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オーケストラ・アンサンブル金沢 第352回定期公演マイスターシリーズ
2014年7月5日(土)14:00〜 石川県立音楽堂コンサートホール



1)コープランド/リンカーンの肖像
2)ベートーヴェン/交響曲第9番ニ短調 op.125「合唱付」
●演奏
大植英次指揮オーケストラ・アンサンブル金沢(コンサートミストレス:アビゲイル・ヤング),大植英次(語り*1)
菅 英三子(ソプラノ*2),山下牧子(アルト*2),永田峰雄(テノール*2),ジョン・ハオ(バス*2)
合唱:オーケストラ・アンサンブル金沢合唱団,大阪フィルハーモニー合唱団(合唱指揮:犀川裕紀)*2



Review by 管理人hs  

病気療養中の井上道義音楽監督の代わりにオーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)定期公演マイスターシリーズ「ベートーヴェン全交響曲シリーズ」に登場したのは,OEK初登場となる大植英次さんでした。今回の代理出演は,井上道義さんが首席指揮者を務める大阪フィルつながりで,その桂冠指揮者を務める大植さんになったのだと思いますが,代理とは思えないような「思いっきり大植ワールド」といった演奏会になりました。


この日は大植さんの提供によるベートーヴェンの直筆の第9の楽譜のコピーが展示されていました。

前半に演奏されたのは,コープランドの「リンカーンの肖像」という作品でした。当初は世界初演の曲が演奏されるはずでしたが,それに代えて,大植さんの得意曲を持ってきたのかもしれません。曲名にリンカーンの名前が入っているとおり,リンカーンの演説が曲の後半に出てくる独特な曲で,昨日7月4日のアメリカの独立記念日付近で聞くにはちょうど良い選曲と言えます。

このリンカーンの演説を大植さん自身が担当しました。井上道義さんも以前,「ピーターとおおかみ」の時,指揮をしながら語りをされたことがありますが,こちらの大植さんの方は「語り」というよりは「演説そのもの」「なりきりリンカーン」といった雰囲気がありました。「By the people, for the people...」という感じでドラマティックに読み上げていました。大植さんの英語は,美しいという感じではないのですが,これだけ熱く語れる指揮者というのは他にはいないでしょう。

曲の雰囲気としては,いかにもコープランドらしい「アーリー・アメリカン」といった素朴な感じで始まりました。バーバーのヴァイオリン協奏曲や「アパラチアの春」などに通る,澄んだ空気感のあるサウンドは大変心地よいものでした。その後は,映画音楽のサウンドトラックを聞くような感じで,親しみやすい音楽が続き,盛り上がったところで,演説が始まりました。まさに映画のクライマックスを見るような感じでした。

プログラムの対訳を読みながら,"Abe"という単語が出てきていて,一瞬「アベ?」とドキリとしたのですが,"Abraham"の愛称の「エイブ」はこういう綴りになるようです。時節柄,Abe氏の声高な演説を聞くのはちょっと...というところもあったのですが,音楽付きで聞くと,否が応でも気分が盛り上がります。その意味で音楽の力を感じることのできる曲でした。

以前,オバマ大統領の演説のCDがベストセラーになったことがありますが,日本の政治家の演説とアメリカの大統領の演説というのは,声のトーンからして全く違うので,この曲についても外国人が格調高く読みあげたら,かなり違った雰囲気になると思います。そういう意味で,外国人の俳優がナレーションを担当した演奏なども聞いてみたいものです。

さて,後半の第9ですが,大小さまざまの仕掛けが組み込まれた,これまでに聞いたことのないような第9でした。大植さんは「初演時のとおり演奏します」と語っていたようですが,やはり,何といっても大植さんならではの第9だったのではないかと思います。

