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オーケストラ・アンサンブル金沢 ファンタスティック・クラシカルコンサート
井上道義&黒柳徹子:作曲家の部屋:イケメン・美食家・ワルツ王
2014年11月2日(日)14:00〜 石川県立音楽堂コンサートホール

1)メンデルスゾーン/交響曲第4番イ長調「イタリア」〜第1楽章
2)メンデルスゾーン/弦楽のためのシンフォニア第1番ハ長調〜第1楽章
3)バッハ,J.S./マタイ受難曲〜神よあわれみたまえ(抜粋)
4)メンデルスゾーン/歌の翼に
5)メンデルスゾーン/劇音楽「夏の夜の夢」〜結婚行進曲
6)ロッシーニ/歌劇「どろぼうかささぎ」序曲
7)ロッシーニ/歌劇「せヴィリアの理髪師」〜今の歌声は
8)シュトラウス,ヨーゼフ/鍛冶屋のポルカ
9)シュトラウス,ヨハンII/春の声
10)シュトラウス,ヨハンI/ラデツキー行進曲
11)(アンコール)
●演奏
井上道義指揮オーケストラ・アンサンブル金沢(コンサートマスター:松井直)
田中彩子(ソプラノ)*4,7,9
お話:井上道義,黒柳徹子


Review by 管理人hs  

11月後半の連休の中日,石川県立音楽堂で行われたオーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)ファンタスティック・クラシカルコンサートを聞いてきました。ゲストは黒柳徹子さん...でしたが,たまたまこの公演が病気療養中だった今回のホスト役の井上道義さんの金沢復帰公演と重なったため,黒柳さんとともに井上さんの復帰を祝う演奏会になりました。

井上さんは,すでにNHK交響楽団や大阪フィルと復帰演奏会を行っていますが,金沢の場合,旧知の仲の黒柳さんとの掛け合いトークでの復帰ということになりました。井上さんは,咽頭がんを克服されたのですが,まだ喉の調子は完全には回復しているわけではありません。声は少しかすれぎみで,水分を補給しつつのステージでした。今回のように「トークで復帰」というのは,ある意味,指揮者としての復帰よりも大変だったのかもしれませんが,対談が「本職」といっても良い黒柳さんのサポートもあり,大変楽しく充実した内容のトークを楽しむことができました。「トークの方も完全復帰」と思いました。

この公演はもともとは,黒柳さんがゲストで井上さんが聞き手という設定だったと思うのですが,今回,井上さんの復帰コンサートというとになったので,お互いがお互いを補い合うような,対等のトークとなりました。それが良かったと思います。互いを信頼し合っている「仲間」という空気が伝わってくるようなステージでした。

今回はステージ上手側に「徹子の部屋」を思わせるセットが用意されており,最初はお二人のトークで始まりました。次のようなことを語っていました(お二人で20分間ぐらいしゃべっていたと思います).。

  • オーケストラ用にアレンジされた「徹子の部屋」のテーマ曲に乗って,お二人が登場
  • 黒柳さんは前半はピンクの華やかな衣装
  • 井上さんが,黒柳さんの60年に渡る幅広い活動を紹介
  • テレビ・タレント第1号として売り出したが...ラジオの方で人気
  • 長寿番組に多数出演.。「徹子の部屋」は1万回!「世界ふしぎ発見!」も長いですね。
  • ユニセフ親善大使としても大活躍。これまでに50億円も寄付金を集めたとのこと。
  • 東京フィルの理事長もやっています。
  • 黒柳さんの書いた「窓ぎわのトットちゃん」は累計発行部数800万部の大ベストセラー
  • そして,黒柳さんは「タモリの第一発見者」とのことでした。タモリがまだプロかアマチュアは判別がつかないころに「徹子の部屋」にゲストとして招いてしまったそうです(余談ですが,そのつながりでタモリさんをOEKの講演招いてもらえないですかねぇ)

その後は,井上さんの闘病生活の話になりました。この辺はすでに記者会見や井上さんのWebサイトなどで語られている内容と重なっていましたが,次のようなことを語っていました。

  • 黒柳さんとの公演が決まった直後に病気のことが判明した。
  • 井上さんがかかったのは中咽頭がん。完治した。
  • 今回は手術をしなかった。そのこともあり声が残った。
  • 治療は大変で,音楽は役立たないと思う時期が続いた。
  • その中で関係のオーケストラからの千羽鶴であるとかファンからの寄せ書きなどが大変うれしかった。
  • 京都市交響楽団から千羽鶴をもらったときは,感激してむせてしまって,死にそう(?)になった。
  • 千羽鶴はOEKからもらったが,こちらの鶴の方が凝った作りでした(この日のステージの上手にも飾ってありました)

