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オーケストラ・アンサンブル金沢 第357回定期公演PH
2014年10月30日(木)19:00〜 石川県立音楽堂コンサートホール

1)モーツァルト/交響曲第35番ニ長調,K.385「ハフナー」
2)モーツァルト/フルート協奏曲第1番ト長調,K.313
3)(アンコール)ドビュッシー/パンの笛
4)モーツァルト/交響曲第39番変ホ長調,K.543
5)(アンコール)モーツァルト/歌劇「フィガロの結婚」序曲
●演奏
サー・ネヴィル・マリナー指揮オーケストラ・アンサンブル金沢(コンサートミストレス:アビゲイル・ヤング)*1-2,4-5
工藤重典(フルート*2-3)


Review by 管理人hs  

10月末〜11月上旬にかけては,イギリスの指揮者,ネヴィル・マリナーさんがオーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)の2つの定期公演に登場する「マリナー・ウィーク」となりました。マリナーさんといえば,1960年代以降,アカデミー室内管弦楽団と大量のレコーディングを行い,LPレコード全盛期を象徴する指揮者の一人として大変有名な方です。室内オーケストラ界(こういう業界があるか分かりませんが)の大スターの登場ということで,OEK史の中のマイル・ストーンになるような演奏会となりました(サーの称号を持つ指揮者がOEKを指揮するのも今回が初めてでしょうか。)。

プログラムは,交響曲第35番「ハフナー」−フルート協奏曲第1番−交響曲第39番というシンメトリカルな構成でした。モーツァルトはOEKにとっても基本的なレパートリーで,過去何回も演奏していますが,今回の演奏は特に魅力的な演奏だったと思います。珠玉のモーツァルトでした。マリナーさんとOEKとの素晴らしいコラボレーションにより,そんなに大げさなことはしていないのに,しっかりと味わい深さが伝わってくる,熟練の演奏を聞かせてくれました。

マリナーさんは,ステージへの出入りの際の足取りはゆっくりとしていましたが,非常に力強いもので,全曲を立ったまま指揮されていました。その姿を見るだけで勇気づけられました。テンポ設定は,両交響曲とも第1楽章の主部にどっしりとした感じがあり,ベテラン指揮者らしい貫禄を感じましたが,全ての曲を通じ,いつまでも変わらない瑞々しさを感じさせてくれました。

最初に演奏された第35番「ハフナー」は,OEKの編成とぴったり一致することもあり,特によく演奏している十八番の曲ですが,今回はクラリネットとフルートを抜いた初稿による演奏でした。もしかしたらOEKがこの版で演奏するのは初めてかもしれません。そのせいか,この曲の特色である祝祭的な気分はやや薄れ,質実で率直な気分のある演奏になっていたと思います。

第1楽章冒頭から,ベテラン指揮者らしい落ち着いた響きで始まりました。その後は程よくキビキビ,程よくニュアンス豊かという,マリナーさんらしい節度のある表現を聞かせてくれました。その滋味深さのある着実な演奏は,90歳を迎えたマリナーさんならではの味だと思いました。

その一方,弦楽器を中心にキリっと締まった,美しい響きを聞かせてくれました。この日のコンサートミストレスのアビゲイル・ヤングさんは,マリナーさんと同じ英国出身(ただし,ヤングさんはグラスゴー出身ということで,イングランドではなく,最近独立騒動のあったスコットランド出身のようです)ということもあり,特に相性が抜群だったのではないかと思います。マリナーさんをサポートするように,アンサンブルを引き締めているようなところがありました。OEK全体として,老巨匠を支えてやろう,というリスペクトの気分が美しく若々しい音となって表れていました。

第2楽章はそれほど遅いテンポではなかったのですが,節度があり,じっくりとした落ち着きがありました。その落ち着いた響きが次第に美しく,悲しく響いていました。ちなみにこの楽章の主題の弾かせ方が,ちょっと独特な感じでした。我が家にマリナーさん指揮アカデミー室内管弦楽団によるこの曲のCDがあるので,聞き比べてみようと思います。

第3楽章のメヌエットも元気さと落ち着きが共存しているような気分がありました。トリオのさりげない上品さと憧れに満ちた気分も印象的でした。第4楽章は,井上道義さんが指揮すると,才気煥発のユーモアを感じさせてくれるような気分になるのですが,マリナーさんの指揮だと,より穏やかで,不思議な軽やかさのある世界になります。全曲を通じて,薄味だけれども,味が染みている,クオリティの高い和食を食べたような(「言葉の綾」ということで,想像で書いていますが...)後味の残る演奏でした。

2曲目に演奏されたフルート協奏曲第1番は,OEKの特任首席奏者を務める工藤重典さんの独奏でした。日本を代表するフルート奏者の演奏ということで,全楽章を通じて,豊かで高級感のあるフルートを中心に聞きごたえのある音楽を楽しませてくれました。華やかさと同時に落ち着きがあるのも,マリナーさん同様に経験豊かなアーティストならではだと思います。カデンツァでのしっとりとした感触も魅力的でした。