まず,曲の最初の時点で合唱団がステージ上に居ませんでした。これがまずポイントでした。この辺は,後でもう一度説明しましょう。

第1楽章は「意外に普通だな」という感じで始まったのですが,その後は,ふっと脱力するような感じでテンポを緩めたり,大きな間を入れたり,強烈に盛り上げたり,かなり大胆な演奏でした。油断も隙もないという感じの演奏でした。演奏全体に熱い雰囲気があるのも大植さんらしいところで,楽章の最後の部分になると,キッと目が鋭くなるような感じで燃え上がっていました。大植さんは,かなり客席の方にまで体をひねって指揮されることがあり,会場全体を支配しているようでした。

第2楽章は,ティンパニの強烈かつ冴えわたった一撃で始まりました。この日のティンパニは神戸光徳さんでしたが,神戸さんは,毎回,気合いのこもった音を聞かせてくれますね。この楽章はキビキビした動きが特徴的なのですが,弦楽器など比較的に長目に音を保って演奏している部分があり,レガート的スケルツォになっていたのも独特でした。その分,表情の変化が大きい感じでした。時々,ブレーキを掛けるようにテンポ落としたかと思うと,ホルンやオーボエがソロを取るトリオの部分は,非常に速いテンポを取ったり,大変変化に富んでいました。

大植さんの指揮ぶりは,非常にモーションが大きく,しかも「指さし」が非常に多かったですねぇ。何かを求めるように,手を伸ばしてたぐり寄せるような動作を見せたり...見ていて退屈しませんでした。特に第2楽章は,ソロを取る楽器が次々と変わるので,後ろから見ていると「モグラたたき」をしているように見えました。

さて,通常だと合唱団がステージに入っていないとすれば,第2楽章後のインターバルに入るしかないのですが...何とここでも合唱団は入って来ませんでした。「それではどこで?」という心配をしながら,第3楽章が始まりました。

第3楽章も比較的平穏に,やや速目ぐらいのテンポで始まったのですが,この楽章でも途中,ギアを入れ替えるようにテンポを落とす部分がありました。この楽章でも各楽器のニュアンスが大変豊かでした。大植さんとOEKが共演するのは今回が初めてでしたが,熱く表情的に歌うヴィオラ・パートなど,OEKの適応力はさすがだと思いました。聞きどころの一つであるホルンのソロはとても爽やかでした(今回はエキストラの女性奏者が担当)。

その後,音楽が爽快に流れ出す部分は3楽章の中でも特に好きな部分です。終盤のトランペットのファンファーレは大阪フィルの秋月孝之さんが担当していたのではないかと思います。これも爽快に突き抜けて聞こえてきました。ただし,このファンファーレを受ける,第1ヴァイオリンの音が,妙に粘着した感じでちょっと不自然な気がしました)。

第3楽章が終わり,「あまり例はないけれども,今度こそ合唱団が入ってくるかな?」と期待していたのですが,ここでも結局入ってきませんでした。第4楽章が始まった段階で,声楽関係者が一人もステージに乗っていない第9というのは初めての経験です。

「合唱団はどこで?」と考えているうちに,第4楽章が始まりました。マルガリータ・カルチェヴァさんを中心としたコントラバス(この日は珍しく4人編成でした)が表情たっぷりに「歓喜の歌」を演奏し始めると,ついにバリトン独唱のジョン・ハオさんが,ステージ上手から入ってきました。その後,ソリスト全員が入ってきて,さらに音楽が大きく盛り上がったところで,合唱団も入って来ました。

足音に気をつけないといけないので,演奏中に入場することは滅多にないのですが,音楽が,丁度よい具合に盛り上がってきますので,うまく足音をカムフラージュできます。「なるほどこういう手があったか」という入場法でした。大植さんのお話によると,「初演の時はこのやり方でした」とのことです。

この日は合唱団員の数が多かったので,「オー・フロインデ」までに間に合うのだろうか?とちょっと冷や冷やして見ていたのですが,余裕たっぷりで間に合い,ジョン・ハオさんのソロが始まりました。

