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オーケストラ・アンサンブル金沢第353回定期公演フィルハーモニー・シリーズ
2014年7月25日(金)19:00〜 石川県立音楽堂コンサートホール



1)ストラヴィンスキー/管楽器のための八重奏曲
2)ブラームス/ヴァイオリン協奏曲ニ長調 op.77
3)(アンコール)バルトーク/無伴奏ヴァイオリン・ソナタ Sz.117〜第2楽章「フーガ」
4)バルトーク/弦楽器,打楽器とチェレスタのための音楽
●演奏
秋山和慶指揮オーケストラ・アンサンブル金沢(コンサートマスター:石田泰尚)*1-2,4
郷古廉(ヴァイオリン)*2,3



Review by 管理人hs  

オーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)の2013/14シーズン最後の定期公演フィルハーモニー・シリーズには,ベテラン指揮者の秋山和慶さんが登場しました。本来,井上道義音楽監督が指揮するはずだった公演で,最初と最後の曲はそのまま踏襲したのですが,前半の郷古廉さんとのヴァイオリン協奏曲は,シューマンからブラームスに変更されました。井上さん自身,「シューマンの協奏曲は,是非,自分と」という思いが強かったようです。

この井上さんの代役で登場した秋山さんですが,素晴らしい音楽を聞かせてくれました。ストラヴィンスキー,バルトークといった,指揮するのがやっかいそうな曲を冷静かつ鮮やかにまとめてくれました。ただまとめるだけでなく,正真正銘クラシック音楽としての,ゆるぎのない安定感を感じさせてくれました。

最初のストラヴィンスキーが管楽器だけ,最後のバルトークが弦楽器,打楽器(鍵盤系を含む)だけ。2つ合わせると,フル編成というアイデアは井上さんのものですが,その面白さをしっかりも楽しませてくれました。

最初に演奏されたストラヴィンスキーの管楽八重奏曲は,10人以下の室内楽編成ということもあり,オーケストラの演奏会で演奏されることは非常に珍しい作品です。また,「ストラヴィンスキーが夢で見た編成」という次のような特殊な編成で,室内楽として演奏される機会も少ないと思います。

   Fg  Fg  Tb  Tb
  Cl           Tp
Fl      指揮者     Tp

ストラヴィンスキーの新古典主義時代の作品ということで,コンパクトにまとまった比較的聞きやすい作品でしたが,随所に「兵士の物語」などを思わせる,「ちょっと得体の知れない気分」もありました。

編成はトランペット2本,トロンボーン2本と木管楽器4本ということで,考えてみるとかなりアンバランスな編成です。金管楽器は特に演奏しにくかったかもしれませんが,秋山さんとOEKメンバーによる響きはまろやかに整えられており,冒頭からじっくりと丁寧に聞かせてくれました。主部に入ると,キラキラとした感触になるのですが,それでも刺激的にならないのは秋山さんらしいと思いました。

第2楽章と第3楽章は続けて演奏されました。ファゴット2本が地道かつ活発に動く上に,基本的にのどかな感じで進んでいく感じでした。ここでもよく練られた音の溶け合いが心地よく響いていました。最後の音が軽やかにフッと終わるのも洒落ていました。小型のジグソーパズルを10分ほどやってみて「よし,完成した」と微笑みがもれる。そんな感じの曲でした。

続いて郷古廉さんとの共演で,ブラームスのヴァイオリン協奏曲が演奏されました。これも素晴らしい演奏でした。実はOEKの定期公演でこの曲が演奏される機会はそれほど多くなく,5月のラ・フォル・ジュルネ金沢2014でドミトリー・マフチンさんと金聖響/OEKで聞いたのが久しぶりだったと思います。今回の郷古さんと秋山/OEKの演奏は,その時以上に魅力的な演奏だった思いました。

