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オーケストラ・アンサンブル金沢 第348回定期公演マイスターシリーズ
2014年3月8日(土)14:00 石川県立音楽堂コンサートホール

ベートーヴェン/交響曲第4番変ロ長調 op.60
権代敦彦/クロノス-時の裂け目-(2012)
ベートーヴェン/交響曲第5番ハ短調 op.67「運命」
(アンコール)ベートーヴェン/交響曲第8番ヘ長調 op.93〜第2楽章
●演奏
井上道義指揮オーケストラ・アンサンブル金沢(コンサート・マスター:アビゲイル・ヤング)
プレトーク:権代敦彦

Review by 管理人hs  

2月に続いて,オーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)定期公演マイスター・シリーズ「ベートーヴェン全交響曲シリーズ」の3回目が井上道義さんの指揮で行われました。チクルス的にも真ん中ですが,演奏された曲も全9曲の真ん中の「4番」と「5番」でした。この2曲が一つの演奏会で取り上げられるのは,かなり珍しいことだと思いますが,今回の井上道義さんのアプローチを聞いて,良い取り合わせだと思いました。


↑公演の立看板とシリーズのポスター+青島広志によるポスター

井上さんの指揮は,非常に正統的で,両曲とも古典的な交響曲として捉えていたと思います。しっかりと凝縮した密度の高さと「形の良さ」がありました。それに「熱い魂」がしっかり籠っていました。井上さんは,全曲の演奏が終わった後のアンコールの前で「今日の4番の演奏は本当に良かった」とステージ上で語っていました。

このこと自体珍しいのですが,両曲ともOEKメンバーの演奏に自信に裏打ちされた積極性が感じられ,「言うことなし」の演奏となっていました。この日の首席フルート奏者は工藤重典さんでしたが,その他の木管のメンバーの演奏も生き生きと音が前に出てきていて,古典的な枠はあるのに,かえって自由と感じさせてくれるようなところがありました。

第4番の第1楽章では,じっくりと演奏された序奏とキリっと締まった主部とのバランスの良さが素晴らしいと思いました。主部に入る部分での爆発的な気分がこの曲の聞きどころの一つですが,きちんとした均衡を保ちながらも「熱さ」を感じさせてくれるあたり,さすが井上/OEKです。しっとりとした弦の上に管がきらめくようなが楽器間のバランスや一体感も素晴らしいものでした。呈示部の繰り返しは行っていました。

第2楽章は,アビゲイル・ヤングさんのリードする第1ヴァイオリンの息の長〜い,優しさに満ちた歌が聞きものでした。それに「時の刻み(次に演奏された権代さんの曲との「つながり」を連想しました)」を思わせるカッチリとしたリズムの刻みが,ここでも絶妙のバランスで絡んでいました。クラリネットの遠藤さんの息をひそめるように抑制された音など,管楽器の演奏も見事でした。ドラマティックな気分を持つ中間部,さらに深い世界に入っていく終結部と静かさとドラマとが共存した演奏になっていました。

第3楽章はキビキビとした演奏の中にさり気なくチャーミングな表情を持った演奏でした。第4楽章は,その勢いのまま,ノンストップの生き生きとしたスピードに乗って,各楽器が次々ソリスティックに活躍していました。自信に裏打ちされた緻密さと熱気のある演奏で,「オーケストラのための協奏曲」といった気分を感じました。有名なファゴットの難所については,今回のテンポだとかなりキツい状況だったと思いますが,柳浦さんはスリリングな気迫のこもった演奏を聞かせてくれました。

曲の最後の部分の直前,一瞬間が空いて,その後,一気に駆け抜けるように終わるのですが,この部分でのマルガリータ・カルチェヴァさんを中心としたコントラバスの切れ味鋭い音の迫力にも感激しました。

交響曲としてのまとまりを持ちながら,OEKメンバーの個人技も楽しませてくれる,素晴らしい演奏だったと思います。

次に,権代敦彦さんの「クロノス-時の裂け目」が演奏されました。今回のベートーヴェン・チクルスでは現代曲を1曲加えるのが定番になっています。この日は井上さんの選曲でこの曲が選ばれました。プログラム構成的には,全体の「要」になるような,4番−クロノス−5番という順ということになります。この配置も良かったと思います。

この曲は2012年のラ・フォル・ジュルネ(ナントと東京)用に書かれた曲で,「震災」「原発」などについての権代さんの思い・祈りが込められているとのことです。楽器編成は,オーケストラの演奏会としては異例の少なさの5人編成(ピアノ,ホルン,バスクラリネット,打楽器,チェロ)でしたが(この編成で「指揮者あり」というのも面白いと思いました),違和感なくベートーヴェンの曲と組み合わさっていました。管楽器と打楽器中心の曲ということで,音量面的にこの曲だけ萎んで聞こえるということもありませんでした。

