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オーケストラ・アンサンブル金沢第347回定期公演フィルハーモニー・シリーズ
2014年2月23日(日) 15:00〜 石川県立音楽堂コンサートホール


1)三善晃/三つのイメージ(2002年度OEK委嘱作品)
2)(アンコール)三善晃編曲/「唱歌の四季」〜夕焼小焼
3)メンデルスゾーン/交響曲第2番変ロ長調 op.52「讃歌」
●演奏
山田和樹指揮オーケストラ・アンサンブル金沢(コンサートミストレス:アビゲイル・ヤング)
木村かをり(ピアノ*1,2),小林沙羅,熊田祥子(ソプラノ*3),西村悟(テノール*3)
合唱:オーケストラ・アンサンブル金沢合唱団,東京混声合唱団メンバー,金沢大学合唱団メンバー(合唱指揮:富澤裕)
児童合唱:OEKエンジェルコーラス*1,2
プレトーク:山田和樹



Review by 管理人hs  

このところ特に海外のオーケストラでの活躍がめざましい,山田和樹さん指揮によるオーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)の定期公演を聞いてきました。今回のプログラムは,前半が三善晃作曲「三つのイメージ」,後半がメンデルスゾーンの交響曲第2番「讃歌」ということで,前半後半ともに合唱が入る曲でした。岩城宏之さんの後を継ぐように東京混声合唱団の音楽監督も務めている山田さんならではの選曲ということができます。

  
ラ・フォル・ジュルネ金沢2014のポスターも登場していました。鼓門もデザインされていたので,「リアル鼓門」も撮影してみました。この日は,太平洋側と気候が反対になったような晴天でした。

山田さんがOEKの定期公演に登場するのは今回で3回目ですが,プレトークでのご自身による説明によると,「自分で全部プログラムを考えたのは今回が初めて」とのことです。その言葉を反映するかのように,自信に満ちた,実に壮麗で聞きごたえのある演奏会になりました。

前半に演奏された三善さんの「三つのイメージ」は12年ぶりの再演ということになります。実は,私の子どもがたまたま,この時にOEKエンジェル・コーラスに入っており,この曲を岩城宏之さん指揮で「世界初演&CD録音」しています。個人的にも思い出深い作品です。

 
左側の写真は,2002年の初演時に三善晃さんが金沢に来られた時の写真です。音楽堂の廊下に飾られていますので探してみてください。エンジェルコーラスのメンバーと写っています。右の写真は我が家に飾ってある初演時の写真です。地元の新聞に掲載されたものをもらったものです。

今回の演奏は,その時を上回る素晴らしい演奏だったと思います。合唱の部分については,「メロディを歌う」というよりは,「発声する」「語る」という感じの部分が多く,決してとっつきやすい作品ではありません。しかし,今回,一つ一つの言葉に生命力と臨場感を感じました。「火」「水」「人間」という3つのキーワードを中心とした恐怖感や不安感のようなものがしっかり伝わってきました。

CD録音よりもやや速目のテンポで,曲全体として鮮やかさを持ったズム感を感じました。そのことにより,勢いと躍動感が伝わって来ました。山田さんは,プレトークで晩年の三善晃さんから「信じていますから」と一言声を掛けられたエピソードなどを紹介されていましたが,今回の曲についても,山田さん自身の曲として咀嚼されていたのではないかと思います。全体の骨格がしっかりと感じられるような,素晴らしい演奏でした。

生々しい恐怖感に覆われた「火」の部分に続く「水」の部分では,ゆったりと流れるような感じになります。今回の合唱団はOEKエンジェル・コーラスとOEK合唱団に東京混声合唱団と金沢大学合唱団のメンバーが加わる混成チームだったのですが,声がしっかりと出ており,大変雄弁な演奏になっていました。

その後,初演時と同じ木村かをりさんによるピアノ・ソロが入り,「人間」の部分に入って行きます。この部分では,ダイナミックで暴力的な感じになります。時々,ヴァイオリンやチェロのソロも入るなど,起伏にとんだ展開が続くので,難解さはあるけれども,しっかり集中して聞くことができました。

最後の方で「イメージ...イメージ...イメージ...」という単語が合唱団の色々な声部からワヤワヤと飛び交い出てくる感じも印象的でした。谷川俊太郎さんによる詞の最後の方に出てくる「矛盾に満ちた人間」「答えは贈らない」といった気分がリアルに伝わってくるようなエンディングになっていました。

