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オーケストラ・アンサンブル金沢第351回定期公演フィルハーモニーシリーズ
2014年6月12日(木)19:00〜 石川県立音楽堂コンサートホール

1)ヴィヴァルディ:弦楽のための協奏曲 ニ短調 RV127
2)ヴィヴァルディ:ヴァイオリン協奏曲 ニ長調 RV230(「調和の霊感」第9番 Op.3-9)
3)ヴィヴァルディ:モテット「まことの安らぎはこの世にはなく」 第1楽章 RV630
4)ヴィヴァルディ:ヴァイオリン協奏曲 イ短調 RV357(「ラ・ストラヴァガンツァ」第4番 Op.4-4)
5)ヴィヴァルディ:アリア「2つの風にかき乱されて」(歌劇「グリゼルダ」RV718より)
6)モーツァルト:演奏会用アリア「ああ、恵み深い星々よ、もし天にあって」K.538
7)ハイドン: 交響曲 第100番 ト長調 「軍隊」Hob.T:100
●演奏
エンリコ・オノフリ指揮(ヴァイオリン*1-5) オーケストラ・アンサンブル金沢(コンサート・ミストレス:アビゲイル・ヤング),森 麻季(ソプラノ*3,5,6),繻`亜樹子(チェンバロ)
プレトーク:飯尾洋一


Review by 管理人hs  

梅雨とはいえ,予想外の激しい雨の中,足元をぐちゃぐちゃに濡らしながら,オーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)定期公演フィルハーモニーシリーズを聞いてきました。今回の指揮&ヴァイオリンは,2013年に続いて2回目の登場となるエンリコ・オノフリさん,ソプラノは森麻季さんでした。

 
ホールに着いたとき,結構大変な状況だったので,写真の方もブレてしまいました。

今回は,前半はヴィヴァルディ作品集,後半はハイドンの交響曲第100番を中心とした古典派の作品というプログラムでした。通常のオーケストラの編成からすると,必ずしも大きな編成ではないのですが,オノフリさんとOEKの作り出す音楽にはどの曲にもアイデアとインスピレーションが満ち溢れ,自由と楽しさ,そして洗練味に満ちた素晴らしい公演となりました。

オーケストラの公演に歌手が加わる場合,歌手だけが目立つ場合もありますが,森さんの声はオノフリ&OEKの響きにピッタリで,十分な華やかさを感じさせながらも,しっかりオーケストラの音色と溶け合い,「OEKの定期公演」となっていました。これも良かったと思います。

前半のヴィヴァルディは,オノフリさんの十八番です。ヴィヴァルディの曲は「似た曲ばかり」と思われがちですが,オノフリさんのリードで聞くとどの曲にも,生き生きとした生命力が吹き込まれます。バロック・ヴァイオリンならではのしっとりとした響きを中心に,センスの良さを感じさせる演奏を聞かせてくれました。

前半の編成はOEKのフル編成よりは一回り小さく,弦五部は5−5−3−3−2という編成で,これにオノフリさんとチェンバロの繻`さんが加わっていました。OEKの響きはいつもよりは,古楽風でしたが,完全にノンヴィブラートというわけではなく,多彩なニュアンスを持った演奏を聞かせてくれました。

最初に演奏されたRV127の協奏曲は,協奏曲というよりは「シンフォニア」ということで(プログラムの解説による),演奏会全体の「序曲」となっていました。強奏と弱奏の対比や同音の連続など,かなり斬新ではありましたが,イル・ジャルディーノ・アルモニコの演奏のようなロックを思わせる激しさはなく,心地よく新鮮な音楽を楽しむことができました。

次のRV230は,協奏曲集「調和の霊感」の中の1曲で,オノフリさんのヴァイオリンの自在さをより強く感じることができました。ノン・ヴォブラート中心なのですが,ニュアンスの変化が豊かで,センスの良さを感じさせてくれました。途中,オノフリさんの独奏の中に超高音が出てきましたが,全然刺激的ではなく,柔らかな雰囲気を持っていたのが素晴らしいと思いました。

