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オーケストラ・アンサンブル金沢 第356回定期公演PH
2014年10月10日(金)19:00〜 石川県立音楽堂コンサートホール

1)ファリャ/バレエ音楽「三角帽子」第1組曲
2)コープランド/クラリネット協奏曲
3)(アンコール)ナイディック/トレヌス(哀歌)
4)マルケス/ダンソン第2番(1994年,室内オーケストラ版)
5)ピアソラ/タンガーゾ
6)ヒナステラ/エスタンシア組曲 op.8a
7)(アンコール)ヒナステラ/エスタンシア組曲 op.8a〜マランボ(後半)
●演奏
アロンドラ・デ・ラ・パーラ指揮オーケストラ・アンサンブル金沢(コンサートミストレス:アビゲイル・ヤング)*1-2,4-7
チャールズ・ナイディック(クラリネット*2-3)


Review by 管理人hs  

10月10日,元「体育の日」の夜に行われたオーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)の定期公演は,スポーツをした後のような爽快感の残る,これまでにない定期公演となりました。指揮は今回がOEK初登場のメキシコ出身の若手指揮者,アロンドラ・デ・ラ・パーラさんでした。デ・ラ・パーラさんは,ユニクロのCMにも登場されているだけあって,いかにも都会的に洗練されたファッショナブルな雰囲気を持った女性でした。指揮の動作も大変大きく(手がとても長く,後ろから見ていても引き込まれそうでした),OEKを見事にドライブしていました。

プログラムは,ファリャ,コープランド,マルケス,ピアソラ,ヒナステラと,これまでのOEKの定期公演では聞いたことのないラテン系の曲が並びました。特に後半の3曲は,どれもOEKが演奏するのは今回が初めてだったのではないかと思います。室内オーケストラが演奏するにはやや編成が小さいのかもしれませんが,スラリとしたデ・ラ・パーラさんのスタイルにぴったりの軽快さと透明感があり,会場は大変盛り上がりました。

演奏会は,ファリャのバレエ音楽「三角帽子」第1組曲で始まりました。この曲は,過去数回OEKの定期公演でも演奏されている曲ですが,デ・ラ・パーラさん指揮OEKの響きは,大変すっきりとしており,くっきりとした明晰な音楽を聞かせてくれました。音がよく整理されており,ニュアンスの変化がとてもよく分かりました。加納さんのオーボエ,柳浦さんのファゴットなども大変表情豊かでした。

ただし,この第1組曲についていつも思うのですが,最後の和音に終結感がないので,拍手がワッと起きにくいですね。今回も「本当に終わったのかな?」という感じで少し間が空いてから拍手が起きました。この点は,井上道義さんの場合は,クルッとお客さんの方まで向いて,うまく「終わった感」を伝えてくれます。

続いて,アメリカの名手,チャールズ・ナイディックさんをソリストに加えて,コープランドのクラリネット協奏曲が演奏されました。編成はファリャよりも小さく,弦楽合奏+クラリネットでしたが,低音を充実させるような感じで,ハープとピアノが入っていました(ファリャにもこの2つの楽器が編成に入っていましたが,意図的?)。

この演奏では何といってもナイディックさんのクラリネットの演奏が見事でした。忘れられないような演奏を聞かせてくれました。ナイディックさんは,一見,「ふつうのおじさん」(失礼しました)という感じで,我ながら,非常に親しみを持ってしまったのですが,その演奏は大変純粋かつミステリアスで,その音を聞くだけで演奏に引き込まれました。

この協奏曲は,同じコープランドの「アパラチアの春」と似た感じの部分があります。そのアーリー・アメリカン+ジャズっぽい気分がしっかり伝わってきました。曲の最初,弦楽合奏+ハープの透明な弾きで始まった後,ナイディックさんの真にピュアでミステリアスなクラリネットの音が加わります。ナイディックさんは,誰かとダンスをしているかのように,体を揺らし,小さくステップを踏むような感じで演奏していました。この曲が大好き,クラリネットも大好きで,いつまでも心地よく浸っていたい。そういう少年のように純粋な気分が伝わってくるような演奏でした。