「水」「火」の恐怖と「人間」との関係というと,どうしても津波による災害や原発事故のことを連想してしまいます。元々は2001年の同時多発テロに触発されて書かれた曲とのことですが,今聞いても現代社会への警鐘を感じさせる曲であり,演奏だったと思います。

前半ではプレトークでの山田さんの”予告”どおりアンコールも演奏されました。三善晃さん編曲による「唱歌の四季」の中から「夕焼小焼」でした。「唱歌の四季」は,四季折々の文部省唱歌4曲(朧月夜,茶摘,紅葉,雪)の後に「夕焼小焼」を”締め”として加えた組曲です。オリジナルはピアノ2台の伴奏だったと思います。ものすごく以前に実演で聞いた記憶がありますが,今回は管弦楽伴奏版で演奏されました。

最初の「夕焼小焼けで...」の部分がエンジェル・コーラスでシンプルに歌われた後,「子どもが帰った後からは...」の部分で男声合唱に切り替わる辺り,「巧いなぁ」と思いました(泣けそうになります。)。「どこかフランスのかをり」がする木村かをりさんのピアノも良かったし,華麗過ぎるぐらいに華麗なオーケストレーションも見事でした(管弦楽編曲は三善さん自身によるものではないようです)。最後の方,高音で歌い上げる辺りは実に感動的でした。山田和樹さんの「瞬発的,盛り上げ力」はすごいと思いました。

ただし,今回は組曲の最後の部分だけ聞いたので,「いきなりクライマックス」という感もありました。個人的にはちょっと「盛り上がりすぎ?」という落ち着かない感じもありました。というわけで,これは是非,管弦楽版「唱歌の四季」全曲を聞いてみたいものです。

余談ですが,3月22日(土)津幡文化会館シグナスで行われるOEKの公演では,源田俊一郎編曲「ふるさとの四季」が歌われます。この曲の方は「ふるさと」で締められるようですが,似たコンセプトの曲なので,比較するのも面白いかもしれません。



後半は,メンデルスゾーンの交響曲第2番「讃歌」が演奏されました。演奏される機会が非常に少ない作品で,正確なところは分かりませんが,「恐らく,今回が金沢初演だろう」とのことでした。演奏時間と編成的には,ベートーヴェンの第9のようなところがあり,前半オーケストラだけの楽章があった後,後半は独唱と合唱によるカンタータのような作品になる,という曲です。

ただし,前半と後半の比率が第9とは反対で,交響曲:カンタ―タ=3:5ぐらいの比率で(私の推定ですが),印象としては交響曲というよりは,大規模な宗教曲に近い感じがあります。ただし,メロディはメンデルスゾーンらしくとても親しみやすく,特に冒頭のメロディなどは一度聞けば誰でも覚えられそうです(終演後,口ずさんでいる人がいました。)。大衆性と宗教性と重量感とが良いバランスで備わった良い曲だと思いました。

この曲では,何といっても山田和樹さんの音楽を構築する力が素晴らしいと思いました。トロンボーンによる,清々しくも威厳のある冒頭のメインテーマから,最終楽章の非常に壮麗な盛り上がりまで,最高のバランスで大曲を聞かせてくれました。曲全体については,「ドイツの宗教音楽」といった感じで,しっかりと設計されていたと思いますが,それだけではなく,瑞々しさ,熱さ,陶酔的な美しさなどが湧き上がっており,「どこを取っても魅力的」という演奏になっていました。

曲の冒頭はトロンボーンのユニゾンで始まります。こういう始まり方の曲は他にないかもしれませんね。ただし,プログラムの響敏也さんの解説によると,ベートーヴェンの第9の4楽章で「Seid umschlungen」と男声合唱で出てくる部分がトロンボーンで先導されるのと同じとのことでした。なるほどと思いました。

OEKの定員にはトロンボーンはいないので,毎回客演奏者が参加していますが,今回は東京交響楽団の首席奏者の荻野昇さん他2名でした。曇りのない爽快な音は,この日の山田さんの指揮のコンセプトにぴったりだったと思います。その後,最初の20分ほどは古典的な交響曲っぽい感じになります。この部分もOEKの弦楽器を中心に実に瑞々しく,「メンデルスゾーンだなぁ」という気分に浸らせてくれました。