ちなみにこの曲の演奏メンバーは次のとおりでした。
バス・クラリネット:原田綾子,ホルン:金星眞,チェロ:ソンジュン・キム,打楽器:渡邉昭夫,ピアノ:三輪郁

プレトークで権代さんは,この曲について「ミ♭ レ ド」という3つの音から成る下行するモチーフばかりでできている,と仰られていました。第4番の第1楽章のモチーフや第5番の「運命」のモチーフにも共通する要素があり,しかもベートーヴェンらしくしつこく繰り返されますので,今回演奏された3曲については,少ないモチーフの積み重ねという点で統一感がありました。井上さんの話しぶりからすると,最初から意図していたというよりは,「図らずも」という形だったようですが,その点でも非常によく出来た構成だったと言えます。

この「ミ♭ レ ド」の重くのしかかるようなモチーフが色々な楽器で繰り返し演奏されます。軋むような音の重なり合い(チェロのソンジュン・キムさんの激しい演奏が特に印象的でした),現代曲らしい特殊奏法を交えて進んだ後,最後の方では祈りを象徴するように,鐘の音が入って締められました。

権代さんの作品には,岩城宏之さんが音楽監督だった時に初演された曲についてもそうだったのですが,「聞いたことのないような音の世界」が広がるような独特の魅力があります。機会があれば,OEKの演奏会で,また違ったサウンドを楽しませて欲しいと思います。

後半で演奏された第5番は,「名曲中の名曲」ということで,どこを取っても素晴らしい演奏でした。第4番同様,激しくなり過ぎて形が崩れるような部分はなく,各フレーズを磨き上げることで,メリハリが付き,安定した強靭さが伝わってくるような演奏になっていました。しかも,水谷さんのオーボエをはじめとした各楽器の演奏には力みはなく気持ちよくすっきりとまとまっていました。

第2楽章は,低弦のたっぷりとした歌とオーケストラ全体としての軽み,透明感の配分が素晴らしいと思いました。変奏曲的な部分での多彩な響きに続いて,楽章の最後では実に堂々とビシっと締めてくれました。

第3楽章でも,マルガリータ・カルチェヴァさんとルドヴィート・カンタさんを中心とした低弦グループの演奏が聞きものでした。特にフーガの部分での圧倒的な迫力が印象的でした。OEKは室内オーケストラですので,低弦の人数は多くはないのですが,「ここぞ」という部分での聞かせ方が非常に巧いと思います。

そして,やはり何といっても第4楽章に入る前の「革命前の静けさ(この日はバロックティンパニだったので特にそんな感じでした)」的な気分と第4楽章に入ってからの晴朗さが印象的でした。自然に湧き上がるような躍動感と推進力のある演奏で,王道を行くような演奏を聞かせてくれました。

この部分でトロンボーン3本が「盛り上げ隊」という感じで晴れやかに初登場します。ついつい,2月の定期公演で演奏されたばかりの山田和樹さん指揮によるメンデルスゾーンの「讃歌」の冒頭の部分などを思い出してしまいました。この楽章ではピッコロが加わり,その音ばかりが目立つ,という演奏もあるのですが,今日の演奏は,その音が非常によく溶け合っていたのも素晴らしいと思いました。

全曲の最後の部分は,ベートーヴェンらしく,しつこくしつこく終わるのですが,この日の演奏は大げさになり過ぎることはありませんでした。しかも「どこか意味深」といった気分を持ちながら,長く音を伸ばして全曲が締められました。

この曲をOEKが演奏する機会は,第7番ほどは多くないのですが,今回の演奏を聞いて,やはり永遠の名曲だな感じました。

アンコールでは,権代さんの曲のタイトルの「クロノス=時の刻み」つながりで,「時の刻み=メトロノーム」を表現したベートーヴェンの交響曲第8番の第2楽章が演奏されました。軽さとユーモアをさらりと感じさせる,アンコールにぴったりの演奏でした。



終演後のサイン会で井上さんの時,「第4番は本当に良かったですよ」と言ってみたところ,「今日のような演奏は滅多に聞けないよ。トスカニーニの演奏よりも凄い」と,結構熱く語ってくれました。”トスカニーニ”という名前が出てきて,ちょっと意外だったのですが,言われてみると今日の演奏の方向性はまさにトスカニーニ的だった気がしました。井上さんの思い通りの演奏が実現できた「上機嫌」の演奏会だったと思います。


↑権代さんのサインは,OEKが初演・録音した「84000×0=0」のCDに頂きました。

残念ながら,この第4番が聞けるのはこの日だけだったのですが,第5番の方は,翌日の輪島公演,3月24日の東京公演,そして,ラ・フォル・ジュルネ金沢の開幕公演直後の軽井沢公演でも演奏されます。是非ご期待ください(と,宣伝をさせていただきました)。

↑公演翌日の輪島公演のポスター


↑ラ・フォル・ジュルネ金沢2014のチケット一般販売も開始されました。私も「数枚購入」。チケットボックスの前は,穏やかに賑わっていました。右の写真は,JR金沢駅もてなしドームの屋根雪です。雪が降ると,ついつい見上げてしまいます。

(2014/3/15)