途中カデンツァが入りましたが,この部分では,その表現力の豊かさに圧倒されました。根源的なパワーを感じさせるような聞き手を強く音楽に引き込むような演奏でした。特に心からの叫びを思わせる高音の美しさが印象的でした。

その後,バレエ音楽のような軽快でリズミカルなムードになったり,低弦のピツィカートの上にジャズ風のメロディが出てきたり,初演者のベニー・グッドマンを彷彿とさせるような,軽妙で味のある演奏を聞かせてくれました。曲の最後は,クールさと軽快さが混ざったような気分が続いた後,ラプソディ・イン・ブルーを思わせるようなクラリネットのグリッサンドで粋に締めてくれました。この曲を定期公演で聞くのは,「もしかしたら初めて?」という気がしますが,本当に良い曲だと思いました。ちなみに今回の演奏は,原典版での演奏とのことでした。

アンコールでは,ナイディックさんの自作が演奏されました。ナイディックさんは日本語がとても得意で,「自然災害の死者のために」といったことと曲名(この時は,はっきり聞き取れなかったのですが)を言った後,特殊奏法を沢山使った無伴奏の作品が演奏されました。もしかしたら御嶽山の突然の噴火で亡くなられた方を追悼しての演奏だったのかもしれません。心を締め付けるようなクラリネットの音を中心として,様々な心の動きをくっきりと描き尽くしたような作品でした。特に違った音が2つ同時になっているような不思議な世界が大変印象的でした。

ナイディックさんは,茶色のクラリネットで演奏されていましたが,演奏の前後の挨拶の時には,木刀を上段に構えるような感じでクラリネットを大きく持ち上げるのが,お決まりの動作になっていました。どこかユーモラスな雰囲気があると同時に,クラリネットに対する愛情が伝わってくるような印象的な動作でした。ナイディックさんは,確かな技術だけではなく,純粋さと深さと粋な雰囲気を併せ持ったような,素晴らしいアーティストだと思いました。

後半はラテン系のダンス音楽が続き,OEKの響きが明るく開放的な気分に変わりました。

最初に演奏されたマルケスのダンソン第2番は,デ・ラ・パーラさんのCDにも収録されている得意曲で,近年はグスターボ・ドゥダメルが好んでこの曲を取り上げたことで,よく知られるようになってきています。今回は室内オーケストラ版で演奏されました。

曲の最初から,拍子木(?)の刻むラテンのリズムがしっとり,軽快に続き,「夜のラテン」といったムードが続きました。遠藤さんのクラリネットのソロもその気分にぴったりでした。曲の印象としては,いわゆるムード音楽に近いのですが(個人的にはこういう雰囲気は大好きです),オーケストラの音に透明感があるので,くだけすぎた感じにはならず,ポップスになる一歩前でとどまっているような演奏だったと思います。後半は,パーカッションの華やかな活躍も加わって,音楽がじわじわと熱く盛り上がっていきました。

次のピアソラのタンガーゾは,タンゴ+マエストーソといった語感のあるタイトルですが,曲の印象もそのとおりでした。冒頭,低弦が情熱を秘めた弱音で演奏した後,次第に楽器が増えて,「ピアソラ風」のフレーズが登場してくるという感じの曲でした。特に第2ヴァイオリンが,カチャカチャという感じで合いの手を入れるのが「らしい」と思いました。

この演奏で特に印象に残ったのは,中間部で出てくるホルンによる熱い強奏でした。ホルンは「オーケストラの魂」とよく言われますが,「コラソ〜ン」と「コモエスタ赤坂(古い!)の歌詞に出てくるように声を掛けたくなるような(意味不明ですみません),熱さを持った演奏でした。

ただし,ピアソラのタンゴとしては,やはりバンドネオンを中心とした室内楽編成での切れ味鋭い雰囲気の方が個人的には好みかな,と感じました。

最後に演奏された,アルゼンチンの作曲家,ヒナステラのエスタンシア組曲は特に楽しい演奏でした。一度,実演で聞いてみたい作品でしたが,エネルギー全開の見事な演奏により,その念願が叶いました。