序奏部のオーケストラの響きから,安定感と清潔感が共存していました。ゆっくり,くっきりとした安定感。コントラバス2本なのにグッと迫ってくる低音。室内オーケストラならでは透明感。すべての美点がバランス良く備わったような素晴らしい音でした。さすが秋山さんと思いました(こうなると秋山さん指揮OEKによるブラームスの交響曲も聞いてみたくなります)。

そこにスリムだけれども強靭さのある郷古さんのヴァイオリンが加わります。郷古さんの演奏には,甘いところや,華やかに技巧を見せようというような部分はなく(そもそもそういう曲ではないと思います),楽章が進むにつれで,内面に深く入り込んでくるような求心的なところがありました。非常に美しい高音,キレの良い技巧と深く沈潜するような,思い悩んだような表情とが交錯し,いかにも若い演奏家らしい,思い切りの良い演奏を聞かせてくれました。ヒステリックに慌てることなく,秘めたロマンを感じさせ,次第に高揚していく辺り,大変スケールの大きな演奏だと思いました。

カデンツァは,サイン会の時に質問してみたところ,クライスラーによるものとのことでした。クライスラーのカデンツァを聞くのは初めてだったのですが,重音を使った技巧的なもので,華やかな膨らみのある,聞きごたえのあるものでした。

カデンツァの後は名残惜し気にゆっくりとした陶酔的な気分になります。この別次元の世界に行ってしまった感じも印象的でした。

第2楽章は,この陶酔的な気分の延長のような感じで始まりました。凛としたヴァイオリンの音と憧れに満ちた表情が魅力的でした。ここでは水谷さんのオーボエを中心に,OEKの管楽器が郷古さんを暖かく包み込むようにサポートしていました。余談ですが,こういう音楽を週末金曜日の夜にライブで聞くのは最高です。癒されました。

第3楽章は,しっかりとした強さのある演奏でした。郷古さんは,主要なメロディを大変強靭な音で演奏し,フレーズが終わった後,勢い余って飛び跳ねるようになっていました。若さの特権という感じの演奏でした。OEKもそれに負けないように,ちょっとゴツゴツとしたアクセントを付けて演奏しており,がっぷり四つに組んでの演奏という感じになっていました。楽章終盤ではスピードを上げ,ソリストとオーケストラが一体になって熱い音楽を聞かせてくれました。ライブならではのワクワクするのような演奏でした。

鳴り止まない,盛大な拍手にこたえて演奏されたのがバルトークの無伴奏ヴァイオリン・ソナタの中の一つの楽章でした。アンコールで弾くには大変ハードな曲でしたが,その男っぽく,ちょっとダークな感じの思いの籠った演奏は大変魅力的でした。

後半に演奏されたバルトークの弦楽器,打楽器とチェレスタのための音楽(弦チェレ)もまた素晴らしい演奏でした。この曲は,私にとっては「CDだとどうしても楽しめない曲」でした。非常に暗く地味に聞こえます。それが実演だと大違いです。

第1楽章,どんどん弦楽器が増えていくダイナミクス。クライマックスでバスドラムが,ドンと入る臨場感。この日はオーケストラを左右2つに分ける独特の配置でしたが,各パートの音の動きが大変よく分かり,音が緻密に積み重なっていく緊迫感がしっかり伝わってきました。何か起きそうな緊迫感が心地よく響いていました。

Cb   Timp  Perc    Cb   
Vc     シロフォン    Vc
Va  Pf チェレスタ Hp Va
Vn     指揮者     Vn
[石田組]           [松井組]


第2楽章は動きのある楽章で,ピアノの硬質な響きが全体をガッチリと下支えしていました。慌てないテンポで明確・明晰に演奏されており,ズシッとした迫力もありました。中間部では,ビートの効いたジャズを思わせる部分がありましたが,今回の落ち着いたテンポだと,特に効果的だと思いました。)

