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オーケストラ・アンサンブル金沢第350回定期公演マイスターシリーズ
2014年6月7日(土)14:00〜 石川県立音楽堂コンサートホール

バッハ,J.S.(H.イェンストル編曲)/コラール前奏曲「キリエ,聖霊なる神よ」BWV.671
ベートーヴェン/交響曲第2番ニ長調 op.36
ベートーヴェン/交響曲第3番変ホ長調 op.55「英雄」
●演奏
アンドレアス・デルフス指揮オーケストラ・アンサンブル金沢(コンサートミストレス:アビゲイル・ヤング)
プレトーク:池辺晋一郎

Review by 管理人hs  

金沢百万石まつりのメインイベントの「百万石行列」の開始を待ちわびる金沢市内を通り抜け,石川県立音楽堂で行われたオーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)定期公演マイスターシリーズを聞いてきました。


立看板の写真はリープライヒさんのまま。曲目の変更はありませんでした。

今シーズンのマイスターシリーズはベートーヴェン・チクルスということで,その第4回は,アレクサンダー・リープライヒさん指揮の予定だったのですが,インフルエンザのため来日できなくなったとのことでアンドレアス・デルフスさん指揮に変更になりました。この全集も順調にスタートしたのですが,第4回,第5回(最後の第9は,井上道義さんから大植さんに変更)と指揮者の交替が続き,なかなか多難です。

ただし,この日の演奏ですが,本当に気持ちの良い演奏でした。ベートーヴェンと言えば「重厚」「ドラマ」「苦悩」という印象がありますが,そういう印象よりは,率直に前に向かうエネルギーや清新な気分を伝えてくれるような演奏でした。デルフスさんがOEKの指揮をするのは初めてでしたが,ベートーヴェンを演奏し慣れているOEKの基礎的な能力をフルに生かして,伸び伸びと演奏させる一方で,両曲の要所で出てくる,アクセントやスフォルツァンドなどを強調し,若き時代のベートーヴェンらしさをしっかり伝えてくれました。

最初に演奏されたバッハのオルガン曲のオーケストラ編曲版では,ウェーベルンの編曲を思わせるような精緻な音の組み合わせと絶妙のバランスを聞かせてくれました。プレトークで池辺晋一郎さんは,「バッハのオルガン曲をオーケストレーションすることは,オルガンのレジスターを選ぶ(音色を選ぶ)ようなところがあり,とても楽しい」と体験を交えて語っていましたが,そのことが伝わってくるような編曲でした。音色が次々と変わっていく点描的な演奏には,近未来的な雰囲気もあり,SF映画の気分にも通じるなと思いました。

ちなみにこの曲が始まるまで,15分ぐらいOEKのメンバーがステージに登場しませんでした。「トラブルがあったためもうしばらくお待ちください」というアナウンスが入ったのですが,1曲目だけアビゲイル・ヤングさんが不在でしたので,恐らくヤングさんの到着が遅れたのではないかと思います(百万石まつりのせい?)。珍しいケースでした。

続いてベートーヴェンの交響曲第2番が演奏されました。今回の公演では,第2番と第3番が演奏されたのですが,こういう組み合わせは意外に少ないと思います。ベートーヴェンの交響曲については「第3番で大きく飛躍した」と言われ,事実そのとおりなのですが,今回の演奏を聞いて共通性も感じました。基本的に速目のテンポでキビキビと進め,第2楽章で深い表現を聞かせた後,第3楽章と第4楽章をアタッカで演奏するというスタイルは共通していました。

まず第2番ですが,冒頭の和音から衒いなく晴朗に始まりました。ヤングさんはこの曲から参加していましたが,演奏してたくて待ちきれないような感じのストレートな始まり方でした。響きに透明感があると同時に豊かな力感と広がりのある「OEKのベートーヴェンの音」でした。主部に入ると,さらに生き生きとした若々しい音楽になります。弦楽器のフレージングにもダラリとした感じが無く,曲想に相応しい健康的な気分がありました。それでいて安心感と余裕があるのも素晴らしいと思いました。呈示部の繰り返しは行っていました。