1曲目からリズムの饗宴という感じで,変拍子を含むようなラテン系のリズムが続き,コンサートホールの空気を変えてくれました。同じリズムパターンが執拗に繰り返されるので,どこか伊福部昭の音楽に通じるような部分を感じましたが,その印象は鮮明,カラフルで,爽快さが残るのがやはりラテン系だと思いました。

2曲目は一休みする感じで,草原に吹く爽やかな風を感じさせるような静かな気分の曲になりました。「アルゼンチンの草原と言えばパンパ」と昔学校で習いましたが,フルートやヴァイオリンのソロを交えたパンパの情景といった気分でした。

3曲目は野性味たっぷりのスケルツォ風の楽章でした。金管楽器が活躍していましたが,この曲などは,ゴジラが出てきそうな伊福部昭風と感じました。バンという感じで終わった最後の強烈な一撃も印象的でした。

終曲のマランボも,弱音で始まった後,次第に熱狂していくという構成の曲でした。特に後半では,バーンスタインの「ウェストサイド物語」の「アメリカ」とちょっと似た感じの「タタタタタタ,タータータ」というリズムが執拗に繰り返され,一種トランス状態のような気分にさせてくれました。

ただし,デ・ラ・パーラさんとOEKの演奏は実はかなり冷静で,精密な機械のようにカッチリと聞かせてくれました。それでも自然に熱を帯びてくる感じが印象的でした。

この曲は何といっても打楽器(7人も居たと思います)が大活躍でした。金管楽器は意外に少なくトランペットとホルンだけだった気がしますが,そのパリッとした音も素晴らしく,全曲が終わった時には,大変盛大な拍手が沸き起こると同時に「Good Job! お疲れ様でした」という気持ちになりました。

そしてアンコールです。マランボの一部が再度演奏されたのですが,今度は「みなさんご一緒に」ということで,全員(ほとんどの人が立っていた印象)総立ちになって,「揺れて」「飛んで」という状態になりました。デ・ラ・パーラさんは,青島広志さん以上にお客さんを乗せるのが上手かもしれません。こういう雰囲気の定期公演は初めてのことです。

この曲は,基本的に左右に揺れていれば良いのですが,途中,ちょっと変拍子っぽくなるところで,スピードが変化し,軽くジャンプすると,丁度良いタイミングになります。デ・ラ・パーラさんも巧い振付(?)を考えたなぁと感心しました。

OEKの方もノリノリで,ホルンも揺れる,パーカッションも揺れる,チェロは回る...とほとんど「のだめカンタービレ」のような世界になっていました。高校吹奏楽部の定期演奏会のポップスステージで,楽器を揺らすのはほぼ定番のようになってきていますが,OEKのこのサービス精神の旺盛さに,会場のお客さんも大喜びでした。

というわけで,週末の疲れを一気に消し去ってくれる演奏会でした。特にデ・ラ・パーラさんの指揮ぶりは忘れられません。復活した井上道義さんとの競演を見たくなるような,華やかな指揮ぶりでした。

デ・ラ・パーラさんは,指揮台に登場した後,毎回,かなりたっぷりと間を取って,お客さんの方を見渡していました。「見せ方,魅せ方」の巧い指揮者だなと思いました。今回のマランボのような,ラテン系の曲にはまだまだ楽しい曲がありそうです。地元の高校吹奏楽部とOEKとの合同演奏というのも楽しいかもしれません。是非,OEKとの再共演に期待したいと思います。

(2014/10/18)





公演の看板





この日も金沢美術工芸大学の学生のデザインによる椅子の「お試し」をやっていました。下の写真ような感じでした。



終演後,デ・ラ・パーラさんとナイディックさんのサイン会がありました。

この日演奏されたダンソンも収録されています。


ナイディックさんには,オルフェウス室内管弦楽団とのウェーバーの協奏曲集のCDに頂きました。かなり以前に購入したものです。

サイン会の様子です。