第3楽章に入る前,ヴィオラのグリシンさんが袖に急に退出し,「何が起こった?」「...これからどうなる?」」という感じで待たされることになりました。しばらくして「申し訳ない」という感じでグリシンさんは戻ってこられました。ここで緊張感が途切れなかったのが,さすが秋山さんとOEKだと思いました。シロフォンによる,思えば結構和風な雰囲気の音に続いて,このグリシンさんの演奏が始まりました。これだと何としてもグリシンさんを待たざるを得ないなぁ,とその見事な音を聞きながら思いました。

この楽章は基本的に静かな楽章なのですが,中間部でチェレスタ,ピアノ,ハープなどの楽器が動きまわり,ワーッという感じで意外に華やかに盛り上がります。こういう部分でのミラクルな響きもCDでは味わえないと思います。楽章のクライマックスを鮮やかに築いていました。

第4楽章は,第2楽章同様に動きのある楽章で,ここでもじっくりとした低音のビートが聞いていました。途中,民族音楽的になりますが,その鮮やかな気分の転換も聞きものでした。最後は「バチン」というバルトーク・ピチカート(コントラバス,チェロ方面から聞こえた気がします)の音で気合いが入った後,鮮やかに締めてくれました。

CDで聞くと退屈することの多い曲だったのですが,今回の演奏だと全く退屈しませんでした。OEKがこの曲を石川県立音楽堂で演奏するのは,もしかしたら今回が初めてかもしれません。以前,岩城さん時代に聞いた時は(別のホールだったと思います),もっと現代音楽っぽい,尖った印象でした。このホールで聞くと実に音楽的に響くと感じました。終演後のサイン会の時,「バルトーク,本当に素晴らしかったです」と言ってみたところ,「名曲だからねぇ」と答えてくれました。この曲はCDだとよく分からないけれども,本当によくできた名曲だと初めて実感できた演奏でした。

#この曲の名前ですがピアノも結構活躍するのに,なぜ曲名には「ピアノ」が入っていないのでしょうか?ピアノは打楽器の一種だが,チェレスタはチェレスタとしか呼びようがない,ということ?

今回の公演では,秋山和慶さんは,井上道義さんの代理で登場したのですが,その完成度の高い演奏はさすがでした。その一方,井上さんがバルトークを指揮していたら,きっと違った雰囲気になっていたと思います。復帰後のために取ってある「シューマンのヴァイオリン協奏曲」ともども,是非,井上道義さんの指揮でもバルトークの名曲を聴いてみたいと思いました。

PS. 本日のコンサートマスターは神奈川フィルのコンサートマスターの石田泰尚さんでした。バルトークでは第1ヴァイオリンをはじめ,オーケストラ全体を左右2つに分かれていました。第2オーケストラの方は,OEKの松井さんがリーダーでしたので,「石田組」と「松井組」の抗争を秋山さんが仲裁している,といったところでしょうか。

ここで思いついたのですが「オーケストラ・アンサンブル・カナガワ」です(紛らわしすぎか?)。石田さん率いる神奈川フィルとOEKとが,左右2グループに分かれて,この曲を合同演奏するという趣向です。

その他,石田さんとOEKの坂本さん,グリシンさん,大澤さんが弦楽四重奏を組むと,見るからにハードボイルドな感じがします。この4人にOEKのコントラバスのカルチェヴァさんが紅一点で加わった弦楽五重奏というのは,さらにグッドかも。というわけで,色々と期待しています。

PS. 恒例のサイン会です。
 
いかにも秋山さんらしい雰囲気のサインだと思いました。それにしても秋山さんは雰囲気が変わりません。私が子供(?)の頃から全然変わらない気がします。

郷古さんのサインはCDに頂きました。このCDは1枚で3000円以上しましたが,せっかくの機会なので購入して表紙に頂きました。金色のマーカーが生える写真ですね。ちなみにこのCDの解説は,宇野功芳先生でした。久しぶりにその文章を読み(絶賛していました),嬉しくなった次第です。

(2014/8/2)