第2曲(というか第2部)となり,「満を持して」という感じで,合唱が入ってきます。OEK合唱団+αによる合唱も立派でした。3人のソリストはどこで入るのだろう?と思って見ていたのですが,この部分の堂々たる合唱に乗って入場してきました。演奏自体も弾んでいたと思いますが,視覚的にもワクワクとさせてくれるような感じでした。

以降は,この3人のソリストを加えた色々な編成の曲が続きます。

プレトークで山田さんは「自分と同じ世代の歌手を揃えた」と仰っていましたが,その意図どおり,ソプラノの小林沙羅さん,テノールの西村悟さんともに,今が伸び盛りといった感じの若々しい美しさのある歌を聞かせてくれました。

小林さんは,2月15日の「こうもり」金沢公演でのアデーレ役に続いての登場ということになります。小林さんは,数年前からOEKとたびたび共演していますが,とてもよく通る涼やかな声はメンデルスゾーンの曲には特にふさわしいと思いました。

西村さんは,OEKとは初共演ではなく2008年に行われた「ボエーム」金沢公演でロドルフォ役を歌っています。その後,2012年の日本音楽コンクール声楽部門で第1位になったり,2013年の出光音楽賞を取られたり,どんどん活躍の場を広げています。西村さんの声には,常に余裕があり,声の美しさや柔らかさがスッと耳に残るのが素晴らしいと思いました。こちらも「若々しさのあるメンデルスゾーン」の雰囲気にぴったりでした。

小林さんと西村さんについては,そのうち金沢で上演するオペラ公演などでOEKと共演して欲しいものです。

もう一人のソリストの地元出身の熊田祥子さんは,途中,小林さんと絶妙のソプラノ2重唱を聞かせてくれました。こちらも清潔感と華やかさのある素晴らしい二重唱でした。

途中,いろいろなパターンの盛り上がり方や聞かせどころがありましたが,第6曲での明暗の対比とそれに続く第7曲の合唱がクライマックスになっていたと思いました。第6曲の終盤,テノールによる「死の影」のあるソロに続いて,ソプラノの明るい声が聞こえてくる部分は,光が差してくるような鮮やかな効果がありました。オペラ的な気分でもありましたが,陶酔的になり過ぎず,抑制が効いているのが良いと思いました。第7曲での合唱もしっかり声が出ており,第6曲の気分をさらに高めてくれました。

続くア・カペラによるコラールも良かったですねぇ。すっとエアポケットに入ったように,落ち着いた,満ち足りた気分に切り替わりました。メンデルスゾーンは,バッハの受難曲などを再演したことで有名ですが,「コラールの効果」を熟知しているのではないかと思います。後半で優しく入ってくるOEKの伴奏も見事でした。

そして第10曲の最後の最後の部分で到達した壮麗な盛り上がりが,特に印象的でした。この日は音楽堂のパイプオルガンも使っており,ホール全体が厚みのある宗教的な気分に包まれました。ヘンデルの「メサイア」の終曲の「アーメン・コーラス」などでもフーガが効果的に使われていますが,この曲も似た感じになっており,がっちりとした壮麗な気分を作った後,大きな間があって,最初の「親しみやすいメロディ」が戻ってくるという形になっていました。

やはり「知っているメロディが戻ってくる」という効果は素晴らしく,「ものすごい終結感(何か変な言葉ですが)」といった感動に包まれて全曲が終わりました。山田さんの指揮ぶりもそれに相応しい若々しさがあり,OEKも合唱団もそれにしっかりと応えていたと思います。

ただし...フライング気味のブラボーの声にはがっかりしました(もっと美しい声のブラボーならまだ良かったのですが...)。せめて一呼吸おいて欲しかったと思いました。滅多に演奏されない大曲を取り上げてくれた点でもOEKの定期演奏会史上に残る公演でしたが,この点だけは残念でした。



終演後,今回出演した5人の皆さんによる「大サイン会」が行われました。こちらもまた大人気でした。特に2週連続での登場の小林沙羅さんには,「「こうもり」良かったよ」と声を掛ける人も多く(私の前後の人はそれぞれに声をかけていました),すっかり金沢での人気が定着したのではないかと思います。

  
サイン会があることを予想し,山田和樹さんのCD(横浜シンフォニエッタとの共演のビゼーとモーツァルト)を持参。木村かをりさんには「三つのイメージ」の初演時のCDにサインをいただきました。


(2014/3/1)