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ベスト・オブ・ベートーヴェン
2014年10月19日(日)石川県立音楽堂コンサートホール

■コンサートI 13:00〜
1)ベートーヴェン/ピアノ・ソナタ第23番へ短調,op.57「熱情」
2)ベートーヴェン/ピアノ・ソナタ第14番嬰ハ短調,op.27-2「月光」

■コンサートII 15:00〜
3)ベートーヴェン/ピアノ・ソナタ第8番ハ短調,op.13「悲愴」
4)ベートーヴェン/ピアノ・ソナタ第21番ハ長調,op.53「ワルトシュタイン」

■コンサートIII 17:00〜
ベートーヴェン(リスト編曲)/交響曲第9番ニ短調S657/R376(2台ピアノ版)
●演奏
木米真理恵*1,塚田尚吾*3,菊池洋子*2,5,近藤嘉宏*4,5(ピアノ)
解説:成本理香


Review by 管理人hs  

今回が初めての企画となる「ベスト・オブ・ベートーヴェン」が石川県立音楽堂で行われたので聞いてきました。この企画は「秋のラ・フォル・ジュルネ」的な雰囲気のある内容で,特定の作曲家の作品をラ・フォル・ジュルネ的な単位に区切って,約半日楽しんでもらおうという内容です。

特徴は,全国的に活躍しているピアニストと北陸新人登竜門コンサート出場した若手奏者を組み合わせている点です。岩城宏之音楽監督時代からオーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)とラ・フォル・ジュルネとを組み合わせた,金沢ならではのマッシュアップ企画といえます。

今回はベートーヴェンの有名ピアノ・ソナタを中心に13:00から18:30近くまで,3つのコンサートが行われました。順にご紹介しましょう。

コンサートIには,木米真理恵さんと菊池洋子さんが出演し,「熱情」と「月光」が演奏されました。

最初に登場した木米真理恵さんは,今年の北陸新人登竜門コンサートに出演された方で,現在ポーラン国立ショパン音楽大学の大学院に在籍されています。木米さんは,美しいローズピンクのドレスで登場しました。その雰囲気どおり,「熱情」の第1楽章冒頭から,情熱を感じさせながらも,常に美しい音を聞かせてくれました。今回はステージにかなり近い1階席で聞いたのですが,音がスーッとホール全体に心地よく響いていました。この音の美しさは特に第2楽章で生きていたと思います。第3楽章も音の動きが非常に軽快で,気持ち良くスピードに乗っていました。

ただし,直後に演奏した菊池洋子さんと比較してしまったからなのですが,音がやや軽く感じました。重厚なベートーヴェンというよりは,全体のバランスの良い,堅実にまとまったベートーヴェンという印象を持ちました。

菊池洋子さんは,非常に鮮やかな青のドレスで登場しました。結構袖が長かったので,座っていると着物を着ているようにも見えました。菊池さんは,ラ・フォル・ジュルネ金沢のプレイベント等でのピアノ公演をはじめ,毎年のように石川県内で演奏会をされていますので,すっかり地元でもお馴染みのピアニストです。

菊池さんは見るからに健康的でスケールの大きな雰囲気を持った方で,演奏にもそのことが現れていました。「月光」の第1楽章は,高級な大型車が静かにスピードを落として優雅に走っているような余裕がありました。楽章の最後の方で「タンタターン」という主要モチーフが低音に出てきていましたが,この音が素晴らしく,弔いの鐘の音のように響いていたのが印象的でした。

第2楽章でパリっとした気分に変わった後,第3楽章では,音の迫力たっぷりの勢いのある演奏を聞かせてくれました。随所に出てくるメロディの歌わせ方のニュアンスも豊かで,全楽章を通じて,遠くから近くに段々迫ってくるような,曲の奥行きを感じさせてくれるような見事な演奏だったと思います

菊池さんの演奏の後にはアンコールが2曲ありました。今回はコンサートIが13:00開始,コンサートIIが15:00開始と余裕がありましたので,この辺も折り込み済のスケジュール設定だったのかもしれません。