この曲の編成ですが,ソリスト以外に2名のフルートが入っていることに今回初めて気づきました。第2楽章は,このオーケストラ側のフルートの演奏で始まりました。楽章途中で,フルート3人が合わさる部分など,実に暖かく,幸福感に満ちた気分がありました。モーツァルトの緩徐楽章ならではの,じっくりと歌うときのスケールの大きさも聞き物でした。第3楽章にはインターバルを置かずに連続的に演奏されました。軽快,華麗,安心といった感じの演奏で,工藤さんとOEKとの余裕のある対話を楽しむことができました。

マリナー/OEKの若々しい演奏とのコラボレーションも素晴らしく,聞き終わった後,幸福感の残るような後味の良さがありました。

その後,アンコールでフルート奏者のアンコール曲の定番のドビュッシーのパンの笛が工藤さんの独奏で演奏されました。恐らく,工藤さんは何回もこの曲を演奏していると思います。豊かな音,たっぷりとした間,輝きのある音からくぐもったようまでの自在なニュアンスの変化。完全に手の内に入った見事な演奏を聞かせてくれました。

後半に演奏された第39番は,個人的にモーツァルトの交響曲の中でも特に好きな作品です。この日は,小型のバロック・ティンパニを使っており,第1楽章の序奏部から古楽風の響きを交えた清新な気分を感じさせてくれました。ただし,古楽専門の指揮者のような,極端に速いテンポ設定を取ったり,ティンパニを強打させるようなところはなく,常に品の良さがあるのがマリナーさんだと思います。

主部に入るとヤングさんを中心として,滴るような美しい歌を聞かせてくれました。この曲では,同じフレーズがエコーのように繰り返される部分がありますが,そういった部分では大変やさしい弱音を聞かせてくれます。この曲についても,一見普通だけれども滋味深い味わいのある演奏を聞かせてくれました。

この楽章では,一瞬,陰がよぎるような部分があります。その明るいのか暗いのか分からない気分を大変魅力的に聞かせてくれました(実は,小細工をしない方が,ストレートに陰影が伝わる部分もありますね)。弦楽器だけではなく,木管楽器のぐっと立ち上がってくるようなしっかりとした響きも存在感を発揮していました。

第2楽章は「ハフナー」の緩徐楽章同様,それほど遅くはないけれども,たっぷりとした気分を持っていました。そしてこの楽章でも,短調の部分での痛切さのある弦楽器の響きが印象的でした。第3楽章のメヌエットは大変軽快でした。この楽章では,トリオのクラリネットが聞き物です。今回は遠藤さんが主旋律を演奏していました。朗らかで快活な演奏だったと思います。このメロディの後に続く,柔らかなエコーも絶品でした(この部分が大好きです。)。

第4楽章の快速・軽快な演奏は,90歳の指揮者とは思えない若々しさのある演奏で,この曲の精神にピタリと一致していました。そして,自信に満ちていました。この楽章の最後の「フッ」と終わる感じも大好きなのですが,この日の演奏を聞きながら,マリナーさんは,永遠に成長を続ける指揮者なんだなぁと思いました。

後半の管楽器の編成には,オーボエが入っていなかったのですが...よく見るとその座席がしっかり確保してあったので,「きっとアンコールがある。あの曲かな?」と予想していたのですが,やはり,そのとおりでした。歌劇「フィガロの結婚」序曲です。

この曲もOEKは何回も演奏している曲ですが,大変品の良い演奏だったと思います。全曲を通じて,それほど極端な強弱はつけず,軽やかな弦楽器を中心に透明感に溢れたプレーンな演奏を聞かせてくれました。最後の部分で,大げさになり過ぎない程度に,スッとトランペットが華やかさを加える感じが見事でした。

どの曲も,大げさなことはしていないのに,ニュアンスが豊かで,薄味だけれどもしっかり味が染みているような,熟練の演奏だったと思います。マリナーさんのモーツアルトに対する愛情が伝わるような珠玉の演奏だったと思います。

実は,これまでマリナーさんについては,あまりにも多いレコーディング数の印象もから,「ソツのない演奏をする指揮者」というイメージを持っていたのですが,今回の味わい深い演奏を聴いて印象が変わりました。11月2日に行われたOEKとの共演第2弾,マイスターシリーズを聞けなかったのが「痛恨の極み」でしたが,今回の好評を受け,是非またOEKとの共演を期待したいと思います。

PS.
マリナーさんは,高齢なのでサイン会があるか,半信半疑なところがあったのですが,うれしいことに終演後にサイン会が行われました。大変長い列になっており,マリナーさんの人気がよく分かりました。サインをいただくとき,「マリナーさんのモーツァルトを聴くのが長年の夢でした」のようなことを言ってみたら,大変嬉しそうな顔をされました。その表情を見て「ちょっと岩城さんのクチャクチャとした笑顔」に似ているかなと思いました。というわけで,一気にマリナーさんへの親近感の増した演奏会でした。



工藤重典さんには,工藤さんとOEKとが共演している曲を含む「21世紀へのメッセージ」第3集のジャケットに頂きました。

(2014/11/03)






公演の立看板