オノフリさんのヴァイオリンは「あご当て無し」でトレードマークの白いマフラーで固定していました。その”見た目”どおり演奏全体に浮遊感があり,所々即興的な感じになります。大胆かつ繊細な演奏は視覚的にも全く退屈させるところがありませんでした。

続いて森麻季さんが登場し,モテット「まことの安らぎはこの世にはなく」の第1楽章を歌いました。どこかシチリア舞曲風のリズムのある曲で,森さんの柔らく繊細な声と相俟って,安らかな気分にさせてくれました。森さんの声は,ヴィブラートが少なく,しっとりとした落ち着きがありますので,OEKの音とぴったりとマッチしていました。

次のRV357は,協奏曲集「ラ・ストラヴァガンツァ」の中の1曲です。RV230と同様,ここでもオノフリさんのヴァイオリンの魅力を楽しむことができました。オノフリさんのヴァイオリンは,生き生きとした運動性があるのですが,過度に攻撃的になり過ぎず,基本的にとても繊細だと思います。緩徐楽章での目の詰んだ生地を思わせる抒情性との対比が素晴らしいと思いました。

前半最後は,森さんとの共演でヴィヴァルディの歌劇「グリゼルダ」のアリア「2つの風にかき乱されて」が演奏されました。このアリアは,ソプラノにしてはかなり低い音域が出てくる一方,コロラトゥーラ的なパッセージが延々と続く技巧的な曲で,初めて聞いた曲だったのですが,大変な難曲だと感じました。森さんはこの曲を見事に聞かせてくれました。曲の形式は,通常のヴィヴァルディの協奏曲のようで,ヴァイオリン協奏曲をアリアにしたような感じがありました。器楽的で精密な音の動きと人間的で揺らぎのある感情の動きとがしっかりと組み合わさった素晴らしさは,この組み合わせならではだと思いました。

後半は編成が通常のOEKの編成になりました。後半最初に演奏されたモーツァルトのコンサートアリアでは,管楽器が編成に加わることで,オーケストラ全体の音に色彩感が広がっていました。森さんの声は前半同様しなやかでしたが,前半の小編成の時の方がバランスが良い気がしました。

最後に演奏されたハイドンの「軍隊」交響曲は,この日のメイン・ディッシュという感じの豪華さのある演奏でした。バロックティンパニの乾いた音を中心にトルコ風のエキゾティックな気分と華やかなドラマ性を強く感じさせてくれました。

OEKの楽器の配置は通常と少し違っており,次のような感じになっていました。

Hrn          Tp Timp
Fl   Ob   Cl   Fg   Perc
   Va  Cem  Vc  Cb
Vn1   オノフリ  Vn2

木管楽器が横一列に並んでおり,その1段上にはホルンとトランペットとティンパニだけが居るという形です。これまであまり見たことのない配置でした。

第1楽章の序奏部は,軽やかな雰囲気で始まりました。チェンバロが入っているのが面白く,音と音の間からその音が漏れ聞こえて来るのがどこか爽やかでした。ティンパニの音は,堅いバチを使っていたのかカラッとした感じがあり,「トルコ軍がその辺にいるな」と第2楽章を予告しているようでした。

主部に入ってもテンポは速かったのですが,強弱やニュアンスの変化をしっかりつけており,単調な感じはしませんでした。ティンパニの音以外にも,トランペットの音なども通常聞きなれているのとはちょっと違ったバランスで聞こえて来たので,とても新鮮な印象がありました。呈示部の繰り返しを行った後,展開部に入る前に大きな間を置いていたのも印象的でした。楽章の最後の方では,ホルンをベルアップさせていましたが,音の方も野性的でした。