演奏された曲ですが,まず,ドビュッシーの「月の光」でした。「月光」にちなんでの選曲で,美しいヴェールが掛かったような深い演奏でしたが,ここはやはり,ベートーヴェンに統一して欲しかったなぁ...と思っていたところ,アンコール2曲目として「エリーゼのために」が演奏されました。誰もが知っている有名曲ですが,各部分のメリハリがしっかりとつけられた,大変聞きごたえのある演奏になっていました。

コンサートIの後の休憩時間,金沢在住の作曲家成本理香さんによるミニ・レクチャーが,カフェ・コンチェルトで行われました。これも大盛況でした。今回の3つのコンサートを「通し」で聞いていた人の多くは参加していたのではないかと思います。

  

まず,演奏し終えたばかりの木米真理恵さんへのインタビューがありました。木米さんは現在,ポーランドのワルシャワで暮らしていますが,非常にしっかりとした受け答えをされており,感心しました。

その後,ベートーヴェンのピアノ・ソナタの解説が行われたのですが,その前に基礎知識として「ソナタ形式とは?」という説明がありました。  さんがピアノを弾きながら,「これが1主題」「これが第2主題」といった説明をされていましたので,大変分かりやすかったのではないかと思います。今回演奏された4曲のソナタは,ベートーヴェンの初期から中期にかけての作品で,ピアノの進化の歴史とも重なっているということも説明されました。

続くコンサートIIには,塚田尚吾さんと近藤嘉宏さんが登場し,「悲愴」と「ワルトシュタイン」が演奏されました。

塚田さんは,木米さん同様,今年の北陸新人登竜門コンサートに出演された方です。その時に聞いた演奏の印象どおり,今回も「悲愴」の第1楽章冒頭の和音から,硬質の強い音を聞かせてくれました。「ベートーヴェンらしい」と感じました。少々音が抜けていたり,ちょっと詰めが甘いかな,と感じさせる部分もありましたが,全体にストレートに曲の勢いを感じさせてくれるような演奏で,特に第2楽章から第3楽章にかけて,鮮やかで力感のある音楽を聞かせてくれました。

近藤さんが演奏したのは「ワルトシュタイン」でした。この曲も名曲ですが,金沢だと実演で演奏される機会は意外に少ない作品です。その意味で今回特に楽しみにしていた曲です。

近藤さんの演奏は,冒頭の和音の連打の部分から,がっちりとまとまった緻密な音が印象的でした。その後,明るく勢いのある音楽が続き,色々持っている音の中から選んで使っているんだなぁと感じました。この第1楽章ですが,非常に速いテンポでした。個人的には,「やや落ち着きがないかな」「ここまで速くなくても」と思って聞いていたのですが,楽譜の指示は「アレグロ・コンブリオ」。交響曲第5番の第1楽章と同じですね。一つの楽譜から,色々な解釈が出てくるのがクラシック音楽の楽しみと言えそうです。

第2楽章は,前半の導入部で深い音でゆっくりとたっぷり聞かせた後,後半のロンドでは広がりのある音楽を聞かせてくれました。個人的には,導入部からロンドに移行する部分が大好きです。近藤さんの演奏は,カーンと冴えた音で,異次元に入っていくような期待感を感じさせてくれました。ロンドの部分は,ゴツゴツした感じでゆっくりと聞かせてくれたのですが,最後の部分,プレスティッシモにテンポアップします。この変化も鮮やかでした。第1楽章同様の推進力のある演奏でした。

こうやって見ると,テンポの設定が鮮やかに楽譜の指示どおりなんだなぁと感心しました。近藤さんはベートーヴェンのピアノ・ソナタの全曲を録音されていますが,その本領が発揮された演奏だったのではないかと思います。

演奏後,コンサートIIでもアンコールが演奏されました。こちらもコンサートI同様,「ベートーヴェン以外」の曲でしたが,コンサートIIIへの「つなぎ」の意味も込めて,リストの「愛の夢」第3番が演奏されました。しっかりと歌われた演奏で,今年のラ・フォル・ジュルネ金沢のテーマにリストが含まれていたことなどを思い出しました。



2回目の休憩の際にも,成本さんによるレクチャーがありました。今回はこれから演奏される,リスト編曲版の2台のピアノ用のベートーヴェンの交響曲第9番についての解説がありました。リストはベートーヴェンの全交響曲をピアノ独奏用に編曲しているのですが,第9についてだけは,2台のピアノ用の編曲も行っています。この編曲版は,初めからピアノのために作られたような完成度の高さがあり,ベートーヴェンのチャレンジとリストのチャレンジとが合体したような素晴らしい作品になっているとのことでした。

