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ルドヴィート・カンタチェロリサイタル:チェロとともに50年 大好きな仲間とともに
2014年11月24日(月祝) 石川県立音楽堂コンサートホール

1)ポッパー/レクイエム op.66
2)映画音楽メドレーI(エデンの東,第三の男,ムーンリバー,ララのテーマ,八十日間世界一周,慕情,タラのテーマ)
3)サン=サーンス/チェロ協奏曲第1番イ短調 op.33(チェロ・アンサンブル版)
4)アルビノーニ/アダージョ ト短調(チェロ・アンサンブル版)
5)シューマン/チェロ協奏曲第1番イ短調 op.129(チェロ・アンサンブル版)
6)映画音楽メドレーII(ライムライト,シャレード,二人でお茶を,シェルブールの雨傘)
7)影武者
8)(アンコール)フランチーニ/やって来た女(La vi llegar)
9)(アンコール)フォーレ/夢のあとに(チェロ・アンサンブル版)
●演奏
ルドヴィート・カンタ,早川寛,大澤明,ソンジュンキム(チェロ)
田島睦子(ピアノ)*1


Review by 管理人hs  

オーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)は個性的なアーティストの集まりですが,その中でももっとも存在感のある奏者の一人が首席チェロ奏者のルドヴィート・カンタさんではないかと思います。カンタさんは毎年のようにリサイタルを行っていますが,今年は「チェロ活動歴50年」ということで,それを記念したリサイタルが石川県立音楽堂で行われました。

まず,リサイタルといいつつ,全曲がOEKのチェロ4人によるアンサンブルばかりというのが面白いところです。活動50年のいちばんの収穫が「チェロの仲間たちの存在」というのがカンタさんらしく,OEKファンとしてもうれしく思います。

プログラムの方も大変面白いものでした。前半と後半とも,「レクイエムのような静かな曲」「チェロ協奏曲を4人のチェロ・アンサンブルに編曲したもの」「懐かしの映画音楽集のメドレー」の組み合わせになっていました。曲の配置もシンメトリカルで,チェロという楽器の多彩な表現力をずっしりと聞かせてくれるような構成になっていました。

最初に演奏されたポッパーのレクイエムは,今回のメンバーの各師匠をはじめとした先輩チェリストたちとカンタさんが金沢に来るきっかけとなった岩城宏之さんに捧げた選曲でした。10分程度の曲でしたが,4人のチェロの音が重なり合う厚みに加え,ゆったりとした気分の中で気持ちが浄化されていくような透明感のある素晴らしい演奏を聞かせてくれました。ちなみにこの曲にだけ,ピアニストの田島睦子さんが友情出演されていました。

映画音楽集のメドレーはアレンジが素晴らしく,4人の奏者それぞれに見せ場がありました。どれもこれも有名な曲でメロディの美しい曲ばかりでしたので,聞いていてとても贅沢な気分に浸ることができました。「第三の男」だけは,ピツィカート中心の演奏で,時折,楽器の胴を叩いて演奏していました。全曲の中でスケルツォのような位置づけになっているのが巧いと思いました。

サン=サーンスのチェロ協奏曲のチェロアンサンブル版は,後半に演奏されたシューマンのチェロ協奏曲と曲の長さ,構成ともに良く似た作品です。全楽章がインターバルなしで演奏され,4人のチェロで小宇宙を作っているようなまとまりの良さがありました。そういう作品を,前半と後半に同じような感じで配していたので,プログラムがきっちりと線対称になっているようでした。

チェロ協奏曲をチェロの伴奏で演奏するというのも面白い試みでした。こういうことができるのも,独奏楽器にも伴奏楽器にもなれるチェロならではの表現力の豊かさによると思います。この演奏ではソンジュン・キムさんが「コンサートマスター」役でしたが,しっかりとカンタさんの音が浮き上がるようになっており,協奏曲的な華やかさと室内楽的な落ち着いた味わいとが共存していました。

第2楽章での軽みのある粋な気分に続き,第3楽章では,しっかりとしたカンタさんの音を中心に大きく流れるように音楽が盛り上がっていました。

オリジナル版に比べると,さすがに音のダイナミックレンジや音色の変化の点でやや単調になるところがありましたが,音がしっかりと溶け合って醸し出される「気持ち良過ぎる」響きが素晴らしく,「スロバキア・ワインはきっとこんな味なんだろうな(この日,会場で販売していました)」と勝手に想像しながら聞いていました。

20分の休憩時間の後半,今回出演した4人のメンバーへのインタビューが行われた後,後半のプログラムが始まりました。

アルビノーニのアダージョは,カンタさんとソンジュン・キムさんによるデュオのような感じで演奏されました。凛とした音の緊迫感と安らぎとが交錯するような音楽で,前半最初のレクイエムとしっかり対応していました。

