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下野達也シューマン&ブラームスプロジェクト4
2014年6月21日(土)15:00〜 兵庫県立芸術文化センター KOBELCO大ホール



1)ブラームス/ヴァイオリンとチェロのための二重協奏曲イ短調 op.102
2)シューマン/交響曲第1番変ロ長調 op.38「春」
3)(アンコール)シューマン/トロイメライ(弦楽合奏版)

●演奏
下野竜也指揮兵庫芸術文化センター管弦楽団(コンサートマスター:マウロ・イルラート),三浦文彰(ヴァイオリン*1),山上薫(チェロ*1)



Review by 管理人hs  

愛媛県松山市まで出張に出かけた帰り,兵庫県に寄り道をして兵庫芸術文化センター管弦楽団の演奏会を聞いてきました。このオーケストラについては,近年,音楽監督の佐渡裕さんの下,兵庫芸術文化センターで活発に活動をしている様子が伝わってきています。日程を調べたところ,丁度よい具合に6月21日午後に本拠地で演奏会を行っていることが分かりましたので,聞いてきました。



今回の指揮は下野竜也さんでした。定期公演ではなく,下野竜也シューマン&ブラームスプロジェクトという4回シリーズの4回目でした。たまたまタイミングが合ったので聞いてきた公演でしたが,オーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)の定期公演でも毎回充実した演奏を聞かせてくれる下野さんらしく,今回もまた聞きごたえのある内容の演奏会となっていました。

演奏されたのはブラームスのヴァイオリンとチェロのための二重協奏曲とシューマンの交響曲第1番「春」の組み合わせでした。このシリーズでは,ブラームスとシューマンの作品を組み合わせて演奏するというのがコンセプトなのですが,その最後をシューマンの「春」で締めるというのは少々意外な気もしました。

# 後でシリーズ全体の構成を調べてみると,ブラームスの協奏曲4曲とシューマンの交響曲4曲を4→3→2→1番の順で組み合わせる形になっていました。全部通して聞きたくなるような,「なるほど」という感じの配列ですね。

演奏時間的にもCD1枚に収まるぐらいの長さでしたが,どちらも比較的遅めのテンポで演奏されたこともあり,物足りなさは感じませんでした。印象としては,いつも聞き慣れているOEKの定期演奏会での「地味な曲でもしっかり楽しませる」といった趣きがありました。

今回,例によって最上階(4階)のいちばん安い席(3000円)を選びました。最上階の場合,ステージがやや見難くなる問題点はありますが,遮るものがない分,音響的には「庇の下の席」よりも良いことがあります。兵庫芸術文化センターの最上階も同様でした。

このホールは,オペラ上演にも対応しており,びわ湖ホールなどと同様,2階以上の座席は馬蹄形にほぼ垂直に積み重なっている形です。見た感じオーケストラピットはなかったのですが,オペラ上演の時はどう変貌するのか一度見てみたいものです。

最初にブラームスのヴァイオリンとチェロのための二重協奏曲が演奏されました。プログラムの解説によると,ブラームス最後のオーケストラ作品ということで,彼の「交響曲第5番」といったところもあります。今回の下野さんのアプローチも非常にシンフォニックでした。

今回,独奏者としてヴァイオリンの三浦文彰さんとチェロの山上薫さんという二人の若手奏者が登場しましたが,二人の演奏からは,勢いよく前に向かって走るようなエネルギーというよりは,じっくりと内面に向かってエネルギーを溜め込むような奥深さを感じました。二人のソリストと下野さんとの間で,事前に演奏のコンセプトがしっかりと共有されていたのだと思います。

下野さんが,全曲を通じて「交響曲第5番」といった感じの堂々たるテンポを維持する中,2人の独奏者も堂々とした演奏を聞かせてくれました。これ見よがしに派手なパフォーマンスをソリスティックに見せる部分は皆無でした。「協奏曲」という観点からすると,やや地味な印象はありましたが,2人の若手が伸び伸びと演奏しつつ,同じく若い奏者の多い兵庫PACオーケストラと一体となって大きな音楽を作り上げている様子は,大変清々しいものでした。

ただし,この演奏をしっかり束ねていたのは下野さんということで,下野さんの作る音楽の懐の深さも感じました。第1楽章冒頭からいかにもブラームスらしい落ち着きのある響きを聞かせてくれました。テンポは遅めでしたが,威圧的な雰囲気や不必要に重苦しい部分はなく,ブラームスの音楽の持つ誠実さが伝わってきました。テンポを大きく動かしたり,派手に盛り上げ過ぎることがなく,小細工なしに曲の形の立派さをしっかりと伝えようという感じの演奏でした。