第2楽章も速目のテンポの演奏で,リズム感を感じるくらいでしたが,音色に暖かさと平和な気分があり,安定感がありました。中間部での弦楽器の清冽な響きと管楽器のブレンドも見事でした。楽章の最後の方でのフルートの清々しい一節も印象的でした。

第3楽章のスケルツォも大変キビキビとした演奏でしたが,緊張感に満ちた感じはなく,どこかユーモアを感じました。第4楽章にはその勢いのまま,まま突入しました。楽章の最初の音には,「キリッ」という音が聞こえてくるようなキレの良さがありました。音楽が進むにつれて,デルフスさんの指揮の動作も大きくなり,音楽が前へ前へと進んでいきました。

曲全体として大きなテンポの動きはなく,ビシっと締まった一体感を感じさせてくれました。その一方で,強く絞めつけ過ぎるようなところがないので,音楽に余裕と安定感が感じられました。曲の立派さと同時にどこか健康的なユーモアを感じさせてくれる,見事な演奏だったと思います。

後半では「英雄」が演奏されました。冒頭の和音からOEKの響きを存分に鳴らし,速目のテンポで気持ちよく音楽の流れを作っていくような演奏でした。実に力強い自信に溢れた開始でした。この楽章では,変拍子的になって不協和音が6回続く部分が印象的ですが,衒いなく力強い音を聞かせてくれました。

呈示部の繰り返しは行っていましたが,音楽に勢いがあったので停滞する感じはありませんでした。展開部でも勢いはそのままで楽章が進むにつれて盛り上がりが増す感じでした。この楽章の”チェックポイント”である,最後の方に出てくるトランペットの部分は,メロディが途中でパタッと消えるような感じでした。大変気持ちの良い演奏だったので,ここは「メロディを吹き切る」形に改変しても面白かったかなとも思いました。

第2楽章ももたれることのない演奏で,緩徐楽章にも関わらずテンポ感を感じました。フレーズの最後の方をスッと短く切り上げるような感じがあり,全体的に明快な印象がありました。オーボエやクラリネットなど管楽器も明快でしたが,中間部になるとティンパニやホルンを中心に一気に凄みとスケール感を増していきました。このドラマが素晴らしいと思いました。

第3楽章も速く,軽い演奏でしたが,演奏に余裕があったので慌てた感じはしませんでした。中間部のホルンはちょっと危うい感じもありましたが,なかなか野性的な感じでした。第4楽章へはインターバルを置かずに流れ込んでいました。ここでも音楽の流れは良く,スムーズに変奏が進んでいきました。

変奏の中でトップ奏者だけによる弦楽四重奏のようになる部分がありました。「こんな部分あったかな?」という感じで実に新鮮でした。ここではデルフスさんは指揮をしていませんでしたが,OEKの魅力を熟知したようなアイデアだったと思います。コーダの部分も颯爽としていました。慌て過ぎない気持ちよいテンポ感でビシッと締めてくれました。

このように全曲を通じて,非常に精悍な気分のある演奏で,「OEKらしいベートーヴェン」を聞かせてくれました。

デルフスさんは今回急遽,OEKを指揮することになったのですが,非常にOEKとの相性が良い指揮者だと思いました。是非今度はデルフスさんのプログラミングによる公演を聞いてみたいと思います。

 サイン会でデルフスさんからサインを頂きました。

PS. NAXOSさんとIKEさんによる4コマ漫画集(?)「運命と呼ばないで」をしっかり販売していました。

 

30代のベートーヴェンのところにピアニスト志望で弟子入りしたフェルディナント・リースを中心にベートーヴェンの人生を色々なエピソードを通じて描いている作品で,ベートーヴェンとその時代の若いエネルギーが生き生きと伝わってきます。

この日演奏された「英雄」のエピソードも盛り込まれており,「ベートーヴェン・チクルス」にぴったりの内容でした。

 
この日のプログラムではありません。「運命と呼ばないで」の一部です。

PS. この日は金沢百万石まつりのメインイベント「百万石行列」が行われました。そのスタート地点が鼓門ということで,音楽堂の「外」も賑わっていました。下の写真は,プレコンサート中の「外」と「氏」の様子。何となくラ・フォル・ジュルネの時の写真のうようです。


次の写真は定期公演募集の「大胆な」看板。私も音楽堂に住んでみたいものです。
 
(2014/6/14)