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オーケストラ・アンサンブル金沢第355回定期公演マイスター・シリーズ
2014年9月20日(土) 14:00〜 石川県立音楽堂コンサートホール

シェーンベルク/浄められた夜 op.4(弦楽合奏版)
ハイドン/交響曲第81番ト長調 Hob.I-81
シューベルト/交響曲第7(8)番ロ短調 D.759「未完成」
(アンコール)メンデルスゾーン(編曲者不明)/八重奏曲〜スケルツォ(管弦楽版)
●演奏
ギュンター・ピヒラー指揮オーケストラ・アンサンブル金沢(コンサートミストレス:アビゲイル・ヤング)


Review by 管理人hs  

オーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)の新シーズン最初のマイスター公演を聞いてきました。指揮はお馴染みのギュンター・ピヒラーさんでした。マイスターシリーズについては,昨シーズンから何かコンセプトを設けた上でOEKの魅力を楽しませるという形になっています。今シーズンは,「オーケストラ・マスターピースシリーズ」ということで,「有名曲」にハイドンの「あまり演奏されない」交響曲を組み合わせるという趣向です。それと20世紀以降の曲を含めるのも”ルール”になっているようです。

プログラムは,シェーンベルク/浄められた夜(弦楽合奏版),ハイドン/交響曲第81番,シューベルト/交響曲第7(8)番「未完成」でした。ウィーンにちなんだ新旧の作曲家の作品によるプログラムで,いかにもピヒラーさん(というかアルバン・ベルク四重奏団)らしい選曲...と言いたいところですが,本来の指揮者である井上道義さんが考えたものです。

公演前の記者会見では,「私のためのようなプログラム」とピヒラーさん自身語っていたようですが,そのとおりの自信に溢れた内容で,OEKの基本的なレパートリーでOEKサウンドをしっかり楽しませてくれました。

最初の「浄められた夜」は,石川県立音楽堂ができたばかりの頃,ピヒラーさん指揮で演奏されたことがあります。その時の緊迫感溢れる演奏は大変強い印象を残しましたが,この日の演奏は,演奏全体に余裕が感じられ,極上のサウンド,多彩な弦楽のテクスチュアを楽しませてくれました。

この曲についてだけ,ヴィオラとチェロを増強しており,冒頭部から厚みのある音で濃厚な気分を出していました。特に曲の前半部での中低音を中心を中心としたくぐもったような感じが印象的でした。その一方,随所に弦楽四重奏のような雰囲気になる部分が出てきます。この日のコンサートミストレスはアビゲイル・ヤングさん,ヴィオラの首席はダニール・グリシンさん,チェロの首席はルドヴィート・カンタさんでしたが,精妙でありながら,熱い情熱を感じさせるような演奏が見事でした。

曲の後半になると,「諦め」のような雰囲気になり,次第に軽みのある世界になってきます。途中,ピツィカートで美しいメロディが出てくる印象的な部分がありますが,速目のテンポで演奏していたので,不思議な浮遊感を感じさせてくれました。曲の最後の部分での木の葉のざわめきを思わせる繊細さも印象的でした。

音楽堂ができたばかりの時の公演は,後半のメインで演奏され,ピヒラーさんならではの緊迫感に満ちていました。この日の演奏は,1曲目ということで,あまり重苦しい雰囲気にならないように,締めていたのではないかと思います。音楽堂もオープンして10年以上になり,ピヒラーさんとOEKのつながりも10年以上になります。OEKのサウンドもホールのエイジングに伴って芳醇さを増してきたなぁと感じさせるような演奏でした。

2曲目のハイドンの交響曲第81番は,「タイトルなし」「CDでもほとんど聞いたことない」ということもあり,どういう作品か想像もつかなかったのですが,大変楽しめました。「後期ロマン派の絶頂のようなシェーンベルクの後だとハイドンの影は薄いかな」という予想もしていたのですが,全くそんなことはなく,ピヒラーさんならではのキビキビと引き締まった演奏を聞かせてくれました。

第1楽章からアビゲイル・ヤングさんを中心とした弦楽器の積極性が素晴らしく,音楽にぐいぐい引きこまれました。古楽奏法を意識した演奏ではなく,自由自在に多彩なニュアンスを楽しませてくれるような演奏でした。いかにもハイドン的な第2楽章では,今回も工藤重典さんのフルートの優雅で華のある演奏が印象的でした。途中,一瞬短調になるのは「ハイドンあるある」という感じですが,ピヒラーさんが指揮すると,本当にビシっとしまって,ドラマティックになります。ヤングさんのヴァイオリンのソロも艶やかな演奏で,夢のように美しいシチリアーノ風の揺らぎを楽しませてくれました。

