OEKfan > 演奏会レビュー

岩城宏之メモリアルコンサート
2014年9月6日(土)14:00〜 石川県立音楽堂コンサートホール

1)ウンスク・チン/大アンサンブルのための「グラフィティ」(2012〜13)(2012年度共同委嘱作品・アジア初演)
2)メンデルスゾーン/ヴァイオリン協奏曲ホ短調 op.64
3)メンデルスゾーン/交響曲第5番ニ長調op.107「宗教改革」
●演奏
山田和樹指揮オーケストラ・アンサンブル金沢(コンサートマスター:サイモン・ブレンディス)
内藤淳子(ヴァイオリン*2)


Review by 管理人hs  

オーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)の2014/15シーズンが始まりました。

9月上旬の新シーズン最初の定期公演は,毎年「岩城宏之メモリアルコンサート」ということが多かったのですが,今年はこのコンサートは定期公演ではなく,純粋に「メモリアルコンサート」として開催されました。今回は,今年の岩城宏之音楽賞を受賞したヴァイオリニストの内藤淳子さんとの共演を中心に,メンデルスゾーンの作品とOEKのコンポーザー・オブ・ザ・イヤーへの委嘱作品が演奏されました。


例年通り,北陸銀行が特別協賛でした。

指揮は,病気療養中の井上道義さんに代わって山田和樹さんが登場しました。山田さんは,2006年の北陸新人登竜門コンサートで岩城さんの代役でOEKを初めて指揮した後,指揮者としての活躍の場を広げましたので,今回のコンサートの指揮者にはぴったりと言えます。

演奏会に先立ち,岩城宏之音楽賞の表彰式があった後,ウンスク・チン作曲の大アンサンブルのための「グラフィティ」という作品が演奏されました。この曲は,当初7月の定期公演で井上道義さん指揮で演奏される予定だったものです。ウンスク・チンさんは,2012-2014年のOEKのコンポーザー・オブ・ザ・イヤーだった方です。今回の委嘱の特徴はOEKの単独ではなくロサンゼルス・フィルハーモニック協会,バービカン,ムジーク・ファブリックとOEKによる国際的な共同委嘱となっている点です。そのため,世界初演ではなくアジア初演ということになります。

この作品ですが,「大アンサンブルのための」という表現どおり,独特の編成でした。弦楽器の数は室内楽並みに少ないのですが,管楽器はトロンボーンやテューバも含め一通りそろっています。何といっても打楽器が大活躍します。カウベルなどの特殊な打楽器も含め,この日は6人(多分)ぐらい打楽器奏者がいました。

曲の方は...かなり前衛的でメロディがない作品でした。ピアノ,ハープや打楽器の多彩な音,弦楽器の特殊奏法など含め何が飛び出してくるか分からない曲でした。様々な楽器の音の重なり合い,高い音やら低い音の交錯による多彩なテクスチュアを味わう作品ということで,音楽というよりはアートというような感じの作品でした。オーケストラ全体が絵具のパレットになっているような印象を持ちました。

新曲の場合,15分以内のことが多いのですが,この曲については国際共同委嘱作品ということもあるのか,3楽章からなるかなりの大作で30分ぐらい掛かっていたと思います。重厚さがあり,時に打楽器を音が強烈に炸裂する第1楽章,鐘の音の呼び合いが印象的だった第2楽章,パッサカリア的なリズムの出てくる第3楽章(作曲者によるプログラムノートによる)と楽章によって性格が異なっている点で伝統的なクラシック音楽につながる部分があると感じました。いずれにしても,複数の団体が共同で発注することにより,従来よりも規模の大きな作品を期待できるというメリットがあるようです。

「グラフィティ」というタイトルは,「壁に描かれたストリートアート」的な落書を意識しています。そのとおり,どこか取り留めもないところがありましたが,その辺をどう感じるかが好みを分かつところだったと思います。

続いて内藤淳子さんが登場しました。内藤さんは金沢市出身のヴァイオリニストで,第2回石川県新人登竜門コンサートで岩城宏之指揮OEKと共演した後,活躍の場を広げ,現在は,ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団の第1ヴァイオリン奏者として活躍されています。この内藤さんの独奏によるメンデルスゾーンのヴァイオリン協奏曲ですが,大変立派な演奏で,感動しました。

冒頭部分はちょっと音程が上ずったような感じになりましたが,その後は非常にゆっくりとしたテンポでじっくりと聞かせてくれました。音楽家にはコンクールで優勝した後,ソリストとして華やかな活動を広げる...といったタイプがありますが,そういう感じとは一味違う,地道にじっくりと成長してきたという感じの自信を感じさせるような演奏でした。第1楽章の最後のカデンツァはさらに素晴らしく,深く沈潜するような感じでした。内藤さんの内面的な充実を感じさせてくれました。