その後,30年ほど前に井上さんと黒柳さんが一緒にレギュラー出演していたNHKの音楽番組「徹子ときまぐれコンチェルト」の懐かしのビデオ映像(井上さんの自宅に保存してあったものだそうです)が会場に流されました。井上さんによると「この頃から今の髪型(?)にした」そうですが,ちょっとはにかんだような雰囲気が「若い!」と思いました。

視聴者から井上さんに対する質問をする映像が流されていましたが,その中に「どうして井上さんはウィーン・フィルやベルリン・フィルを指揮しないのですか?」という質問があり,井上さんがたじたじになり黒柳さんがサポートするという場面がありました。この「難問」に対する,井上さんの「今の答え」が興味深いものでした。次のようなものでした。

「ウィーン・フィルやベルリン・フィルを指揮するにはあれこれ他人に頭を下げる必要がある。そういうことをしてこなかった。そういう名誉を得ることよりも,自分は人から愛されたいと思っているのかもしれない」
そういう意味で入院中に贈られてきた,前述の千羽鶴や寄せ書きに感激し,復帰する力となったとのことです。

その後,メンデルスゾーン,ロッシーニ,ヨハン・シュトラウスという3人の「めぐまれた」作曲家たちに焦点を当てたプログラムとなり,「徹子ときまぐれコンチェルト」のような雰囲気(多分)で進められました。

まず前半は,メンデルスゾーンの交響曲第4番「イタリア」の第1楽章で始まりました。病気療養中,井上さんは体重が10kgほど減ったそうですが,この「イタリア」もスリムで冒頭のリズムなど大変”滑舌の良い”演奏になっていました。ただし,演奏のエネルギーがちょっと不足している気がしました。演奏会が始まった後,20分ぐらいオーケストラのメンバーはずっとステージ上で待たされていたので,ちょっと演奏しにくかったのではないかなと感じました。

次に「メンデルスゾーンは若い時から天才だった」ことを示すために弦楽のためのシンフォニア第1番の1楽章が演奏されました。井上さんは「削る部分がいっぱいある曲」「音が目まぐるしく動きまわるのが”トットちゃん”風」と語っていましたが,12歳の時の曲とは思えない完成度の高さがありました。ちょっとバロック音楽風のところがあるのも面白いと思いました。

メンデルスゾーンの業績として「バッハの発見者」というものもあります。その例として,マタイ受難曲の中の「神よあわれみたまえ」が演奏されました。オリジナルはアルトの独唱,ヴァイオリンのオブリガート付きの曲ですが,今回は松井直さんとルドヴィート・カンタさんのソロをフィーチャーして演奏されました。人間の声のようにしっとりとした歌を聞かせてくれました。

ここでもう一人のゲスト,ソプラノの田中彩子さんが登場し,「歌の翼に」が歌われました。黒柳さんはこの曲が大好きということで,そのリクエストに応えての選曲なのかもしれません。ソプラノの田中さんは,この1カ月ぐらいの間に急激に音楽雑誌やテレビ番組等への登場が増えた方です。写真で見るよりは,かなり小柄な印象で,私の座席(3階席でした)からだとやや声量不足に感じられる部分もあったのですが,その清らかな声は「歌の翼に」にぴったりでした。

前半最後は,井上さんが「黒柳さんはシェエラザード姫のような人。この人ならば,毎晩話を聞いていても飽きない。結婚を申し込みたい」と語った後,結婚行進曲が始まりました。この言葉はお世辞ではなく,井上さんは「本当にそう思っている」のではないかと思いました。演奏の方はじっくりとした足取りで,どこか復帰の喜びを噛みしめているようなところがありました。

後半はまず,ロッシーニの「どろぼうかささぎ」序曲で始まりました。この曲はCDではよく聞くのですが,実演で演奏される機会は意外に少ないかもしれません。個人的に大好きな曲なので,井上さんの復帰演奏会で聞けて,とてもうれしく思いました。

この曲は小太鼓のロールで始まるのですが,今回は2台の小太鼓を下手奥,上手奥に分けて配置し,立体感や遠近感を強調していました。まず下手側の小太鼓が演奏し始め,そのエコーのような感じで上手側の小太鼓が演奏していましたが,その間をたっぷりと取っており,どこかユーモアを感じました。

その後に続く行進曲調の主部の切れ味の良い上機嫌な感じも井上さんのキャラクターそのままでした。終盤はお決まりの「ロッシーニ・クレッシェンド」になるのですが,その盛り上がり方は,音楽する喜びが湧き上がってくるようででした。「ミッキー完全復帰」と思いました。

この曲については,村上春樹『ねじまき鳥クロニクル』第1部の最初に,クラウディオ・アバド指揮ロンドン交響楽団の演奏に出てくるのが印象的です。その他,『グッド・モーニング・バビロン!』という映画(ストーリーははっきり覚えていないのですが,シーンが目に浮かびます)で印象的に使っていたのも覚えています。屈託のない曲ですが,何かアーティストを刺激する魅力のある作品なのかもしれませんね。

