オリジナル版でも「慣れないフランス語会話」の場面がありますが,このシーンはやっぱり面白いですね。

アイゼンシュタインが変装してきた妻のロザリンデを口説こうとするシーンも楽しめました。ロザリンデ役の小川里美さんは,金髪のカツラをかぶり,サングラスで登場していました。サングラスを取らなければ,確かに分からないと思います。このシーンでは会場内の照明が変わり,星がきらめくロマンティックなムードになっていたのも印象的でした。

ロザリンデの見せ場である「チャールダーシュ」については,曲想からするともう少し野性味とか情熱があると良いかなとも思いましたが,幕の中盤をしっかり盛り上げてくれました。

パーティの後半では,お馴染みの「シャンパンの歌」がノリ良く歌われた後,「Bruderlein...」で始まるゆったりとした合唱の部分になります。この部分は,時を忘れられる,夢のような場面です。「こうもり」はコメディなのですが,要所要所で「人生」を考えさせるようなセリフが出てきます。合唱団の歌によって,力強く人生を肯定しているようでした。

この辺りでのOEKの演奏も大変気持ちの良いものでした。スピード感のある「シャンパンの歌」からゆったりしたBruderleinへと,楽しくたっぷりと酒と人生を謳歌するような音楽を聞かせてくれました。

第2幕の後半では,「本日のスペシャル・ゲスト」として,オペレッタの元女王といった感じで真っ赤なドレスを着たメラニー・ホリディさんが登場し,ロベルト・シュトルツ作曲の「プラター公園は花盛り」を歌いました。ここまで,あえてウィーン風を避けていたところがあったので,この部分でウィーン風を懐古するという構成は,面白いと思いました。さすがに声に衰えは感じましたが,本場の貫禄を感じさせてくれるような歌でした。途中,日本語で歌ってくれましたが,その自然で親しみやすい発音は見事でした。その後,アデーレ役の小林さんがホリディさんに「成功する秘訣は?」と質問したところ,「この美脚よ」と言って足を上げてくれたのも楽しい演出でした。

第2幕切れ付近では,カルロス・クライバー同様,シュトラウスの「雷鳴と電光」を使っていました。ただし,今回は「雷鳴と電光」というよりは「落雷と停電」という感じで,その後続く,ワルツ(序曲に出てくる有名なワルツ)の部分は暗闇に包まれたまま,ペンライトが点滅する,といった感じになっていました。演出の佐藤さんのプロダクションノートを読むと,停電で宴会が中止になったということだったのかもしれません(字幕の方は実はちゃんと読んでいなかったのですが..)。今辺の演出の意図がはっきり分からなかったのですが,やや暗転している時間が長いかなと感じました。

第3幕は留置所の場で,まず警部補フロッシュ役の西村雅彦さんが登場します。西村さんは,「最近もいろいろな事件があるなぁ」という感じで新聞から記事を切り抜いて,ボードに貼っていました。その中に「佐村河内事件」を入れるなど,近頃の世相について,絶妙の小役人的な語り口で笑いを取っていました。

その他,「さぁて,これでいつでも大丈夫」という感じで,楽し気に急須に日本酒を入れておき,勤務中に酒を飲むという設定が妙に可笑しかったですね。ちなみに金沢公演では,地元の「萬歳楽」の一升瓶から注いでいました。

この場面では,その後,警部役の妻屋さんも登場し,西村さんに劣らないようなコミカルな演技を見せてくれました。妻屋さんは,体格も声も立派なのですが,そこはかとなくユーモアが漂っており,愛すべき警部役として,ドラマを盛り上げてくれました。

ステージ全体の雰囲気としては,第2幕後半と対照的に現実的な雰囲気を出していました。ホームレスの人を舞台の中に登場させるなど,いわゆる「格差社会」を表現していたのかもしれません。舞台真ん中の通路は稲妻のような形にデザインされており,地震の亀裂のようにも見えました。このセットは,現代日本の抱える不安を象徴していたようでした。

西村さんのボヤキのようなセリフの中に「最近は「先行き」とか「未来」という言葉ばかり出てくる...」といったものがありました。これに対して,今回の公演では「人生は今を楽しく生きることが大切」というようなメッセージを作品全体を通じて伝えたかったのかもしれません。

第3幕では,これまで出てきた人たちが続々と再登場しますが,ここでもアデーレの歌がたくましいと思いました。不安な現代を生きるにはこのたくましさが必要なのだと思います。

最後の方はアイゼンシュタインが弁護士に変装したり,いろいろドタバタがあった後,すべてはファルケの仕組んだ大掛かりな芝居だったことが明かされ,「すべてはシャンパンのせい」ということで終わります。

現代社会では,先行きを予想しないと生きていけないのかもしれませんが,お酒を飲むときぐらいは,そして,音楽を聞く時ぐらいは今を生きていきたいものですね。そして,できるものならば,アデーレのようにチャンスをつかめれば,自由に好きなやり方で生きていければ良い。そんなことを感じさせてくれる舞台でした。

 
↑小川里美さんが出演する「ラ・フォル・ジュルネ金沢2014」関連コンサートのチケットを販売していました。右の方は小林沙羅さんが3月5日に発売する新譜CDの情報です。その予約受付も行っていました。ちなみに「沙羅」といえば,ソチ五輪で惜しくも4位だったスキー・ジャンプ女子の高梨沙羅さんと同じ名前ですね。今頃気づきました。

(2014/2/15)