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樫本大進&コンスタンチン・リフシッツ デュオ・リサイタル:ラ・フォル・ジュルネ金沢音楽祭2014プレイベント
2014年4月26日(土) 19:00〜 石川県立音楽堂コンサートホール

ベートーヴェン/ヴァイオリン・ソナタ第4番イ短調 op.23
ブラームス/ヴァイオリン・ソナタ第1番ト長調 op.78「雨の歌」
ベートーヴェン/ヴァイオリン・ソナタ第10番ト長調 op.96
(アンコール)ベートーヴェン/ヴァイオリン・ソナタ第3番〜第3楽章
●演奏
樫本大進(ヴァイオリン),コンスタンチン・リフシッツ(ピアノ)


Review by 管理人hs  

4月も下旬となり,連休恒例のラ・フォル・ジュルネ金沢音楽祭2014の開幕が近づいてきました。そのプレイベントとして行われた樫本大進&コンスタンチン・リフシッツ デュオ・リサイタルを石川県立コンサートホールで聞いてきました。この演奏会は,「価格はLFJK並み,演奏時間は通常の演奏会並み」という非常にコストパフォーマンスの高い演奏会でしたが,内容の方はさらに素晴らしく,ベートーヴェンとブラームスのヴァイオリン・ソナタの真骨頂を堪能させてくれました。

演奏された曲は,ベートーヴェン/ヴァイオリン・ソナタ第4番,ブラームス/ヴァイオリン・ソナタ第1番「雨の歌」,ベートーヴェン/ヴァイオリン・ソナタ第10番の3曲。この順に演奏されました。曲の知名度からすると,ブラームスが後半のメインの方が良いとも思ったのですが,今日の公演を聞いてみて,ベートーヴェンの10番のソナタ(実現では今回初めて聞く曲でした)の独特の味わいも素晴らしく,しかも,曲の最後の部分で鮮やかに盛り上がる作品でしたので,この構成も良いなぁと感じました。

最初に演奏されたベートーヴェンの4番のヴァイオリン・ソナタも実演ではそれほど頻繁に演奏されることのない作品ですが,この2人がしっかりと聞かせる音楽が素晴らしく,大変聞きごたえがありました。樫本さんの音には,しっとりとしたほの暗さがあり,ベートーヴェンの作品によく合ってます。リフシッツさんのピアノは音のレンジが広く,硬質なタッチで,演奏全体をビシッと締めてくれます。

短調作品ということで曲の最初から切迫した気分で始まります。まず,この部分での2人の息の合い方が見事でした。バシッという感じのインパクトの強い音で始まり,一気に曲の世界に誘い込んでくれました。樫本さんのヴァイオリンには常に柔らかなヴィヴラートが掛かっており,一つ一つの音が繊細な表情を持っていました。今回,チケット代が安かったこともあり,私としては珍しく1階席の比較的前の方の席に座ってみたのですが,そのよく練られた音をしっかりと楽しむことができました。

ヴァイオリンとピアノの音が緻密に絡み合った密度の高さと各楽器の表現の幅の広さとが両立した演奏で,今回演奏されたすべての曲で,自由だけれどもまとまりが良いという完成度の高さを感じさせてくれました。この2人はベートーヴェンのヴァイオリン・ソナタ全集のレコーディングを行っていますが,その成果がそのまま実演に反映した演奏だったと思います。

落ち着きのある第2楽章に続く最終楽章では,間をしっかり取った,自在なテンポの動きが印象的でした。荒っぽくはないけれども若々しさのある表現が続いた後,最後に静かに締めくくられるのも絶妙でした。

2曲目に演奏されたブラームスの「雨の歌」も,たっぷりとしたテンポで演奏されました。この曲では,樫本さんのヴァイオリンのウェットで重みのある感じが「雨」の気分に特にぴったりでした。リフシッツさんのピアノについては,まず,第1楽章冒頭の和音のバランスの良い,透明感のある音が大変魅力的でした。1曲目でもそうでしたが,最初の1音で別世界に連れて行ってくれるのが一流のアーティストなのだと思います。

この安定感のあるベースの上で樫本さんが,大変じっくり,こってりと歌いこむといった演奏でした。大変ロマンティックなのですが,そこにはしっかりとした抑制もあり,楽章全体としての形が崩れていないのが素晴らしいところです。悠然としたスケール感を感じさせてくれる「若き巨匠」といった演奏だったと思います。

緩徐楽章の第2楽章では,リフシッツさんのピアノがくっきりとした枠を作る中でさらに深い世界へと入っていきます。神秘的で落ち着きのある雰囲気が魅力的でした。

第3楽章の最初に出てくる主題は,第1楽章の最初の主題と関連があり,曲全体として「タン・タターン」というモチーフが再帰してくる感じになります。今回の演奏では,リフシッツさんのピアノがこのモチーフをくっきりと演奏しているのが印象的で,曲全体の統一感を感じさせてくれました。この楽章では,樫本さんの演奏する重音の美しさも印象的でした。消え入るように落ち着いた雰囲気で終わる終結部では,会場全体を魅了しているようでした。ブラームスを堪能させてくれる演奏でした。

後半演奏されたベートーヴェンの10番のソナタは,第9番「クロイツェル」のような華やかさは後退しています。かわりにインティメートな対話といった趣きのある,晩年のベートーヴェン的な作品となっています。第2楽章でのしみじみとした歌をはじめ,比較的穏やかでシンプルな作品なのですが,この2人が演奏すると,大変深い味わいが出てきて,物足りなさはありません。

第4楽章は変奏曲形式で,親しみやすいメロディがどんどん変化し,輝きを増していきます。一瞬,間を置いた後,のんびりとしたムードが一転して,目が覚めるような終結部になるのですが,この部分の鮮やかさもまた魅力的でした。

最初に書いた通り,この曲で締めるというのは,ちょっと冒険だったかもしれませんが,穏やかさとキレの良さの対比を感じさせる見事で,この作品の魅力をしっかりと伝えてくれました。

アンコールでは,ベートーヴェンのヴァイオリン・ソナタ第3番の第3楽章が演奏されました。若々しさのある曲を力感たっぷりに演奏し,演奏会全体をビシッと締めてくれました。

今回の演奏会は,ラ・フォル・ジュルネ金沢への期待を高めるだけではなく,室内楽の演奏の面白さを伝えてくれる素晴らしい内容でした。このお2人については,是非,別のプログラムで再度金沢公演を期待したいと思います。また,オーケストラ・アンサンブル金沢との共演も期待したいと思います。

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終演後は,CD購入者を対象にサイン会を行っており,大変長い列になっていました。もちろんサインを頂いてきました。

このCDはお2人によるベートーヴェン:ヴァイオリン・ソナタ全集の輸入盤CDです(驚くほど安い価格で販売していたので,ネットで購入し,持参したものです)。当日会場で販売していた国内盤とは表紙のデザインが違っており,何とリフシッツさんの写真が付いていませんでしたので,リフシッツさんには申し訳ないと思い,紙箱の裏面に頂きました。ちなみに国内盤は次のような表紙です。http://wmg.jp/artist/daishinkonstantin/WPZS000030026.html



石川県立音楽堂は,すっかりラフォル・ジュルネ・モードになっていました。
 

 



あとはお客さんが入るのを待つだけですね。

(2014/4/29)