さて,後半の黒柳さんの衣装ですが,ご自身で「フランシスコ・ザビエル風」と語っていたとおり,大きな襟が付いたもので,視覚的にも驚かせてくれました。だけど,黒柳さんは,こういう衣装が本当にぴったりです。

ロッシーニと言えばオペラということで,次に「セヴィリアの理髪師」の中のロジーナのアリア「今の歌声は」が田中彩子さんの独唱で歌われました。この役は本来メゾ・ソプラノで歌われるはずですが,時々,コロラトゥーラ・ソプラノで歌われることもあります。メゾ・ソプラノ版の方で聞きなれているので,低い音がないと「何か違う?」と感じてしまうところもあるのですが,田中さんの声はコロラトゥーラの清らかな音の動きが心地よく,大変鮮やかでした。

個人的には,OEKがそろそろこのオペラを取り上げないかなと期待しています。その時には,「今の歌声」をもう一度お願いしたいところです。

演奏会の最後は,シュトラウス一家の音楽のコーナーでした。

まず,ヨーゼフ・シュトラウスの「鍛冶屋のポルカ」が演奏されました。この演奏は,今回演奏された曲の中でも特に楽しいものでした。打楽器奏者のエキストラの山本さんが,JRのヘルメットを被った鉄道員風の衣装で登場し,(井上さんの説明によると)「新幹線の線路から持ってきたレール」のようなものを持って来ました。これを叩くことになるのですが,演奏を始める前には鈍い音しかでなかったものが,山本さんが叩くと澄んだ音になるのがなかなか不思議でした。途中,井上さんと山本さんによる「餅つき」のような形になったり...本当にあれこれと楽しませてくれました。JR金沢駅のすぐ隣で演奏しているOEKとしては,今回の「JRの鉄道員のポルカ」は,持ちネタにしておいて,時々披露して欲しいですね。

演奏後,黒柳さんが「あの人,本当にこのオーケストラの人?すごく演技が上手」といった質問をされた後,「トラなんです」という話になり,話が黒柳さんがウィーンで見た「どうみても変なトラ」の話へと脱線していきました。この辺は,アドリブだと思うのですが,本当に次から次へと,シェエラザードのように面白いお話が湧き出ていました。

ちなみにこの「変なトラ」の話ですが,「どうみても演奏をしていなくて,踊り子をじっと眺めているだけ」というトラだったそうです。その辺を問いただそうと,演奏後に近くに寄って行ったら,「すごい速さで逃げていった」のだそうです。確かに変なトラです。

続いて,「戦時中,こういう曲も聞かれていました」という話が出たあと,シュトラウスのお馴染みのワルツ「春の声」が,田中彩子さんのソプラノ入りでたっぷりと演奏されました。ここでも田中さんの高音が美しく,お名前のとおり,井上さんの復帰に”彩”を添えていました。

戦時中の話が出た時に,井上さんの両親は戦争中,フィリピンでまるで映画のような感じで逃げたという話をされていましたが,黒柳さんの両親の方は日比谷公会堂で出会ったとのことです。黒柳さんの父親はNHK交響楽団のコンサートマスターだった方で,指揮の先生としても有名だった斎藤秀雄さんなどとも弦楽四重奏をよく演奏していたそうです。そういう「日本音楽史」の話なども機会があれば,披露して欲しいものです。

演奏会の最後は,ラデツキー行進曲でしたが,黒柳さんが最初の部分だけ指揮をしました。途中からは井上さんに交替しましたが,その後はお客さんの方を向いて,「手拍子」を仕切ってくれました。

会場は,すっかりリラックスしたムードになり,黒柳さんが「これで井上さんは当分大丈夫」と言われた後,2人がお互いをねぎらうように抱き合ってお開きとなりました。

NHK交響楽団を指揮してのブルックナーの交響曲第9番で復帰した井上さんですが,金沢での黒柳さんを交えた復帰というのは,井上さんからすると,特に嬉しかったのではないかと思います。黒柳さんと語り合うことで,いつも以上に率直な言葉でお客さんに語り掛けていたような気がしました。

黒柳さんは,今回OEKを聞いて「岩城さんの頃から呼ばれていて今回初めてOEKを聞いたけれども,とても良いオーケストラだと思いました(井上さんによると「徹子さんはお世辞は言わないんですよ」とのことです)」と語っていました。是非,今回のつながりときっかけに,OEKとのいろいろなつながりが増えていくと良いなぁと思いました。何よりも,復帰した井上道義さんの前と変わらない指揮姿を見ることができ,OEKファン全員が安心し,喜んだ演奏会だったと思います。

(2014/11/29)






音楽堂の外の立看板


音楽堂入口にはこの時期恒例のクリスマス飾りが出ていました。


井上さんのほぼ等身大のパネルと快気祝いの花です。

限定生産(手作り?)の缶バッチを販売していたので,購入


音楽度の外にもクリスマス飾り


金沢駅のもてなしドーム下の飾りが増えていました。