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オーケストラ・アンサンブル金沢第349回定期公演フィルハーモニーシリーズ
2014年4月11日(金)19:00〜 石川県立音楽堂コンサートホール

1)ベートーヴェン/バレエ音楽「騎士バレエ」WoO1
2)ベートーヴェン/ピアノ協奏曲第1番ハ長調 op.15
3)ベートーヴェン/劇音楽「エグモント」序曲 op.84
4)ベートーヴェン/ピアノ協奏曲第3番ハ短調 op.37
5)(アンコール)シューベルト/3つのピアノ曲 D. 946から第1番
●演奏
フィリップ・ベルノルト指揮オーケストラ・アンサンブル金沢(コンサートマスター:松井直)*1-4,ゲルハルト・オピッツ(ピアノ)*2,4-5
プレトーク:池辺晋一郎


Review by 管理人hs  

2013〜2014年のオーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)の定期公演マイスターシリーズは,「ベートーヴェン交響曲全集」となっていますが,フィルハーモニーシリーズの方は,それを補うように「ベートーヴェンの協奏曲集」のようになっているところがあります。例えば,1月末のラルフ・ゴトーニさんが登場した公演では,三重協奏曲とコリオラン序曲が演奏されています。

  
音楽堂の入口付近には「赤じゅうたん」が敷かれ,ラ・フォル・ジュルネ仕様になっていました。

4月のフィルハーモニーシリーズは,ベートーヴェンのピアノ協奏曲第1番と第3番を中心としたプログラムとなりました。今回の主役として登場したのは,ゲルハルト・オピッツさんです。オピッツさんはドイツを代表するピアニストとして,ベートーベンを中心的なレパートリーとしています。親日家としてたびたび来日し,かつてNHK教育テレビの「ベートーベンを弾く」で講師をされていたこともあります。OEKとは今回が初共演となりますが,「今回が初めて」とは思えないような親しみを感じていた方も多かったのではないかと思います。

オピッツさんは,その期待どおり,バックハウス,ケンプといった往年のドイツの巨匠ピアニストの後を継ぐような,虚飾を配した形の良さを感じさせる演奏を聞かせてくれました。

前半は,「騎士バレエ」のための音楽という大変珍しい作品で始まりました。今回の指揮はフィリップ・ベルノルトさんという方で,フルート奏者としても活躍をされている方です。響敏也さんによるプログラム解説よると「ベートーヴェンがゴーストライターを務めたかもしれない作品」ということで(「現代日本のベートーヴェン」のゴーストライターというのはどこかで聞いた話ですが),ベートーヴェンとは思えない可愛らしい雰囲気の作品でした。全体で8曲構成なのですが,「展覧会の絵」の「プロムナード」のように短い曲が途中で何回も再現してくる曲で全体で10分程度でした。プレトークで池辺晋一郎は,「あまりメロディが展開しない作品です」と語っていましたが,確かに曲全体としての大きな盛り上がりはなく,オピッツさんを出迎えるための「格好の前座」といった感じの作品でした。

ベルノルトさん指揮OEKの演奏は,その辺の気分にマッチしたもので,ノン・ヴィブラート気味の軽い音ですっきりと聞かせてくれました。ただし,各曲ごとにそれなりに起伏があり,ピッコロが入ったり,ホルンが活躍したり,心地よいドラマを感じさせてくれました。

その後,お待ちかねのオピッツさんが登場しました。私自身,オピッツさんのステージに接するのは今回が初めてだったのですが,まず,その貫禄のある雰囲気に魅了されました。髭を蓄えた穏やかな白髪の紳士。音楽マンガにそのまま出てきそうな「音楽の教授」といった風貌でした。

その雰囲気に応えるように第1楽章はオーケストラのみによる序奏部は,じっくりとした,丁寧さのあるテンポで始まりました。オピッツさんのピアノには,これ見よがしの派手な身振りは皆無でした。演奏する姿にも大きな身振りがなく,全体として端正な美しさを感じさせてくれました。その一方,速いパッセージでは,やや走り気味になるぐらい,音がサラサラと流れていきます。曲全体のバランスを壊すような強烈な表現はないのですが,そういった生き生きとした音楽の流れと組み合わさることで,楽章全体として,バランスの取れた古典的な形の良さを感じさせてくれました。

展開部での抑制された美しさ,深さ。そして,楽章最後のカデンツァでは,ここまで抑えられていたファンタジーが一気に飛翔するような品の良い華麗さがありました。

第2楽章は第1楽章と対照的に,重みのある表現をじっくりと聞かせてくれました。クラリネットの遠藤さんの暖かみのある音をはじめ,OEKも共感に満ちたバックアップを聞かせてくれました。オピッツさんの演奏には,ピリピリとした緊張感はなく,澄み切った境地を伝えるような透明感があります。風貌同様に巨匠的な演奏だったと思います。