第2楽章ではやはりシンバル,トライアングル,大太鼓のトルコ風打楽器の威力が印象的でした。楽章の最後の方で,トランペットが「タタタター,タタタタ−」と信号を演奏する部分では,その直前に間を入れていました。おやっという感じの緊張感が出ており効果的でした。

さらにこの部分では,トランペットの藤井さんは立ち上がって演奏し,視覚的にも変化を付けていました。このトランペットの信号の後,ティンパニのロールが続いて,トルコ風打楽器チームが盛大に盛り上がるのですが,この部分も大変印象的で,「トルコ軍が攻めてきたぞー」というような,交響曲とは思えないようなドラマを感じさせてくれました。楽章最後も非常にダイナミックにビシッと締めてくれました。

第3楽章のメヌエットも大変色彩感が豊かでした。中間部はテンポが揺れ動いていましたが,ここでは室内楽編成になっていたのが特徴的でした。交響曲の中に室内楽が組み込まれているような,立体的な面白さがありました。

第4楽章も快適なテンポで演奏されました。オノフリさんは,しっかりとオーケストラを統率しているのですが,どの曲についてもオーケストラを締め付け過ぎることはなく,自由に伸び伸びと演奏させていた気がしました。その明るい雰囲気がこの曲にはぴったりでした。楽章の最後は,指揮ぶりにも熱気がこもっていました。後ろから見ていると,応援団長が「フレー!フレー!」と右手を上から下に動かしているような感じに見えましたが,この指揮でOEKにガッツを注入していたのかもしれませんね。

全曲を通じて,インスピレーションに満ちた瞬間の連続で,初めてこの曲を聞くような印象を残す,新鮮な演奏を聞かせてくれました。オノフリさんは,ステージ袖から出入りするたびに,飛び跳ねるように登場していましたが,OEKとの共演が嬉しくてたまらないような相性の良さを感じました。

アンコールでは,まず森さんが再登場しました。独唱で登場した人が全ブログラムが終わった後に再登場するというのは,珍しいケースかもしれません。森さんが歌った曲は,ヘンデルの歌劇「リナルド」の中のお馴染みのアリアでした。これもまた絶品で,「泣かせてください」というよりは「泣かされました」という演奏でした。森さんの十八番と言っても良い曲で,宝石のようなきらめきのある澄んだ声が非常によく通っていました。装飾的な音の動きを聞きながら,「涙を糸でつなげば,真珠の首飾り」といった感じだなぁと感じ入っておりました(「何でまた」と言われそうですが,松田聖子の「白いパラソル」の歌詞です(詞:松本隆))。

ちなみに,森さんはこの日,とても爽やかな水色のドレスを着ていらっしゃいましたが,「アナと雪の女王」といった感じでしたね。

最後に,もう1回「軍隊」の2楽章が演奏されて終演となりました。演奏会の気分を壊さないための選曲だったと思いますが,さすがに全く同じ演奏だと「芸がない」ということになりそうなので,ここでは,「本割」とは違い,谷津さんがトランペット独奏で立ち上がって演奏していました。「なるほど」「Good idea!」という感じでした。

演奏会が終わっても,足元はぐちゃぐちゃなままだったのですが,インスピレーションとセンスの良さに溢れた素晴らしいドラマの連続で,気分はすっかり晴れ上がりました。OEKは,先日のベートーヴェン交響曲チクルスの時とは全く違う響きを聞かせてくれましたが,この柔軟性がOEKの素晴らしさです。是非,オノフリさんとの再共演を期待したいと思います。

PS. 終演後,オノフリさんのサイン会が行われました。私は自宅からCDを持参しました。実は既にサインの書かれているCDを持参しました。解説書の表紙には既にサインを頂いていたので,CDの盤面の方に今度は頂きました。今回,オノフリさんにサインを頂いた後,「Second time」と言って,表紙の方も見せたら,妙に受けていました。

 

この日は金沢美大の学生さんが「ホスピタリティ・チェアプロジェクト」というプロジェクトでお客さんにインタビューをしていました。
 

(2014/6/14)