その後,コンサートIIに登場した塚本さんへのインタビューもありました。こういう形で,奏者へのインタビューがあるというのは,特に若手奏者については今後の活動のPRの機会にもなるので良いアイデアだと思いました。

最後のコンサートIIIですが,演奏に先立って,近藤さんによるトークもありました。恐らく,リハーサルを行った実感だと思うのですが,「非常に音の多い作品で演奏は大変。しかし,整理されていて音に無駄がない。曲の構成がよく分かる」といったことを語っていました。

その演奏ですが,この日のハイライトでした。演奏前の近藤さんのトークのとおり,約70分間,弾きどおしという感じの凄い演奏を聞かせてくれました。今回は下手側の第1ピアノが菊池洋子さん,上手側の第2ピアノが近藤喜宏さんでした。第1楽章から,この2人の間に飛び交う緊張感が素晴らしく,聞きごたえがありました。オリジナルのオーケストラ版の音を頭の中で鳴らしながら聞いてしまう部分もありましたが,2台のピアノならではの硬質な力感を感じました。

第2楽章はテンポの速いスケルツォ楽章ということで,さらにスリリングでした。楽章後半での渾身の力を込めたような強打の連続も迫力満点でした。第3楽章は,一息ついて,心地よく流れる音楽でした。オリジナル版だとホルンのソロの後,気分がパッと変わりますが,2台ピアノ版でも同様でした。

第4楽章は特に聞きものでした。まず,楽章最初のオーケストラだけによる序奏の部分とバリトン独唱や合唱が加わってからの部分がピアノ2台でしっかり描き分けられていたのが素晴らしいと思いました。バリトンの独唱の部分など(ここは菊池さんが担当していたと思います),朗々と歌っている感じがしっかり伝わってきました。

この楽章には,ユニゾンになったり,掛け合いをしたりする部分もありますが,そういった部分では,2台のピアノをぴったり揃えるのがかなり難しそうでした。その2人の駆け引きもスリリングでした。

楽章の後半はオーケストラ+合唱ということで,近藤さんのトークのとおり音の数が非常に多く,動きが速く,本当に華麗でした。近藤さんがおっしゃられていた通り,装飾的な音が湧き溢れてくるようでした。そして,演奏が終わった瞬間,聞いている方も演奏している方も「お互いにお疲れ様でした!」という,なんとも言えない一体感を持った空気に開場は包まれました。

それだけお二人の演奏は集中していたし,そのことがお客さんの方にもしっかり伝わっていました。ほとんどマラソンとかトライアスロンとかに近い,体育会系の雰囲気もありましたが,滅多に聞けない凄いものを聞かせてもらったという,心地よい疲労感を感じました。

終演後,今回登場した4人の奏者のサイン会があったのも良かったと思います。最後の第9での熱演をねぎらう言葉や感謝の言葉に溢れていたのではないかと思います。

 
↑上から塚田さん,菊池さん,近藤さん,木米さんのサインです。右はサイン会の列を外から見たところです。長い列ができていました。

今回の企画ですが,各コンサートの間に成本理香さんによる分かりやすい解説や木米さんや塚田さんへのインタビューが入るなど,色々と工夫がされていました。ぜひ,「秋の熱狂の日」という感じで続けていってほしいと思います(さしずめ,ラ”フォール”ジュルネといったところでしょうか)。最後の第9はその雰囲気にふさわしい演奏だったと思います。

PS. 個人的に期待しているのは,「ベスト・オブ・バッハ(無伴奏チェロ組曲や無伴奏ヴァイオリン・ソナタ&パルティータの全曲を6人ずつリレーで演奏する)」とか「ベスト・オブ・ショパン(ワルツ集全曲や主要ポロネーズを複数人でリレーで演奏する)」です。期待しています。

(2014/10/25)





公演のポスター




この日のスケジュール


この日は,S席セット券を購入したので,ドリンク付きでした。


この日のチケットです。


この日は,もてなしドームの地下で中古音盤市を開催していました。コンサートの休憩時間に行くこともできたかもしれません(これは演奏会前に撮影したものです)。