第3楽章は民族舞曲風でしたが,ピヒラーさんとOEKの演奏には野暮ったい感じはなく,「洗練された田舎風」といった気分がありました。最終楽章では,ハイドンならではの「ユーモア」がありました。「何かたくらんでいるな」という含み笑いをしているような感じで呈示部が進んだ後,展開部になったとたん,いきなり,大きな休符が入りました。休符というよりは,音が消えるという感じでしょうか。私の隣に座っていた人は,この部分で,「ウトウト→ハッ」という感じになっていたので,「驚愕」とは全く逆のパターンですが,同じような効果があったようです。ニックネームなしの曲でも,いちいち趣向が凝らされており,平凡そうでいて非凡な曲となっているのはさすがハイドンです。

# ところで,この曲にニックネームを付けるとすれば...「消滅」でどうでしょうか?81番ということで「九九」というのも考えられますが,99番と区別できないですね。

ピヒラー指揮OEKの音は,引き締まっているけれども,音には十分な柔らかさのある”Perfect OEK Sound"でした(別に英語で書く必要はないのですが...)。今シーズンのマイスター・シリーズでのハイドンは,これが聞き所になるのではないかと思います。

後半は「未完成」1曲でした。こちらも大変聞きごたえがありました。ピヒラーさんのテンポ設定はかなり速目で,精悍で筋肉質のシューベルトとなっていました。シューベルトはベートーヴェンを尊敬していましたが,そんなことを思わせる演奏でした。第2主題はチェロが甘いメロディを演奏するのですが,ここも比較的あっさりしていました。その後に続く部分では,トロンボーンやトランペットが,大魔王が登場するような感じで強烈に登場していましたので,第2主題が「つかの間の甘さ」という感じになっており,切なさを増していました。

その後の展開部での盛り上げ方がも非常にドラマティックでした。ここでもトロンボーンやトランペットを強調していたので,レクイエムに出てくる「怒りの日」という,意味深長な感じになっていたのが大変印象的でした。その中から,工藤さんのフルートがスッと浮き上がってくるあたり,闇の中で光明を見出したような鮮やかさがありました。この第1楽章では,ベートーヴェンの第9交響曲の第1楽章を思わせる,スケール感と力強さを感じました。

第2楽章も金管楽器の音を強調してクライマックスを作っていました。その分,弦楽器の貴族的な音が,美しくもはかないという感じで響いていました。テンポも速目で,最後の部分では,つかの間の天国的気分を名残惜しむようでした。

この楽章では,クラリネット→オーボエ→フルートの順にメロディを受け渡す部分が大好きです(2回目に出てくるときはオーボエから始まりますが)。今回は,遠藤さん→加納さん→工藤さんでした。個人的には,この部分のフルートは,長年お馴染みの岡本さんの楚々とした感じがいいかなと思いました。あくまでも個人的な感想ですが,工藤さんの音は,「ちょっと目立ちすぎるかも」という気がしました。この辺の各メンバーの演奏について,勝手にコメントできるのも「定期会員の特権」ではないかと思います。

アンコールでは,9月末のツァーに備えて,OEKにぴったりの曲が演奏されました。今回の西日本ツァーでは,ピヒラーさん指揮でメンデルスゾーンを中心としたプログラムが演奏されます。そのことを意識して,メンデルスゾーンのスケルツォが演奏されまいした。

スケルツォといえば,妖精が飛び回るような「夏の夜の夢」のスケルツォが有名ですが,今回演奏されたのは,弦楽八重奏(弦楽四重奏の2倍)の中のスケルツォ楽章をオーケストラ版に編曲したものでした。弦楽器の同質な音によるキレの良い演奏もよいのですが,今回の演奏は,ところどころ色鉛筆で薄く色を加えたような楽しさがありました。

今回のピヒラーさんとOEKによるツァーでは,名古屋,大阪の後,中国地方〜九州を回ります。ピヒラーさんは,現在のOEKの特に弦楽器のサウンドを磨き上げてくれた師匠のような存在だと思います。そのOEKサウンドが西日本を駆け抜けていくようなツァーになるのではないかと思います。

PS. 今回の演奏は,どの曲も大変素晴らしい音がしていたので,サイン会の時にピヒラーさんに," I enjoyed the OEK sound." と言ってみたら,非常に嬉しそうな顔をされました。「この表現はなかなか良い表現かな」と思いました。



(2014/09/23)






公演の立看板。「金沢おどり」のぼんぼりも出ていました。


この日の公演はNHK-FMで放送されるとのことです。