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ワレリー・ゲルギエフ指揮マリインスキー歌劇場管弦楽団金沢公演2014
2014年10月12日(日) 14:00〜 石川県立音楽堂コンサートホール

1)ブラームス/ピアノ協奏曲第2番変ロ長調 op.83
2)グルック(ズガンバーティ編曲)/精霊の踊り
3)チャイコフスキー/交響曲第6番ロ短調op.74「悲愴」
●演奏
ワレリー・ゲルギエフ指揮マリインスキー歌劇場管弦楽団*1,3
ネルソン・フレイレ(ピアノ*1-2)

Review by 管理人hs  

金沢に登場するのが初めてとなる,ワレリー・ゲルギエフ指揮マリインスキー歌劇場管弦楽団の公演が石川県立音楽堂で行われたので聞いてきました。今世界でいちばん知名度の高い指揮者の一人の登場ということで,お客さんはよく入っていました(満席ではありませんでした)。

非常にハードなスケジュールでツァーを行っているせいか(しかもプログラムが非常に多く,大曲ばかり),リハーサル時間が開演20分ぐらいまで続いていましたが,さすがゲルギエフ+マリインスキーという演奏を聞かせてくれました。ロシアのオーケストラというと,ややローカルで荒々しい演奏をする印象を持っていたのですが,マリインスキー劇場管弦楽団は,少々意外なほど,しっかりコントロールされたまとまりの良い音を聞かせてくれました。ゲルギエフは,1996年からこのオーケストラの芸術総監督になっていますが,その20年近くの関係の強さを示していたと思います。ゲルギエフの楽器のような,非常に緻密な演奏を聞かせてくれました。

前半は,ブラームスのピアノ協奏曲第2番が演奏されました。ちなみに開演直前まで,熱心にリハーサルしていたのがこの曲でした。ホールの扉の前までは開場していたので,よくその音が聞こえてきました。今回のツァー中,金沢と東京でのみこの曲を演奏することになっていたので,特にリハーサルが必要だったのかもしれません。ピアノ独奏は,ベテランピアニスト,ネルソン・フレイレさんでした。

曲はホルンのソロで始まります。ちょっとくぐもった感じの音で,少しロシアっぽい感じがあるかなと思いましたが,その後は特にロシア風の印象はありませんでした。フレイレさんは,小細工をすることなく王道を行くようなピアノを聞かせてくれました。音には十分な輝きと力感がありました。音に芯があり,ふやけた感じがしないのが大変ブラームスらしいと思いました。

オーケストラの響きも威圧的になり過ぎることはなく,ゲルギエフさんとオーケストラのフレイレさんに対する尊敬の気持ちが伝わってくるような演奏だったと思います。時々,弦楽器が熱く歌われるのも印象的でした。

第2楽章は第1楽章の曲の流れがそのまま継続しているような,勢いのある音楽を聞かせてくれました。ただし,慌てた感じはしませんでした。フレイレさんのピアノは,力感のある主部と中間部でのひっそりとした響きのコントラストが鮮やかでした。

第3楽章では,オーケストラと一体になったような,室内楽的な雰囲気のある演奏を聞かせてくれました。熱さを秘めてチェロに続いて出てくるピアノの音は美しく,透明でクラリネットとの美しい対話を聞かせてくれました。楽章の後半になるにつれて,濃い味わいになっていくのも見事でした。

第4楽章へは,ほとんどアタッカで連続していました。楽章間のインターバルをあまり取らないというのは,ゲルギエフの特徴かもしれません。そのことによって,前楽章との気分の変化が鮮やかに伝わってきました。ピアノもオーケストラも,若さを取り戻したような瑞々しい演奏を聞かせてくれました。ただし,はしゃぎ過ぎることはなく,曲の最後に向けて,ゆっくりと盛り上がる,スケールの大きな演奏を聞かせてくれました。

アンコールでは,グルックの「精霊の踊り」のピアノ編曲版が演奏されました。ピアノの音が大変瑞々しく,ホール全体に静謐な気分が染み渡りました。スケールの大きさと同時に透明感溢れる音の美しさを伝えてくれたフレイレさんのピアノは大変バランスの良いものでした。フレイレさんについては,機会があれば,ぜひ,リサイタルも聞いてみたいものです。

後半は,ロシアのオーケストラの来日公演には欠かせない,「悲愴」が演奏されました。この演奏ですが,私が言うのも変なのですが,あまりロシア的な臭いのしない,「純音楽的な交響曲」的な演奏だったと思います。基本的に楽章の間のインターバルをほとんどおかず,全4楽章を一まとまりに聞かせようという意図が感じられました。

前半の協奏曲の時は,ゲルギエフさんは,指揮台の上で指揮棒を使って指揮をされていましたが,後半では指揮台なし,譜面台なし,指揮棒なしでした。完全に手の内に入った曲という感じです。

第1楽章の冒頭,コントラバスで始まりますが,デリケートになり過ぎず,何事もなかったかのように,スッと始まりました。この深い響きにまず引き付けられました。ちなみに演奏前のチューニングの時,コントラバスの人たちは,通常のAではなく,しきりとこの最初の音を出そうとしていたのが面白かったですね。ファゴットもしっかりとした音でした。それほど大きな編成ではなかったのですが,全曲を通じて,ヴィオラ,チェロ,コントラバスの低音の迫力が素晴らしいと感じました。