第2楽章は第1楽章の重さから解放されたような,「普通,しかし,それがいちばん」といった感じの演奏でした。岩城宏之音楽賞の表彰式で,表彰者の竹中博康石川県副知事が,内藤さんが受賞コメントとして使った「ほっこり」という言葉を引用していましたが,確かにそういう感じの安心感がありました。内藤さんの音は本当に純粋で,まっすぐに「ほっこり」感が伝わってきました。

第3楽章は走り過ぎることのない演奏で,オーケストラとかっちりと合わせる気持ちよさ,品の良さを感じました。濃厚に歌わせ過ぎずに楚々とした美しさがありました。

この曲は非常によく演奏される曲ですが,スター奏者による甘美な演奏とは一味違った,知的な抑制の効いた演奏は大変新鮮に感じました。全体に華やかな協奏曲というよりは緻密な室内楽的な雰囲気があるのも素晴らしく,内藤さんならではメンデルスゾーンの世界を堪能させてくれました。私はこういう,地に足が付いた感じの演奏が好みです。そして,そういう音楽家を評価している岩城宏之音楽賞のあり方が嬉しいと思いました。

今後は,内藤さんとOEKメンバーによる室内楽,さらには内藤さんつながりでロイヤル・コンセルトヘボウのメンバーとOEKメンバーとの共演なども期待したいと思いました。

後半は,内藤さんの演奏曲目に合わせるようにメンデルスゾーンの交響曲第5番「宗教改革」が演奏されました。山田さんは今年2月のOEK定期演奏会で,メンデルスゾーンの交響曲第2番「讃歌」の見事な演奏を聞かせてくれましたばかりですので,その続編のような位置づけになります。

この曲は,題材的にメンデルスゾーンの作品にしては渋く,交響曲と宗教曲が混ざったようなところがあります。第1楽章はコラールが何回か出てきますが,その明るく澄んだ感じがOEKらしいところだと思いました。それだけではなく威厳も感じられ,主部に入るとかなりシリアスな感じになります。この辺は,メンデルスゾーンの他の名曲に比べると,やや親しみにくいかなというところはあります。

第2楽章は,山田さんとOEKにぴったりのスケルツォ風の楽章でした。正真正銘メンデルスゾーンといった感じの瑞々しい音楽を聞かせてくれました。木管楽器の鮮やかな音,弾むような喜ばしい表現。それらがしなやかに流れていきました。

第3楽章は無言歌を思わせる美しい楽章でした。特にサイモン・ブレンディスさんを中心とした弦楽器の透明感に溢れた美しさが印象的でした。そのしつこ過ぎない美しさがメンデルスゾーン的でした。

そのまま第4楽章に入っていくのですが,その「つなぎ」のコラールのメロディが印象的でした。フルートの岡本さんをはじめ,木管楽器のアンサンブルが素晴らしく,聞いていて妙に敬虔な気分になりました。岡本さんは,クリスマスのシーズンなどに,毎年地元の教会で演奏会を行っていますので,この部分で演奏するのにぴったりだと思いました。

曲の終結部はコラールと対位法的な音の動きが組み合わさって大きく盛り上がります。ブルックナーの交響曲のフィナーレに通じるものがあると感じました(ブルックナーの交響曲第5番も最後にコラールが出てきますね)。それでも重厚感はなく清澄さがあるのが室内オーケストラ編成の魅力だと思いますた。山田さんは大げさにまとめるのではなく,すべてを暖かく包み込むように柔らかな雰囲気で締めてくれました。

この日のプログラムは,現代曲で始まり,メンデルスゾーンの渋い交響曲で終わるというやや地味目な構成でしたが,お客さんの反応は大変良かったと思います。特に内藤さんのヴァイオリンに対する拍手が暖かかったですね。金沢でこういうプログラムが普通に取り上げられるようになり,お客さんが自然に楽しめるようになったのもOEKの25年以上にわたる活動の積み重ねによるものだと思います。ステージ上の岩城さんのポートレートを眺めながら,そんなことを感じました。

この公演では,S,A席を購入した定期会員に,潮博恵さんによる25周年記念本「古都のオーケストラ,世界へ!」が配布されました。この本ではこういったOEK25年の取組について詳細に取材を行い,まとめられています。


 
チケットと引換券                    ポスターです。

 
配布ように山積みになっていました。今回はOEKの発展に多大な貢献をしてきた企業,レンゴーさんによるパッケージ付きでした。

 
パッケージを開けたところです。地元とオーケストラが一体になった祝祭的な場の象徴のような感じで,ラ・フォル・ジュルネ金沢のファイナル・コンサートの写真が表紙に使われています。こうやってみると,輪島塗を思わせる色合いですね。

(2014/09/13)






i会場入口の看板


邦楽ホールで行われる「金沢おどり」のぼんぼりも出現していました。



KR金沢駅から,フラッグがずっと続いているのはラ・フォル・ジュルネ金沢と同じ。