続くシューマンのチェロ協奏曲は,もともと苦み走った哀愁の漂う曲ですが,チェロ・アンサンブルで演奏することで,そこに甘くせつない気分が加わっていたと思います。通常のオーケストラ伴奏版のような力感のある響きとはまた違った世界が広がっていました。

第2楽章はオリジナル版でも,チェロ・アンサンブルになるような部分があります。しみじみとしたハモリが絶品でした。それと聞いていて,「やはりドイツの曲だなぁ」という深みを感じました。第3楽章は,オリジナル版よりダイナミックさは薄まっていましたが,音階を駆け上がるような音の動きが華やかで,親密さのある熱気を感じました。

カンタさんは,サン=サーンスもシューマンも,本来の協奏曲版を演奏したことはありますが,4人で演奏するというのは別の楽しさがあったのではないかと思います。カンタさんの音をしっかり立てつつ,暖かくサポートするような演奏は,今回の公演の趣旨にぴったりでした。

続いて,これもまた前半と対を成すような感じで映画音楽メドレーが演奏されました。こちらの方は前半のメドレーよりも,やや暗めの曲が多く,ちょっと懐かしさのある雰囲気がありました。途中に「2人でお茶を」で軽妙なタンゴのようになる部分も印象的でした。

プログラムの最後は「影武者」という,とてもスピーディで格好よい曲で締められました。同じリズムパターンが繰り返され,忍者がヒタヒタと走り回るようなムードがありました。プログラムには作曲者名も書かれていなかったのですが,「いったい何の曲だろう?」と気になりました。

# 調べてみると,2cellosの曲でした。CMに使われている曲のようですね。
https://www.youtube.com/watch?v=vlUPAzGUMuk#t=131

演奏後,子供たちから演奏者にプレゼント(多分,ワイン?)が手渡されるのも,カンタさんの演奏会では「恒例」です。それに応える形で,アンコール曲が2曲演奏されました。

アンコール1曲目のタンゴは,粋で渋い演奏でした。以前のカンタさんの演奏会でもタンゴが演奏されたことがありますが,チェロという楽器の持つ音の重さと熱さがタンゴにぴったりだと思います。

アンコール2曲目では,カンタさんの娘さん(本当に大きくなりましたね)を加えた,5人のチェロでフォーレの「夢の後に」が演奏されました。この曲はチェロの定番曲です。ピアノ伴奏版も良いのですが,カンタさんのクリーミーな音の背後に薄いスクリーンが霞みのように漂っているような立体感のあるチェロ・アンサンブル版の演奏もお見事でした。

今回登場したOEKの4人のチェロ奏者たちは,「I Cellisti di Kanazawa」というのがグループ名です。日本でもおなじみの「イ・ムジチ合奏団」「イ・ソリスティ・ヴェネティ」などのイタリアの団体と同じようなネーミングです。1990年代,フロリアン・リームさんや十代田光子さんがOEKのメンバーだった時代に5人編成で演奏したのがその始まりで,今回は再結成ということになります。イタリア語の「I」は英語のTheにあたるので,「金沢のチェリストたち」という意味になるのですが,「イー」と金沢弁風に伸ばして「良い」という意味も込めています。

今回の「イー雰囲気」の演奏を聞いて,きっと新たなファンも増えてのではないかと思います。カンタさんのソロ活動に加え,「金沢のいいチェリストたち」の活動にもこれからも期待したいと思います。

PS. 休憩時間中に行われたメンバーへのインタビューですが,石川テレビで長年活躍している大橋のり子さんがインタビュアでした(多分そうだと思います)。親しみやすさと凛とした感じとがすばらしく,「さすが!」と思いました。

トークの中では,大澤さんや早川さんがOEKに入団した時の話が楽しかったですね。それと,大澤さんが飛行機で移動する場合には,チェロ用にもう一つ席を確保し,チェロのための機内食もしっかりともらう,というお話も面白かったですね。日本人のアテンダントはびっくりするけれども,外国のアテンダントだとしっかりユーモアが伝わるのだそうです。

PS. カンタさんの趣味が写真であることは有名ですが,その個展をというカフェ&ギャラリー・ミュゼーで開催しているという案内もありした。絵葉書がカフェコンチェルトに置いてあったのですが,本当にアーティスティックな写真だと思いました。

(2014/12/06)





公演のポスターです。そういえば,この日の4人は,色違いの蝶ネクタイをされていました。


公演後,辺りは暗くなっており,音楽堂前のクリスマス飾りも鮮やかに光っていました。


JR金沢駅のもてなしドーム


その後,ライトアップに誘われて,香林坊方面へ

香林坊アトリオも「クリスマス仕様」になっていました。