三浦さん,山上さんの演奏も大変誠実なもので,オーケストラと一体になって感動を内に秘めたような音楽を作りあげていました。二人とも立派な演奏でしたが,特に三浦文彰さんの暖かみのある音色が印象でした。

第2楽章は重厚さからは離れ,和解の音楽という感じになります(プログラム解説によると,クララ・シューマンはこの曲のことを「和解の協奏曲」と呼んだとのことです。)。何よりもユニゾンでじっくりと歌う2人の独奏者の音のバランスが素晴らしく,じわじわと和解の感動が伝わってきました。途中からは,さらに音楽に光が差してくるような明るさも加わり感動的でした。

第3楽章のメロディには独特の音の動きがあり,下手をするとドタバタした感じになりかねませんが,2人の独奏者の演奏は,ここでも大変誠実で,浮ついた感じはしませんでした。「第5交響曲」のフィナーレという感じで,しっかり全曲を締めてくれました。

若い2人の独奏者の演奏からは「押しの強さ」のようなものは感じなかったのですが,下野さんを中心とした交響曲的な演奏としては,申し分のない演奏だったと思います。

演奏後,大変盛大な拍手が続きました。恐らく,アンコールを希望しての拍手だったと思いますが,結局,アンコールはなしでした(あまりにも長く拍手が続くので,最後に2人がチェロとヴァイオリンを持ち替えて登場し,「アンコールなし」をアピールしていました。)。この公演は,4回シリーズを通じて大きな印象を伝えたいという下野さんコンセプトがあると思うので(それと,ヴァイオリンとチェロだけで演奏できる曲というのはなかなかないですね),「なし」で正解だったと思います。

後半はシューマンの交響曲第1番「春」が演奏されました。ブラームスの「最後の「交響曲」」とシューマンの「最初の交響曲」を組み合わせるという狙いだったのかもしれません。

シューマンの方は前半の編成にトロンボーン3本とトライアングルが加わっていました。こちらも下野さんらしく,しっかり計算しながらも曲の立派さを堂々と伝えてくれる見事な演奏でした。

シューマンの交響曲と言えば,「オーケストレーションに問題がある」「演奏しにくい」と言われることがあるようですが,今回の演奏では,個々の楽器の動きがとてもクリアに聞こえてきました。この点が素晴らしいと思いました。例えば,「この部分ではヴィオラがしっかり働いていたんだ」といった実演ならではの発見がありました。しかも,不自然に強調しているのではなく,あくまでも自然体でどっしりと構えているのが下野さんらしいところです。

テンポは落ち着いているけれども,例えば,第1楽章の主部以降などリズムのキレの良さが素晴らしく,このオーケストラにぴったりの若々しさも伝えてくれました。下野さんのテンポ感には,思いつきで揺れるようなところがなく,ブレがありません。それが安心感につながっています。それだからこそ,所々で出てくるフルートを中心としたソリスティックな音の動きが大変鮮やかに映えてしました。

第2楽章は「ラルゲット」というシューマンの指示にぴったりのテンポ設定でした。遅いテンポなのだけれども,思いがこみ上げてきて,少しテンポが上がる...そういった感情の盛り上がりが,豊かな歌となって表れていました。楽章の最後にトロンボーンの重奏が出てきて,それが3楽章へのブリッジのようになっていました。その美しさに満ちた気分の移り変わりも聞きものでした。

第3楽章はどこか憂鬱な気分で始まった後,中間部から明るい気分を増していきます。その気分の変化が鮮やかでした。他の楽章同様,こういった変化にわざとらしさがなく,一連のドラマのように流れて行きました。

第4楽章も,ほとんどインターバルなしで始まりました。ここではまず,冒頭の全奏が鮮やかでした。春たけなわといった感じの熱くなり過ぎない華やかさのある開始でした。下野さんのテンポ設定は躍動感を感じさせつつも,無理に盛り上げようとするところがなく,各パートの音がとても生き生きと聞こえてきました。楽章の後半では,ホルンのソロの前に非常に大きな間を取り,あたかも協奏曲の独奏者がカデンツァを演奏するかのようにたっぷりとした演奏を聞かせてくれました。それに続くフルートも堂々たる演奏でした。

コーダ付近になると,一段ギアを入れるようにテンポが速くなり,曲のキレ味も増していました。それでも暴走するような感じは全くありません。曲の最後まで下野さんがコントロールしつつ,オーケストラを伸びやかに鳴らした素晴らしいエンディングでした。

演奏後は盛大な拍手が続きました。最近は,OEKの定期公演でも熱心な拍手が続くようになりましたが,この日の拍手も大変長く続いていました。きっと「自分たちのオーケストラを盛り上げよう」というサポーター的なお客さんが多いのだろうと思います。