第3楽章は第1楽章同様に速いテンポで軽やかにすっきりと始まりました。ただし,テンポは速くても常に冷静なコントロールが効いており,曲全体としての盛り上がりとしっかりとしたまとまりを感じさせてくれました。

後半は「エグモント」序曲で始まりました。序曲がこの位置で演奏されるのは珍しいことだと思います。「騎士バレエ」とは違い,正真正銘のベートーヴェンらしさ満載の作品ですが,ベルノルトさんの指揮は重厚さよりも透明感や見通しの良さを感じさせてくれる伸びやかなものでした。ここでも弦楽器の音に古楽奏法を思わせる透明感があり,テンポはゆったりとしていてももたれる感じはありませんでした。曲の最後でトランペットを中心に音楽が一気に盛り上がるのですが,この部分での明るい開放感も印象的でした。フランスの指揮者ということ,「フランス革命的ベートーヴェンという感じかな」と思いながら聞いていました。

最後にピアノ協奏曲第3番が演奏されました。この日のプログラムは,ピアノ協奏曲2曲がメインという「オーケストラの定期公演らしからぬ」内容でしたが,「前半:管弦楽曲−ハ長調,後半:管弦楽曲−ハ短調」と並べると,しっかりとした構築感のあるプログラムになるなと思いました。

第3番も第1番と同様の解釈でしたが,さらに聞きごたえのある演奏を聞かせてくれました。オーケストラによる序奏部では,重苦しさよりもどこか浮遊するような気分を感じさせてくれました。オピッツさんのピアノは,第1番の時同様,率直かつ平静でした。そこから格調の高さが自然に立ち上っていました。木管楽器を中心とした明快な響きと相俟って,古典的な気分がありました。カデンツァの部分で音の充実感が大きく広がり,高級感を増していくのも第1番の時と同じでした。

第2楽章は,まず,シンプルな和音の美しさが印象的でした。一気に第1楽章とは全く別の世界に連れて行ってくれるような新鮮さがありました。中間部ではさらに奥深いファンタジーの世界に入っていくような趣きがあります。こういう演奏を聞くとベートーヴェンは古典派とロマン派を行き来している作曲家だなぁと実感します。深みのあるモノローグ,転調を繰り返しながらひっそりと演奏される音階風の部分など,実に味わい深い演奏でした。

第3楽章も力みなく美しく音楽が流れて行きました。曲全体の構成的に第1番と重なる部分は多いのですが,最後のカデンツァなどではさらに華麗さを増しており,「皇帝」を思わせるような充実感がありました。スピード感のある終結部も素晴らしく,「ハ短調→ハ長調」というベートーヴェンお得意のパターンで晴れやかに締めてくれました。

アンコールでは,オピッツさんの独奏でシューベルトの3つの小品の中の1曲が演奏されました。曲が始まった時,「ベートーヴェンの曲かな?」と思ったのですが,聞き進むうちに「これはシューベルトだな」と分かりました。しっかりと地に足がついた落ち着きと,沸き立つような音のドラマが交錯する見事な演奏で,初期ロマン派的な気分がホールに広がりました。オール・ベートーヴェン・プログラムだったので,アンコールもベートーヴェンの方が良かったのかもしれませんが,この演奏は「ベートーヴェンの作品以上にベートーヴェン的」なところもあったので全く違和感はありませんでした。

オピッツさんの演奏は,曲全体の構成を意識した上で,抑える部分と華麗に聞かせる部分のメリハリがしっかりと付けられています。そこにライブならではのノリが加わることで,音楽の流れが自然でバランスの良いものになっていました。音の強靭さや研ぎ澄ましたようなデリケートな表現で圧倒するような演奏ではありませんが,曲の姿を歪めずに伝える演奏スタイルは,やはりドイツのピアニストの伝統を引くものだと思います。

次回,金沢に登場する時には,是非,ドイツ音楽によるリサイタルを開いて欲しいものです。それと,OEKとの再共演にも期待したいと思います。



恒例のサイン会にも参加してきました。オピッツさんのベートーヴェンが素晴らしかったので予定を変更して2枚組のベートーヴェンのピアノ・ソナタ集の2枚組CDを購入し,サインを頂いてきました。ヘンスラーから出ている全集の抜粋で,「月光」「悲愴」「熱情」の3大ピアノソナタに加え,1番,18番,26番,32番が収録されていました。1番とか18番が入っているというのはなかなか珍しいかもしれません。
 

オピッツさんに,カデンツァは誰のものか尋ねてみたところ,どちらもベートーヴェン自身によるものとのことでした。結構怪しげな英語で尋ねてみたところ,美しい日本語で返事が返って来ました。一瞬,ヒアリング力が向上したのかと勘違いしました。



音楽堂周辺はラ・フォル・ジュルネの看板やフラッグが続々と登場しています。

 

演奏会後,JR金沢駅から東京方面に向かったのですが,金沢駅構内の柱にもポスターが掲示されていました。



(2014/4/19)