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オータムコンサートスペシャル
2014年10月3日(金)19:00〜 金沢市アートホール

1)コダーイ/ヴァイオリンとチェロのためのデュオ op.7
2)メシアン/ピアノのための前奏曲〜「鳩」「風に映える陰」
3)ウェーバー(ピアティゴルスキー編曲)/アダージョとロンド
4)カサド/親愛なる言葉
5)ショパン/ノクターン嬰ハ短調遺作
6)ヴィエニャフスキ/ポロネーズ ニ長調op.4
7)ブラームス/ピアノ三重奏曲第3番ハ短調 op.101
8)(アンコール)メンデルスゾーン/ピアノ三重奏曲第1番
●演奏
和波孝禧(ヴァイオリン),岩崎洸(チェロ),土屋美寧子(ピアノ)


Review by 管理人hs  

金曜日の夜,金沢市アートホールで行われたベテラン・アーティスト3人による室内楽の演奏会を聴いてきました。今回登場したのは,ヴァイオリンの和波孝禧さん,チェロの岩崎洸さん,ピアノの土屋美寧子さんでした。岩崎さんの演奏を実演で聞くのは2回目ですが(30年近く前に一度金沢でリサイタルを行ったことがあると思います),和波さんと土屋さんの演奏を聴くのは今回が初めてです。

今回演奏された曲には,それほど有名な作品はなかったのですが,熟練の名手たちによる小ホールでの演奏は,どの曲も味わい深く,自信にあふれていました。ソリストの組み合わせによる室内楽の楽しさと充実感を味わうことのできる素晴らしい演奏会でした。私自身「こういう演奏会を聴きたかったんだ」とつくづく実感しました。

プログラムの構成も大変よく考えられていました。前半にコダーイのヴァイオリンとチェロのためのデュオとメシアンのピアノのための前奏曲というちょっと歯ごたえのある作品が演奏された後,チェロとピアノのための親しみやすい小品が2曲,ヴァイオリンとチェロのための小品が2曲演奏されました。そして,最後にこの日のメインプログラムのブラームスのピアノ三重奏曲第3番が演奏されました。2時間の演奏会の中に,色々な要素がバランス良く詰め込まれた,大変贅沢な演奏会だったと思います。

最初に演奏されたコダーイのデュオは,予想よりも長い作品で,非常に聞きごたえがありました。ハンガリーの曲については,東洋風に響くことがあります。この曲も第1楽章から,岩崎さんの密度の高い音と和波さんの適度に甘さのある響きが絶妙のバランスで溶けあい,どこか和風の雰囲気を作っていました。

第2楽章は息の長い音楽で,2人のベテラン奏者によるしみじみとした音楽が続きました。後半はかなり激しい音楽になり,和波さんのヴァイオリンが何かを吐露するような鋭い音を出していたのが印象的でした。第3楽章も凄味のある音楽でした。やや難解さのある作品でしたが,2人の奏者による多様な掛け合いと音の魅力に強く引き付けられました。

続いて,土屋さんのピアノ独奏で,メシアンのピアノ曲が演奏されました。これも素晴らしい演奏でした。メシアンの比較的初期の作品ということで,フランス音楽の伝統を感じさせてくれるような,明るく,やわらかな響きを楽しむことができました。聞いているうちに,どこか敬虔な気分になったのもメシアンらしいと思いました。メシアンの音楽については,かなり尖った印象を持っていたのですが,土屋さんのピアノからは,クールさと温かさがブレンドしたような魅力と古典作品を聞くような安定感を感じました。

10分の休憩が入った後,後半になりました。後半の最初は,岩崎さんと和波さんを中心とした小品のコーナーでした。

まず,岩崎さんと土屋さんが登場しました。

ウェーバー作曲,ピアティゴルスキー編曲によるアダージョとロンドは,もとはハルモニウムという珍しい楽器とオーケストラのための作品をチェロとピアノ用に編曲したものです。前半のベートーヴェンの「月光」か何かのようなロマン溢れるたっぷりとした気分と,後半の生き生きとした気分のコントラストが鮮やかな演奏でした。