第2主題もたっぷりと演奏されましたが,十分に感情は抑制されており,「熱さを秘めている」といった感じの演奏でした。この辺りで出てくるフルートの音にも力があり,演奏全体に高揚感を加えていました。

呈示部が終わる部分の超弱音の部分は,最後,バスクラリネットで演奏していましたが,この部分,念を押すようにしっかりと演奏してたのが印象的で,ゾッとするような怖さを感じました。続いて「ジャン」と集中力満点の強靭な音が入った後,展開部になりますが,ここではコンサートマスターが全体をリードするような感じで,非常に勢いのある音楽を聞かせてくれました。ゲルギエフさんは,あまり大きな動作で指揮はせず,時々,ゲルギエフさんならではの「溜め」と作る部分だけで指示を出している感じでした。緊張感が維持しつつも,伸び伸びとした広がりのある音楽を聞かせてくれました。

第2楽章は大変流れの良い演奏でした。前述のように4つの楽章を1つにまとめて聞かせるような指揮ぶりでしたので,この楽章はほのかにメランコリックな気分を伝えるような感じの演奏だったと思います。中間部もテンポは落とすことはなく,速目のテンポで切迫感と伝えていました。

第3楽章も速目のテンポで演奏されました。一般的には,この楽章でシンバルや大太鼓を炸裂させるようなイメージがあるのですが,意外なほど打楽器を抑制していました。楽章前半は抑制し,後半は炸裂させるのかな?と思っていたのですが,最後までシンバルは抑え気味でした。恐らく,この楽章については,速いテンポですっきりと駆け抜ける「中間楽章」として位置づけていたのではないかと思います。

もしかしたら「物足りない」と感じた人もいたのではないかと思いますが,その分,「第3楽章が終わったら,全曲が終わった感じ(盛大な拍手)」というありがちなパターンには全くなっていませんでした。第2楽章も比較的スムーズに流れていましたので,両端楽章に重点を置いた,古典的な交響曲を聞いたような印象を持ちました。

ただし,この楽章でも時々,ギアチェンジをするようにテンポを動かしたり,音量の変化を付けたりする部分は独特で,ゲルギエフさんらしさを出していました。また,第3楽章の最後の音の強烈な念押しにも凄いインパクトがあり,第4楽章とのコントラストを一層鮮明なものにしていました。

今回の演奏は,特に第4楽章にクライマックスを置いていたのではないかと思います。全曲のクライマックスを築くような大きなうねりのある演奏でした。中間部での激しさ,ティンパニの打ち込みの強靭さなど,第3楽章で抑制した分をしっかりエネルギーを解放しているようでした。銅鑼の音(非常に弱く演奏していました)に続く,最後の部分なども感情的に泣き崩れるような感じはなく,どこか,運命に立ち向かうような力強さを感じました。

この「悲愴」は,このコンビにとってはもっとも頻繁に演奏している十八番的な作品だと思います。ゲルギエフの指揮の動作が非常に少なかったのもそのためだと思います。この曲を熟知しているオーケストラに「いつも通りやってくれ」という感じで任せていたように見えました。特に第3楽章は,テンポの変化のない部分はほとんど手を動かしていないように見えました(かなり遠い席だったので不確かですが...目で指揮していた?)。ギアを切り替える部分だけ手を動かしているという感じでした。

ずっと以前,エフゲニー・スヴェトラーノフがソヴィエト国立交響楽団(古い!)を指揮して「悲愴」を演奏するのをテレビで放送されるのを見たとき,「ほとんど指揮をしない」のを見た覚えがあります。今回の演奏も結びつきの強いコンビならではの演奏だったと思います

それで緊張感が薄れるわけではなく,コンサートマスターを中心に,充実感溢れる演奏を聞かせてくれました。一般的に私たちが聞いている,大げさな「悲愴」とは一味違う,自信に溢れた「悲愴」だったのではないかと思います。45分の中に,深さ,強さ,逞しさが切れ目なく盛り込まれた,壮大な音のドラマという感じの「悲愴」でした。

ただし,今回のツァープログラムを眺めてみると,ショスタコーヴィチの交響曲第8番,ストラヴィンスキーの3大バレエを一晩で,とか色々すごいプログラムが並んでいました。個人的には別のプログラムも聞いてみたかったなと思いました。

PS. 今回,久しぶりに楽屋口で”出待ち”をしました。かなり大勢の人が待っていましたが,その甲斐あってゲルギエフさん,フレイレさんのサインをいただくことができました。

 
ゲルギエフさんは,近くでみるとかなり大柄な方でした。ショスタコーヴィチの交響曲第5番,9番のCDです。フレイレさんのCDの方はつい最近発売された,若い時の録音を集めたBOXです。非常に安かったので,今回に備えて購入したものです。LPのオリジナルデザインの紙ジャケットに入ったセットでトとても若い時の写真でしたが,にこやかにサインをしていただけました。

ゲルギエフさんが,なかなか出てこなかったので,たまたま先に出てきた,コンサートマスターの方からもサインをいただきました。このリストには名前は載っていないとのことでした。日本のオーケストラでは,コンサートマスターは通常最後に登場しますが,この方は先頭を切って入場されていました。



(2014/10/18)





公演のポスター


この日は,邦楽ホールでも公演を行っており,楽屋口は,着物を着た人たちとオーケストラの人たちが混在して,ちょっと不思議な光景になっていました。


今回のツァーのプログラム。1部500円でしたが,記念に購入