ただし...やたらと「ブラーヴォ」「ブラーヴィ」と掛け声を入れている人が4階席に居て,「ちょっとやり過ぎ?」と感じました。会議の時に「異議なし!」と声を出す人がいますが,何かそういうような感じの掛け声でした。フライングではなかったのは良いのですが...。

最後に下野さんが「これで4回シリーズが終わりました。アンコールは4回とも同じです」と挨拶をされた後,トロイメライを弦楽合奏にアレンジしたものが,非常にデリケートな雰囲気でやさしく演奏されました。一瞬,「「春」の2楽章みたいだ」と思いました。プログラムと響き合いながら,シリーズ全体の雰囲気を壊すことのない素晴らしい選曲だと思いました。

最初は「CD1枚分のプログラムなのでちょっと軽いかな」と思っていたのですが,終わって見ると聞きごたえ十分でした。演奏後の拍手が長かったこともあり,休憩時間20分を含め,2時間近くが経っていました。さすが下野さんという演奏会でした。

今回でこのホールへの行き方が分かったので(阪急梅田駅から特急で10分程度で着いてしまうことが分かりました),今度は,佐渡裕さん指揮のオペラ公演なども聞いてみたいものです。

PS. 今回は岡山から新神戸まで新幹線で移動した後,ホールのある西宮北口まで地下鉄と阪急で移動しました。その辺から始めて,ホール全体の雰囲気を写真を交えてご紹介しましょう。

まず,新神戸駅で降りました。この駅に降りるのは...20年ぶりぐらいです。


”アーティスト”という言葉に目が留まりました。どういうホームランを打つのでしょうか?


新神戸から三宮へ。駅の外に出る必要はなかったのですが,せっかくなので外の景色も見てみました。


その後,阪急に乗り換え,西宮北口駅へ。


阪急電車の車体。


西宮北口の改札を出た後,兵庫県立芸術文化センターの案内を探しました。


ホールに行く途中,レオノーレという店がありました。音楽に関係があるのかなと中をのぞくと,クラシック音楽関連のグッズが沢山ありました。


さらにホールに近づくと,ピンクのフラッグが目立ってきました。


7月に上演される「コジ・ファン・トゥッテ」公演の宣伝でした。


ホールの入口(2階)です。


中に入ると広いエントランスホールが目に入りました。


壁面には兵庫芸術文化センター管弦楽団の活躍を示す写真パネルが多数展示されていました。


時間があったので1階玄関の方に降りてみました。ここでも室内楽を演奏できそうなぐらいゆったりとしていました。


大ホールの入口です。KOBELCO大ホールというのが正式名称でした。


小ホールの方は,神戸女学院の名前が付いていました。


グッズコーナーも充実していました。佐渡さんのイラストはなかなかよく似ていますね。


ホール内は撮影禁止でしたが...こんな感じでした。


休憩時間中の様子です。


こちらは終演後です。


アンコールの曲名を示す掲示。このシリーズは4回ともこの掲示を使いまわせましたね。


終演後,少しホール周辺を歩いてみました。ホールの外観です。


ホールの近くには阪急関連の大型小売施設がありました。


阪急百貨店と西宮北口は通路でつながっていました。途中,動く歩道もありました。


その後,阪急電車の特急で梅田まで行きました。隣のJR大阪駅まで行ってみると...新しくなっていました。以前は,ホームの上にこういう屋根はなかった気がします。


最後に,コンサートの時に配布された印刷物の中からご紹介しましょう。

まずコンサートのプログラムです。プログラムの1ページ目に演奏会の鑑賞マナーが図入りで書かれていました。その最初に書かれているのが,「飴の扱い」についての説明というのが「さすが関西」です。布の巾着袋を持参する必要があるなど,「アメちゃん文化」はすごいと感動しました。


次は7月の「コジ・ファン・トゥッテ」公演のチラシです。同一公演について5種類ぐらいチラシが入っていました。これもなかなかインパクトが強いと思います。


次は定期公演のチラシです。


室内楽シリーズのチラシです。ロゴマークは,モンドリアンの絵のような感じですが,これがあると一目瞭然という感じです。


「ユベール・スダーン モーツァルトの旅」というのは,今回の下野さんによる「シューマン&ブラームス プロジェクト」と同様の企画でしょうか。の


次は公演パンフレットです。表紙がカラーで,子供の描いた絵を使っているのが親しみやすい気分を作っていますね。曲目解説についても「3分で分かる今回の聴きどころ」という」見出しのとおり大変親しみやすいものでした。

 

(2014/6/25)