カサドの作品では,岩崎さんのチェロの線の太いたくましさが印象的でした。強い陽光とその影の濃さを感じさせてくれるようで,本格的なコーヒーのしっかりとした味を思わせる演奏でした。しっかりとした濃さのあるラテン的な気分漂う曲想にぴったりの演奏でした。

続いて,和波さんが登場し,ショパンのマズルカを演奏しました。プログラムを最初見たとき,土屋さんのピアノ独奏かなと思ったのですが,ヴァイオリンとピアノによる演奏でした(プログラムには書かれていませんでしたが,ナタン・ミルシュテイン編曲版?)。この嬰ハ短調遺作は,近年,アンコール等で非常によく演奏される人気曲ですが,ヴァイオリンで聞くとさらにメロディの美しさが際立つ感じでした。和波さんの音はヴィブラートが多めで,ちょっと音程が揺れるようなところがあるのですが,そこがまたこの曲に気分にぴったりで,さりげなく切なさが伝わってきました。

ヴィエニャフスキのポロネーズは大変技巧的な曲です。和波さんの演奏は,若手奏者のような切れ味鋭い演奏とは違うのですが,その全身全霊を込めた”華麗さ”は,真に華麗で,紳士的でした。

こうやって「小品コーナー」を聞いてみると「小品はベテランの演奏が良い」という格言のようなことを感じました。味わい深い演奏の連続でした。

最後にブラームスのピアノ三重奏曲第3番が演奏されました。これは全体を締める大変立派な演奏でした。第1楽章の最初の音から,岩崎さんのチェロと和波さんのヴァイオリンが重なり合ったときの音が非常に重厚で,室内楽とは思えないスケール感と年輪のようなものを感じました。がっぷり四つという感じでした。そして,この2人を土屋さんのピアノがきっちり引き締めていました。実演で聞くのは初めての曲でしたが,力感と抒情性がバランスよく共存した見事な演奏でした。

第2楽章は軽さと渋さの絶妙のブレンドを楽しませてくれました。チェロからヴァイオリンにピツィカートが引き継がれていく部分が何回か出てきました,実に味わい深いものがありました。第3楽章でほっと一息つきました。ここでも「息の合った脱力」という感じでした。

第4楽章は再び,ブラームスらしいゴツゴツ感が出てきます。最後,ハ短調からハ長調に転調するのですが,そのじわじわと温まるような感じが素晴らしいと思いました。これまでの人生を振り返って,噛みしめるような趣きがあり,全曲をさらに聞きごたえのあるものにしていました。

主催者側から,3人の奏者にお酒(何のお酒だったのでしょうか?きれいにラップされていました)のプレゼントがあった後,それに応える形でアンコールが演奏されました。演奏されたのは,メンデルスゾーンのピアノ三重奏曲第1番の第2楽章でした。明るい曲想で気持ちよく聞ける曲なのですが,これでこの演奏会が終わりかと思うと,一抹の寂しさを感じました。美しさが染み渡るような演奏でした。

弦楽器奏者についても,ピアニストについても,毎年毎年,次々とコンクールに入賞した若手奏者が登場してくるのですが,40年以上に渡って正統的な音楽を演奏し続けているようなベテラン奏者たちの演奏には,若手の演奏家とは違った魅力がある。今回の演奏会を聞いてそう感じました。常に音楽に余裕があるのに,パワーが全開の最高のパフォーマンスを楽しませてくれるのがすごいと感じました。

ピアノ三重奏曲には,まだまだ名曲がたくさんあります。このベテラン・トリオによる金沢公演を,是非期待したいと思います。

PS. この日は,プレトークがあり,和波さんを中心に,3人が順番に曲のことや演奏のことを語りました。特に和波さんの若々しい声が大変爽やかに感じました。

(2014/10/11)






公演のチラシ。「金沢よい音楽を聴く会」という団体が主催でした。


金沢市アートホールでこれから行われる演奏会チラシ




アートホール近くの街路樹の根元に照明があり,ライトアップ中