このハオさんについては,その声量に驚きました。非常に大きな間を取った後,ここまでの音楽を全部否定するのも納得という感じで,朗々と歌い始めました。全能の神様が登場したような貫禄がありました。

テノールの永田峰雄さんは,大変バランスの良い,大人の声を聞かせてくれました。この日の4人の独唱者は,それぞれに押し出しが強く,終盤の4重唱の部分なども大変聞きごたえがありました。ソプラノの菅英三子さんの歌を聞くのは今回が初めてでしたが,熱い声が突き抜けて聞こえてきて,オペラティックな華やかさがありました。

大植さんは,第4楽章中の「各コーナー」間のインターバルを大変大きく取っていました。例えば,「Vor Gott!」の後のインターバルなどもフルトヴェングラー並みに長かったのではないかと思います。そのことで,ドラマティックな緊張感を高めているような気はしましたが,その分,楽章を通じての音楽の流れは,やや悪くなっていた気がします。

今回合唱は,オーケストラ・アンサンブル金沢合唱団と大阪フィルハーモニー合唱団の混成チームでした。これまでも他団体が「賛助出演」するケースはありましたがが,今回のように「ほぼ対等に混成」というのは初めてかもしれません。その分,ちょっと声にバラツキがあるようなところもありましたが,各部分ごとに表情を変えるなど,大植さんの指揮にしっかりと答える,ニュアンス豊かで,スケールの大きな歌を聞かせてくれました。

そして,最後に驚いたのは,コーダの部分でした。前述のとおり,大植さんは各コーナーごとにかなり大きな間を入れていましたが,このコーダの直前にこれだけ大きな間を入れるのを聞くのは今回が初めてでした。その後,これ以上ないぐらい遅いテンポから徐々にテンポを上げて行きました。これまでに聞いたことのないような,あまりにも遅いテンポだったので,「これはやりすぎ?」と思わず苦笑してしまいそうでしたが,次第にエネルギーが溢れ,テンポが速くなり,「今度は鏡獅子か?」という感じの全身を使った激しい指揮ぶりの中で音楽に強烈さが加わっていきました。最後の部分は,ティンパニの強打を中心に熱狂的に音を連打するようにして締めくくられました。

さすがにやり過ぎかなという部分はありましたが,会場全体が大植さんの世界に巻き込まれてしまいました。大植さんの演奏を聞くのは今回が初めてだったのですが,期待どおり(?)の熱く,魅せる(=見せる)演奏でした。大植さんは,思ったより小柄な方でしたが,そこから発散されるエネルギーは大変なものでした。その解釈については,好みが分かれそうですが,その有無を言わせぬ押しの強さには,聴衆の目や耳を引き付けて離さない魅力があることも確かです。この日も演奏後,拍手が非常に長く続き,大植さん得意の「指さし」で次々とソリストを立たせていきました。

大植さんは,大規模な曲を指揮されるのを得意とされているようなので,「大阪フィル+OEK」合同演奏会を企画し,大植さんに登場してもらっても良いかもしれません(井上道義さんの快気祝いにもぴったりかも。)。

今回のOEKのベートーヴェン・シリーズは,当初は井上さんを中心とした3人の指揮者による全集を予定していましたが,予想外の指揮者の交替により,結果としてアンドレアス・デルフス,大植英次というOEK初登場の指揮者による演奏も聞くことができました。それぞれに個性的な演奏で,思わぬ形で大変贅沢な全集が実現したのではないかと思います。ただし,OEKファンとしては,やはり井上道義さん指揮による第9で締めて欲しかったのが正直な気持ちです。病気を克服した井上さんの指揮による「歓喜の第9」を是非期待したいと思います。

PS. この日は,大植英次さんによるサイン会も行われ,大変賑わっていました。私は,同じ第9でもベートーヴェンではなく,マーラーの第9のCDにサインを頂きました。



大植さんは,通常の色紙には筆ペンでサインをされていました。その他,自分の名前の入った,結構大きなスタンプなども持参されていたようです。

(2014/7/9)