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ヴァレリー・アファナシエフ ベートーヴェンの最後のソナタ
2014年6月13日(金) 19:00〜 金沢市アートホール

ベートーヴェン/ピアノ・ソナタ第30番ホ長調, op.109
ベートーヴェン/ピアノ・ソナタ第31番変イ長調, op.110
ベートーヴェン/ピアノ・ソナタ第32番ハ短調, op.111
(アンコール)ショパン/マズルカ イ短調op.67-4
●演奏
ヴァレリー・アファナシエフ(ピアノ)

Review by 管理人hs  

前日に続いて金沢は激しい雨。その中,前日に続いて演奏会に出かけてきました。この日は,ヴァレリー・アファナシエフのピアノ独奏による,ベートーヴェンのピアノ・ソナタ第30〜32番の公演でした。金沢でこの3曲が演奏されるというのは非常に珍しいことです。まずは「この3曲を生で聞ける!」ということで,この演奏に行くことにしました。

 
アートホールには至るところにチラシが掲示されていました。

この日の客層ですが,心なしか男性が多い気がしました。金沢市アートホールは,もともと小規模なホールですが,開演前男子トイレに列が出来ていたというのは過去にあまり経験がありません(変な話題で失礼しました)。アファナシエフは,まずギドン・クレーメルとの共演で名前が知られてきましたが,今回は,私自身も含め,ややマニアックなお客さんが多かったのかもしれません。

演奏の方ですが,予想はしていましたが...正直なところ,アファナシエフさんの演奏にはちょっとついていけない部分がありました。まず,ステージに登場して演奏し始めるまでの雰囲気が,いかにも不機嫌で不愛想です。30番については,もっとデリケートに神妙に始まると思っていたので,いきなり無造作に弾き始め,意表を突かれました。

ピアノの音は硬質で,堂々とした音で強く迫ってくるようでした。この音は素晴らしいと思ったのですが,演奏全体としては,どこか不機嫌さを鍵盤の上で発散し,故意に悪ぶっているような感じに思え,素直に楽しむことができませんでした。

基本的にテンポはかなり遅め。部分的に異様に遅くなる部分があり,細部を拡大して見せるようなところがあったのが印象的でした。第30番の第3楽章の変奏では,じっくりと演奏することで,あたかも20世紀以降の作品のように響いている部分がありました。音楽が滑らかに流れるのではなく,点描的に表現することで,現代人の孤独な精神を表現しているようにも思えました。シンプルな主題一つにしても,常に憂鬱な雰囲気に覆われているのも,アファナシエフさんならです。

第31番の第3楽章では,「嘆きの歌」に続いてフーガになります。この部分も大変力強い演奏で,その迫力に圧倒されました。ただし,やはり感動に満ちた盛り上がりというよりは,どんどん何か暗い感情に覆われていくようなところがありました。

第30番,第31番の第2楽章などの速い楽章は,意外にストレートな表現でした。アファナシエフさんの演奏については全般にもっと遅いのかと予想していたのでが,「やや遅いかな」という程度でした。それでも音の迫力は威圧的で,かなりいかめしい雰囲気がありました。速いパッセージでは,金沢弁で言うところの,ムタムタな感じの部分もあり,やや雑な印象を与える部分もありました。

最初の第30番の演奏の後,曲の余韻を否定するかのようにさり気なく曲を締め,サッと立ち上がり,一瞬拍手を受けた後,すぐに座って第31番の演奏を始めました。この辺も不思議だったのですが,あらゆる常識的な「作法」に反発しようとしているのかなと思いました。第31番の方も,短くブツっと終わっていたので,「余韻を残して感動をかみしめる」という作法を嫌っているようでした。

後半の第32番も同じような雰囲気がありましたが,曲自体により堅固な感じがあるので,アファナシエフさんの強靭な音に合っていると思いました。第1楽章の最初の部分から,ゴツゴツとしたタッチが異様なほどの迫力を持っていました。第2楽章の変奏曲では,昔から「ジャズみたいな雰囲気になるなぁ」と個人的に思っている箇所があるですが,アファナシエフさんの演奏によく合っていると思いました。その他,高音がゆっくりする部分でのネチネチとした表現が続く部分も印象的でした。

非常に個性的な表現の連続で前半はなかなか馴染めない部分があったのですが,聞いているうちに段々とそのペースに巻き込まれていくようでした。その意味もあり,後半の第32番の演奏の方が素晴らしいと感じました。

ベートーヴェンの後期の作品については,理想の高みに向かって登っていくような静かで宗教的といっても良い感動に満ちているのが魅力ですが(だと私は思っています),アファナシエフさんの演奏には,そういう感じはなく,怒りや苦悩を鍵盤にぶつけているような印象を持ちました。各曲とも,演奏が終わった後,余韻を残そうとしなかったののも,常識に捕らわれたくないと思っているからかもしれません。

アファナシエフさんは「普通」に演奏することに反発し,「不機嫌さ」「不自然さ」を意図的に演じているのではないかと思いました。こういった一筋縄では行かない雰囲気が,他のピアニストにない個性と言えます。

終演後,サイン会を行っており,その時,アファナシエフさんは結構笑顔を見せていたので,やはりステージ上では「不機嫌キャラ」を演じていたのかな,という気がしました。ベートーヴェンに挑み,お客さんの反発心をあおる,「不良中高年」的演奏だったと思います。
 
何やかんや言いつつもサイン会にはしっかり参加してきました。その場でCDを購入した人対象だったのですが...実は我が家にあったCDを持参しました。

アンコールで演奏されたショパンのマズルカの方はかなり繊細で静かな雰囲気がありました。ベートーヴェンに比べると,こちらの方は「普通にいいなぁ」と思いましたが,プログラムの統一感からすると,「なくてもよかった?」という気もしました。
よく見ると...短長と書かれていますねぇ

というわけで,アファナシエフさんに対しては,単純に「良かった」「感動した」というよりは,「変な演奏だった」と言ってあげる方が喜ばれる(?)のではないか。そんな印象を持ちました。私自身,ベートーヴェンのこの3曲を実演で聞くのは初めてだったので,まずは普通の演奏で聞くべきだったのかもしれませんが,この日の演奏が強いインパクトを残したこと自体は,忘れられないと思います。

(2014/6/14)